ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。
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今日の晩御飯(61) 晴雨堂の晴耕雨読な食生活[百五十七] 

久しぶりの麻婆豆腐

2014年1月28日麻婆豆腐

【雑感】今週火曜日(1月28日)の「今日の晩御飯」である。
 
 上記写真、一見するとさも私が作っているかのように見えるが、実は9割がた連れ合いが作って置いてあったものである。
 残業を終え疲れ切った身体に鞭打ってチャリンコを45分間こいで帰宅して休む間もなく1歳児の息子を風呂に入れる。という努力を連れ合いは考慮して、私と息子が風呂に入っている間に概ね晩御飯をこしらえておく。
 風呂からあがると、連れ合いは息子に栄養価を考慮したジュースを飲ませる。その間に9割がたできあがった料理の最後の仕上げを私がやる。上記写真は9割完成の麻婆豆腐に水溶き片栗を加えてとろみをつける作業をやり終えた時に撮ったものだ。
 写真からでは判りづらいが、肉眼では唐辛子そのものの辛そうな紅色。私が作る時は豆板醤と赤味噌を混ぜるのだが、どうも豆板醤そのものの赤のようだ。私の好みは食べる直前に本場四川のように山椒を振りかけるのだが、むかし買っておいた中華の山椒が無くなっている。さては連れ合いが処分したか?
 
2014年1月28麻婆豆腐2
 
 この日の晩御飯は、丼飯に麻婆豆腐をかけた麻婆丼に浅蜊の味噌汁。ビールは限定醸造のフランス風の薫り華やぐヱビス。鮮やかな赤い缶が特徴、たしかにフランスのビールに近いような味だ。私は緑の缶のヱビス・ザ・ホップが好みなのだが、最近みかけない。
 さて、この麻婆豆腐、私でも非常に辛い。舌に刺す辛さだ。私が辛党だからといってこの豆板醤の量はない。連れ合いは私の雅な味覚を誤解している。辛けりゃ良いってもんじゃない。辛さを薄めようと飯を盛りながら食べた。

 些か麻婆丼を食い過ぎて腹が苦しいので、健康を考慮してすぐには床に就かず書斎で書きものをしていたら、台所から連れ合いの怪鳥音が響いてきた。何事かと台所へ行くと、般若の顔の連れ合いが怒鳴る。「三合、全部食べたん?!信じられへん!」「血糖値あがるから晩は炭水化物とらへん言うてたやん!」


 
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はるかぜちゃん、Twitter卒業? 近頃の現象[九百八十] 

はるかぜちゃん
ツイッター離れる宣言「品が悪すぎる」


 はるかぜちゃん”こと、子役タレントの春名風花が26日、「13さいになったらフェイスブックやtumblr、Instagramの年齢制限がとれるので、メインを他のところに移そうと思います」と、これまで多用していたツイッターから距離を置こうと考えていることを明かした。(シネマトゥデイ)

【雑感】はるかぜちゃん、Twitterから卒業するのかな? 寂しくなるなぁ。はるかぜちゃんのtweetは溜飲さがる思いになるので、喝采を送りながら拝見していた。
 ただ、完全にTwitterから足を洗うのではなく、速報性などの利便性からアカウントは残すらしい。Twitterは告示には便利だからな。

 Twitterに限らず、blogもFacebookも含めたネット社会は品の無いものだ。雑誌や新聞などは、組織が文章を発表する。必ず編集デスクが文面の良し悪しを審査してふるいにかける。ネットは個人がメディアを持つ世界だから、執筆と文責が兼任、しかし「文責」の自覚を持って文章をアップしている人は殆どいない。
 そもそも雑誌や新聞も品の悪いモノは少なくない訳で、むしろそういうモンだという割切りを如何にできるかが勝負になる。まともに受け止めてしまうと、社会に絶望しそうになるほど目の前が真っ暗になる時がある。

 だから、はるかぜちゃんのtweetは私にとって精神的な清涼剤だ。そんな気持ちでファンになった人は多いと思う。


 
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[ 2014/01/27 23:12 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(2)

梅田ガーデンシネマが来月末日で閉館! 近頃の現象[九百七十九] 

梅田ガーデンシネマ
2014年2月28日で閉館!

 
【雑感】Twitterから閉館の話を知った。残念でもあり、とうとうその時が来たかという思いもある。

 率直に言って立地条件は悪い。阪急梅田駅を降りて北側のヨドバシカメラ方面を見ると、一際そびえ立つ巨大なビルが見える。梅田スカイビルだ。ビルが巨大なので近そうに見えるが、歩くと8分から10分程度かかる。最寄の駅は阪急梅田駅なのでどうしてもこれだけ歩かなければならない。スカイビル方面には地下街は延びていないので、真夏に行くと汗だくになる。
 
 このスカイビルは梅田界隈では最も高いビルであり大阪キタや淀川河川を一望できる。空中庭園や地下の昭和初期風飲食街が目玉なので、駅から離れている割には人が多くちょっとした観光地・デートスポットになっている。(余談1)
 しかし映画館興行には立地は不利なので、必然的にメジャーな売れ筋映画は上映しない。大流行(おおはやり)の映画なんか上映しても駅前の便利で設備が充実したシネコンに客をとられるので意味が無いからだ。結果的にマイナー系の文学作品やハリウッド以外の作品を上映する。

 90年代後半では、スカイビルの麓の広場で毎年10月上旬に「ビールサミット」と称する世界のビールのお祭りが催され、ドイツビールファンの私は当然のことながら嬉々として顔を出した。ビル内の便所で用を足すついでに酔い覚ましがてらにこの映画館に入ったものだ。あの頃のスカイビルは私にとっては愉快な楽園のような場所だった。

 最近で観たのはアンジェイ・ワイダ監督の「カティンの森」やフィリップ・シュテルツェル監督の「アイガー北壁」で、その後は仕事や育児などで完全に足が遠のき、たぶんもう観に行くことは無いだろう。閉館までに一度くらいは観に行きたいが。
 上映作品のセンスは私好みだ。これは経営者のセンスが私と似ている事も当然あるとは思うが、やはり立地の制約による理由が一番大きいだろう。この場所で単館ミニシアターではそんな作品しか上映せざるを得ないのだ。
 
 既に複数のレビュアーが指摘しているが、この映画館には些か好ましくない問題がある。スクリーンが低い位置にあり、観客席の勾配が緩やか過ぎる。そのため前の席に少し座高の高い人・帽子を被った人・髪にボリュームをつけた人が座るとスクリーンの一部が隠れる恐れがある。まるで公民館の一室を映写室にしたような感じだ。まだ私の母校の視聴覚室のほうが映画館らしい。ミニシアターなので仕方が無いかもしれないのだが。
 それでも郷里の高知の山里に比べれば便利はすこぶるいいかな。(余談2)
 
 梅田ガーデンシネマ閉館後の跡地は、幸いにも階下の映画館シネ・リーブル梅田の増床として活用される。ガーデンシネマ時代のような上映方針を続けるかどうかは未定だが、映画館だった痕跡を消されて全く異なるレストランやフィットネスや普通の事務所などになるよりは、シネ・リーブルの1スクリーンとして再出発のほうがマシだ。 
 
(余談1)敷地内にある少し広い庭園はけっこうお気に入りだ。
 
(余談2)高知でも高知映画上映ネットワーク(えいね~)が頑張っている。有志による県内公民館上映だ。しかし、物理的には高知市内へ行かないと映画は観れない。私の郷里からはバスと電車を乗り継げば2時間から3時間、車で1時間以上はかかる。
 

 
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[ 2014/01/26 08:05 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(2)

「大空のサムライ」 絶望から脱出しよう〔37〕 

大空のサムライ」 
冒頭で坂井三郎氏本人がカメオ出演。

 

  
【原題】
【公開年】1976年  【制作国】日本国  【時間】102分  
【制作】
【監督】丸山誠治
【原作】坂井三郎
【音楽】津島利章
【脚本】須崎勝弥
【言語】日本語 一部イングランド語       
【出演】藤岡弘坂井三郎一飛曹)  志垣太郎(笹井中尉)  大谷直子(本田幸子)  田辺靖雄(大野二飛曹)  島村美輝(野村一飛曹)  伊藤敏孝(-)  福崎和宏(前田二飛曹)  平泉征(中川一飛曹)  平田昭彦(大薗中佐)  地井武男(滝一飛曹)  丹波哲郎(斉藤大佐)  島田順司(半田飛曹長)
      
