ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

実写版「ゴースト・イン・ザ・シェル」に対する押井守監督の見解。そして晴雨堂の意見。 

実写版「ゴースト・イン・ザ・シェル」に対する 
押井守監督のインタビュー


 実写版「ゴースト・イン・ザ・シェル」に対する押井守監督のインタビュー - Part 1
SFの金字塔「攻殻機動隊」の実写映画「ゴースト・イン・ザ・シェル」が来月公開される。公開を前に、IGNは1995年の「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」を手掛けた押井守監督をインタビューする機会を得た。(IGN JAPAN)


【雑感】押井監督らしい発言だと思った。
 しかし私は多くの点で監督の意見を表現者の範となるべき清々しい発言と思いながらも、意見を異にしている。「表現の自由真理教」の信徒を自負する私ではあるが、監督の意見に共感はすれど賛同しない部分もある。

 スカーレットは「考えられる最良のキャスティング

 「アジア人の女性が演じなければいけないという主張に根拠はない

 「映画の世界ではジョン・ウェインがチンギス・カンを演じたり、アラブ人のオマル・シャリーフがスラブ人のドクトル・ジバゴを演じることができます。こういうことは映画世界の慣習

 「それが許されないのなら、ダース・ベイダーは英語を喋ってはいけないことになる

 「反対している人たちは、私には政治的動機を持っているように思えてなりません。芸術の表現というのは、政治に縛られない自由なものであるべきだと信じています

 私が賛同できるのは、スカーレットの起用と表現の自由だけだ。もともと草薙素子は「日本人」でありながら顔つきは欧米風なので、むしろスカーレット・ヨハンソンは似ているのである。当初は白人が演じる事に違和感を抱いたが、Trailerを観て認識を改めた。酷似と言ってもいいくらいだ。
 逆に日本人が演じるとしたら誰なのか困るだろう。パッと思い浮かんだ女優は秋野暢子と江角マキコ、秋野暢子は雰囲気は近いが年嵩を重ね過ぎている、江角マキコは女優引退。30代から40代の女優で似ているイメージの女優はいったい他に誰がいるだろうか? ネット上で評判の小室淑恵はたしかに似てはいるが女優ではないし、矢島舞美はコスプレは良いかもしれないが年嵩が足らない。それにイメージが近いだけでなく豪快な格闘場面に耐えうる女優という人材となると私は厳しいと思う。
 個人的には栗山千明を推しているが。

 ジョン・ウェインがチンギス・カンを演じるというのは、昔から反感に近い違和感を抱いていたので賛同しない。映画世界の慣習というよりはハリウッドの慣習やろう、と言いたい。
 たしかに近年は邦画でも「テルマエ・ロマエ」のように日本人がローマ人を演じたり、古くは大映映画の「釈迦」で中村玉緒や山田五十鈴ら日本俳優がアーリア人を演じるなど日本映画界でも前例はあり、それらはそれで面白かったが、私はそれでも史実を意識した映画については考証は忠実であってほしい。
 「クレオパトラ」でエジプト王宮に金髪碧眼の侍女がいたり、「北京の55日」で西太后ら清朝の要人たちが白人まるだしなのは正直嫌悪である。メル・ギブソン監督「パッション」のようにメイクや演技でアメリカ人臭さを払拭してアラム語やラテン語が飛び交う世界の方が気持ちいい。
 ただ、「攻殻機動隊」は原作自体が無国籍風なのでどの国や民族が演じても問題は無いと思っている。この点については押井監督の意見と隔たりはあまりない。

 そして「反対している人たちは、私には政治的動機を持っているように思えてなりません。芸術の表現というのは、政治に縛られない自由なものであるべきだと信じています」については、
 前半部分の政治的動機については私の場合は趣味の問題であって要らざる勘繰り(政治的動機で反対する者も多いと思う)、後半の自由なものであるべきは賛成である。


 
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第2246回「映画を観るときは2D派?3D派?」 晴雨堂は基本2D派。 

