晴雨堂の耕晴雨読な映画処方箋
 晴雨堂ミカエルの飄々とした耕晴雨読な映画処方箋。  体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。

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↓私の愛車と野営道具を入れたリュックです。

晴雨堂ミカエル

Author:晴雨堂ミカエル
 映画好き・猫好き・ドイツビール好きです。よく晴れた爽やかな日はマウンテンバイクでサイクリングをしながら風景や野良猫を撮影します。
 リタイア後は田舎に帰り、晴天は畑仕事や庭いじり、雨天は読書や映画鑑賞の文字通り耕晴雨読の日々をおくるのが夢です。
 お金があれば郷里に「晴雨堂オタク記念館」を設立して地元の文化交流の発信基地にしたい、連れ合いは怒るだろうが。館長に任命してやるといったら言下に断られた。
 
 ブログを始めたのは2007年5月から、本格的に参考書に目を通しながら運営を始めたのは同年11月から、操作方法で度々ミスがあると思いますがご容赦のほど願います。
 現在、少しずつですがブログを観やすいよう整理を行なっています。


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2007年10月29日設置

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晴雨堂が独断と偏見で処方した映画作品。
下段5項目は晴雨堂の日常です。

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「ソナチネ」-青春をかえりみたい時に 12
【2008/02/08 11:49】 映画・・青春をかえりみたい時に
クラスメイトを思い出す。
 
 
(未DVD化)
 
 日本では北野武監督の「ソナチネ」が有名だが、このカナダ作品のほうが北野作品よりも10年ほど前に公開されているので「本家」だ。内容も雰囲気も全く違う。
 この「ソナチネ」は学生時代に観た。当然のことながら、高校生くらいの少女を演じる俳優たちは私と同世代かやや歳下の女優であり、彼女たちが扮するキャラに似た女性は身近にいたので、私には強く印象に残っている。
 
 カナダの作品だが全編フランス語だ。だからケベック州が舞台なのだろう。(余談1)20年以上昔に観たきりなので記憶が変質しているかもしれないが、黒地にタイトルが白く?表示されたときに2人の少女が声だけの出演で笑いながら軽快に「SONATINE!」と掛け声をかける。そこから物語がスタートする。
 だから軽快な青春ドラマかと思って観ていたが、内容は陰鬱なものだった。
 
 主人公は2人いる。1人は大人しそうな美少女、引っ込み思案な性格なのか言葉ですら意思表示ができないでいる。もう1人は一見すると派手で行動力があって発展的だが、コミュニケーションが不器用だ。自己表現が違えど、主人公たちは孤独である。
 物語前半はそんな彼女たちのエピソードを個別に淡々と描写していく。描写が行き届いているのは、やはり監督が女優あがりだからか。当時、藝大に通っていた私は、この映画を観ながら「なるほど男性では描けない」と感心したものだ。
 
 物語後半は、2人が連れ立って都会を放浪し、大量の睡眠薬をもって地下鉄に乗り、「誰も止めなければ死んでしまう」と大書きしたプラカードを周囲に見せながら危険なゲームをする。
 2人が最初から友人だったのかは覚えていない。しかし助け合って前進していく「友人」ではなく、たまたま死への波長が合ってしまった「共鳴者」だ。2人連れ立っていても、2人はお互いに孤独であることを確認するのみのようだった。(余談2)
 危険なゲームは、これだけ大勢の乗客が乗り合わせているのだから誰か気付いて孤独から解放してくれるかもしれない、という期待を込めた行動だった。自分たちのことを確実に誰かに気がついてほしくて人込みの中で睡眠薬を服用した。全くナンセンスな行動だ。
 結局、2人は孤独のままだった。
 
 この作品はDVD化されていない。(余談3)いま孤独や無関心は現代病ともいわれている。自殺サイトなど、それだけ「同志」が集まったら何か新たな打開策や生まれてもいいものを、結局自殺しか考えない。そんな時代だからこそ、観て欲しい映画である。ビートたけし氏へのファンには申し訳ないが、彼の「ソナチネ」よりも、こっちの「ソナチネ」だ。
  
(余談1)ケベック州はフランス語を母語とする自治体。むかし、カナダからの分離運動で新聞を騒がせた。
 
(余談2)大学時代、女友達から過去の自殺未遂体験などを聞かされた。その話している仕草が主人公たちにそっくりだった。あのとき私の脳裏にビートルズの「She Said She Said 」の曲が流れた。
 