【成分】勇敢 絶望的 切ない かっこいい ゼロ戦 戦争映画 ラバウル ガダルカナル 第二次大戦 1942年~現代  
  
【特徴】撃墜王として著名な元ゼロ戦パイロット坂井三郎氏の自伝を映画化。主演には「仮面ライター」で人気俳優となった藤岡弘氏が務める。
 
 零戦の編隊飛行や空中戦場面は円谷門下の川北紘一氏が特撮監督として辣腕をふるい、非常にうまく演出しているのだが、現在のCGに慣れた目で見ると模型丸出しであり、同時代のハリウッドの戦争映画と比べてもリアリティーは劣る。そのため邦画としてはそこそこ制作費を使っているにも関わらずB級映画の珍味に観られる可能性がある。  
      
【効能】主人公坂井三郎の生き抜く執念に感動する。冒頭の坂井三郎氏本人のカメオ出演に驚く。
 
【副作用】B級臭さにガッカリ。出演者たちの大仰な演技がわざとらしい。
 
下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。記事に直接アクセスした場合は、この行より下がネタばれになりますので注意してください。

「永遠の0」 カップルで泣きたい時に〔27〕 

永遠の0」 
政治色を極力抑えた特攻モノ秀作。

 

  
【原題】
【公開年】2013年  【制作国】日本国  【時間】144分  
【制作】
【監督】山崎貴
【原作】百田尚樹
【音楽】佐藤直紀
【脚本】山崎貴 林民夫
【言語】日本語       
【出演】岡田准一(宮部久蔵)  三浦春馬(佐伯健太郎)  井上真央(松乃)  濱田岳(井崎)  新井浩文(景浦)  染谷将太(大石)  三浦貴大(武田)  上田竜也(小山)  吹石一恵(佐伯慶子)  田中泯(景浦(現代))  山本學(武田(現代))  風吹ジュン(清子)  平幹二朗(長谷川(現代))  橋爪功(井崎(現代))  夏八木勲(賢一郎)
      
【成分】泣ける 悲しい 勇敢 絶望的 切ない かっこいい 第二次大戦 カミカゼ 1940年代前半~現代  
  
【特徴】第二次大戦末期、アメリカ軍に対し自爆攻撃を行った神風特攻隊を題材。百田尚樹氏のベストセラー小説を映画化。ジャニーズ系アイドルで近年演技力を高く評価されている岡田准一氏が主演を務める。
 
 百田氏は近年保守系論客として右派市民からは称賛され左派市民から酷評されている立場の人だが、この手の作品にありがちな政治的思い入れによる戦争美化的演出過多はあまり見られず、感涙を誘うエンターテイメント作品としては完成度が高い。

 「パッチギ」で映画賞を総なめにし右派市民から批難されている井筒和幸監督は、当然のことながら本作を戦争美化映画として酷評している。
 
      
【効能】主人公たちの純愛に感涙。
 
【副作用】巧妙な戦争美化・自爆美化にしか見えず激しいアナフィラキシー的拒絶反応を起こす。
 
下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。記事に直接アクセスした場合は、この行より下がネタばれになりますので注意してください。

もうすぐバレンタインデーか。 晴雨堂の晴耕雨読な食生活[百五十六] 

昨年のバレンタインデーチョコ。
 
小判チョコ
通称小判チョコ。チョコレートで作った慶長小判

【雑感】正月気分が抜けた頃、2月14日に向けてバレンタインデー商戦が始まる。早いところでは三箇日が済むとさっそく高級感漂うパッケージのチョコレートが店頭に並ぶ。
 
 日本のバレンタインデーはホンモノのバレンタインデーではないとか、菓子メーカーの販売戦術に嵌められているだけだなどと批判する者が結構いるが、私は野暮は言わん。
 日本のバレンタインデーは欧米とは毛色が違うかもしれないが、日本の風習として定着した以上は日本の風習としてホンモノである。これがニッポンのバレンタインデーだ。
 菓子メーカーの陰謀、大いに結構、この年中行事で経済が回れば万々歳である。日本経済のため、大いにチョコレートを楽しもうではないか。自分への御褒美で自分で買って自分で食うのもアリだ。
 

 さて、上記写真は連れ合いから昨年もらった小判型のチョコレート。結婚前と新婚当時はチョコレートを手作りしてくれたが、この頃は既製品で済まされる。
 既製品とはいえ、この小判チョコはけっこう洒落て面白い。北海道の岩見沢で生産されているとか。
 あとで食おうと思って冷蔵庫に入れたまま忘れてしまい、こないだ連れ合いから「エエ加減に食え! 賞味期限今月の15日までや。もう過ぎたで」と言われて思い出した。賞味期間が1年もあるのだから、数日過ぎても問題あるまい。ましてや開封せず冷蔵庫に入れたままになっていたのだから。
 
小判チョコ1
 
 この小判チョコ、演出がなかなか粋だ。包装紙は印刷とはいえお祝い用のかしこまった紅白の熨斗紙。できれば本式の熨斗ならなお良かったのだが、印刷とは私への扱いの軽さを象徴している。

小判チョコ2

 中から紙箱ではあるが桐の千両箱をイメージした印刷。やはりバレンタインデーなのだから、ホンモノの桐とまではいかなくても木箱に入れてほしかった。紙の箱というのが私への扱いの軽さを象徴している。
 
小判チョコ3
 
 チョコレートを包む金紙をめくると、中から小判型のチョコレート。文様や文字は忠実に慶長小判を再現、なんでも同じ大きさと重さにしているとか。博物館で見たホンモノの慶長小判はもっと薄い。チョコレートでつくったのだから、重さを同じにすれば分厚くなるか。

小判チョコ5
 
 箱の底には小判にまつわる諺が書かれている。なかなか面白い演出なので、オブジェとして記念に保存しようとしたら、連れ合いは奪い取って私の目の前でくしゃくしゃにしてゴミ箱に捨てた。
 「ウチをゴミ屋敷にする気か!」
 

 
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「明日、ママがいない」で異変か・・。 近頃の現象[九百七十八] 

【速報】日テレ「明日、ママがいない」で異変! 
第2話は提供スポンサーの字幕がなかった。 
隠した?降りた?

 
 批判が高まる日本テレビのドラマ「明日、ママがいない」。第2話が放送されたが、第1話ではあった提供スポンサーの字幕がなかった。「児童養護施設の関係者や里親らが放送見直しを求める中で「スポンサー隠し」?。(水島宏明)
 
【雑感】以前にも話した事がある。私がなぜB級映画が好きなのか。なぜ東京の番組がイマイチで地方の番組が面白いのか。
 メジャーは大手企業のスポンサーが付くので潤沢な制作資金を回せるから優秀な俳優やスタッフを使える。その代わり挑戦的実験的表現手法がやりにくくなる。視聴者から反感や敵意を持たれたら、スポンサーは自社のイメージを損なうという利害に抵触するから、制作に口出ししたり提供から降りたりする。
 
 今回の一件も興味深い現象だ。メジャーなドラマで賛否両論渦を巻かせた事は、私は制作者冥利に尽きると思う。私のようなただの労働者は毎日恙なく平凡に過ごす事がベストだが、クリエイターはそうではない。良いも悪いも強烈な波紋を生んで記憶に残る作品を送り出す事が理想である。なんとなく暇潰しに観て放送終了後まもなく忘却される作品なんかよりマシだ。

 民放の番組として、提供企業名の紹介が無いのは異常だ。スポンサーの契約は、契約書の中身を見た事が無いのでよくは知らないが通常は1クール(11話から13話)単位である。しかし視聴率が低迷であったり社会的批難を浴びるようであれば6話程度で打ち切られる事があるので、そのあたりの条件も盛り込まれているはずだろう。
 2クール以上の放送が主流だった頃は、途中から放送時間を短縮されたり、放送時間帯をゴールデン枠から深夜枠に変更されたりというのがよくあった。しかしここ20年のドラマは1クールが基本である。最悪、中途で強引に最終回に差し替えられて打ち切りになる可能性も現実味を帯びてきたか。近年のドラマは放送終了後全話DVDソフト化されるが、それが無くなるかもしれない。
 