こんにちは!トラックバックテーマ担当の岡山です今日のテーマは「映画を見るときは2D派?3D派?」です最近の技術の進歩には驚かされますよねほとんどの映画は3D版も同時に公開されて中には4D版もよく見かけるようになりました映画を見るときの選択肢が増えて嬉しいのですが、私はアナログタイプで映画館で映画を観るときは迷うことなく2D版を選択します平面的な方が私は落ち着いて鑑賞できるので2D派ですみなさんは映...
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【雑感】私も岡山氏と同じく2D派である。

 今の3Dはかなり進歩したかもしれないが、私には迫力を感じる事が出来なかった。ジェームズ・キャメロン監督の「アバター」あたりから流行りだしメジャーなハリウッド娯楽大作は概ね3D版も公開されるようになったが、顔から50cm手前に40cm×20cmくらいの長方形の立方体のようなスクリーンが浮かんでいるように見え、その中で人形がちまちま動いているような雰囲気で、壮大な世界観が逆に縮こまった感がした。

 なので3D版は観なくなった。専用ゴーグルを買ったが使用することなく居間の小物入れに数年間しまい込んだままにしていたら、ハイハイができるようになった息子が引き出しの中を引っ張り出してゴーグルを見つけ、自分の顔にかけて遊んでいるうちにフレームを折ってしまった。
 もちろん、新しいゴーグルは購入していない。

 今の3D版や4D版は進歩して臨場感満点の大迫力かもしれないので、また3D版も楽しみたいとは思っている。しかし、「第1963回『映画は迫力のある映画館派?まったり家で見る派? 』」でも答えたように、作品によりけりだ。
 技術が進んで原節子主演の「東京物語」がカラーの3D版にできたとしても観る気はしない。やはり白黒の2Dでないと納得できないし、戦後間もない時代の雰囲気を楽しめない。ジョン・カーペンター監督「ダーク・スター」は映画館よりもゴミ屋敷状態の四畳半で薄汚れたブラウン管TVで鑑賞した方が合っている。
 だが、カーク・ダグラス主演「スパルタカス」やチャールトン・ヘストン主演「ベン・ハー」は4Dでも観てみたい。

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昭和の天然記念物「サザエさん」を観ていると、ときどき切なく羨ましく思う時がある。 晴雨堂の晴耕雨読な日常[二六〇] 

番組改編で「サザエさん」生き残り、
昭和アニメに生き残る道はあるか


 フジテレビが6日、都内ホテルで4月改編発表会を開いた。メインスポンサーである東芝の経営危機などにより一部で打ち切り報道まで出ていた長寿アニメ「サザエさん」は、継続することがわかった。しかし最近ネット上では「つまらない」「打ち切りでいい」という声が出ているのも事実で、今後必ずしも安泰とはいえない。日本人なら知らない者はいないとまでいわれる、昭和が生んだ国民的人気アニメに生き残る道はあるか。(THE PAGE)

【雑感】サザエさん」は今や昭和の文化遺産である。戦後間もない昭和二十年代の大家族の雰囲気を今に伝える貴重な「時代劇」でもある。
 ネットで「つまらない」とか「打ち切りでいい」という声がある一方で存続してほしいと願う声も少なくないはずだ。そもそも100%支持される作品も100%反対される作品もこの世には存在しない。

 「サザエさん」は小学生時代よく観ていた。日曜夕方の時間帯は子供時代の私にとってはアニメの時間だった。小学一年生時代を例にとれば、風呂からあがって夕飯を食べながら「科学忍者隊ガッチャマン」を観、続けて「サザエさん」を観るのが習慣になっていた。
 ところが中学生になってから「サザエさん」を観なくなっていく。学校の水泳部に入り放課後や休日の練習に加えて友人たちとの付き合いもあって「サザエさん」放映時間は出先の事が多くなった。
 加えて「宇宙戦艦ヤマト」ブレイクによる本格アニメ文化の興隆と「アニメージュ」創刊で、それまでアニメであれば何でも分け隔てなく面白く観ていたものが趣向に激変が生じた。
 大人志向の「ルパン三世」も幼児向けの「ハイジ」や「キャンディ・キャンディ」も同じように面白く感じることができたのが、ヤマトやガンダムといったリアル志向の戦争アニメへとマニアックに特化してしまい、それが「サザエさん」から遠ざかる原因の第一になった。万人ウケのアニメに物足らなさを感じるようになっていく。