(余談3)前に読売テレビの深夜番組「シネマ大好き!」で放送された字幕完全版をビデオに録画したはずだが、トランクルームに押し込んだまま所在がわからない。
 

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「誓いの休暇」-青春をかえりみたい時に 11
【2008/01/30 13:19】 映画・・青春をかえりみたい時に
切ない青春
 
 

 
 最初に買ったLD(余談1)がこの作品である。最初に見たのは深夜のテレビ放送だったと思う。高校2年生だった。私がソビエト映画に興味を持つきっかけとなった美しく切ない恋愛物語である。
 
 これはスターリンの強権政治からフルシチョフの穏健開放政策へと移った時期に製作された。もっとも、この春のような時代はすぐに終わり、再び20年ほど窮屈な政治が続くのだが。
 共産圏の戦争映画を観た人なら判ると思うが、登場する主人公たちは全員「英雄」である。命惜しまず勇ましく侵略者と戦う人間離れしたスーパーマンたちだ。旧ソ連・東欧諸国・中国、国や民族は違えどみな同じ描き方になるのが面白い。しかし、この作品では完全に一線を引いている。
 まず、主人公の少年兵からして、戦車から逃げ惑い、たまたま怪我の功名で戦車を爆破してしまい、「英雄」として評価され久しぶりの休暇を許される。休暇の途中では賄賂をねだる兵士や、出征した上官の留守に男をつくる妻、せっかく頑張って人を助けたのに労いの言葉をかけないどころか「ボサっとするな」と非難する列車の乗客など。
 文章で状況だけを書くと、みんな悪人のように聞こえるかもしれないが、悪ではない。厳しい時代を精一杯生きている当たり前の人間臭さを描いた映画、つまり安直なスーパーマンが居ない鑑賞に堪える映画なのだ。
 
 第二次大戦が舞台だが、戦闘場面は殆ど出てこない。少年兵が休暇中に体験した青春らしい青春の日々が核となっている。他愛ないありきたりの青春ドラマだが、おそらく主人公にとっては最期の青春のときである。それが観客に切なさを与える。何故なら、冒頭で喪服?姿の母親が登場するから、主人公は既に死んでいる事が明らかなのである。
 
 恋愛ドラマといっても、フランス映画のように安易なセックス場面は無い。アメリカ映画のように感動の無いキスシーンも無い。正味のプラトニックな淡い恋で終わる。休暇をもらった生前の少年兵は、列車で訳ありの少女と出会う。(余談2)暫くして打ち解け、お互いの顔を見ながら笑顔で弁当を口いっぱいに頬張ったり、美しい車窓からの逆光でシルエットになる2人の横顔が映し出される。後半になると、擬似夫婦(余談3)として行動を共にするなど、中高生時代の我々も恋人と経験した事がありそうなエピソードではないかと思う。
 
 主人公は女性を家までおくろうとするが、ヒロインは「私のために休暇が無くなる。早くお母さんのところへ」と遠慮し別れる。別れてから主人公は彼女の姿が夢に出てくるようになる。
 列車が空襲にあって破壊され、少年兵は必死に頼み込んでトラックを乗り継いで故郷に帰る。トラックの運ちゃんは文句たらだら言うが、結局は根負けして「仕方ない、人助けだ」と渋々故郷の村へおくる。村では噂を聞きつけた村人たちが集まって総出で歓迎する。母親とも会える。が休暇の日数は残っていない。再び死地へ戻っていく少年兵の後姿。
 
 冒頭で主人公の少年兵が戦死することが明らかになっているだけに、物語の核となっている少女との出会いと心の交流、上官の妻の浮気とそれを黙認する家族への青臭い憤り、帰郷した少年兵を出迎える母親と満面に笑顔の村人たち、何もかもが切なく輝く。
 
(余談1)DVDが登場する以前の記憶媒体。昔のLPレコードと同じくらいの大きさ。どんどん映像ソフトが気楽なものになっていく。本棚を占拠していたビデオテープ・LPレコード、かさばるだけでなく耐震性も大きく損なう。
 