 仮に打ち切りになったとしても、せっかくの機会なので「明日、ママがいない」で問題になった点について公開討論番組をしても良いのではないか。
 たぶん、賛成派と否定派の議論は噛み合う事は無いし、平行線のまま時間切れになるのは目に見えているが、「言論と表現の自由」や「児童虐待」「差別」などについて考える良き機会だ。

 
 私は規制反対派であり自由推進派である。作品を批判や批評をするのは一向に構わないが、否定はけしからん。
 作品への解釈は観る者の精神状態や社会的ポジションで如何様にも変わる。昨今のクレームを見ていると、クレーム者本人は正当な抗議のつもりだろうが、私には割切り力や許容力の衰え、引いては精神的余裕の欠如にしか見えない。

 時代劇など斬殺場面のオンパレード、昔の刑事ドラマはアメリカ以上に銃の乱射が目立つ。刑務所ネタ、少年鑑別所ネタは大概陰惨きわまりない。
 日本史学者が「桃太郎侍」に政治的圧力をかけたか? 「太陽にほえろ!」や「西部警察」に銃規制を求める政治運動が起こったか? 「女囚サソリ」や「ヤヌスの鏡」で刑務所や少年鑑別所が上映や放送中止を強訴したか? 「ゴジラ」を観て自衛隊が制作会社を提訴したか? 
 そして、それらを観て育った我々は世界に類を見ない犯罪者集団になったか? 諸外国と比べて特に突出して何か問題があるようには思えない。

 問題提起自体は大いにすべきだと思っている。しかし作品の否定となると、それは許容できない。 


 
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[ 2014/01/23 01:22 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

誕生日の御馳走。 晴雨堂の晴耕雨読な食生活[百五十五] 

齢48になってしまった。
 
誕生日の御馳走。

【雑感】今日は私の誕生日だ。1月22日生まれで有名人といえば、「歴史上の人物」では「散り行く花」のD・W・グリフィス監督、「先輩」ではやはり日本の元祖マーシャルアーツスター千葉真一氏、「後輩」では乃木坂46の生田絵梨花嬢。
 藝術家の多くは冬に生まれた人間、特に水瓶座が多いらしいが、私は平凡な旋盤工である。(一応、藝大は出たが)

 48歳といえば、小学校2年生の時の担任が48歳だったような、けっこう老年に近い印象を受けた。その私がとうとう48だ。
 40を過ぎた時は、「なんだ、40なんて大したことないやん。まだまだ若い、楽勝や」と思っていた。しかし、この8年間でみるみる体力の衰えを実感する。やはり20代の8年間、30代の8年間とは身体の変化が一味違う。

 さて、会社の健康指導からメタボ脱出を言い渡された私だが、今日は誕生日なので贅沢な食事をさせてもらう。連れ合いから誕生日は何が食べたいか聞いてきたので、私は2段になったデコレーションケーキを所望したが、もろに険しい顔になったので、野菜の天麩羅に言い換えた。健康的な食材を健康的なオリーブ油で揚げれば特に健康に障りはないだろう。
 上記写真がその天麩羅である。写真に写っているのは薩摩芋・舞茸。ドイツ製陶器500mlジョッキにはサントリープレミアムモルツ、麦酒の肴は白菜キムチ。平素の麦酒はジョッキ1杯で済ますが、今日は誕生日なので2杯飲む。

誕生日の御馳走2

 連れ合いは次から次へと揚げたてを盛り付けていく。上記写真は茄子と蓮根と獅子唐。揚げたてを大根おろしとウドン汁に浸して食らう。久々に贅沢なひと時を楽しんだ。私の平素の食事は玄米飯・味噌汁・焼き魚・キムチだから、いかに今日の晩御飯が贅沢か。

誕生日のケーキ。
 
 連れ合いが近くのコンビニで購入したショートケーキを誕生ケーキとして食べる。私はモンブランが好物だ。ケーキには珈琲、一説によると珈琲は糖尿病の抑止になるそうだ。
 

 
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北海道の土産「雪花青」 晴雨堂の晴耕雨読な食生活[百五十四] 

青華堂の「雪花青

雪花青
 
【雑感】親戚が北海道を旅行して買うてきた土産。「白い恋人」の袋に入っていたのでてっきり札幌の有名製菓会社石屋製菓が出している土産物用銘菓だと思ったら、長万部の青華堂のモノだった。

 北海道の菓子といえば抜群の知名度を誇るのが「白い恋人」だが、これは全く知らない菓子だった。北国の寒さを連想する寒色系のコバルトっぽい青を基調とした包装が特徴。深い青にうっすら白く浮かび上がる幻想的な森をバックに白抜き漢字で「雪花青」。

雪花青
 
 中を開けてみると、ビスケットのような質感のホワイトチョコレートが出てきた。食べてみると味は完全にホワイトチョコなのだが、食感はビスケットのような小麦の粉っぽさを感じる不思議な感覚だった。
 会社の健康指導からカロリー減を「助言」されてはいたが、あっという間に全部食べてしまった。
 連れ合いが「まっ! ま、まさか! 全部食べたん?!」と大仰に叫びとも怒号ともつかない大声を上げた。
 
 青華堂のホームページを観たら、いきなりトップページで連れ合いが嫌悪する萌え系美少女画像が出てきて、「萌えプリン」なる商品を紹介していた。

 ↓青華堂ホームページ 
 https://www.seikado.net/


 
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はるかぜちゃんが「明日、ママがいない」に援護射撃。 近頃の現象[九百七十七] 

はるかぜちゃん 
芦田愛菜を絶賛「日本の子役界の財産」

 
 はるかぜちゃん」こと人気子役の春名風花(12)が17日、自身のツイッターを更新。15日にスタートした日本テレビの連続ドラマ「明日、ママがいない」(水曜後10・00)の主演・芦田愛菜(9)を称えた。(スポニチアネックス)
 
【雑感】はるかぜちゃんは良い事を言う。

そもそも、作品は一部分だけ切り取って批評するものではありません」か。

 考え方は大筋で私と同じだ。ただ、批評自体は一向に構わないと思っている。作品に対して感じ方は十人十色、ある人が不快を表明しても、その人はそう感じてしまったのだから仕方が無いのである。感じ方を否定する事は作品を否定するのと同じだ。作品は理屈だけで捉えるのではなく、感情でも捉える。感動する事もあれば虫唾が走る事もある。
 私はどんなに不愉快な映画でも一応は全部観て、客観性に重点を置いた視点と主観に重点を置いた視点で作品を評価する。あくまで良いか悪いかの評価するだけで、上映中止や発禁を求めた事は無い。おそらく、はるかぜちゃんもその志だと思うが、感じ方もまた言論と表現の自由であるので、自分の批評の仕方を他人様に強要はしない。強くは勧めるが。

 私が声を荒げて罵詈雑言を浴びせたくなるのは、作品を批評するだけでなく、否定して表舞台から葬り去ろうとする行為である。

 ジブリの「風立ちぬ」でも日本禁煙学会が国際法を持ち出して喫煙場面にクレームをつけた。同学会はあくまで「法令遵守」の作品づくりを「要望」との事だが。しかし問題の場面については法権力をちらつかせての「否定」であることに変わりない。批判と要望だけなら国際法という権力を背景にしなくてもいいはずだ。(余談1)

 こういう問題になると、批判者は「中止」「削除」「法令違反」を持ち出して作品の存在そのものを否定しようと試みる。私には被害者の立場を利用して権力を振るう安易な「言葉狩り」にしか見えない。
 「言論には言論で」という言葉がある。なぜ批判者たちは自分たちのメガネに叶う創作者たちを支援し反論的な作品を作って対抗しようと考えないのか?
 
 相手を否定すればするほど、実は相手にも己を否定する口実を与える、つまり天に唾する行為、しっぺ返しを食らう事を想像できない人が多い。今回の批判者は誰からも批難されずにすごしてきたとでもいうのだろうか? 批判者が運営している通称「赤ちゃんポスト」も賛否あり、「赤ちゃんポスト」の存在自体を否定的に嫌悪する者がいたではないか。

 私でもムカつく内容の映画やドラマは多々ある。「男はつらいよ」に登場するタコ社長は印刷業界をキツイ・キタナイ・キケンで儲からないという誤解と偏見を与えるモノであり、かつて印刷会社に勤めた事のある者としては抗議したいくらいだ。
 時代劇は時代考証無茶苦茶な作品多々あり、誤った日本文化を国民に植え付けている。日本人は日本刀を振り回す血に飢えた殺人者という誤解を与えかねない。

 言論界を見渡せば、不愉快なものや間違っているものは数え切れないほどある。そして己自身が良かれと思っている行動を快く思わない勢力が必ず存在し、与り知らぬところで加害者にされる事も多々ある。他者への批判を厳格にすれば、己も突っ込まれ泥仕合の徒労に終わる。

 批判者に望む事はただ一つ、安易な否定に走る労力を、意に叶う作品を制作するクリエイターを支援したり育てたりする事に使え!

