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ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

護憲派が抱えるジレンマ。 近頃の現象[一二八八] 

安倍首相 「改憲」あらためて強い意欲

 安倍首相は、臨時国会の閉会を受けて、10日午後6時に記者会見し、自民党の憲法改正案を国会に提示できなかったことに関連し、2020年の新憲法施行にあらためて意欲を示した。

 安倍首相は、「国民的な議論を深めていくために、一石を投じなければならないという思いで、2020年を、新しい憲法が施行される年にしたいと申し上げましたが、今もその気持ちには、変わりはありません」と述べた。

 さらに安倍首相は、「憲法改正を最終的に決めるのは国民だ」と強調した。(フジテレビ系)


【雑感】自民党は1955年結党以来一貫して「憲法改正」を党是としてきた。半世紀以上の時を経て、国会の三分の二を与党が制覇し改正発議ができる位置にまでやっと到達した訳なので、自民党総裁である安倍氏が改憲の意欲を強調するのは至極当然だろう。

 あとは日本国の主権者たる国民の投票により多数決で承認か否かを決める。憲法には「この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」とあるので、国民の半数以上という非常に高いハードルを越えなければならないイメージがあるのだが、実はけっこう曲者である。
 条文を読む限りでは、投票または選挙は具体的にどのようなシステムで行うかは記されておらず、詳しい方法は国会が決めることになるのだが、現在の国会で圧倒的イニシアチブを握っているのは安倍政権である。また条文には「その過半数の賛成」とあるが、「その」は投票者の半数以上を指すのか、総主権者の半数を指すのかで紛糾している。
 仮に投票者の半数であれば、従来の国政選挙の感覚で行われてしまうと半数程度が棄権するので得票率半分弱と合わせて考えると、憲法改正のハードルは総主権者の四分の一でOKなんて事にもなりかねない。
 なので改憲の現実味はかなり強くなっていると思った方がいいだろう。とどめにアメリカが改憲を支持すれば怖いものなしだ。

 自民党の改憲に対して、現国会では共産党・社民党・立憲民主党などを中心とする勢力が護憲を名乗り反対している。Twitter上ではしばしば護憲派を名乗る御仁が今上陛下や秋篠宮殿下の御言葉を引き合いに出して自民を批判し、それを社会主義者を標榜する左派の御仁が「天皇制を認める発言」だと護憲派の人を批判したりと奇妙な現状が発生している。逆に安倍政権を支持する一部の者が陛下や殿下を「パヨク」などと罵る。私が学生だった30年前なら荒唐無稽なギャグだ。(余談1)

 もともと共産党や旧社会党は「社会主義革命」を目指す革命政党を名乗っていた。なので言うまでもなく実は護憲ではなく改憲の立場だった。改憲個所は一条から八条である。
 左翼と呼ばれる勢力、日本では元々社会主義者を指していて、社会主義者にとっては天皇制を規定する一条から八条は容認できないものだった。廃止するべき特権階級を憲法が一条から八条という、いの一番に定めているからである。国民主権を定めた一条も、象徴天皇制を規定した後に「主権の存する日本国民の総意に基く」と続いている。左翼から見れば「天皇制を定めたついでに国民主権やと?!」となる。考えようによっては、積極的に天皇制を保障した憲法という解釈をする左翼の知人もいた。

 ところが、私が物心ついたころには左翼の改憲論は影を潜めていた。90年代に入ると共産党や旧社会党勢力の社民党や新社会党、そして民主党の一部は「護憲」を強調するようになった。土井たか子氏や辻元清美氏が護憲を訴えるテレビCMまで制作していたのを覚えている人もまだいるだろう。
 護憲を名乗るようになった理由は簡単である。改憲の土俵で闘っては、圧倒的に数が多く政権与党という有利な立場にいる自民党の改憲案に寄り切られる懸念があるからだ。戦争放棄を謳った九条をはじめ、基本的人権を謳った十一条から四十条が改悪されるリスクがある。(余談2) 
 故に変化を嫌う「保守的な日本人」の特性を利用し護憲を戦術として前面に出すようになった。自民党の改憲の土俵では闘わない。そして支持する数ある条文で特にインパクトのある九条を旗頭に、全国各地で「〇〇九条の会」が立ち上がることになった。

 但し、この護憲戦術には副作用がある。旧社会党系の市民運動に参加していた時代、私は天皇制を否定的に主張する人に大勢出会ったが、具体的に廃止に向けた改憲運動を展開する者は限りなくゼロに近い。護憲や護九条を主張しても一条から八条の改憲を訴えた時点でそれは護憲ではなく自民党案とは別の意味の改憲論者となる。
 「日本国憲法を守る」という主張である限り、一条から八条も日本国憲法の一部である。護憲派の多くは一条から八条は見て見ぬふりをした。九条をはじめ、十一条から四十条や、地方自治法を定めた九十二条から九十五条を「日本国憲法の精神」と見なして一条から八条は無かったかのように議論を避けた。
 事実上、天皇制の容認である。