(余談2)主人公の若い兵士を演じたウラジミール=イワショフ氏は二十歳くらいだった。ヒロインのジャンナ=プロホレンコ氏はまだ十代だったと思う。2人とも演劇学校の学生。パッケージの写真では顔は良くわからないが、イワショフ氏は日本のウェンツ氏に感じが似ている。プロホレンコ氏は若い頃のジェニファ=コネリー氏に似ている。
 
(余談3)軍人とその家族は優先される。ヒロインも主人公の「妻」の資格で乗り込む。2人は方便を使ったわけだが、擬似夫婦を楽しんでいるふしもある。
 

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「冒険者たち」-青春をかえりみたい時に 10
【2008/01/27 19:28】 映画・・青春をかえりみたい時に
左翼系友人が酷評した映画
 
 

 
 私は作品よりも先に映画音楽のほうを聴いた。最初の印象は何て単調で地味な音楽、何で唐突に口笛が入るのか? 映画音楽って「太陽がいっぱい」のように感動的な曲を使うものと思っていたのに、これは単なるBGMやないか。というものだった。
 実際に映画を観ると、青春の最後の輝きを生きる3人の主人公にぴったりの曲だった。レースに挑戦するリノ=ヴァンチュラ氏、照りつける太陽が眩しい赤道直下の大西洋で、飄々としたムードで宝捜しをする3人など、映像と合わせてみると、実に映える映画音楽だった。漫画家の一条ゆかり氏あたりが描いたらマッチしそうな作品である。
 
 しかし、左翼思想に傾倒した友人に言わせると、ボロンチョンである。「単なる3人の山師の物語やないか」「財宝はコンゴ人民から搾取したものだ。ヒロインの縁者に所有権は無い。コンゴ人民に返すべきだ」「こんなつまらん山師たちを『冒険者たち』とは片腹痛い」などなど。
 
 友人のご高説、理屈はもっともだし、「冒険」(余談1)については私も同意見だが、だからこの作品を全否定することには同調できない。というより、友人の論には少々カチンときたものだった。思想的に立派な主人公と悪辣な敵役の二元論構成の映画だけでは世の中窮屈で辟易する。社会の暗部を照らす映画ばかりでは気が滅入る。
 もし3人の主人公がコンゴの民衆に宝物を返したら、それはまた3人の志や考え方からして、ありえないだろうし「現実的」でない。また、コンゴは日本にとっては遠く馴染みの無い国だが、フランスにとってはアフリカ諸国の動向というのは常に時事問題で取り上げられるネタであることが、この映画で判る。それで良いのではないか。
 
 「スター」になることを夢見た平凡な3人の青春の残像というか残滓が放つ光ともいえる青春映画の佳作である。
 
(余談1)冒険というのは定義がある。
一「死の危険がある」
 この条件を抜かして、単なるスリルを味わうものであれば、ホラー映画を観るだけでも冒険になる。
二「主体性がある」
 徴兵で戦地に行くことは死の危険があるが、自分の意志ではない。兵隊は冒険家ではない。
三「歴史上初の快挙である」
 誰もやったことが無いのが重要。いま南極点に到達しても、それは個人レベルでは意味があるが、人類史上云々の意味は無い。
四「社会的意義」
 公共の利益があること。

 最低でも、一と二は冒険の条件として必要。映画の3人は一攫千金を狙って最低レベルの冒険を不本意ながらやってしまう羽目になった。といえる。
 
晴雨堂の関連作品案内
「冒険者カミカゼ」(未DVD化) 1981年作 邦画リメイク作
 千葉真一・秋吉久美子・真田広之の3氏による、リメイクというよりはパロディーといった感じの作品。軍艦島でのロケが新鮮。 
 

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「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」-青春をかえりみたい時に 9
【2008/01/24 12:49】 映画・・青春をかえりみたい時に
本当の完結編
 
 

 
 公開時、中高生だったろうか。当時は級友と話す話題はヤマト一色だった。この時期、ヤマト人気の勢いをかってアニメ専門雑誌の老舗「アニメージュ」が創刊された。表紙はもちろんヤマトである。この時期は雨後の筍のように「ジ・アニメ」「アニメディア」(余談1)などが創刊された。
 
 いわばヤマト人気の絶頂期であり、現在のアニメ業界が基礎を確立した時期でもある。今から考えれば、異常な盛り上がりを背景にすれば西崎プロデューサーが「すみません、ヤマトを続けます」という趣旨の発言をし、ファンが喝采をあげるのは無理からぬことである。しかし、場末のファンとしてはこの作品で終えてほしかった。続編を創る事を睨んでこの作品を大幅に改編したTVシリーズは、観れたものではなかったからだ。(余談3)
 