(余談1)当時の喫煙率は男性は8割から9割くらいだったのではないか。
 

 
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[ 2014/01/18 02:43 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

小野田寛郎 近頃の現象[九百七十六] 

小学生時代のヒーロー。
ミリタリーとアウトドアに関心を持ったきっかけ。


【雑感】小野田寛郎氏がフィリピン・ルパング島から帰国されたのは、私が小学校二年生か三年生の頃だった。

投降する小野田寛朗氏

 子供心に素直な衝撃を受けた。30年もジャングルで戦いながら生き延びてきた事、フィリピン軍を前に武装解除に応じ敬礼する小野田氏は痩せこけて無精髭を生やして、ニュースで紹介された20代前半に撮影された写真の顔(余談1)から随分老け込んだ老人の顔になっているものの、姿勢は正しくきびきびしている事に驚いた。
 戦時中着用していた軍服はとうに消耗していて自作したものを着用、髪の毛も短く、身なりから敗戦後も密林の中で軍隊生活をそのまま続けていたかのように見えた。
 40を過ぎた頃、特集番組で当時の映像を見る機会があったが、子供の頃の印象とやや異なり、密林で過酷な生活をしている割に若々しく見えた。なぜこの人はこんなに元気なんだ?と改めて驚いたものだ。

 小野田氏帰還当時はアメリカの戦争ドラマ「コンバット!」が夕方に放送していた。また、やや後になるが「宇宙戦艦ヤマト」の放送も始まる。当時放送されていたドキュメント番組「知られざる世界」や「脅威の世界」ではたびたびニューギニアや南米のジャングルを探検する企画が組まれていた。かくして私はミリタリーとアウトドア志向の小学生になっていった。あの頃は図書館で立ち読みするとき必ず子供向けの戦記モノを読み漁ったものだ。読んだ本の中には大和の副長だった能村次郎氏「慟哭の海」もあり、周囲の友人からは「右翼少年」と冷やかされたものだ。
 不思議なのは、そういった右系の本をよく読んではいたが、一方で左系の「はだしのゲン」なども夢中になって読んでいた。この辺の情報摂取が現在の良く言えば右左分け隔てない姿勢、悪く言えば中途半端な姿勢の原型がつくられたかもしれない。

 いずれにせよ、小野田少尉は当時の私にとってゼロ戦の坂井三郎氏と並びヒーローだった。幼少期は喘息もちで猫背だった私が、小野田少尉を真似ることで猫背は克服した。(パソコンを使うようになってまた猫背が復活したが)

 ヒーローが現世から旅立ち、私はあと数年でルパング島の任務を終えた小野田氏と同じ歳になる。子供の頃、「お爺さん」と思っていた年齢になりつつある。  

(余談1)襟に陸軍曹長の階級章と見習士官を表す?星章をつけた写真。

陸軍少尉の弟とのツーショット
小野田寛朗氏(向かって右)1944年撮影。
向かって左に座る陸軍少尉は実弟滋郎氏。


 写真撮影当時の小野田氏はまだ少尉には任官しておらず、正式な階級は「陸軍曹長」で下士官以下の兵士に支給されるヨレヨレの軍服を着ている。向かって左側に座っている実弟滋郎氏は既に陸軍少尉となっており、白黒写真からでも軍服の生地や仕立ての違いは一目瞭然。
 待遇は少尉なので将校が身につける皮製の弾帯を軍服の上に身に付け将校用の軍刀を持っている。

 2005年に中村獅童氏主演「実録・小野田少尉 遅すぎた帰還」が放送された。私は中村獅童氏よりも鈴木紀夫氏に扮した堺雅人氏のほうがリアルな小野田少尉になると思ったのだが。逆に中村獅童氏のほうが上手く風来坊鈴木紀夫になれるのではないかと。
 

 
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[ 2014/01/17 22:05 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(2)

第1797回「2014!インターネットでの挑戦!」 

こんにちは!FC2トラックバックテーマの藤本です今日のテーマは「2014!インターネットでの挑戦!」です。もう2014年になり日数が経ちますが今年、2014年に「インターネット」に関する挑戦したいことってありますか?「自分のホームページを作ってみようかな!」や「ネットショッピングを立ち上げたい!」「ブログかいてみようかな」今となってはネットを通じてあらゆることができるようになりましたね皆さんにとっ...
FC2 トラックバックテーマ:「2014!インターネットでの挑戦!」



【雑感】アフィリエイトのバナーを整理。アクセス数の多い記事をさらに充実させる。晴雨堂ミカエルの個人メディア局としての体裁を立て直す。

 TwitterとかFacebookとかlineが全盛の時代になっているようだが、お気楽な小話から込み入った内容の記事まで書けるのはblogの良さだ。
 Twitterは今のところ呟きの他にブログ記事アップの告示に使用している。

 一時は日に100から150のアクセスがあったが、子育てなどでブログの更新が滞り始めてから徐々にアクセス数が減り始め、現在は全盛期の10分の1にまで落ち込んでいる。少しV字回復させたい。
 そのためには映画レビューの執筆数を増やさなければならないのだが、なかなか追いつかん。一時は毎日1本は書いていたのだが、いま振り返るとよく書いてたなと感心する。

 アダルトをテーマにしたブログサイトが数年ほど更新が滞っている。それを再開させねば。大量に生産され捨てられていくアンダーグランドの文化に光をあてねば。


 
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今日は成人の日。 近頃の現象[九百七十五] 

成人式の振り袖はレンタルが過半数超え 
毬、桜の古典柄人気


 成人式の振り袖といえば、大人になった記念に購入するのが定番というのは過去のこと。いまではほぼ半数がレンタルだ。東北の実家へ帰省して出身地の成人式に出席する大学生に振り袖を購入したのかと聞くと「みんなレンタルですよ」という。(NEWS ポストセブン)
 
【雑感】当たり前だ。振袖なんてレンタルで十分。

 20歳になったばかりの頃だった。大学への通学途中の電車で高校時代の女友達と出会い、こないだの成人式の話題になった。
 私は「めぞん一刻」の四ツ谷さんみたいに黒っぽい背広とコートと帽子でとあるイベント会場で如何わしいアンケート調査(一応、社会心理学の授業の一環)をやっていたと話したら、彼女は「相変わらず変な事して。親ガッカリさせんなや。私は真面目に振袖着て成人式に行ったで。着物に銭かかったわ」とケタケタ笑う。彼女が成人式のためにそろえた振袖一式は、値段忘れたが途方もない額だったように記憶している。
 だから私は思わず「おい、振袖なんて成人式ぐらいしか着んやろ。めっちゃ勿体ないやん」と言ってしまったが、彼女は悟りを開いたように静かに笑いながら「親にとっては長年苦労して子育てしてきた成果の節目やから、着てやるのも親孝行や。私が銭出すわけやないし」などと老成した台詞。だが続けて幼稚な本音が飛び出した。「それに誰が着たか判らへんもん着られへんし」

 彼女の本音はともかく、親のためという正論を否定するつもりは無い。だが不経済は不経済、月に何度か着る機会があればよいが、振袖は若い女性の衣装なのでせいぜい20代前半まで、30近くは苦しい。正月の初詣さえも着なくなりつつあるので、下手をすれば袖を通すのは成人式の1回だけ。それにウン十万もかけるなんて私にはどうしても納得できなかった。やはり齢重ねても着れる留袖の方が良いに決まっている。

 あれから30年近くが経過した。私は当時の親の世代の年齢に達した。私の息子はまだ1歳だが、20歳そこそこで結婚した高校時代の友人たちの子供は成人しているか高校生だ。経済的に苦しい家庭は当然レンタル、そこそこ余裕がある家庭でも金銭的価値観が変化したのかレンタルで十分という考えになっている。時代は変わった。

