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ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。
晴雨堂から、お知らせと呟き
諸君!また一年、生き残りましょうぞ!
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大原直美氏の「セクハラ」訴訟、御本人や支援者たちは正しい事をやっているつもりだろうが、この理屈が罷り通ると体制権力に言論封殺の金棒を与えることになるのを覚悟してほしい。 近頃の現象[一二八九] 

会田誠講座「セクハラ」訴訟に波紋 
焦点は「大学側の対応」に?


 京都造形芸術大学で開かれた公開講座に参加した女性が、講師の性的な発言に精神的苦痛を受けたとして、同大を運営する学校法人「瓜生山学園」を相手に提訴したと2019年2月27日、メディア各社が報じた。
 講師はエロ・グロや美少女などを題材に、刺激性のある作品を手掛ける美術家として知られる、会田誠さん。提訴をめぐり、ネット上では「事前に軽くネットで調べればどんな作風なのかも分かるのだから」と疑問視する声や、「大学の対応の問題が大きいと思った」と学校側を追及する声が上がっていた。(J-CASTニュース)


【雑感】「セクハラ」と聞いて、最初のイメージは講師の会田誠氏が大原直美氏に身体を触れたり耳元で猥談をささやかれたりでもしたのかな?と思った。ところが大原氏が訴えているのは大学に対してであって会田氏個人は訴外だ。
 これはどういう事だろうと記事を精査すると、どうやら会田誠講師に対しては講座の内容は問題があるものの具体的に直接自身にセクハラ行為を受けた訳ではないらしい。講座内容に精神的苦痛を受け、そんな講座を許す大学の責任を問うているようだ。

 大原氏御本人は自身の主張に大層な自信があるのか、勇敢にも素顔を晒して会見に臨まれた。多分、彼女の支援者も多い事だろう。ネットでも彼女の英断を支持する意見が散見される。

 ただ、それなら疑問が発生する。なぜ会田氏の講座を受けたのか? 彼の講座は必修ではない。必須であれば単位を取らなければ卒業できないので彼女の言い分も判らなくはないが、履修してもしなくてもいい講座だ。また問題作品で公共の場から撤去されたこともニュースになっていた会田氏が講師になるのだから、講座内容も大よそ予測はできたはず。さらに聞くところによれば、講義を始める際に一応の内容について事前注意があったそうである。
 なのになぜ履修した? 想像以上に気分の悪い内容だったとしても、それは選んだ彼女のミスであって会田講師も大学も悪くはない。居酒屋などで会田氏や大学への陰口を叩くのは許せるが、なぜ提訴まで踏み切った?

 現状だと、大原直美氏の行動は以下の通りになる。非常に的を得た指摘なので紹介する。

須賀原洋行氏 漫画家
エロティシズムを受けつけない人が芸術の世界に関わろうとするのは、血を見たら失神する人が外科医になろうとするようなものでは

柴田英里氏 現代美術 文筆業
ゾーニングされた世界にわざわざやって来てわざわざ苦痛を訴える、もはやお気持ちブルドーザーが傷つきの土砂災害を引き起こしているとしか……

ぬえ氏 Twitter利用者
激辛の看板掲げた店に入って看板もメニューも読まずに今日のオススメを注文し食べた後で「私が嫌いな辛い料理が出た、どうしてくれる」とテナント入ってる商業施設を訴えるような話では

 私も概ね上記挙げた三氏の見解と同じである。但し、三氏は自称人権派や自称フェミニストたちからしばしば「ネトウヨ」扱いされている御仁たちで、今回の一件も「またセクハラ男を擁護してる」で済まされるかもしれない。
 そこで以下に紹介するコメントは意外な方からの意外な見解である。反戦の立場で戦場を取材する志葉玲氏であり、左派系市民から一定の支持を得ているジャーナリストだ。フェミ関係のTwitter民の中には「大原さんに賛同すると思ったのになんで?」と思った人も少なくないのではないか。