 高校生になると「超時空家族サザエさん」などと呼んで茶化したり突っ込みを入れたりもした。同じように超時空状態の家族に「ドラえもん」があるが、あれは登場人物こそ歳はとらないし人物相関も殆ど変化はないがドラえもんの関係者全員がまるごと時空を移動している。私が小学生だった頃はのび太の父母は戦中に子供時代を過ごしていたが、いつの間にか戦後生まれになり、今は私よりも歳下の設定になっている。
 しかし「サザエさん」はずっと1970年代で停滞し続ける。テレビが薄型液晶に変わる事はないし、波平がPCを操る事も無いしカツオが中島君とラインをやる事も無い。今や時代とのズレが家電などの小道具で顕著になってきたが、そのズレは私が高校生の頃から徐々に表れ始めていた。それが悪い意味で滑稽だった。
 サザエのトレードマークとなったあの髪型とて、本来は独特のファッションではなく戦後間もない頃の流行ファッション、私が高校一年生の頃に流行った聖子ちゃんカットと変わらない。波平やマスオさんの丸眼鏡も御洒落でかけているのではなく、戦後間もない頃のありふれた形だった。
 一時は昭和にこだわる「サザエさん」を過去の遺物と否定的にみなしていた。

 今は逆に「サザエさん」に対して強い憧れと切なさを感じる。まず、「サザエさん」を観ていたのは小学生時代の家族団欒の時間帯、そしていまタラちゃんくらいの歳頃の息子を持つ身となってしまうと、「サザエさん」のような「超時空」状態が羨ましく思う時が頻繁にある。
 息子の成長を願うと同時に、「サザエさん一家」のようにいつまでも歳をとらず人物相関も変わらず、停滞した幸せな時間の中で生きたい願望を抱くときがある。新しい出会いが無い代わりに別れも無い。

 俺も歳をとったのかな?

 連載や放送が延長になった結果、超時空状態になってしまっている作品は「サザエさん」だけではない。前述の「ドラえもん」もそうだし「名探偵コナン」も現役だ。しかしこれらは時代に寄り添い変化していく。「サザエさん」だけが私が子供だった頃の1970年代の世界のまま続いている。
 ここまできたら文化を扱うメディアの責務として昭和の平凡な家族風景を残す時代劇アニメを維持するのは意義ある事だと思う。平安時代を残す雅楽や室町時代を残す能や狂言、江戸時代を残す歌舞伎や古典落語と同じ域に来ているのではないか。冗談ではなく真面目な話で。




 
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「話の通じない人たち、SNSを利用して思う、議論に向かないメディアだ」〔1〕  晴雨堂の晴耕雨読な日常[二五九] 

SNSは、やはり議論に向かない。

2017.02.09Twitter画面
2017.02.09Twitter画面。
ユーザーの名前はイングリッシュ系、欧米のアニメファンによる作画か?
 
【雑感】こんな事をいうと、古くからの友人たちから「いやいや、ミカエルの方からあちこち喧嘩うってるんちゃうんか」と突っ込まれるが、そうだとしてもその「喧嘩」すら成り立たない奇妙な世界がネット社会の特徴かもしれない。

 まず、ネット上の議論は相手の顔が見えていないので、表情の無い活字による文面のみでやり取りする。直接相対しての議論なら、真面目に真剣に論を展開しているのか、怒っているのか、あるいは相手を小馬鹿にして戯言を並べているのかが相手の表情や語調などから読み取れる情報で推察できるのだが、活字は単なる記号でしかない。
 この表情の無い記号の並びが曲者である。