 5歳年下の連れ合いも成人式のために振袖を新調したクチだ。成人式の時と私との結婚式の時に袖を通しただけだ。その振袖は従姉に貸与したそうである。従姉の子供は三姉妹、経済的には余裕のある家庭だが、三姉妹一人一人に揃えてやるのは不経済と思うようになったのだろう。末っ子が来年あたり成人するので、もうすぐ振袖がウチに戻ってくる。まだ遠い将来だが、もし孫が女の子だったら譲渡する予定だ。


 
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[ 2014/01/13 08:35 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

声優・緑川光氏、誹謗中傷でブログ休止 「事実」というモノをナメてかかるな! 近頃の現象[九百七十四] 

「スラダン」声優・緑川光
誹謗中傷でブログ休止


 テレビアニメ「SLAM DUNK」の流川楓役などで知られる声優の緑川光が、オフィシャルブログを休止することを発表した。緑川は先日、ブログにアクセサリーの写真を掲載したところ、それがファンとおそろいのものだったことから、不倫疑惑などの誹謗(ひぼう)中傷が書き込まれるようになっていた。(シネマトゥデイ)

【雑感】私がインターネットを利用するようになったのは90年代半ば、当時はブログなんてものは無く、主流はホームページか掲示板だった。ネットを利用するようになったきっかけも、左派系の市民運動に関わっていた関係からだ。

 2002年、小泉純一郎氏が総理として訪朝し事実上政権トップの金正日氏が拉致問題を認めた時、仲間らと共同で運営していた掲示板が凄まじいことになった。
 いつもは運動関係者や運動趣旨に賛同する若干名しか閲覧せず、仲間と数人交代でネタを探して書き込むような閑古鳥掲示板だったのに、蝿か藪蚊のように的外れの誹謗中傷の書き込みが押し寄せた。我々は左派系といってもジャンルが違うのに、書き込む輩は左っぽい色合いのあるサイトにことごとく押し寄せてきた。
 書き込みにいちいち返答するのは物理的に不可能、イベント告示が誹謗書き込みであっという間に埋もれてしまうゆえ、仲間と手分けして削除していった。相手は不特定多数で24時間書き込んでいくのに対し、こちらは僅か数名、しかも1日の半分以上は仕事でネットは閲覧できない。そんな状態が数週間続いて難儀した。人気サイトでは完全に閉鎖状態に陥っていた。

 誹謗中傷していく輩の特徴は、まず事実関係掌握の努力は全くしない。具体的に言えば新聞の見出しだけを見て脊髄反射で批難するような行動だった。
 ひと口に左翼といってもいろいろだ。環境問題に軸足を置く勢力もいれば、環境問題に興味ないと言い切るフェミニスト一派もある。中国共産党や朝鮮労働党にすり寄る旧社会党もあれば、それらから距離を置き批判を投げる日本共産党もある。保守政党である自民党でも安倍晋三氏のように原発推進派もいれば、河野太郎氏のように反原発傾向の人や小泉純一郎氏のように反原発を表明する者もいる。
 便宜上、右と左に分けているものの、実は多種多様なのがこの社会であって、決して二元論では括れないのである。だから正確な状況把握が必要であり脊髄反射ではいかんのだ。

 新聞や雑誌であれば、取材する記者がいて、それをチェックするデスクがいる。それでも誤報があり名誉棄損などの紛争が絶えない。ところがネットでは個人で情報発信できるため、不確かな情報を吟味せずに拡散されていくことが多々ある。いや、情報を精査される事は稀だ。
 こんな事があった。Twitter上で興味深いツイートを見たので具体的にどういう事なのか説明を求めたら、情報源のサイトアドレスを提示され「そこへ問い合わせください」と返信してきた。ところがそのサイトで問い合わせをしても明確な答えは無かった。ほどなく、Twitterで最初に興味深いツイートをされた方の発言を見たら、なんと意気投合する相手にはさもあのツイートが自分の考えであるかのように能書きを垂れているではないか! あの時、「なんや、未確認情報を垂れ流しとんのか!」と嫌味の一言でも返信すれば良かったと後悔した。


 私の経験上、事実関係掌握には訓練がいる。見た通りの事が事実とは限らない。例えばボトル半分の酒があったとする。酒豪は「もう半分しか無い」と思う。下戸は「まだ半分もある」と思う。同じ半分でも捉え方は真逆だ。さらに日常生活では「半分」を省略すること多々ある。すなわち「もう残り少ない」「まだ沢山ある」に置き換わる。酒豪と下戸の関係を知っている人なら状況が判るが、事情を知らない人から見れば全く真逆の情報が並列する事になる。双方も嘘をついていないにも関わらずだ。ましてや、人は嘘をつくし誤解もする。

 人は情報発信の段階で主観による編集を行う。発信する情報としない情報の選別を無意識にやってしまう。そして情報を受信する段でも、ブロックする情報とキャッチする情報の選別を無意識にやる。そんな人間の習性を心得ていない人が圧倒的だ。心得ていても、掌握に努力しない人が殆どだ。せめて最低限、左派の朝日新聞と右派の産経新聞の二紙から情報を摂取して「真実」の大雑把な輪郭だけでも把握するような努力をしている人間は何人いるか? だからネットは怖い。

 残念な事だが、いくら事実関係掌握の難しさを訴えても、そんな説教は誰も聞かん。些細なきっかけでいつ牙をむくかわからん不特定多数の人間の集りである事が世間様であるに変わらんのだ。そんな世間を相手にする事がネットだ。失礼ながら、緑川氏は姿勢が甘かったと言わざるを得ない。
 以前、友人だった「作家」志望の若者がいた。生意気な事をよくいう割に、少しの突っ込みで泣き出すような輩だった。そんな人は「作家」になるべきではない。まっとうな会社に就職して真面目にコツコツ働き、その寸暇に趣味として創作するべきだ。
 クリエイターになるという事は、世間と格闘する事でもある。 


 
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[ 2014/01/12 09:04 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

ケータイ電波と健康被害の因果関係? 近頃の現象[九百七十三] 

ケータイ電波…人体への影響は? 
利便性とリスク、正しい理解を


 世界保健機関(WHO)が2014年にも、携帯電話ケータイ)の電波が人体に及ぼす影響に関するさまざまな研究結果を評価し、環境基準を作成するとみられている。国際機関が「ケータイの電波に発がん性があるかもしれない」と発表して2年半がたつが、これまで使用を原因とする健康被害が立証されたことはない。現代人の仕事や生活に欠かせないケータイだけに電波の安全性は気になるところ。ただ、どんな結果が公表されようと、リスクを正しく理解することが求められそうだ。(産経新聞)

【雑感】携帯電話が発する電磁波には発癌性があり脳腫瘍のリスクがある、なんてことは携帯電話が爆発的に普及し始めた90年代前半から環境保護運動家たちが指摘していた。ある左派系の週刊誌に至っては、携帯電話有害論を会社を上げて特集記事をはり別冊まで刊行した。
 
 ところがである。その左派系雑誌はあれほどケータイ有害論を社をあげて展開しながら、わずか数年のちに編集担当の従業員たちはケータイを使っているのである。あれほど読者たちに有害論を唱えたのなら、その執筆者や担当編集者だけでなく役員・従業員が率先してケータイを使わない姿勢を示すべきなのに、これは愕然に近い失望を当時は感じた。
 
 今はあの時の事をむしろ当然の帰結と捉えている。結局、ケータイが私の周辺にも普及するようになって20年、未だに「発癌性があるかも」のレベルでしかない。これは珈琲や排ガスと同レベルだ。
 物事というのは、全て過ぎたるは及ばざるが如し、なのである。ひごろ私は映画について「100%の名作も100%の駄作もない」と言ってきたが、それと同じ理屈の上に立っているのだ。毒でも少量なら良薬になるし良薬も大量なら猛毒になる。何事もバランスが肝要なのだ。


 ケータイの有害論を真に受けて周囲から電磁波を発生するモノを全て排除しようと思ったら、極端な話、日本や先進国では住めない。で、仮に排除した事で想定される不利益とは違った形で深刻な不利益が発生したら本末転倒だ。何のための排除かわからなくなる。
 前述の左派系雑誌の従業員たちも、有害論で警鐘を鳴らしたもののケータイを使わない事で生じる作業ロスに堪えきれなくなったのだろう。今や製造業の現場でもケータイは工場内の連絡で不可欠になっている。機械の前で連絡できるし、仮にトラブルが起こった場合ではケータイの写真機能で映像を瞬時に送る事ができる。内線よりはるかに便利なので、いつしかラインから内線用ケーブルが無くなった。雑誌編集の現場なら製造業よりもはるかにケータイが不可欠なアイテムになっているはず。