志葉玲氏 報道写真家
ある程度耐性があるだろう(?)平和運動系の団体での講演か、中学高校での講演かでTPOわきまえて見せる写真や映像をチョイスするけども、基本的に戦争だから視覚的にエグイ。だから「これからお見せするのは、キツイですから苦手な人は下向いていて下さい」的なことは、自分もよく言う

戦争の話するのに、かわいらしい子ども達の笑顔の写真ばかりじゃないんだよ。ただ、事前にあらかじめショックのある映像・写真もあるよ、と断っておくことは大事だねー

芸術は極力自由であるべきだと思うし、訴訟で表現を潰そうとするのはどうかと思う。他方、女性からしたらキツイ作風だろうから難しいところでもあるな。せめてちゃんと注意喚起やゾーニング出来たら良かったのに、とは思う

 後に注意喚起はあったとの情報を得て、それが本当なら提訴はビミョー、と大原直美氏とは距離を開ける姿勢を示した。

 実は志葉玲氏が距離を置くのは至極当然なのである。
 私は学生時代に本多勝一氏や石原文洋氏のルポを読んできた人間で、本多氏らが中心になって創刊した週刊金曜日を応援したこともあるので、むしろ志葉玲氏の気持ちは比較的理解できると思う。

 反戦を論ずるにあたって最も雄弁なのは死体写真や悲惨な被害者の哀れな姿だ。ロバート・キャパは頭に敵弾を受けて倒れる寸前の兵士を撮って脚光を浴びた。(この写真には異論が存在するが) 沢田教一は戦火を逃れようと川に飛び込んでいる母子の姿で脚光を浴びた。ベトナム人報道カメラマン黃公崴氏は有名な火傷を負った全裸の少女の写真で世界を反戦へと動かした。
 しかしながら昨今のポリコレ感覚ではこれらの歴史に残る名作すら叩かれそうな勢いである。

 では、難民キャンプで笑顔で逞しく生きる子供の写真や、黙々と任務に従事する兵士の写真で良いのか? これでは戦争指導者たちのプロパガンタ報道と変わりはないではないか。

 大原直美氏の論理が罷り通ってしまうと、「精神的苦痛」が独り歩きして志葉玲氏の反戦活動にも支障が及ぶ。精神的苦痛が優先され過ぎると戦場写真は使えなくなるし、志葉玲氏の口を封じたい勢力から見れば、彼の個展や講座に一般客を装って入り込み、後で「グロい写真を見せられて苦痛だった」と提訴すれば封殺が成功する、まことに便利な「ビジネスモデル」が確立してしまう事になる。
 さすがは志葉玲氏は現場体験ならではの見解だ。

 それに引き換え、Twitter上で影響力を伸ばしているなうちゃん氏の見解。
会田氏を擁護する意見が意外と多いようですが、少なくとも「大学」を名乗る機関の講義ならば、最低限の「まともさ」は絶対に必要でしょう

 最低限の「まともさ」とは曖昧な主観表現だ。ベトナム戦争を勧めたニクソン大統領ならナパーム弾で全身火傷を負った全裸少女の写真を観たら「いたいけな少女の全裸写真を公開するとは、マスコミはまともではない」と怒る事だろう。
 自身の主観を社会基準と思い込む姿勢が哀しいし、大原氏の論理が罷り通った時の負の影響にはまるで眼中にない。この御仁は志葉玲氏と違って現場体験が無いのではないか?