 よく軽んじられるのが言論界のルールである。これを知ってて無視しているのか、知らないで無視しているのか、よく判らないがあまりにも多い。
 例えば、私は相手の言に対して反論するとき、相手の言を抜粋する事も多々あるのだが、その場合はカギカッコ括りにして相手の発言を一字一句違わずに抜粋する。あるいはネット社会の場合は引用符「<」を抜粋文各行に冠する事もある。これは「自分ルール」ではなく言論界のルールである。
 それは相手の発言に対する反論を述べている事を正確に表す意図がある。相手に「お前の発言はこうだが俺はこう考える」を明確にするためで、口頭の議論と違い相手の発言が記録に残る利点を活かし念のためさらに強調する意味合いがあるのだが、それでも相手から「前後の文脈を考えろ」との批難を受ける事が多々ある。

 ところがネットではそんなルール無視なのである。
 相手が的外れの反論をされるので、「どういうつもりや」と問いただしたら相手は「貴方は○○と言った」というのだが、もはや私の元の発言とは似ても似つかない文面なのである。無茶苦茶だ。
 同じ日本語でも、住んでる地域や生まれた世代によって意味が微妙に異なる。だから通常の会話でも自分の発言が意図しない方向へ解釈されたり誤解されてしまう事が多々ある。しかし文章による議論は発言が「文」という記録に残るから、誤解を防げる利点があるのだ。
 しかし残念な事に多くの方々は口頭の世間話と全く同じ感覚で、他人の発言を自分勝手な解釈で捉えて反論する。下手をすれば、私が言ってもいない架空の発言に対して反論を試みるので、私にしてはもはや話にならないのだ。
 その上ネットでは相手が私への反感と悪意で作り上げた架空の発言が晴雨堂ミカエルの発言として拡散するので非常に迷惑千万である。下手をすれば名誉棄損の疑いすらある。

 ネットの無い時代であれば、市井の口頭の議論はある意味適当いい加減で、突っ込まれても「俺はそんな事いってない」「忘れた」でしらをきれた。
 雑誌や新聞紙上の議論では文章という記録に残る。議会や裁判では書記が発言を速記にて正確に記録するし、録音でも記録にとる。なので発言者は慎重に発言する。最悪、名誉棄損に抵触して紛争になる場合もあるからだ。
 ネット社会に於ける議論とは、市井の居酒屋の議論と違い、新聞や雑誌上の議論と同様の重さがある。場合によってはそれ以上だ。下手をすれば世界70億の人間へと拡散される可能性もゼロではない。
 なのに、SNSはコミュニケーションの道具以上の存在でもある事を意識しない人たちが殆どだ。市井の居酒屋での世間話と同じ調子でやりおる。

 もちろん、居酒屋での世間話と同じ調子で全く面識のないアカの他人と意見交換できるのがネットの良さであることを認めているし、私自身もかたぐるしい挨拶抜きで話しかけたりもする。(余談1)
 気をつけなければならないのは、自分の発言はネット上に残るという事である。居酒屋での無礼講と同じように会話ができるが、酒の上での行き違いでは済まない怖さがある事を私自身も含めて肝に銘じようではないか。

(余談1)その点をこないだTwitter上で「はるかぜちゃん」つながりで某氏から「注意」された。一言「横コメ失礼」とことわったうえで割り込んだので現代の感覚では無礼に当たらないと思う。一言無しでズカズカ割り込む人が圧倒的だからだ。
 ところが私の言動が遠慮のない無礼に見えたようである。それ自体は反論も否定もしない。相手も穏便に注意したつもりだと思うし、私も穏便に返答したつもりだが、相手はそうはとらなかったようだ。次第に喧嘩腰のやり取りになり某氏はブロックした模様。

 私は「博愛精神」なので基本ブロックしない。別段、多様性社会や世界平和云々を声高に主張している訳ではなく、趣味の延長でTwitterやっているだけなのでブロック機能を乱用する権利はあるし相手も正当な処置をしたと思っている。しかし私はブロックはしない。
 逆に多様性社会や世界平和を主張する左派系市民運動家関係の御仁にブロック機能を使う権利は無いと思う。多様性社会と世界平和を主張した時点でその権利は放棄したものと心得るべきだ。


 
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更新されなくなったブログ。 晴雨堂の晴耕雨読な日常[二五八] 