 こういうことを言えば、知人の活動家から「昔はケータイなんか無くても生活できた」と反論をされたものだが、その知人自身が運動のアイテムとしてノートパソコンを導入しているので説得力が無い。ラジオの時もそうだった。テレビの時もそうだった。パソコンとインターネットの時もそうだった。あるていど普及し定着していくと、社会は「ある」事を前提で回る。その社会に関わって生きている限り「ある」事からは断じて逃れられないのである。

 何度も言うが、過ぎたるは及ばざるが如し、だ。過ぎた生活にならないための警告と捉える程度のモノ、そう思えばいい。
 ケータイの電磁波程度のリスクであれば、珈琲も該当するし自動車の排ガスもレッドカードだ。食品に含まれている化学物質もあげられる。いや、福島の原発から出た放射能ははるかに深刻、私たちの周りは有害なものだらけだ。
 
 利便性と必要性とを考慮しながら優先順位を決めて、排除するものは排除し、保持するものは保持する。求められるのはバランス感覚だ。
 そのバランス感覚を失って依存するようになった時、それを「中毒」という。


 
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[ 2014/01/11 15:10 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

たかじんにできて、なぜテレビはできない?て、小倉よ!かまととぶんなよ。 近頃の現象[九百七十二] 

たかじんにできて、なぜテレビはできない 
「とくダネ!」小倉、無言で下を向く


 生前親交があった司会の小倉智昭さんも、「大阪でたかじんさんの番組見たり、北海道行ったら北海道の大スター日高晤郎のラジオ聞いたりするわけですよ。何でローカルでこの発言ができて、東京で同じようなことをメディアで言えないのかって思う。そこがちょっと違うんじゃないのかな、不思議だなってずっと前から思ってた」と、全国ネットの番組に対する煮え切らない思いをのぞかせた。(J-CASTニュース)

【雑感】小倉智昭氏は特に好きでも嫌いでもない、みのもんた氏よりは好感を持っている程度の司会者なのだが、ときおりイラっとするカマトト発言がある。たぶん知っているはずなのにとぼけたコメントしたり、解っているくせに中立のバランスをとるために間の抜けた反対意見を言ったり。
 これもその類のコメントだ。何が「不思議だな」だ、知っちゅうくせに、どぼけんな!

 やしきたかじん氏(以下、親しみと敬意をこめて「たかじん」)が東京に対抗意識を持っている事はよく知られている。仮に東京のテレビ局が自分の冠番組を放送したいとオファーされても断固として拒否する。
 それには単なる東京嫌いではなく、独特の東京のメディア風土にある。これは大手から中小のメディアに至るまで共通しているのだが、今回は大手に限って述べてみよう。

 大きな理由は利害関係だ。私は当ブログで何度が「なぜ自分はB級映画が好きなのか」を説いてきた。それに通ずる理屈である。
 メジャー映画はスポンサーが多くつくので、潤沢な制作資金を回せる代わりにスポンサーの意向に縛られる。B級はスポンサーが少ない代わりに口出しも少ないから思い切った表現ができる。
 映画レビュアーの友人間で「ジャニーズのアイドルが出演する映画はおもろない」との批判をよく聞くが、これもその理由が大だ。

 東京の大手TVはそのまま全国ネットだ。スポンサーも多く、しかも大手企業ばかりだ。大手企業が自社の宣伝を全国へ発信するためにTV局へ出資する。それはすなわち全国の視聴者から企業イメージを損なうような事態、あるいは低視聴率で宣伝が十分にできない事態になるようなリスクがあると口を出す。テレビ局側も口を出される前に事前に自主規制をする。
 また東京は様々な地方から人が集まってできた大都市だ。様々な風土人情が入り混じる。さらに全国ネットで放送となれば、誰にでも楽しめる番組、殆どの人間が受け入れ反感を抱かれにくい番組を反射的に創ってしまう。これは何故ハリウッド映画は全世界でウケるのか、という構図と同じだ。
 メジャー映画と同じ、潤沢な予算があり全国展開できるが制約も大きい。

 もちろん、地方局も東京のメディアほどではないが制約がある。しかし放送の範囲が限定的なので概ね視聴者は共通の文化コードの持ち主だ。怒りのツボや反感のツボは似たようなもの。たかじんもその辺りの加減は心得ている、私は彼のしゃべりを聞いて思った。
 なにしろ、たかじんがしゃべる内容は、大阪人なら共感するようなもの(余談1)ばかり、私も以前勤めていた零細企業の社長や中小企業の係長からさんざん似たような内容の話を聞かされた。大阪のオヤジたちが日頃思っていても普段は口に出さん事や居酒屋でぼやくような事を、TVでパネル蹴とばしたり指示棒でバンバン叩いたりしながら大声で吠えるから溜飲下がるのだ。

 ただ、たかじんの強みは、いざとなったら「こんなん辞めたらぁ!」と現場を引っ繰り返して去る事ができるところにあるかもしれない。気に入らんかったら、バッサリ辞められる。現職にはしがみつかん。お笑い芸人らしからぬ、シンガーソングライターらしからぬ喧嘩上手さがある。

 小倉智昭氏には無理だ。変に理屈こねて反骨ぶらんと素直に認めればいい。別にたかじんのようになれなくても格好悪くない。みんながみんな、たかじんのように生きたら、日本社会は無茶苦茶だ。経済も破綻する。
 中途半端にエエカッコすんなよ。

(余談1)但し、大阪人でも市民運動業界の人はまるで東京の人のように冗談が通じなかった。あくまでも私が接触した人たちに限ってだが。


 
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[ 2014/01/10 01:35 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

たかじん、さようなら。 

【雑感】病気で長期休養し、たかじんのそこまで言って委員会に昨年3月に一時的に復帰したが、わずかひと月あまりで再び休養。

 癌で倒れる著名人のパターンを知る人は、やばいんちゃうか、と思った。そんな事を呟く人はけっこういた。

 大手一般紙に大きく報道された。一芸能人としては、美空ひばりクラスの扱い、さらに彼の政治的ポジションを反映している。いずれも大きな扱いだが、産経が一面トップ、朝日は社会面か。

 お疲れ様でした。
 

 
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[ 2014/01/08 05:57 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(2)

カレーライスは和食か否か 近頃の現象[九百七十] 

カレーライス和食か否か

 先日「ユネスコ無形文化遺産」に登録された「和食」。これをきっかけに和食が注目を集めている。それでは日本の食生活に深く浸透する独自の料理、カレーライスや焼きそば、ラーメンなどは和食と呼べるのだろうか?(不破雷蔵)
 
【雑感】本論に入る前に、少し生臭い話をしよう。
 
 私は20歳代前半の頃にチャリンコで日本一周をした。残念ながら、沖縄だけは路銀が底を尽きかけていた事と実家が私の将来を心配して何度も帰るよう催促してきたため、いずれ行く機会があるだろうと諦めた。残念ながらそれから20年以上が経過したが未だ行く機会が無い。
 とはいえ、北海道の稚内から鹿児島の佐多岬まで走破した。また沖縄については大阪の大正区に沖縄出身者が多くリトル沖縄的街になっているので沖縄文化に触れる機会は比較的多かった。
 
 日本を旅して思った。基本的に青森から鹿児島までほぼ同じ風景なのだ。日本的建築があり、同じ水田があり、神社があり、白壁のお城があり、桜があり、ようするにありふれた日本の風景が青森から鹿児島まで続いている。
 気候にしても、雪が多いとか夏が厳しいといった多少の差異はあっても、四季豊かな日本の気候だ。郷土料理も基本は味噌汁と御飯の和食

 ところが北海道と沖縄だけは明らかに毛色が違う。北海道は亜寒帯で水田より酪農が盛ん、家も日本建築より屋根の角度が急な北ヨーロッパ風が多いという気候風土は勿論のことだが、松前藩が治めた渡島地方を除けば、概ね札幌市や帯広市のような碁盤目状の町が点在する。私が北海道を旅した頃は道民の多くは青森以南を「内地」と呼んでいたし、先住民であるアイヌ民族の存在も強い印象として残った。