 大原直美氏の主張を見る限りでは、大間抜けの逆切れカマトト人間ではないのなら、最初から会田誠氏のような人間を大学から排斥したい目的があったのではないかと勘繰ってしまう。彼女自身に大学とはこうあるべきだという理想のイメージがあって、それを実現するために敢えて「被害者」となり法権力を使ったのか? でないと辻褄が合わないのが現状だ。


 
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[ 2019/02/28 23:57 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

「ちいさな独裁者」 人生の教訓に〔4〕 

「ちいさな独裁者」 
嘘とハッタリで大量虐殺
実際に発生した事件を実写映画化


ちいさな独裁者

【原題】Der Hauptmann
【英題】The Captain
【公開年】2018年  【制作国】独逸   
【時間】119分
【監督】ロベルト・シュヴェンケ
【制作】
【原作】
【音楽】マルティン・トートシャロウ
【脚本】ロベルト・シュヴェンケ
【言語】ドイツ語
【出演】マックス・フーバッヒャー(ヴィリー・ヘロルト上等兵)  フレデリック・ラウ(キピンスキー一等兵)  ミラン・ペシェル(フライターク伍長勤務上等兵)  アレクサンダー・フェーリング(ユンカー憲兵隊大尉)    

【成分】コミカル 不気味 知的 恐怖 絶望的 ドイツ 第二次大戦 1945年

【特徴】ブルース・ウィリス主演「RED」を手掛けたハリウッド監督が母国ドイツでメガホンをとった問題作。

 本作品はまだ少年のような年若さの脱走兵が機転を利かせて空軍大尉に成り済まし、周囲の期待に応えるように犯罪に手を染めていく過程を描いたブラックコメディである。しかも、これは第二次大戦末期に起こった「エムスラントの処刑人」事件の実写映画化であり、監督の弁によれば主犯のヴィリー・ヘロルトの犯行供述書に沿った内容で脚本を書いたそうである。なので本当に遺棄された車から制服を盗んだのかどうかは定かでない。

 この作品には一人として「善良な市民」は登場しない。エンタメ作品に必ず観客を安心させたり納得させるために登場させる魔王のような悪人も神仏のような善人も登場しない。ごく有り触れた「普通の人間」たちが大戦末期の無法地帯と化したドイツで繰り広げる犯罪を描いている。
 その申し子として大尉を詐称した小悪人ヘロルトを主人公とした。なので「ちいさな独裁者」という邦題は興行的にはやむを得ないとは思うが、作品内容からは些かピントを外したものと思わざるを得ない。

【効能】人間のあさましい本性を思い知る。

【副作用】人間の絶望的な素養を思い知る。

下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。記事に直接アクセスした場合は、この行より下がネタばれになりますので注意してください。

晴雨堂も53歳になってしまった。40を過ぎた時は「楽勝やん」と思っていたが、50代は老いを自覚せざるを得ない。 

とうとう53歳になりました。




【雑感】30歳になった頃は、高校時代の友人たちと再会すると「全然、変わってないやん」「なに?皺ぜんぜんないやん」と言われ、夜中に街を歩いていると警察から職務質問されたり、ストリップ劇場に行くと踊り子さんからチェリーボーイ扱いされたりと、何かと実年齢より10歳くらい若く見られたものだ。
 実際、30歳代前半までは高校生時代と体型は殆ど変わっておらず、高校の制服は濃紺のブレザーだったため私服として現役で着用していた。

 ところが50歳を過ぎるあたりから急速に老いを認めざるを得なくなった。いや40歳を過ぎたばかりは「楽勝やん」と思ってはいたが、じわじわと動体視力や聴力の衰えを自覚し始めた。具体的に言えば、若い頃はチャリンコのダウンヒルは大好きだったのだが40代半ばあたりから恐怖を感じるようになってきた。若い頃の日本一周の時は調子に乗って下り坂で90キロ近くスピードを出していたのだが、40キロでもハンドルを持つ手が震えるようになった。目がついてゆけないのだ。
 聴力では毎年の健康診断で「異常なし」なのだが、人が話す言葉が聞き取れなくなった。音としては聞こえるのだが、何を話しているのかが途切れ途切れに聞き取れなくなる。