 私が「事実上の容認だろ?」と突っ込みを入れた80年代・90年代の左派系市民運動家たちは顔を真っ赤にして怒ってきたものだが、最近は潮目が変わってきた。
 というのも、今上陛下が憲法への遵守を強調したり、秋篠宮殿下が憲法との整合性を懸念したりと、安倍政権下の日本国政府に異例の意見をされている。また参議院の山本太郎氏が園遊会の席上で今上陛下に書簡を直接手渡した事件は記憶に新しい、まるで足尾銅山の田中正造か226事件の青年将校のような感覚。
 自民党の圧倒的安定多数の議席下では護憲派も以前のような力はない。見方を変えれば、今上陛下とその御長男と御次男が最高の影響力を誇る護憲派となってしまわれた。かつての護憲派は初期の「週刊金曜日」の投書欄を読めばわかるように護憲を主張しながらも憲法の一部である一条と八条を無視して反天皇制を述べる「矛盾」を抱えていたが、今や陛下の言動を支持する護憲派がTwitter上で増えつつある。
 そしてかわりに安倍支持の「保守」や「右翼」が皇室を批判・・いや批判という次元ではない、「パヨク」などと見当違いの中傷する時代となった。

(余談1)念のためにいうが、「パヨク」はもっぱら左翼の別称であるが、その対象範囲は本格の社会主義者からリベラルな自由主義者まで範囲が広がり今では安倍政権に反対しないまでも異論・諫言・懸念の表明にとどめている者にも「パヨク」のレッテルを張る傾向が強くなっている。
 そういう意味では安倍支持者にとっては陛下や殿下も「パヨク」になるのだろうが、本来の左翼の別称という意味なら見当違いの中傷だろう。社会主義者にとって王侯貴族の特権階級はあってはならない存在なので、皇統の存続を常に考えておられる皇族が自らの存在を否定するはずがない。

(余談2)因みに私は当ブログやTwitterでも繰り返し主張しているように「表現の自由」真理教の信徒である。なので二十一条の支持者だ。


 
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[ 2018/12/11 00:43 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

原爆きのこ雲Tシャツ問題。もしBTSが許されるのであれば、パレスチナ人はエルサレムでSSの扮装して良いのか? そんな馬鹿なことはない! 近頃の現象[一二八七]  

ナチス帽着用でBTS非難

 米ユダヤ系団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」は11日、原爆のきのこ雲がプリントされたTシャツを過去に着用したことで日本のテレビ出演が中止になった韓国の男性音楽グループ「BTS防弾少年団)」が、過去にナチス親衛隊(SS)の記章をあしらった帽子をかぶったり、コンサートでナチスを想起させる旗を掲げたりしていたとして非難した。
 同センターのエーブラハム・クーパー副所長は「原爆被害者をあざけるTシャツの着用は、過去をあざけるこのグループの最新の事例にすぎない」と指摘。「BTSは日本の人々とナチスの被害者に謝罪すべきだ」と強調した。(共同通信)


【雑感】欅坂がハロウィンでナチス風の衣装を着た時、私は本来のハロウィンのコスプレ趣旨を考えたら妥当であると擁護した。というのも、悪霊に絡まれないために子供は悪霊の振りをするので、いわばナチス風は忌むべき悪霊扱いなのである。映画「ミケランジェロの暗号」で若いユダヤ人画商が生命の危機を乗り切るためナチス将校の振りをする場面と同様の理屈だ。
 敢えて個人的見解を申せば、BTSもナチス風セットでライブしたことがあるが批判はしないし、原爆Tシャツも不愉快ではあるが着るなとは言わん。

 ただ、擁護論と合わせてなぜナチス風衣装が忌むべきものであるかも理解しているし、そういった批判が生じるのも無理からぬことであるのも承知している。なので批判行為を否定するつもりはない。
 ナチス親衛隊の制服は非常に格好が良い。これはナチスファッションを称賛しているのではなく、画家志望でデザインに明るいヒトラーをはじめナチス指導者たちが大衆の憧れを煽るため綿密に計算されデザインされた制服なのでカッコいいと思ってしまうのは至極当然なのである。だからこそ、ナチズム復活を恐れるヨーロッパではお洒落で着るのもレッドカードなのだ。決して被害者の気持ちを酌んでといった感傷的な理由だけではない。
 そしてヘビメタなど、悪や毒を強調するサブカルチャーではナチス風が好まれるのもある意味自然の摂理だ。やや左寄りのリベラル志向のYMOの面々でも1983年散開ライブでナチス風ともとれる衣装と舞台で演奏して、BTSや欅坂ほどではないにしてもバッシングを受けた。(余談1)