 沖縄へは未だ一度も足を踏み入れていないが、大阪では沖縄の文化に触れる機会が多い。やはり青森から鹿児島までの日本文化とは異質なものを感じた。音楽や衣装や食事なにもかもである。蛇の革を張った三線で奏でる音色は日本のどの民謡とも違う、伝統的衣装は和服とは微妙に違うし髪型は中国みたい、食事は豚肉を用い和食ではあまりやらない油炒めがある。
 そしてこの沖縄料理は、和食の一つとして紹介される事は少ない。和食とは別系統の独立した沖縄料理あるいは琉球料理と紹介される事が多い。
 
 なぜ、北海道と沖縄だけ「異国情緒」であるか、理由は簡単である。二つの地方とも明治に入ってから完全に日本国に併合されたからである。日本国としての歴史が本格的に回るようになってまだ百数十年、長い日本の歴史からみて日が浅い。だからこの二つの地方に対して日本人の意識はまだどこかに異国意識がある。現地の人間も、本州・四国・九州の人間を北海道では「内地」と呼び、沖縄では「ヤマト」と呼ぶ。


 さて、話を戻そう。料理の世界もよく似ている。
 カレーライスやラーメンが庶民に定着したのは明治後半から大正にかけてだ。欧米では完全に「日本料理」として認識されているが、当の日本人は明治以前に伝わったり考案された料理は和食に入れ、明治以降のモノは「国民食」になっている事までは認められても「和食」とは思えないのである。「内地」や「ヤマト」の人間が北海道や沖縄に「異国情緒」のようなものを感じるのと同じだ。

 ではこのままカレーライスやラーメンなどは「和食」に組み込まれないかといえば、そうでもない。
 日本の長い歴史から考えたら、実は丼物や天麩羅や江戸前寿司といった料理は最近のモノである。ほぼ現在の形となったのは18世紀末から19世紀の初め、時代劇の舞台によく使われる文化文政期である。しかし立派に和食あつかいだ。
 天麩羅などは16世紀の戦国時代にポルトガルやスペインなどから伝わった調理法といわれているが、今や寿司と並んで外人があげる和食となっている。長崎の卓袱料理も江戸時代に流行った中国料理の形を真似たもので見ためも中華風なのだが日本の郷土料理の一つに数えられている。
 カステラも見ためは西洋のパンケーキであり、いわゆる伝統的な和菓子とは製法が異なっているのだが、これも日本の菓子のカテゴリーだ。
 これらの料理が定着した江戸時代の頃は、明らかに伝統の和食ではない。卓袱料理やカステラは小金持ちが異国情緒を楽しむための料理や菓子であり、天丼・鰻丼・握り寿司は庶民が気楽に食べる流行りのファーストフードだった。それらが「和食」に組み込まれ、仰々しく和装の女将が運んでくるような高級料理になっていったのは時間の経過が成せる業だ。

 もし日本がこの先、第二次大戦や明治維新のような激変を体験しながら後百年たてば、そのときカレーライスやラーメンなどの料理が残っていれば「和食」と分類されるだろう。


 
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[ 2014/01/05 00:47 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

今年注目の美少女女優とは? 近頃の現象[九百六十九] 

2013年は“正統派美少女女優”復活の年 
今年注目の美少女女優とは?


 昨年は“正統派美少女女優”復活の年であり、NHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』からは、能年玲奈(20)、橋本愛(17)、有村架純(20)らがブレイクした。では、今年注目の美少女女優は? ORICON NewSでは、雑誌『Invitation』や『東京カレンダー』の編集長を経て、現在『女優美学』の編集長を務める小林淳一氏に今年注目の美少女女優を挙げてもらった。 (オリコン)
 
【雑感】「女優美学」編集長の小林淳一氏が複数名あげているようだ。

小松菜奈(17)、山本美月(22)、山崎紘菜(19)

 この3名のようだが、どうだろうな?

 小林氏があげた論拠は、ひとことで言えば当たり前。CMで注目されているとか、背が高いとか、今はショートカットだから次はロングだとか。私もこの3人はそこそこ評判になると思うが、ただ現時点で既に注目されている安全パイだ。
 やはり専門家として蘊蓄ならべるのであれば、この3人に加えて伏兵もあげなければ、当たり前の説を聞いてもアマチュアの私は全く面白くない。

 偉い業界人が言うまでもなく、ここ20年の女優達はCMから徐々に仕事の幅を広げている。また、女優がブレイクするための導火線に火をつけるのが私のようなアマチュアでありオタクである。CMで気になる美少女を見かけると赤丸をつける。
 AKBが浮上したのも、こういったコアなファン層が打ち上げ推進ロケットになっているのだ。

 例えば後藤久美子氏と宮沢りえ氏。彼女たちは9歳か10歳の頃に二人揃ってキットカットのCMで共演していたのは、けっこうオタクの間では知られている。連れ合いから「おぞましい!」と批難されてしまうが、私はこのころから目をつけていた。
 そのうち、後藤久美子氏はNHKのドラマでブレイクして、宮沢りえ氏一人でキットカットのCMに出続ける一方、百貨店等のチラシのモデルなどを務めていった。宮沢氏は自身のブレイク前にCM情報誌「CM NOW」で「久美子ちゃんはブレイクしたために普通の女の子が過ごす学生生活ができない状態なので気の毒」という趣旨の冷静なコメントをされたのが印象的だった。ところが彼女もほどなく映画出演で大ブレイク。

 最近では宮崎あおい氏、「ふきんクイックル」や「キンカン」から徐々に顔を知られるようになり、「三井のリハウス」や「緑水」のCMで主演するようになり、「ピコラ」で色気の無いウインクが印象に残った。なんか女優でブレイクする気配を感じていたら案の定だった。

 能年玲奈氏も「あまちゃん」で大ブレイクなのだが、それ以前に「NTTドコモ」のCMを長くやっていて「カルピスウォーター」でマニア間のブレイクを果たした。

 私の見る眼を自慢している形になってしまったが、要は偉い先生が言うまでもなく多くの女優は下積み時代に有名企業のCMやチラシなどのモデルをやっている。いや、CMに出演しているということは、業界内では下積みではなく既に売れ線になっているということだ。
 映画のオーディションで無名から知名度を上げていったり劇団に所属して舞台俳優から注目されていく正統パターンが稀有な(というより限りなく皆無に近い)時代、CMやポップスのMVから仕事を獲っていくのが今の若手女優のパターンである。だからオタクたちはお宝映像を集めるべくCMやチラシや服飾カタログを漁る。

 ところで私も将来を期待している注目女優がいる。まだ子役で、私の郷里を舞台にした映画にも出演して、「運命的出会い」を感じているのだが、ここでは紹介しない。個人的にはゴクミの再来ではないかとも思っている。 


 
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[ 2014/01/03 08:53 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(2)

「47RONIN」大コケ! 原因はマーケティング? 近頃の現象[九百六十八] 

『47 Ronin』でユニバーサルが 
最悪175億円の損失の可能性もあり!


 ユニバーサル・ピクチャーズが人気スター、キアヌ・リーヴスを主演に製作した新作『47 Ronin』が、最悪1億7,500万ドル(約175億円)の損失になる可能性があることがThe Hollywood Reporterほか複数のメディアで報じられた。(1ドル100円計算)(シネマトゥデイ)

【雑感】当てにしていた日本でもふられた格好か。

 私はけっこう気に入っていたのだが。トム・クルーズがサムライになった「ラストサムライ」よりも好意的に観た。キアヌ・リーヴスの方がサムライ姿が似合っている。また、現代史に直結する幕末明治維新をけったいに弄った「ラストサムライ」よりも、そこそこ古い元禄時代を和風ヒロイックファンタジーにした本作のほうが抵抗なく観れた。

 さては頭の固い日本の映画ファンから「忠臣蔵を冒涜している」と総スカンを食らったか? と思いきや、そうではないらしい。なんと、本作に嫌悪感を感じる以前に、本作がどういう物語なのかを知らずにいる人が多いという。つまり、マーケティングの怠慢だ。

 近年、ハリウッドでは日本の興行を意識した作品が多い。舞台を日本にしたり、日本人が登場したり、本作にいたってはその極致といってもいい。アメリカ国内の事情がよく判らないのだが、少なくとも日本での集客にテコ入れを図っているようにも見える。
 日本でのハリウッド映画ははっきり言って不振だ。かつて邦画暗黒時代といわれた80年代後半から90年代にかけては、ハリウッド映画が席巻、映画館による興行収入の上位は常にハリウッドが独占するような状態が長く続いた。邦画で元気なのはアニメのみだ。