 それでも、中身は老いても見た目は-10歳と思っていたら、あるとき息子と手をつないで歩いていたら「お孫さんですか?」と団地の別の棟の人から声をかけられた。
 息子が赤ん坊の時は間違いなく親子と思われていた。祖父と孫と間違われるようになったのは、ここ2・3年だろう。(営為執筆中)

皆さん、明けましておめでとうございます。 

皆さん、明けましておめでとうございます。 
今年も一年、生き残りましょう。


 残念ながら 昨年も映画館で観た作品は僅か二作、「空海―KU-KAI― 美しき王妃の謎」と「ボヘミアン・ラプソディ」だけ。
 かつて年末年始は毎回、旧年1年間の劇場公開新作映画を振り返る行事を続けてきたが、それが成り立たない事態になって久しい。

 「日本で2018年に劇場初公開された新作」という条件に絞って晴雨堂が独断と偏見で優秀作品を1作ぐらいは選ぼうと考えた。
 具体的な評価基準は、劇場で1800円支払って鑑賞してなおかつDVDが発売されたら購入して本棚のコレクションに加えたい映画である。

 で、映画館へ行く機会がめっきり減った上に心に残る映画も思い浮かばない。リメイクやらシリーズものやら、たしかにそれなりに面白いかもしれないが、思い出に残る事はたぶん無い。季節が過ぎれば、数多くある映画の一つとして記憶の沼の底へ沈むことになる。

 ただロックバンドQueenの映画というよりはフレディ・マーキュリーの伝記映画と言っても良い「ボヘミアン・ラプソディ」は世間的にも名作と思うし、私個人にとっても中学生のころからQueenは好きで青春の歌だったので強烈に思い出に残る映画だ。

 付き合いが長い友人知人の中には私をビートルズ・オンリーなどと勘違いしている人も多いだろうが、実は一通りポップスは聞いているのだ。アバも好きだし、シカゴやポリスやリマールやバングルスやベルリンやU2やヒューマンリーグやスパンダーバレーなどもよく聞いていた。
 特にQueenの「バイシクルレース」はまことにタイムリーな曲だった。何しろ流行った当時中学生だった私はサイクリングを本格的にやり始めた時期であり、自分の中ではサイクリングのテーマソングだった。歌詞はまるで私の心情を理解しているのではないかと思わせる内容だったし、大学生の頃に観た全裸美女たちによる自転車レースのMVは私が描いたイメージを監督が熟知して寸分違わぬ内容で制作したのではないかと思ったほどだ。

 またフレディは後に伝説のSF特撮映画「メトロポリス」のフィルムを使ったMVを発表、「ラジオ・ガ・ガ」と「Love Kills」である。当時、映画好きの学生ではあったがまだメトロポリスは映画史の本でしか見たことが無い作品で、実際にフィルムを魅せてくれた「恩人」がフレディと言えるかもしれない。
 元々戦前の映画やその風俗に興味があった私は、ますますフレディに興味を持ってしまった。

 「ボヘミアン・・」を観てからは、思春期の余韻にずっと浸りたくて「バイシクルレース」や「Love Kills」のMVばかり観ている。

 昨年に続いて今年も同様の批判を受けたので、今年も同じ言い訳を言う。もはや映画レビュアーとして失格ではないか? なんて御批判があった。しかしレビューは映画を鑑賞する人全員分け隔てなく持っている資格と権利である。これは民主主義社会の鉄の掟である。

 それと、当ブログ「ミカエル晴雨堂の作法」でも謳っているように、私はAVも含め分け隔てなく「映画」として扱う人間なのだ。AVならよく観ていて高く評価している作品が多々あるのだが、残念ながらFC2の規約で当ブログでは世間でAVと呼ばれている低予算映画はレビューアップできないのである。


 それでは改めて、またこの一年も生き残りましょうぞ!