 ヤマトはもともと綿密に設計された完成度の高い良質の物語だったが、初回は視聴者に支持されず名作「アルプスの少女ハイジ」にノックアウトされた事もあり、放送打ち切りにともなう改編と、再放送での急激な人気沸騰にともなう続編作成などで、けっして些細でない矛盾点がいたるところに発生したが、それでも作品の質を損なわない勢いが、この作品まではあった。
  
 ただ、公開当時は周囲の雰囲気で感動するばかり(余談4)だったが、後になってこれは物語の根幹を揺るがす矛盾ではないかと思う点が見つかった。それは沖田十三の思想である。
 というのも、ガミラスとの戦いは白色彗星帝国との戦い以上に絶望的だった。冥王星での会戦では、戦力の点で話にならないくらいガミラスに遅れをとっていて一方的に負けていた。それでも沖田は撤退を命令して再起を図ろうとした。戦って果てることを主張する古代守と、生きよと命ずる沖田との問答は有名である。
 その沖田が、「愛の戦士たち」で「お前にはまだ武器がある。命だよ」と自爆攻撃を示唆するはずがない。(もちろん、古代の勝手な思い込みとも言えるが)さらに沈着冷静な島が、離艦を命令する古代に「無茶な命令には反問する権利がある」と反抗して自爆特攻に付き合おうとするのもおかしい。彼の性格なら、退却してゲリラ戦を展開することを主張するはずである。
 
 いずれにせよ、この作品で完結の予定だった。だから許せた。最後だからこそ主人公を含めた主要キャラの大半が容赦なく死んだ。ここまでキャラを殺してしまうアニメは、ヤマトが最初ではないだろうか。
 その物語の存在を全て反古にして続編を創るのは、当時も今も無茶な事だとやはり思う。

(余談1)この2誌の創刊号から廃刊号?までを知人から全号譲り受けた。

(余談2)この作品以降、ヤマトの艦長席は艦内で最も危険な場所、という伝説が生まれる。このヤマトに影響されたのか? アメリカの「スタートレック」でも宇宙船エンタープライズ号歴代船長は死亡または半身不随になる伝説が生まれる。(パイクは重度の障害・スポック一時的に死亡・デッカー死亡・カーク紆余曲折の末死亡)

(余談3)TV版で良いところといえば、ズオーダー大帝の側近でたしか軍の最高司令官の肩書きを持つ女性だったと思うが、映画では単なる愛人程度の描写しかなかったが、TVでは謀略をめぐらせてデスラーを失脚させるなどキャラが活きていた。

(余談4)見せ場は至るところにあった。白色彗星帝国の客将に成り下がったデスラーはズオーダー大帝の前で精一杯の体面を保とうとニヒルな笑みを浮かべ軽く会釈しながら「感謝の極み」と謝辞を述べる。かつての第一人者にとっては屈辱感が滲む場面だ。
 ヤマトとの白兵戦になったとき、デスラー艦中枢コンピューターが破壊されてロボット兵士の制御ができなくなり、チェス型の制御盤の前で寂しく笑いながら「所詮は操り人形か・・」と呟くデスラーは哀愁漂う大人の格好よさが滲んでいた。
 白色彗星中枢に侵入した真田たちは時限爆弾をセットする。真田の作業を援護するため仁王立ちで盾になり銃を撃ちつづける斉藤。斉藤が倒れた後、真田は優しい顔で斉藤の遺体に「ありがとう」と語り、敵兵を睨みつけて無言で起爆装置のスイッチを押す。
 破壊工作を終えて古代と加藤の2人だけが生還するが、ヤマトに帰還したときには穏やかに眠るように息絶えた加藤の顔。
 満身創痍のヤマトに戻った古代は、「全砲門を開け!」と命令、主砲から煙突ミサイルまでありったけの火蓋を切る。しかし、敵の都市は破壊されるが、中から巨大戦艦が出現。勝ち誇る大帝、矢玉尽きたヤマトの若き艦長古代は尚も指をさし「お前は間違っている!」と叫ぶ。(その後の台詞はクサイが)
 これら名場面のたびに映画館の中はすすり泣く声が起こった。