 ところが2000年代に入って潮目が変わり始めた。邦画の興行が息を吹き返し始めた。シネコンの勢力拡大と老舗映画館の没落とも連動している現象だが、これは日本の映画業界全体のマーケティング戦術刷新だろう。映画作品自体は特に何かが画期的に変わったとは思えないからだ。
 老舗映画館が競争に勝てず次々と没落閉鎖していく中で、お洒落で画一化された店舗のシネコンが都市部郊外を中心に広がっていった。老舗映画館が市販の駄菓子やバニラ最中(もなか)を売るのに対し、ファーストフード店の要素を取り入れて出来立ての熱いポップコーンやホットドックを売る。電車でアクセスする客よりも車でやってくる客に対応して駐車場の完備、ショッピングモールに併設する事で映画のついでにショッピングや外食を楽しめるようにした。

 これらによって映画の観客数は回復していった。だが、あくまでこれは映画の売り方を変えたのであって、映画作品の質や映画制作に何か劇的かつ画期的な変化があったわけではない。シネコンと芸能プロや映画会社が連携する事で邦画のマーケティングをダイレクトに行えるようになった事のほうが大きい。
 一方、特定の芸能プロに所属するアイドル達は歌だけでなく俳優やバラエティの出演者または司会など様々な仕事をこなさなければならない。AKBにいたっては「地域のアイドル」というコンセプトもこなさなければならないので、仕事のレベルがアップしているのはいえるかもしれない。ただ、制作現場は特定の芸能プロが関与する事で制約の多い環境になったのではないか。

 いずれにせよ、邦画のほうに魅力を感じる観客が増え、ハリウッド側が日本国内で劣勢に立たされるようになった。また、ハリウッドのメジャー映画はネタが無いのかシリーズ物やリメイク物が増えて一時の魅力を感じる事ができず、おまけに世界中の人々にウケる題材よりもアメリカでしかウケないようなネタや、アメリカ文化自身の勢いに陰りがあることもあるだろう。それが日本での不振の原因だと思う。

 それゆえ、今までのようなマーケティングでは日本に切り込む事は出来ない。ましてや、ハリウッドスターがサムライになる事はすでにトム・クルーズの前例がある。
 いっそ、挑発的に「47RONIN」ではなく、「メリケン本忠臣蔵」にしても良かったのではないか。インパクトがいまいちだったようだ。日本の観客を怒らすくらいでちょうど良かったのではないかと思ている。
 

 
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[ 2014/01/02 13:37 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

晴雨堂の2013年公開映画2選 

晴雨堂の2012年公開映画2選
 
 さて「日本で2013年に劇場初公開された作品」という条件に絞って晴雨堂が独断と偏見で優秀作品を2作選んだ。
 具体的な評価基準は、劇場で1800円支払って鑑賞してなおかつDVDが発売されたら購入して本棚のコレクションに加えたい映画である。
 で、旧年と同じくなぜ2012年は2作しか選ばなかったのかというと、私と直接付き合いのある友人たちはご存知と思うが、家庭の事情で映画館へ行く機会が激減したからである。息子の育児と連れ合いへの気がねで映画鑑賞する本数自体が減った。とても10選5選なんて無理である。

 とはいえ、たとえ300も400も観たとしても、これは記憶に焼き付き二度と忘れない作品として2つあげよう。
 
1「ゼロ・グラビティ」亜米利加映画
2「選挙2」日本映画

 珍しくアメリカ映画がトップに躍り出た。宇宙空間をリアルに描写しようという心意気とシンプルな構成に感動した。「スターウォーズ」や「スタートレック」などは積極的に宇宙空間で爆音などの効果音をつけるが、この作品は音の無い死の宇宙空間を描写している。
 「選挙2」は日本型民主主義の有り様を面白くも哀しく描写して国内外で高く評価された「選挙」の後日談。主人公の山さんは再び市議選に挑戦するが、前回の典型的な自民党候補のドブ板選挙から今回はこれまた典型的な反主流無所属泡沫候補の低予算選挙で挑む。

 「風立ちぬ」や「清須会議」など他にも気に入った作品はあるのだが、映画館で鑑賞した作品が10本程度では、そこからの10選5選では価値が無い。
 また「風立ちぬ」と「清須会議」は素晴らしい完成度なのだが、あまりに世間から評価され過ぎて選ぶ気が失せた。
 
 それでは皆さん、今年も良き映画にめぐり合えますように。
 

 
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2013年の大晦日と2014年の元旦の食事。 晴雨堂の晴耕雨読な食生活[百五十三] 

大晦日元旦の食事。
 
二〇一三年の年越し蕎麦。

二〇一四年のおせち。
上は昨年の年越し蕎麦。定番の海老天に蒲鉾。
写真には写っていないが、京都の生麩と湯葉も入っている。
写真下は今年の元旦の朝に食べたおせち料理。
連れ合いが実家で義理母と義理妹らと手分けして作った。

 
【雑感】大晦日元旦は家族3人で過ごす。若い頃は友人らと某所で集まってアニメ映画のビデオを見ながら宴会をやったり、車に便乗して天橋立などへ繰り出したりしたものだが、やはり身内水入らずで静かに過ごすほうが良い。
 近頃はアメリカ風にカウントダウンパーティをやるのが流行っているようだが、大晦日は家族が無事に1年を乗り切った事の確認の儀式であり、元旦は改めて1年の出発と家族の文化の継承を行うモノだと思っている。
 今日は静かに正月料理を食べて過ごし、明日は初詣に行き、明後日は親類縁者が集まって宴会だ。

おせちを前にはしゃぐ息子。
 
 上記写真ではただ立っているようにしか見えない息子だが、色とりどりのおせちの重箱を見ると立ち上がってはしゃぎだす。息子にとって2度目の正月だ。前回はおとなしく座っているだけだったが、今回は栗金団や黒豆の甘さを知って「食わせろ」と身体全体で要求するようになった。

 当ブログで何度か書いたことがあるが、我が家のルーツは土佐なので、本来はおせち料理なんてものは無い。柚子でしめた寿司飯と鯖で鯖寿司をつくり、大皿にレンガの山のように積んで盛り付け、後は澄ましの雑煮を食べる。残念な事に鯖寿司の伝承がうまくいっていない。
 とりあえず、正月料理のほうは連れ合い方のおせちにして、雑煮は高知流に済ましとなった。折衷案である。伝承が上手くいったら、おせちと鯖寿司が両立する事になるだろう。
 
二〇一四年の雑煮。
 
 私の郷里の雑煮は澄まし汁に餅とささやかな菜っ葉が入っているだけのシンプルなもの。高知特融の雑煮なのか、それとも祖先が土佐藩士なのかは確認していない。対して、連れ合いの実家は味噌仕立てで具沢山、典型的な関西の御雑煮である。嫁いで初めて我が家の雑煮を見た時は何とも味気ないものに映ったようだ。

 二〇一四年の御屠蘇の代用。
 
 家の近所に品揃えの良い酒の量販店があり高知の酒を購入するつもりだったが買い忘れた。代わりに鹿児島の芋焼酎を台所から取り出して爽やかなガラスの盃で御屠蘇とする。アルコールの分解酵素が欠落している連れ合いは最初から「要らん」とブロック。
 息子が小学校へ上がるまでには、こんな御猪口ではなく、金杯を揃えて厳かに行いたいものだ。

 因みにこの焼酎は鹿児島県球磨郡あさぎり町の堤酒造の焼酎、むらさき芋と黒麹で醸造したアントシアニンたっぷりの健康に良い酒をうたっている。

元旦のおやつ。
 
 元旦の昼下がりはバームクーヘンでおやつだ。滋賀の親戚からいただいた近江八幡の菓子匠のものだ。さすが近所のスーパーで買うたバウムクーヘンとは違う。
 珈琲は新聞の契約更新のサービスで貰ったネスカフェのインスタントコーヒー、珈琲カップはガイナックスの前身ゼネラルプロダクツで購入したマクロスの艦内用珈琲カップである。

 半分だけ食べて、後は箱に入れて台所になおそうとすると、息子が顔真っ赤にして泣きながら両手でコタツをバンバン叩いて抗議した。だんだん自己主張が激しくなってくる。


 
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