 もう一度言うが、ナチス風衣装に警戒するのは感情論だけではない。元々大衆からの憧憬を得るためにデザインされた制服ゆえカッコいいと思ってしまうのは当然で、だからこそ危うさをはらんでいるから目くじらを立てる。
 なのでナチス風を否定する人々は、欅坂だろうがBTSだろうが等しくバッシングの対象としなければいかんのだ。たとえ日帝の被害国韓国出身のアイドルであってもだ。

 欅坂へのバッシングの時に気になっていたのだが、もし韓流アイドルがナチス風衣装を着たら同様に「注意」や「批判」ができるのか?と気がかりだったのだが、現状は極めて残念である。そして右派系にその問題を突っ込まれている状態だ。
 もし、韓国出身のアイドルがナチスの制服を着用するのがOKならば、パレスチナ人が堂々とエルサレムでナチス親衛隊制服を着ても許されるというのか? 


 残念な言動の代表例を挙げよう。

津田大介氏
BTS問題、Tシャツの趣味が良くないことは自明。あれ見た多くの日本人が怒るのも当然。しかし、それだけ原爆被害に対する思いがあるなら、ICANの取り組みを評価し、核兵器禁止条約に署名するよう現政権に物申し、広島や長崎の原水爆禁止運動を揶揄するようなことはやめて下さい。こちらからは以上です

 津田氏の見解と論は左派やリベラルの典型的な論調といえる。韓流アイドルを批判し辛い、渋々趣味の悪さを指摘するに留まり、なんとか批判の矛先を当事者BTSから逸らしてあげたい意思が丸見えである。もっとも、BTSへの批判を積極的に繰り出しているのが右派やネトウヨなので気持ちは解るが。
 ただ、せめて「あのTシャツは確かに許されないし怒りを感じるが」と述べてから擁護論に入ってもらいたかった。「趣味が悪い」レベルに留めては欅坂ナチス風コスプレ批判との整合性は無い。彼の主義主張なら趣味の問題では済ませられないはずだ。

シュナムル氏
普遍的な悪であるホロコーストや南京虐殺と比べると、原爆投下は正当化の材料を遥かに豊富に持っていて、それらにきちんと向き合って原爆非難の論理を組み立てるのは簡単じゃない。ましてや日本の侵略を擁護し南京虐殺を否認したりする口で原爆を非難しても、そんな倫理に微塵も普遍性はない」 

 津田氏の場合はまだ気持ちは解るのだが、このシュナムル氏に至っては「お前、大丈夫か?」と言いたくなってくる。後半の「日本の侵略を擁護し (中略) たりする口で原爆を批難しても、そんな倫理に微塵も普遍性はない」という理屈は判る。BTS批判を積極的にしている人々の多くにネトウヨと呼ばれてそうな人たちだから。
 ただ、シュナムル氏は反核論者だったのではなかったのか? その口で日本を攻撃した核兵器の正当性は「豊富に」認めてしまうのか? 津田氏の 「趣味」の問題にすり替えた詭弁どころのレベルではない。破廉恥な支離滅裂さである。
 また、こんな無茶苦茶な論を平気で展開し、注意や批判をする人たちに強弁を繰り返す人間にTwitterで1万人以上もフォロワーがついていることも奇怪である。
 彼の主義主張を信用してフォロワーになった人たちには、せめて「BTSを弁護するあまりに勇み足の暴論をぶってしまいました。撤回します。すみません」と陳謝した方がいいと思う。
 今のままでは、彼の論からは崇高な主義主張は見えてこない。日本憎し、ヲタク憎しの感情しか伝わってこない。

(余談1)83年暮れの散開コンサートではYMOの面々は演台をイメージしたセットで演奏し、周囲は黒のナチス風衣装を着用した白人モデルが親衛隊の如く侍り、舞台は赤を基調としとしたナチス風の旗を縦に垂らしていた。明らかにナチ党大会をイメージした構成である。
 しかし当時はバッシングがあったとはいえ、現在の欅坂やBTSほどではなかった。左派やリベラルが非常に元気であった83年と違い現代ではファシズムの復活傾向にあるので焦りなのだろうか?