 最後に2019年上映予定のイチオシ映画を紹介する。昨秋何度か紹介したドイツ映画の「ちいさな独裁者」だ。今年2月8日から全国のミニシアターで上映予定。大阪では梅田スカイビルにあるシネ・リーブル梅田だ。


 
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「シン・ゴジラ」 家族と一緒に感動しよう〔27〕 

シン・ゴジラ」 
リアルな役人描写・自衛隊描写が評判



シン・ゴジラ Blu-ray特別版3枚組
シン・ゴジラ DVD2枚組

【原題】
【英題】Shin Godzilla
【公開年】2016年  【制作国】日本国  
【時間】111分
【監督】庵野秀明(総監督) 樋口真嗣(特技監督)
【制作】
【原作】
【音楽】鷺巣詩郎 伊福部昭
【脚本】庵野秀明
【言語】日本語 イングランド語
【出演】長谷川博己(矢口蘭堂)  石原さとみ(カヨコ・アン・パタースン)  竹野内豊(赤坂秀樹)  松尾諭(泉修一)  高良健吾(志村祐介)  津田寛治(森文哉)  市川実日子(尾頭ヒロミ)  塚本晋也(間邦夫)  高橋一生(安田龍彥)  大杉漣(大河内清次)  柄本明(東竜太)  余貴美子(花森麗子)  平泉成(里見祐介)  野村萬斎(ゴジラ・モーションキャプチャー)  

【成分】かっこいい スペクタクル パニック 勇敢 知的 放射能 怪獣映画

【特徴】久々に日本で制作された正統派ゴジラ。
 主役級の俳優を助演からチョイ出演の脇役まで贅沢に起用。政治家や役人・自衛隊の監修協力があって全編にリアルな役人言葉が散りばめられ物語全体の説得力を強めている。
 また、物語にはアメリカが日本の「宗主国」として絡んでくるがアメリカ人俳優は殆ど顔を出さず、石原さとみ氏が日系アメリカ人の政府高官役で登場、多くの日本人が抱く典型的なアメリカ人キャラを忠実に演じている。

 ただ、政治家や自衛隊の熱心な監修協力を得ているためか、初期のゴジラ映画に比べると「反権力・反体制」色は無く、主人公は若き世襲政治家で、彼が率いるチームの活躍を前面に出すことで官僚・自衛隊に華を持たせる内容になっており左派系のゴジラファンには不評である。

【効能】日本のシビリアンコントロールの有様を実感できる。

【副作用】シビリアンコントロールに悪いイメージを抱く。放射能被害を甘く見る。

下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。記事に直接アクセスした場合は、この行より下がネタばれになりますので注意してください。

石原さとみ 「シン・ゴジラ」(2016) 

彼女の英語には賛否あるが、
私はギャラ分の働きをしたと思っている。


石原さとみ2018
日本タレント名鑑参照

【雑感】石原さとみ氏は本作でアメリカ生まれのアメリカ育ちの政府高官役を演じている。些か予想外かつ強引な設定と配役、ネット上の評判を見渡してみるとやはり英語の発音で批判があるようだ。

 主な批判をまとめると、「発音は流暢だが言葉遣いに違和感」のようだ。例えばセネガル出身の芸人を引き合いに出して、訛りを感じない発声に込み入った内容の日本語を操れるけどフレーズに違和感、石原さとみ氏の英語もそれと同様らしい。
 これが日本人通訳や外交官役なら許せるが、アメリカ生まれのアメリカ育ちで大統領の名代たる特使という政府高官という設定では看過できない、という事だ。当然、ネイティブな英語を話さなければならないが、石原さとみ氏の発音は流暢だがネイティブさに欠けると「帰国子女」のレビュアーたちが口を揃える。
 そして石原さとみ氏の英語に対して、世襲の若き政治家矢口に扮する長谷川博己氏や実力で政府高官に成り上がった赤坂を演じる竹野内豊氏の英語台詞を絶賛する声をよく聞く。