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「パッチギ!」-青春をかえりみたい時に 8
【2008/01/15 19:27】 映画・・青春をかえりみたい時に
ハッキョ(学校)を知る入門編
 
 

 
 朝鮮学校を本腰に取り上げ話題になった最初のエンタメ映画になるのだろうか? そういう意味では悪くないのではないかと思う。
 
 私は「パッチギ」(余談1)よりも後の世代だが、それでも「在日」の友人知人らと昔話をするとき、やはり喧嘩をしたことが話題に上がる。今もそうかもしれないが、お互い気楽に付き合う相手ではなかった。その辺の部分はデフォルメされているとはいえ無難に表現されているのではないか。(余談2)
 
 私が中高生だった頃も、左翼思想に傾倒した教師が教科書から脱線して旧日本軍の戦争責任を問う授業をしていたし、今にして思えば強烈なのは音楽の授業は完全に教科書を無視して独自に作成した楽譜を配布して歌を習った。その中には沖縄民謡や反戦歌などが多数あり、特にショスタコヴィチの「スターリングラード市民は前進する」は強烈である。今でも私の好きな歌だ。(余談3)しかし、当時の私はそんな教師たちに反発して保守に傾倒し、部落研究会の級友と喧嘩した。
 
 制服姿の沢尻エリカ氏が可愛い。フルートを吹く場面などは監督の目のつけどころが良いと思う。というのも、ハッキョは各種学校の扱いだから文部省からの補助金も少ない。だから学費は高いし教師の給与は低い。朝高まで行ったら破産するとまでいわれていた。「在日」の就学対象者でハッキョに通うのは昔も今も2割程度である。沢尻氏扮するリ=キョンジャの親の努力が垣間見えるシーンでもある。
 
 「在日」をテーマにしたモノの評価が低すぎる傾向がある。しかし俯瞰で見てみると、同種テーマであるはずの「ウエストサイド物語」や「ロッキー」や「ゴッドファーザー」などが大好評というのは如何なものだろうか?(余談4) それどころか「パールハーバー」に至っては日本への悪意まるだしなのに喜々として見る日本人たち。
  
 日本にもハリウッドに負けない映画を創る素材は沢山ある。なのにできないしマニアックとして評価される。それがどうも不公平であり不当に思えて同調できない。それどころか、韓国朝鮮の「反日」には敏感でアメリカの「蔑視」に鈍感の傾向があるのは、恥ずかしいことである。
 同時に、ハリウッド映画に反発しながらも、映画創りの懐の深さを思い知らされる。

 もっと落ち着いて気兼ねなく映画創りができる時代への第一歩としてこの作品は評価できる。ただ、私個人としては努力賞的佳作とは思うが絶賛はできない。
 
 
(余談1)当時、やんちゃな旧友たちは額の生え際に剃りこみを入れて極端なM字型にしていた。それを「パチキを入れる」と言った。この言葉は大阪だけかな? この映画のタイトルを初めて見たとき、単語の由来はもしかして朝鮮語なのかなと思った。
 
(余談2)ディープな大阪人にとっては、ハッキョ(学校)は良い意味でも悪い意味でも身近な存在だった。生野区に住む知人など普段は「在日」の悪口を言うのだが、驚いたり感動したときに「アイゴー!(感嘆の言葉)」と叫ぶ。
 だからディープな大阪人から見て粗が少ない事が重要であるが、この作品は及第点ではないか。
 
(余談3)内容は、ナチスドイツの侵略で荒廃した町を復興させようと決意する歌。壮大なスペクタクル戦争映画の主題曲になりそうな歌である。人気の曲で、教育実習の音楽教師が「うまく弾けないのでやめる」と言うものならブーイングの嵐だった。
 ただ、ショスタコビッチは前衛的な音楽を作曲する人で、スターリンから「資本主義的」と睨まれていた。この楽曲はスターリンからの非難をかわすために作曲したという。つまり、ショスタコビッチは前衛音楽から売れ筋音楽まで難無くこなす才能を証明しているといえる。
 
(余談4)在米スパニッシュ・イタリアンの物語である。アメリカは自由で移民の国だから差別は日本よりマシと考えられがちだが、それだけに屈折していてえげつないところもあり、日本のほうがまだ優しいと思える場合も多々ある。
 
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