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[ 2018/11/12 18:03 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

晴雨堂ミカエルは保守の立場で安田純平氏を支持する。 近頃の現象[一二八六] 

安田純平さん叩くタレント達に 
戦場ジャーナリストが物申す 
-橋下氏、たけし氏、松本氏、三浦氏へ


 シリアで現地武装勢力に拘束されていたジャーナリストの安田純平さんが解放され、帰国したものの、案の上、彼へのバッシングが行われている。とりわけ、ワイドショーなどで、紛争地取材についての深い理解や経験があるとは言い難いタレント達が、安田さんの事件について、様々な発言をしている。この間、イラクやパレスチナ等で取材を行ってきた戦場ジャーナリストの端くれとして、これらの発言に物申したい。(志葉玲

【雑感】上記はネット上では右派から攻撃の的にされている志葉玲氏の安田順平擁護論の冒頭である。私は保守中道なので視点は異なるが趣旨には賛同である。(余談1)
 志葉玲氏の論の続きを読みたい方は下記のサイトを参照されたし。

志葉玲氏記事掲載サイト

安田純平さん叩くタレント達に戦場ジャーナリストが物申す-橋下氏、たけし氏、松本氏、三浦氏へ

 晴雨堂は素直に安田純平氏を尊敬する。誰も行きたがらない死地へわざわざ銭かけて行くなんて奇特なことは私はできない。また、昨今の縮み志向の傾向が強い日本人(余談2)にとって、中東の危険地帯に日本人ジャーナリストがいるというのは誇るべきことだ。
 
 昔から日本人は冒険的偉業をする人にはバッシングする習性がある。白瀬中尉が南極探検隊を組織しようとしたときは官憲からのバッシングがあったらしい。当時のリベラル(左翼ではないよ)層の小金持ちたちを中心に出資してなんとか探検隊の体裁が整った。しかし、南極大陸の入り口で出会い交歓会をおこなったアムンゼン隊は驚愕したらしい。「漁船みたいな船でよくここまで」と。
 戦後では堀江謙一氏の小型ヨット太平洋横断がある。当初のバッシングは酷いものだったが、アメリカが堀江氏を英雄と称揚すると掌を反して好意的記事を書くマスコミの姿勢はなんともいじらしい。

 近年はそんな日本人の傾向が極端になりつつある。堀江謙一氏の場合は純粋に「冒険」であって社会貢献といった大義名分が無いからバッシングしやすい。ところが今は潮目が変わってきているのか、NPO組織に入って海外ボランティア活動をしている人々や今回の安田氏のようにジャーナリストとしての仕事で災難にあった人たちまでバッシングの対象になってきた。
 この調子では、そのうち海外へ渡航する人や外国人と所帯を持って海外へ移住する人もバッシング対象になりそうだ。

 私は戦場ジャーナリストではないから志葉玲氏とは視点が異なる。私の視点で安田氏を支持する根拠を述べると、日本の国力が伸び盛りの時は多くの異能者が現れて冒険的活動をする。明治の白瀬中尉がそうであるし、他にも果敢に海外渡航をして成果を上げた日本人は少なくない。
 堀江謙一氏もいわば戦後復興の象徴ともいえる。彼が冒険を成功させた直後に高度経済成長が始まり、多くの旅人が冒険旅行を始めるようになった。植村直己氏もその一人だ。

 これは私自身が体験し見たことだが、若いころにチャリンコで日本一周をした時、出会った同様の旅をする人のほぼ全員が大阪や東京などの大都市圏に住んでいた人で高学歴者だった。地方出身者でも大都市圏の大学に進学した人たちばかりである。(余談3)
 これを引いて世界に視点を広げれば、冒険的な旅をしている人々は欧米圏の人間が圧倒的に多い。逆に経済的に不利な環境に置かれている地域や、経済的に豊かでも言論活動を抑圧するなどの政体ではいない。いたとしても、それは必要に迫られての挙であり、自由な意思による自由な選択での行動とは違う。

 この現象を垣間見たため、私は安田純平氏のように冒険的仕事を自ら進んで行う人材をバッシングしない。国家の活力を図るうえで重要なバロメーターであると思うからだ。冒険的仕事を行う人材をバッシングする風潮は、国の活力が衰退している予兆とみる。
 私は国家の衰退に加担しない。


最後に「冒険」の定義を紹介する。
一「死の危険がある」
 この条件を抜かして、単なるスリルを味わうものであれば、ホラー映画を観るだけでも冒険になる。
二「主体性がある」
 徴兵で戦地に行くことは死の危険があるが、自分の意志ではない。兵隊は冒険家ではない。
三「歴史上初の快挙である」
 誰もやったことが無いのが重要。いま南極点に到達しても、それは個人レベルでは意味があるが、人類史上云々の意味は無い。
四「社会的意義」
 公共の利益があること。