 私の英語能力は無いに等しい。中学・高校・大学と10年間授業を受けてきたが、全く身につかないまま忘却した。そんなレベルなので石原さとみ氏の英語はとても流暢で綺麗に聞こえてしまう。

 とはいえ、なぜ石原さとみ氏なのだろう?と怪訝には思った。日本在住の欧米圏の女優は探せば居るはずではないか。(余談1)
 物語が展開していく過程で、石原さとみ氏演じるパターソン特使の祖母は日本人で戦時中は広島に住んでいたというオチが浮かび上がる。
 ゴジラを制作するうえで外すべからざるテーマが原爆の悲劇と反核だ。(余談2)容姿は日本人なのにデフォルメともとれるステレオタイプなアメリカンで日本の要人たちに高圧的かつ命令調で迫るパターソン特使が、土壇場で本国の方針に背き日本側の政治家矢口に協力する背景にあるのは、広島で被爆?した祖母の存在がある。
 しかしそのオチでいくとしても、日系の欧米圏俳優をあててもよいのではないかとも思った。なぜ英語を母語としない日本人俳優をアメリカ特使役に起用するのか?という違和感は今でも抱いている。

 ただ、石原さとみ氏個人への批判は言い過ぎではないかなと思ったりする。フレーズに違和感であれば、それは石原さとみ氏本人ではなく脚本家に文句を言うべきだ。俳優は映画監督の指示に従い与えられた脚本で演技をするものである。「流暢だけど可笑しな英語」ならば俳優が悪いのではなく制作を指導する人たちが悪いのである。

 ハリウッド映画や中国や韓国映画などに登場する日本人も、おかしな日本語を使う事が多々ある。
 たとえば英米合作の有名な戦争映画「戦場にかける橋」では早川雪洲演じる斎藤大佐はネイティブな日本語だが、幕僚役を演じる「日本人」の中にはぎこちない発音をする者がいたし、斎藤大佐自身も当時の日本軍将校なら鉄拳で済ますはずなのに「俺の責任ではない」という趣旨の言い訳を並べる場面がある。
 こないだレビューした中国映画「百団大戦」に登場する日本軍も、以前に比べればかなり良くなってはいるが「その発声はあり得ないのでは」と思う箇所が無い訳ではない。しかも演じているのは中国人俳優ではなく日本人俳優である。

 これらの映画で描写される日本人とは、あくまで制作国の人々がイメージする「日本人」である。同じように「シン・ゴジラ」に登場するアメリカ人も日本人がイメージする「アメリカ人」であり、石原さとみ氏はそんなアメリカ人キャラを忠実に演じきったに過ぎない。したがって、「帰国子女」を自称する人々が違和感を抱くのは至極当然であり、文句を言うのなら俳優ではなく制作者に言うべきだろう。
 
 因みに「シン・ゴジラ」公開当時、私の周囲には「あんな特使はいないだろう」と設定に無理がある点を突っ込みまくる人がいた。まだ30歳代で大統領の名代を務める容姿端麗の女性高官なんて、いくらアメリカでも現実離れ、という指摘である。
 ところがトランプ政権の誕生で、そんな高官が登場する。トランプ大統領の実子でイヴァンカ・マリー・トランプ氏である。石原さとみ氏とは5歳しか違わない。モデルやイメージキャラクターを務めたりする石原氏の容姿は高く評価されているが、イヴァンカ・トランプ氏もモデル出身でもあるので容姿端麗である。

(余談1)今ならNHK朝ドラ「マッサン」でブレイクしたシャーロット・ケイト・フォックス氏を思い浮かべるだろうが、彼女は「シン・ゴジラ」企画段階では無名だろうし、撮影時期は「マッサン」と被るだろうから時期的にあり得ない。