大掃除のついでにリンクの整理

サイトが既に存在しない事を示す画面。

【雑感】綺麗な部屋で正月を迎えるのが日本の風習であるので、年末になるとクリスマスが終わったあたりから各家庭で大掃除が始まる。
 実は掃除に適した季節は春先から夏にかけてらしい。空気が乾燥する今時分は塵が舞いやすくて掃除には不向きで、空気に湿り気がある季節の方が埃を吸着しやすく効果的に掃除ができる。欧米では雪解けの春に暖炉の掃除をするついでにまとまった掃除をやるみたいだが、日本みたいな年中行事化してはいないとか。


 さて、大掃除のついでにブログの整理もする。アクセスの多い記事には、追記したり写真や動画を加えたり、アフィリエイトのバナーを貼り替えたり。
 それら作業のなかで悩ませるのがリンクの整理である。

 来年5月で当ブログは10周年をむかえる。10年もやってるとリンクを張ったサイトの中には閉鎖されたり、更新しないまま数年も放置されたサイトが出てくる。閉鎖されたサイトは迷わず削除できるが、問題は放置サイトだ。
 私自身も当ブログ以外に主にAV作品を論評するサイトを運営しているが、2009年頃から放置状態である。いつか再開するつもりなので、他所のサイトも4・5年滞っているからといって削除する気になれない。
 しかし、そんな放置サイトがあまりに多いのだ。ブログを続けるというのは大変な事なんだな。

 ネットの友人たちの殆どは面識がなく本名も住所も知らない。相手が情報発信を止めたらたちまち安否確認が困難になる。


 
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天津優貴展に行ってきた。 晴雨堂の晴耕雨読な日常[二五七] 

天津優貴写真展に行ってきた。

天津優貴展2016
『閃光』 2016.11.9-11.13 京都gallery Main 個展

【雑感】京都五条通沿いの麩屋町通りに元は倉庫兼町工場風の古社屋がある。以前にも紹介した事があるが、現在は文化会館として藝術的なイベント拠点になっている。町興し村興しに関心がある私にとって前から気になっていた物件だ。(自分の生活もままならん時に村興しどころではないのだが・・・)

 そこで昨年と同様の晩秋に天津優貴氏が写真展を開いた。この13日(日)が最終日だそうである。
 実は私は息子から風邪をもらって先週木曜日からひどい状態だった。夜勤シフトだったので免疫力が落ちているのか、喉が少し痛いかな?と思っていたらたちまち炎症が喉全体へと広がり微熱が出たので土曜日の夜勤は休んでしまった。日曜日の朝になって熱が引き咳も治まり関節痛も無くなったので、昼下がりに京都へ行く事にした。咳をしなければ他人様へ感染させることはあるまい。

 天津優貴氏の存在は知るきっかけとなったのはTwitterである。昨年の5月頃にたまたま洪潤梨氏のtweetを見かけ井口昇監督が何やら楽しそうな映画企画を進行させている事を知り、彼女ら彼らのフォロワーになった訳だが、その過程で洪氏をモデルに写真制作をするカメラマンを知った。天津優貴氏である。

 当初、私は「あまつ まさたか」と読んでいたので男性カメラマンだと思い込んでいた。作風もどことなく昭和の薫りがするし、洪氏が参加しているユニット「ノーメイクス」のファン層はどちらかといえば中高年が多そうなので、天津氏は私と同世代のオッサンというイメージを持っていた。
 ところが洪氏らのtweetをよく見てみるとまだお若い女性、こないだも洪氏と一緒に女子高生風の衣装を着て写真に納まっていた。が、実際にお会いしていないので男性なのか女性なのか結論は今まで保留にしていた。
 今回、会場を後にしようと思っていた時に幸運にも会う事が出来たので私の中で「正式」に女性であると認識を改めた。