(余談1)実はTwitterでほんの一瞬だが志葉玲氏とは相互フォロー関係にあった。ほどなく私へのフォローを解除ようだが、たぶん右派的な言動が気に入らなかったのだろう。

(余談2)一例をあげれば海外へ留学する日本人の人口が減っている。以前なら世界中で活躍している東アジア人といえば日本人だったが、近年は中国人や韓国人にとって代われつつある。 

(余談3)当時、日本アドベンチャーサイクリストクラブ関係の資料を見てデータを解析したことがある。関西出身がダントツで多かった。事務局長を務めている人物が大阪に住んでいるということもあるかもしれないが、日本でダントツに経済力があり有名大学が集中している東京よりも関西圏の冒険家が多いということは興味深い。そういえば堀江謙一氏も植村直己氏も関西出身である。



 
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[ 2018/11/04 13:40 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

「山口達也メンバー」が強制猥褻で書類送検? 近頃の現象[一二八五] 


【雑感】状況がよく判らないが、少なくとも日本テレビの朝の情報番組「ZIP」降板は確定、「鉄腕ダッシュ」も番組終了とダッシュ島撤収も視野、という事になるか。

 大筋で容疑を認めた以上は、彼に残された突破口は被害者に対する純愛を強調し年甲斐もなく勘違いをしてしまったとひたすら土下座するしかない。下手に抗弁すると傷口が広がる。

 記者会見は稲垣吾郎氏や草彅剛氏を参考にひたすら平身低頭だ。


 
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[ 2018/04/25 17:21 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(5)

「スタートレック」のMr加藤ことジョージ・タケイ氏(George Takei)にもセクハラ疑惑? 彼の日頃の言動からは信じられないのだが・・。 近頃の現象[一二八四] 

ジョージ・タケイにもセクハラ疑惑?

ジョージ・タケイのセクハラ疑惑の報道。
ジョージ・タケイ氏のセクハラ疑惑を報じるシネマトゥデイのtweet。

【雑感】信じ難い話である。
 当ブログの長い読者諸氏なら御存知のように、私はトレッキーである。小学生の頃から「宇宙大作戦」のファンであり、ブリッジで勤務するレギュラーの中で唯一の東洋人Mr加藤ことジョージ・タケイ氏に親近感を抱いていた。

 このドラマ「宇宙大作戦(スタートレック)」はアメリカの科学者や技術者にとってバイブルのような金字塔TVドラマであるだけでなく、アメリカの進歩的な階層に絶大な影響を与えている。

 ファンなら説明の必要はないと思う。20世紀世界から400年後の未来、5年間の調査飛行に飛び立った宇宙船エンタープライズ号に乗り組む船長以下乗組員が遭遇する事件や人間模様を描いた秀作だ。
 取り分け画期的だったのは登場人物である。主人公ジェームス・T・カーク船長こそ金髪碧眼系のアメリカンヒーロー的な人物なのだが、脇を固めるレギュラー出演者には人種的マイノリティを起用している。というのも、未来のアメリカは人種的偏見が克服されて様々な人種や民族が中枢に起用されている社会であるはずだとの制作者の判断がはたらいているのだ。
 奇しくもスタートレックのキャスティングは、放送開始から四半世紀後のアメリカ社会を表現したことになる。

 通信将校ウラ中尉(原版はウフーラ大尉)にアフリカ系女優のニシェル・ニコルズ氏が務めた。それまでのアフリカ系女優が演じる役柄といえば「風と共に去りぬ」に代表されるようにメイドや召使や農婦役ばかりだった。それがいわゆるキャリアウーマンの役として登場するのだ。召使ではない、キャリアを持った士官の役として、しかもレギュラーとして出演したのだ。
 NASAのアフリカ系技術者や宇宙飛行士、取り分けその女性たちは全員このウフーラ大尉に憧れて科学技術の道に入ったと言い切っても過言ではない。

 ジョージ・タケイ氏も航海士を務めるMr加藤(原版はヒカル・スルー大尉)に扮した。カーク船長とスポック副長とチャーリィ技術主任(原版はスコッティ少佐)が不在の場合は艦の指揮をとる上級士官である。当然、実際のアメリカではアジア系はアフリカ系と同様に冷遇されていた。
 ジョージ・タケイ氏はセクシャルマイノリティで長年社会の公的圧力に苦しめられていた。かなり年輩になって長年の同性パートナーと同性婚に踏み切ったが、その際には共演者であり長年の親友でもあるウフーラ役のニシェル・ニコルズ氏からの力強い後押しがあった事は有名な話だ。