(余談2)元々は反核に加えて反権力も重要な柱で、シリーズ1作目1954年版ではゴジラが国会議事堂を叩き潰す場面が描写されている。
 また「シン・ゴジラ」では役人賛歌・自衛隊賛歌とも解釈できるほどの内容だが、以前のゴジラ映画では自衛隊は簡単に捻り潰される存在で、未確認の噂だが自衛隊から「これでは税金泥棒ではないか」と苦言が寄せられたという。
 「シン・ゴジラ」は制作に協力する政府や自衛隊に気を遣った内容であることから、左派系のゴジラファンは憤慨している。


 
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[ 2018/12/17 12:42 ] 映画・・女優評 | TB(0) | CM(0)

護憲派が抱えるジレンマ。 近頃の現象[一二八八] 

安倍首相 「改憲」あらためて強い意欲

 安倍首相は、臨時国会の閉会を受けて、10日午後6時に記者会見し、自民党の憲法改正案を国会に提示できなかったことに関連し、2020年の新憲法施行にあらためて意欲を示した。

 安倍首相は、「国民的な議論を深めていくために、一石を投じなければならないという思いで、2020年を、新しい憲法が施行される年にしたいと申し上げましたが、今もその気持ちには、変わりはありません」と述べた。

 さらに安倍首相は、「憲法改正を最終的に決めるのは国民だ」と強調した。(フジテレビ系)


【雑感】自民党は1955年結党以来一貫して「憲法改正」を党是としてきた。半世紀以上の時を経て、国会の三分の二を与党が制覇し改正発議ができる位置にまでやっと到達した訳なので、自民党総裁である安倍氏が改憲の意欲を強調するのは至極当然だろう。

 あとは日本国の主権者たる国民の投票により多数決で承認か否かを決める。憲法には「この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」とあるので、国民の半数以上という非常に高いハードルを越えなければならないイメージがあるのだが、実はけっこう曲者である。
 条文を読む限りでは、投票または選挙は具体的にどのようなシステムで行うかは記されておらず、詳しい方法は国会が決めることになるのだが、現在の国会で圧倒的イニシアチブを握っているのは安倍政権である。また条文には「その過半数の賛成」とあるが、「その」は投票者の半数以上を指すのか、総主権者の半数を指すのかで紛糾している。
 仮に投票者の半数であれば、従来の国政選挙の感覚で行われてしまうと半数程度が棄権するので得票率半分弱と合わせて考えると、憲法改正のハードルは総主権者の四分の一でOKなんて事にもなりかねない。
 なので改憲の現実味はかなり強くなっていると思った方がいいだろう。とどめにアメリカが改憲を支持すれば怖いものなしだ。

 自民党の改憲に対して、現国会では共産党・社民党・立憲民主党などを中心とする勢力が護憲を名乗り反対している。Twitter上ではしばしば護憲派を名乗る御仁が今上陛下や秋篠宮殿下の御言葉を引き合いに出して自民を批判し、それを社会主義者を標榜する左派の御仁が「天皇制を認める発言」だと護憲派の人を批判したりと奇妙な現状が発生している。逆に安倍政権を支持する一部の者が陛下や殿下を「パヨク」などと罵る。私が学生だった30年前なら荒唐無稽なギャグだ。(余談1)

 もともと共産党や旧社会党は「社会主義革命」を目指す革命政党を名乗っていた。なので言うまでもなく実は護憲ではなく改憲の立場だった。改憲個所は一条から八条である。
 左翼と呼ばれる勢力、日本では元々社会主義者を指していて、社会主義者にとっては天皇制を規定する一条から八条は容認できないものだった。廃止するべき特権階級を憲法が一条から八条という、いの一番に定めているからである。国民主権を定めた一条も、象徴天皇制を規定した後に「主権の存する日本国民の総意に基く」と続いている。左翼から見れば「天皇制を定めたついでに国民主権やと?!」となる。考えようによっては、積極的に天皇制を保障した憲法という解釈をする左翼の知人もいた。