 さて、作品に対する感想だが、天津氏の作品は昨年もそうだが写真単体で観るのではなくギャラリー全体で観る性格のものである。
 作品の演出方法は大きなガーゼのような布を垂らしてカラー動画を映写し、ピアノと朗読をBGMに流し、布の後ろには被写体を撮った白黒フィルムをベタ焼きにして一コマずつ分割して貼り付けている。デジカメしか知らない世代には、ベタ焼き云々の説明だとなんのこっちゃ判らないかもしれない。
 人の作品をあまりパシャパシャと撮っては顰蹙と思い天津氏本人の許可を得て上記写真1枚しか撮っていないので、詳しくは天津氏のHPやTwitterを参照されたし。

天津優貴ホームページ
天津優貴Twitter

 で、感想に戻るが、私にとっては思春期の頃の仄かに哀しい残照のようなものを思い出させてくれる作品だった。今回、洪氏は被写体としての参加ではなく、BGMの朗読をしていた。事前に天津氏のtweetで朗読が棒読みである事を知っていたが、まっこと棒読みでも読み慣れていない稚拙臭い棒読み、しかも録音か拡声器が悪いのか何を読んでいるのか聞き取れない。まさにBGM、ピアノが合わさっているので中高生時代の文化祭を思い出す。
 洪氏が演技でワザと下手っぽい棒読みをして、天津氏が効果を計算して演出に使用したのなら大したモノである。少なくとも私の心にさざ波を起こし、忘れかけていた青春の残滓を引っ張り出させる事には成功している。
 出演女優全員が多感な少年を演じる金子俊介監督「1999年の夏休み」で描写された危うさに似ているような感がする。

洪潤梨朗読CD
洪潤梨氏の朗読はCD化され販売されていた。1枚1500円。

 ピアノ伴奏無しの朗読がCDで売られていたので購入。残念ながらギャラリーのBGMで流している朗読では何を言っているのか聞き取れなかったのだ。加齢で耳が悪くなっているかもしれない。
 購入するとき、天津氏は「洪潤梨さんのファンでしょ、Twitterでよく絡む」と話しかけてこられたので、「いやいや、ゆんゆん殿も売れっ子になってきたのでファンは卒業します」と返した。あるていど売れたり軌道に乗ってきたら、私はファンから去る習慣がついている。去らないまでも距離を遠くに置く。
 「まあまあ、そんな事いわずに」と天津氏はCDを手渡す。連れ合いが聞いたら「また、何をカッコつけてんねん」と嫌味を言うだろう。

 今回は天津氏本人に会えたので疑問に思う事をぶつけてみた。まずは壁に貼っているベタ焼きについて突っ込みを入れる。既に個展は終わっているので具体的に言っても良いだろう。
 素人の私の目から見ても、ベタ焼きが雑いのである。私が写真の現像と焼付をやり始めた10代の頃のレベルだったので、えっ?と思ったのだ。さらに頭を抱えたのは、ベタ焼きの1コマを500円で販売。「これを売るか? 高けぇ・・」と思わず声が出てしまった。
 藝術的な演出なのだろうか? その点を天津氏に尋ねたら、なんと本当に雑だったのだ。彼女の弁によれば協力者が現像してくれたそうなのだが不慣れで現像ムラや焼きムラができてしまったそうである。
 ま、ポートレートや商業写真ではなく藝術作品なので、買い手が納得した上での事なら問題は全くない。知人の画家も原価数百円(人件費は除く)の作品を2・3万で売っていたし。それに時代はすっかりデジカメ主流、フィルムやベタ焼きを見た事が無い人も多い事だろう。そういう意味では付加価値があるかもしれない。

すずなりのハートランド

 個展を観る前に腹ごしらえをした。個展会場から降りたところに「すずなり」というカフェがある。そこはホップの香り爽やかなハートランドの生を出してくれるから嬉しい。
 ホットワインを始めたらしいが、今日は暑い小春日和だったのでおでんを肴にビールにした。体調が悪い時に効くのはやはりビールだ。

【追記】2016年11月14日 天津氏がTwitterで返信。プロの方が敢えて濃淡が出る現像をやったらしい。またBGMも朗読の声が小さくなるように調整したらしい。
 前述したように、藝術作品で判断に悩むのがワザとなのかミスなのかの判別が困難というところだろう。