ジョージ・タケイ氏本人のTwitter。
ジョージ・タケイ氏本人のtweet。
自分の生き方に反する行為をするはずが無いと身の潔白を訴えている。


 なので私は俄かには信じがたい。

 スタートレックにこんなエピソードがある。タイトルは「宇宙軍法会議(Court Martial)」主人公カーク船長が部下を殺害した容疑で軍法会議にかけられる。
 軍法会議のシーンで、ややこしい人物相関なのだが、カークの元恋人の女性弁護士が検察官に任命され、忠実に職務をこなしカークを弁護する証人たちを次々と論破していく。これを観たとき、アメリカ社会の合理性に感動した。私情を殺して仕事をするのだ。
 有能な検察に対し、弁護をするカークの副官Mrスポック「彼の今までの言動を考えると、このような犯行を行うのはあり得ない」と意見する。
 検察官は「彼はカークと親しいゆえの発言」と批判。
 それに対してスポックは「バルカン人は感情を入れない。論理的に考えて彼が犯罪を行う事はあり得ない」と反論。ところが検察官はすかさず「それは意見ですね」と突っ込まれスポックは「はい」と言うしかなくなった。
 犯行を否定する証拠ではなく、あくまでカークの行動から類推できる意見でしかない、それを強弁で無理な反論を並べることなく事実である以上は認めてしまう。

 私は一介のファンに過ぎない。しかもアメリカから見て外国に住んでいる。ジョージ・タケイ氏とは会った事もない。だから「彼の今までの言動から見ると考えられない」と意見しても、スポックの言葉ほどに説得力が無いのは判っている。
 しかし、歌手のマイケル・ジャクソン氏の児童虐待疑惑がでっち上げではないかという話が後から出てきたように、現段階ではなんともいえない。
 私はジョージ・タケイ氏を信じたい。


 
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[ 2017/11/13 12:38 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

稲垣えみ子氏よ、自著が図書館の本棚にあるというのは物書きとして誉れなんゃぞ。ホンマに解ってるか? 近頃の現象[一二八三] 

稲垣えみ子
「『図書館で借りて読みました!』、
私の本を読んでいただいたのは 
ありがたいのだが……」


 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

*  *  *
 先日、とある行政機関に呼ばれて大勢の方の前でお話をする機会に恵まれたのですが、現地へ行き、担当の方と顔を合わせ、よろしくお願いしますと頭を下げたら付箋のいっぱいついた私の本を持っておられたのでお礼を言おうと思ってよくよく見ると、なんと図書館で借りた本!

 こんなことは初めてで、予期せぬ光景に私、思いもよらぬほど動揺してしまいました。顔を殴られたような感じがしたのです。必死に気持ちを立て直してなんとか元気にお話をして帰ってきましたが、どうにも心は沈んだまま。

 そう、私は傷ついていたのです。

 それが何であれ、仕事には相応の苦労が伴います。そして、それに敬意を表してお金を払ってくれる人がいて初めてその人は仕事を続けることができる。あなたが懸命に作ったものを当然のようにタダで持っていく人がいたらどう思いますか。自分にはそんなにも価値がないのかと傷つきませんか。いや借りたっていいんです。読んでいただいたことに感謝いたします。しかしやはり……。

 そんなことをぐるぐる考えていたのですが、ふと気づけば私とてマッタク偉そうなことは言えません。

 送料無料の本を買ってお得だと思っているのは私です。配達してくれる人への敬意はどこに? 宅配便を届ける人がいなくなっているのはきっと多忙のせいだけじゃない。私のような人間から投げつけられる「敬意のなさ」のつぶては人の心を静かに殺していくのだと思います。

 お金とは、自分の欲望を満たすための手段。これまでずっと当たり前にそう思ってきた。だから同じものならちょっとでも安く、あわよくばタダで手に入ればラッキーと思ってきました。

 でも世の中はつながっているのです。得をした自分の反対側には確実に損をしている人がいる。そして気づけば自分がいつの間にかその損をする側に回っていた。これを因果応報という。ここから抜け出すにはまず自分のお金の使い方を考えねばなりません。 (AERA 2017年8月14-21日号)


【雑感】通常、他人様の文章を紹介する場合は一部数行分を抜粋する程度に留めるのだが、今回は稲垣えみ子氏が誤解されないよう配慮するため敢えてまとめて紹介した。
 紹介した彼女の文は既にネット上で無料公開されているため、一種のパブリックドメイン化となっている。なので当ブログで公開しても何ら問題は無い。

 最初に述べるが、彼女が言わんとしている事は理解しているつもりである。
 御自分の未熟な失敗例や不届きな面を最初に曝け出しておいて、オチは「世の中はつながっているのです。得をした自分の反対側には確実に損をしている人がいる。そして気づけば自分がいつの間にかその損をする側に回っていた。これを因果応報という。ここから抜け出すにはまず自分のお金の使い方を考えねばなりません。」で締めくくる。
 彼女の言いたい事は解っているつもりだし、オチは正論だと思っているし、オチだけに限っては全面的に同意であり支持するものである。

 しかし・・。

 彼女自身がおのれの未熟な一面としてあげたエピソードがどうしても聞き捨てならないのだ。いや、自分の未熟な一例を起承転結の「起」に使う演出は良いとしても、もっと他に未熟なエピソードは無かったのか? なぜ図書館の話題を出す?

