マルティン・トートシャロウ
マックス・フーバッヒャー(ヴィリー・ヘロルト上等兵) フレデリック・ラウ(キピンスキー一等兵) ミラン・ペシェル(フライターク伍長勤務上等兵) アレクサンダー・フェーリング(ユンカー憲兵隊大尉)
本作品はまだ少年のような年若さの脱走兵が機転を利かせて空軍大尉に成り済まし、周囲の期待に応えるように犯罪に手を染めていく過程を描いたブラックコメディである。しかも、これは第二次大戦末期に起こった「エムスラントの処刑人」事件の実写映画化であり、監督の弁によれば主犯のヴィリー・ヘロルトの犯行供述書に沿った内容で脚本を書いたそうである。なので本当に遺棄された車から制服を盗んだのかどうかは定かでない。
この作品には一人として「善良な市民」は登場しない。エンタメ作品に必ず観客を安心させたり納得させるために登場させる魔王のような悪人も神仏のような善人も登場しない。ごく有り触れた「普通の人間」たちが大戦末期の無法地帯と化したドイツで繰り広げる犯罪を描いている。
その申し子として大尉を詐称した小悪人ヘロルトを主人公とした。なので「ちいさな独裁者」という邦題は興行的にはやむを得ないとは思うが、作品内容からは些かピントを外したものと思わざるを得ない。
現代のSNS社会にも通じる悲喜劇。 冒頭からタイトルバックまでが長い。たぶん私の感覚が正しければ24・5分の尺を使っていると思う。
主人公ヘロルトが憲兵隊に追われる脱走兵だったのに何故空軍大尉を詐称できるようになったのか? そして彼が何故残虐な虐殺行為に手を染めるようになったのか、全てはタイトルバックまでの30分弱のプロローグに集約されていると思うし、プロローグに尺を割いた監督の意図が見て取れる。
冒頭、泥にまみれた見すぼらしい若い兵士ヘロルトが草原で軍用トラックに追いかけられている。追いかけるのは憲兵隊。憲兵は首に大きな犬の鑑札みたいなプレートをかけているのが特徴なのですぐ判る。(余談1)憲兵の指揮官は外套の肩に大尉の階級章を付けている。この「大尉」が物語のラストまでキーワードとなる。
逃げるヘロルトは顔から足先まで泥だらけ、しかも片足は軍靴を履いていない。襟の階級章と左袖のV字の徽章から上等兵であることが判る。まだ19歳か20歳くらいなのに左胸には大きめの空軍白兵戦章という徽章と左胸ポケットあたりに勲章を二つ付けている事(余談2)から、年若いが新兵ではなく戦場を何度も経験した古参兵であることもさり気なく描写されている。たぶん、ヘロルトは有能で機転の利く若者なのだろう。
憲兵隊大尉は拳銃で何度もヘロルトを撃つが当たらない。ヘロルトが当たらないようジグザクに走っているのもあるが、大尉もわざと外して弄んでいるのだろう。ところが平原から森に差し掛かるところで、さすがに本気で仕留めないと取り逃がすと思ったのか照準器付きのライフルを持ち出す。
ヘロルトは森の中の小さな段差を利用して身を潜める。追う憲兵隊大尉は灯台下暗しで気付かない。この機転の良さが今後の物語の展開を考えるうえで重要かもしれない。この後繰り広げる大尉詐称と犯罪行為の数々の伏線にもなっている。
ヘロルトは森を抜け村を彷徨う。途中、同じ脱走兵を見かけて行動するが、その相棒は卵泥棒の際に農家の飼い犬に噛まれて捕まり、騒ぎに目を覚ました住民によって殺される。
住民たちが相棒を殺すのに気を取られている隙をついて鶏小屋を脱出し危険な村や田舎町を抜けて郊外に出ると一台の遺棄された軍用車をみつける。後部座席には林檎を詰め込んだ籠と大きなトランクがあって、中には車の主の所持品と思われる衣類や雑貨が詰め込まれていた。主人公は籠の林檎を頬張りながら寒さをしのぐために暖かそうな将校用の外套をボロ軍服の上に羽織る。が、華々しい勲章(余談3)を幾つも付けた空軍大尉の制服一式を見つけ、結局全部着替えて大尉の扮装をする。
サイドミラーに映る将校姿の自分に見とれながら、歌ったり自分の運の良さを感謝したり、自分を追っていた憲兵隊将校の物真似をする。これによって、どういう経緯で憲兵に追われる羽目になったのかをさりげなく説明。
おそらく、彷徨っているところを憲兵大尉に呼び止められ、「なんだそのボロボロの靴は? 脱走兵か?」「貴様にチャンスをやる。走れ。俺は追いかけて撃ち殺す。走って上手く逃げてみろ」と言われたに違いない。
やがて一人の古参兵フライタッグが近づく。主人公の親くらいの年齢で、階級章から兵卒と下士官の間「伍長勤務上等兵」であろう。歳も階級も上の人物から敬礼され「隊からはぐれたので大尉殿の指揮下に入りたい」と言うのだ。