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町興し村興しのヒント(8) 有隣文化会館 晴雨堂の晴耕雨読な日常[二三五] 


 
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ドイツからF氏がやってきた。 晴雨堂の晴耕雨読な日常[二五六] 

ケルンでお世話になったF氏が 
日本にやってきた。



【雑感】ケルンでお世話になったF氏が日本に来ていた。交際している姪っ子に会いに先月末に来日して一か月ほど滞在、沖縄や広島などを見て回ったという。
 27日は連れ合いの実家に泊まり29日にドイツへ帰るという事なので、私は昨日仕事を休んで連れ合いと息子を連れ会いに行った。

 彼はあと半年で大学を卒業するのだが既に就職もしている。彼は以前にも留学で日本を訪れた事があるが、今回は有給休暇を使って来日した。日本では有給休暇を一日消化するだけでも同僚や上司に気を遣いまくらねばならないので、その結果消化率が悪い。仕事が好きというよりは職場の人間関係などを配慮しての事が多いのだ。ひと月分以上の有給を貯めておきながら使わずじまいに終わる事が多い。

 さっそく私は長居公園のオクフェスでリッヒャーを飲んだ事を話した。マールブルグのレストランで飲んだ思い出のリッヒャーがなんと大阪で飲めたのだ。
 残念ながら日本での流通はまだまだ先の話のようだが、ビットブルガーに吸収合併されたので今後日本で購入できる機会も出てくるだろう事を話したら、「えっ? ビットブルガーに合併されたんですか?」と知らないようだった。
 もっとも、日本人でもキリンとサントリーが合併しようとしていた話を知る者は少数だから、ドイツ人だからといってビール業界のことを全て掌握している訳ではあるまい。たぶん私は彼よりもドイツビールの事を知っているだろうし、彼はたぶん私より日本の文学事情を知っているだろうと思う。

 私は一応映画ブログを運営している人間なので、ドイツ映画談議に話をもって行った。どうも彼は特に映画大好きという訳ではなかったようだ。どちらかといえば、ハリーポッターなどの今どきの映画が好きで、27日も姪っ子とユニバーサルスタジオへ遊びに行ったという。
 「帰ってきたヒトラー(ER IST WIEDER DA)」がついに日本語で封切られた事を、タブレットで日本バージョンの予告編YouTube動画を見せながら説明すると、「ああ・・それじゃあ私も観ようかな」と呟くように言った。ケルンで話した時は彼の言動を深読みしてしまったが、単純にドイツ映画にはそれほど関心が無かっただけのようで、洋画ばかり観て邦画はあまり関心が無い日本人と同じポジションかもしれない。

 彼にお薦めのドイツ映画を聞いてみた。すると彼は「日本語のタイトルが判らないので・・」とメモ用紙に「DAS LEBEN DER ANDEREN」と書き始めた。話の内容は思い出せるが、今度は私も邦題が思い出せない。タブレットにいくつもキーワードを打ち込んでやっとYouTubeからtrailerを探し当てた。
 ところがである。彼はこの映画も観てなかった。主演のウルリッヒ・ミューエ氏の生い立ちについても私の方が詳しかった。これについても彼は「じゃあ、帰ったら観てみようかな」と呟くように言う。

 私はドイツ映画に興味を持った作品、ペーターセン監督の「Uボート」を紹介した。F氏も笑いながら「ああ、Das Bootね」とは反応が良かったものの、続けて「あれ退屈で途中から観ていません」と、私には信じがたい言葉が返ってきた。
 彼はテレビ版の長尺のことを言っていた。たしかにあれは戦闘場面よりもサブマリナーたちの艦内生活の日常が中心、臭ってきそうなジメジメした潜水艦で上司の悪口や猥談や悪戯ばかりが延々続く、連れ合いや姪っ子たちには退屈かもしれない。
 たぶん、F氏が姪っ子と感性が合うのだろう。だから仲が良いのかなと納得した。

 なんだか白けムードが漂いそうだったので下記の動画を紹介した。「エグいですねえ」と言いながらも、面白がっていくれた。


Vat19.com から。


 
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