 稲垣氏の記事の前半だけを読んだら、私は次のように怒鳴って叱りつけたい。

 「おまん、なに素人みたいなこと言うてんのや! アホか! それでもジャーナリストか! どの自治体も図書館運営が厳しいのを知らんのか! 司書が冷遇されている状況に、おまんは何も感じないのか愚か者!」

 もし私が稲垣えみ子氏であれば、自分の著作を図書館で借りて読む人を見かけても栄誉に思う事はあっても傷つくことは100%あり得ない。
 なぜそれが言えるのか?
 図書館も勝手に本を選んで陳列している訳ではない。無料の貸本屋ではなく、公益性のある書籍を収集して利用する市民に広く貸出しするのが図書館の役割である。その作業を行う人たちも、国家試験を合格した大卒の司書が書籍分類と図書館運営を行っている。(近年は自治体の財政難で民営化され司書も冷遇されつつあるが)
 自分の著作の公益性が認められ公共の財産として図書館に陳列されている、文筆業として誉れではないか。

 また図書館が購入する書籍を選ぶ決め手は、市民の推挙がある。「この本を入れてくれ」と要望する市民の声が相当数あれば図書館も応えてくれる場合がある。但し、あくまで図書館は貸本屋ではない。貸本屋は基本的に売れる本を並べるが、図書館は公益性のある本を選ぶのが建前だ。だから要望はあくまで市民からの「参考意見」なので、要望が大きくても選ばれるとは限らない。
 とはいえ、少なくとも熱心な読者の存在が稲垣氏の著作の公益性を認めて図書館に働きかけ、図書館もその価値を認めて購入した。
 文筆業として幸せな現象ではないか。この栄誉は文筆業に従事する人間誰にでも与れるわけではない。

 稲垣氏は随分とバチあたりな了見を持った人間であるか、上記の彼女の文章で判ろう。「顔を殴られたような感じ」を抱くなど、私には信じがたい発想である。よくそんな了見でジャーナリストをやれたものだ。
 傷ついたのは稲垣氏ではない。私ら読者である。「おまんはそんな人間やったんか」という裏切られた思いである。
 百歩譲って、図書館事情に不勉強で無知で世間知らずでジャーナリストにあるまじき愚かぶりに目を瞑るとしても、日ごろ自分が主張してきた論を「担当者氏」が実践し経費節減のため図書館で借りてきた本で事前勉強したのに、それを誉めるどころか、いざ自分が今まで他人様にしてきた仕打ちをやられて「傷ついていたのです」とは幼稚にもほどがある。

 こんな稚拙さを見せつけられてしまっては、今まで稲垣氏が吹いて回った論の説得力も激減する。そもそも私自身は稲垣氏の論に疑問を抱いていた。上記紹介の文を見て「馬脚を現したか」と思った。(関連記事へ

 それから私が憤る理由はまだ他にもある。それは稲垣氏が図書館利用を否定的に述べてしまった事だ。
 どの自治体も今や図書館運営が危機的状況にある。行政から見れば病院や学校でコストカットはやりにくいゆえ、図書館は鉈を振り下ろしやすいのかもしれないが、図書館は教育や文化の中核施設、今後ますます貧富の差が激しくなり教育を受ける機会格差も広がってしまう事を考慮すれば、無料で書籍を貸出ししてくれる図書館の必要性はますます大きくなる。

 ところが財政難で図書館の民営化が始まっている。何でもかんでも民営化すればいいというものではない。前述したように、貸本屋は「売れる本」を置く。図書館は「公益性のある本」を置く。これは大きな違いだ。既に重要な郷土史研究資料である古文書が棄てられたというニュースがある。売れる本と地域にとって必要な本は意味が違うのだ。
 司書の冷遇も大きな問題だ。アメリカでは元々書店が少なかった事もあるが図書館は地域の教育文化の牽引拠点であり、司書は修士の学位を持った者が務める。日本も大卒で国家ライセンスを取った者が司書になるのだが、扱いが貸本屋のオッチャン・オバチャンみたいだ。就職先も狭き門。