この時点で主人公はまだ大尉を詐称するつもりはなかったが、下僕の如く車のドアを開けるフライタッグに対しおそらく憲兵隊大尉の真似をして「身分証を見せろ、脱走兵ではないのか」と簡単な尋問をし、おそらく自分と同じように腹を空かせているだろうと思いポケットの林檎を渡す。
フライタッグは感激して林檎を頬張る。フライタッグから見れば自分よりはるかに年若いエリート将校が毅然としながらも自分を赦し腹を空かせている窮状を理解し食べ物をくれる訳だから。このフライタッグは物語の佳境で主人公の正体に疑惑を持っても最後まで忠実な「大尉付従卒」として行動を共にする。
日が暮れる頃に二人は村に到着する。主人公はフライタッグを騙したことで自信を持ち、村の食堂では本格的に大尉を演じる。村人は脱走兵たちの略奪ですっかり国防軍への信頼を失っていた。卵泥棒をしてきた脱走兵である当事者ヘロルトは事情通のエリート将校として演じ、咄嗟に「自分は特別な任務できた。諸君の被害を知りたい。上に報告して弁償させる。」と嘘をつく。
嘘の任務ですっかり村人を信用させたヘロルトは夕食(余談4)にもありつく。ところがその深夜、宿のベッドで横になっていると外から食堂の親父が呼ぶ声がする。外を見ると脱走兵1人が村人たちに捕まり引き回されていた。
脱走兵ヘロルトの経験上、この哀れな窃盗犯の脱走兵はこの後で嬲り殺しの運命、「飯食った分の仕事をしろ」という村人たちの意に沿い、ヘロルトは大尉として脱走兵を躊躇なく冷酷に拳銃で処刑する。断っても脱走兵は殺されるだろうし、下手をすれば自分の身分もバレるかもしれない。
「部下」として様子を見ていたフライタッグは「仕事」をした大尉を労い就寝の世話をする。「翌朝5時半に起こしてくれ」と命じ、一人になったヘロルトはハンガーにかかる空軍大尉の制服をベッドから見上げる。(余談5)
この制服を背景にやっと赤いフラクトゥール(亀甲文字・ドイツ独特の活字体)で「Der Hauptmann」のタイトル。
この後の展開はプロローグ25分の発展編と考えたらいいだろう。空軍大尉として振る舞い、出会った人々の期待に応えて虐殺に手を染める。
いわば無法と化した大戦末期ドイツによって作り上げられた「大尉」がヘロルトである。
(鋭意執筆中)
犯罪が明るみになり軍法会議にかけられるヘロルトの前にかつて自分を追っていた憲兵隊大尉が証人として出廷、なんと「私の周囲にいる将校たちと変わらない振る舞い」「兵卒だが指揮官の素養がある」などと弁護するオチつき。
(余談1)アメリカ軍では腕に「MP」の腕章をつけている。
(余談2)たぶん形状から空軍降下猟兵章と対空砲章もしくは地上戦闘章ではないかと推測されるが、私はミリオタではない上に動体視力が衰えているので視認できない。ヘロルトは空軍に所属しているが戦闘機関係ではなく空挺団でパラシュート降下舞台であることが判る。
(余談3)左胸ポケットに5種類ほどの略称。左胸ポケットにはヘロルトと同じ空軍降下猟兵章から空挺団の将校である事が判る。他に一級鉄十字章と戦傷章、第一ボタンホールには二級鉄十字章のリボンが飾ってある。
それから何故か左袖口片方だけに細い銀の腕章がついている。これは階級章ではなく従軍袖章、大戦初期の41年5月に空挺団はクレタ島で活躍したが、その作戦に参加したことを示す。
物語冒頭でヘロルトを弄んだ憲兵隊のユンカー大尉が前半の佳境で再登場し、大尉に化けたヘロルトの顔を覗き込むように見つめ「前に会ったな」と問いかけた時に、恐怖のユンカー大尉を前にしてやや緊張しながら平静を装い「クレタ島か?」と返す場面は盗んだ制服の袖章のためである。
もちろんクレタ島の作戦が行われた時、ヘロルトはまだ14か15歳の少年であるので、このハッタリは一世一代の賭けである。
(余談4)映像からでも美味そうに見える。私もドイツで同じ料理を食べたことがある。
この食堂の親父も訳知りのような雰囲気だった。フライタッグは如何にも飢えていたので「脱走兵みたいだな」と思ったに違いない。料理の皿をテーブルに持ってきて貪るフライタッグを一瞥しながら、同じように空腹なのに自制しながら将校らしく上品に食べるヘロルト。そんな二人を疑惑の目で見る食堂の親父。
(余談5)ドイツ西部の4月頃の5時半はまだ未明の夜。早々に村から逃げるつもりだろう。車に食料があるかどうかをフライタグに確認させている。
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