 ところが、私が物心ついたころには左翼の改憲論は影を潜めていた。90年代に入ると共産党や旧社会党勢力の社民党や新社会党、そして民主党の一部は「護憲」を強調するようになった。土井たか子氏や辻元清美氏が護憲を訴えるテレビCMまで制作していたのを覚えている人もまだいるだろう。
 護憲を名乗るようになった理由は簡単である。改憲の土俵で闘っては、圧倒的に数が多く政権与党という有利な立場にいる自民党の改憲案に寄り切られる懸念があるからだ。戦争放棄を謳った九条をはじめ、基本的人権を謳った十一条から四十条が改悪されるリスクがある。(余談2) 
 故に変化を嫌う「保守的な日本人」の特性を利用し護憲を戦術として前面に出すようになった。自民党の改憲の土俵では闘わない。そして支持する数ある条文で特にインパクトのある九条を旗頭に、全国各地で「〇〇九条の会」が立ち上がることになった。

 但し、この護憲戦術には副作用がある。旧社会党系の市民運動に参加していた時代、私は天皇制を否定的に主張する人に大勢出会ったが、具体的に廃止に向けた改憲運動を展開する者は限りなくゼロに近い。護憲や護九条を主張しても一条から八条の改憲を訴えた時点でそれは護憲ではなく自民党案とは別の意味の改憲論者となる。
 「日本国憲法を守る」という主張である限り、一条から八条も日本国憲法の一部である。護憲派の多くは一条から八条は見て見ぬふりをした。九条をはじめ、十一条から四十条や、地方自治法を定めた九十二条から九十五条を「日本国憲法の精神」と見なして一条から八条は無かったかのように議論を避けた。
 事実上、天皇制の容認である。

 私が「事実上の容認だろ?」と突っ込みを入れた80年代・90年代の左派系市民運動家たちは顔を真っ赤にして怒ってきたものだが、最近は潮目が変わってきた。
 というのも、今上陛下が憲法への遵守を強調したり、秋篠宮殿下が憲法との整合性を懸念したりと、安倍政権下の日本国政府に異例の意見をされている。また参議院の山本太郎氏が園遊会の席上で今上陛下に書簡を直接手渡した事件は記憶に新しい、まるで足尾銅山の田中正造か226事件の青年将校のような感覚。
 自民党の圧倒的安定多数の議席下では護憲派も以前のような力はない。見方を変えれば、今上陛下とその御長男と御次男が最高の影響力を誇る護憲派となってしまわれた。かつての護憲派は初期の「週刊金曜日」の投書欄を読めばわかるように護憲を主張しながらも憲法の一部である一条と八条を無視して反天皇制を述べる「矛盾」を抱えていたが、今や陛下の言動を支持する護憲派がTwitter上で増えつつある。
 そしてかわりに安倍支持の「保守」や「右翼」が皇室を批判・・いや批判という次元ではない、「パヨク」などと見当違いの中傷する時代となった。

(余談1)念のためにいうが、「パヨク」はもっぱら左翼の別称であるが、その対象範囲は本格の社会主義者からリベラルな自由主義者まで範囲が広がり今では安倍政権に反対しないまでも異論・諫言・懸念の表明にとどめている者にも「パヨク」のレッテルを張る傾向が強くなっている。
 そういう意味では安倍支持者にとっては陛下や殿下も「パヨク」になるのだろうが、本来の左翼の別称という意味なら見当違いの中傷だろう。社会主義者にとって王侯貴族の特権階級はあってはならない存在なので、皇統の存続を常に考えておられる皇族が自らの存在を否定するはずがない。

(余談2)因みに私は当ブログやTwitterでも繰り返し主張しているように「表現の自由」真理教の信徒である。なので二十一条の支持者だ。


 
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[ 2018/12/11 00:43 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)
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晴雨堂の関心度が反映されています。当ブログ開設当初は「黒澤明」が一位だったのに、今は・・。
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