 図書館が劣化すれば、日本各地の教育文化も悪い影響を与える。教育水準の低下は、物書きにとっては自分の商品を買うてくれる市場の劣化と縮小を意味する。
 図書館を否定する文筆業者は自らの市場の劣化を促している事に気づかなければならない。農民が自分の田畑の土をいい加減に扱っているも同然だ。

 そして私のやっかみや嫉妬である事を認めたうえで敢えて言うが、低所得の工場労働者である私が「図書館とは何ぞや」と述べて、一貫して文章を書く事を生業としてきた彼女が「図書館で借りてきて読みました」と言われて傷つく。
 立場交換してくれや。俺の方が文筆業に相応しい。おまんは社会勉強のために時給1000円の派遣で工場へ行け。

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[ 2017/09/08 12:22 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(2)

映画「ワンダーウーマン」、中東各国で上映禁止やボイコット運動!? 主演女優がイスラエル軍兵士だったことに関係あるか。 近頃の現象[一二八二] 

“正義のヒロイン”似合わぬ 
ワンダーウーマン』主演女優の
コワモテ素顔、
日本の映画ライター達の平和ボケ


 各国で大ヒットのアメコミ原作のハリウッド映画『ワンダーウーマン』が今月25日に日本でも公開されたことに絡み、国内メディアも一斉にこの映画を紹介している。その多くが、同映画の主演女優ガル・ガドットについて、「兵役経験もあるスーパー美女」「兵役の経験がワンダーウーマンへの道開く」etcと、彼女のキャリアについて、あまりに無邪気、或いは無神経とも言えるような報じ方をしている。だが、ガドットの経歴やそれにまつわる発言は、中東の国々では『ワンダーウーマン』の上映禁止やボイコット運動も招いているセンシティブな問題なのである。(ジャーナリスト志葉玲の命で語れ!日本と世界)

【雑感】私はどちらかといえば、太陽のような笑顔が魅力のリンダ・カーター氏主演のTVシリーズが好きだ。今年日本でも公開された映画のガル・ガドット氏も嫌いではないが、妙に洗練し過ぎて逆に味気ない。

 さて、この映画、中東諸国では上映禁止やボイコット運動が発生して政治的問題に発展しつつある。政治的問題になるのは当然で、彼女はイスラエル軍の元兵士であり、新兵訓練キャンプでトレーナーをやっていた経歴が必ず中東世界を中心に物議を醸しだすと見ていた。

 バラエティ番組などで彼女の経歴が紹介されたときは、元軍人だけあって鍛え抜かれたナイスボディと迫力ある殺陣、といった評価だった。ただしこの元軍人というのにどんな意味があるか。
 軍隊というのはどこの国でも概ねそうだが保守右翼なのである。現政権に忠実であり現体制に反抗しない。もし反体制の軍隊なんぞあったら、それはもはや革命軍であり、そんな軍隊がいたら内乱が勃発してもおかしくない政情不安な状態である。

 彼女も元イスラエル軍兵士だけあって極めて保守的なユダヤ人の価値観の持ち主である。イスラエル軍はパレスチナを侵攻し非戦闘員がいる施設にも情け容赦なく攻撃したことで世界中から批難されたが、彼女はイスラエル軍の蛮行を支持し正当な行為であると信じて疑わない。
 ユダヤ人に仇なす存在は悪であり、ユダヤ人に仇なす存在と闘う事は正義である。そして「ワンダーウーマン」で主人公が闘うのはユダヤ人虐殺を行ったナチスドイツ。彼女の中には一片の矛盾も呵責も曇りもない晴れ渡った正義なのである。人権派のジャーナリストがどう批難しようが、彼女の耳に届いても意味不明の雑音にしか聞こえないだろう。

 そういった背景を知ったうえで、彼女の美しい肉体と殺陣を愛でるのも一興だ。なぜ私がこの映画が話題になり始めた頃からリンダ・カーター版の方を推薦し続けた意味が御理解できよう。
 このTV版は悪趣味アメリカンまるだしながら太陽のような明るさがあるが、この映画は完全にブラックなエロ目線でしか観れないのだ。



【追記】Twitter上で誤りを指摘された。舞台は第一次世界大戦下のヨーロッパであり、当然のことながらナチスドイツは存在せずパレスチナではまだユダヤ人とパレスチナ人との対立は表面化しておらず共存していた。これは失態。やはり未鑑賞の内に論評するとろくな事が無い。

 読者の皆さん、ごめんなさい。私の間違いでした。

 なぜ間違えたのかというと、TV版初期シーズンでは第二次世界大戦時が舞台となっていてワンダーウーマンが闘う相手はナチスドイツだった。
 となると、映画でどうして第一次世界大戦に設定を変えたのか気になるところだ。



 
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[ 2017/08/26 22:49 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)
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