FC2が家宅捜索?! 近頃の現象[一〇五二]
運営実態解明なるか
わいせつ動画や著作権法違反の動画などが数多く投稿され、捜査関係者からは「犯罪のインフラ」とまで呼ばれるようになっていた動画投稿サイト「FC2動画」。京都府警などは30日、捜査員約60人態勢で、大阪市北区のインターネット関連会社「ホームページシステム」などの家宅捜索に着手。同社がサイトを実質的に運営していた可能性があるとみて、運営実態の解明に乗り出した。 (産経新聞)
【雑感】「犯罪のインフラ」とはエライ言われようだ。
FC2でブログを運営しているものとしては、影響が波及しないことを祈るばかりだ。FC2のブログは他のブログサイトよりも自由でコンテンツも豊富ゆえ重宝している。
私のネット生活はYahoo!から始まったが、最初のブログはYahoo!ではなくFC2に設置したのは文章文字数無制限で写真貼付の容量も大きく、アフィリエイト基本自由だったからだ。Yahoo!のブログは初心者にとっては簡単で使い勝手は良いが制約が多すぎるので最初はパスした。
それにしても「犯罪のインフラ」とか、「謎の多い会社」とか、まるで悪の秘密結社のような報道のされ方をしている。違法行為を行っているとしたらそれはけしからん事だ。が、ただ表現規制に熱心?な産経が敏感に取り上げている点が気になる。



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「オリンピア」 美術鑑賞映画〔12〕
現代オリンピックショーの始まり。
【原題】FEST DER VOLKER-OLYMPIA TEIL I (第一部「民族の祭典」)
【原題】FEST DER SCHONHEIT-OLYMPIA TEIL II (第二部「美の祭典」)
【通称】Olympia (一部・二部合わせた通称)
【公開年】1938年 【制作国】独逸 【時間】第一部111分 第二部90分
【監督】レニ・リーフェンシュタール
【制作】レニ・リーフェンシュタール
【原作】
【音楽】
【脚本】レニ・リーフェンシュタール
【言語】ドイツ語
【出演】
【成分】かっこいい 楽しい ファンタジー 1936年 ドイツ・ベルリン
【特徴】ナチス政権下のベルリンオリンピックを記録した伝説的映画。ヒトラーお抱え映画人の悪名を背負って戦後は映画界から追放されたレニ・リーフェンシュタール監督の伝説の作品。
史上初の本格的なオリンピック記録映画であり、現代では当たり前の技法がぎっしり詰まっている。但し、当時の技術でドキュメントとして撮影するのは不可能な映像なので、彼女の秀逸な編集技術以外に記録映画としてはあってはならない再現撮影も行っている。
いずれにせよ、彼女の作品からオリンピック記録映画が始まった。
【効能】1930年代の映像とは思えない斬新さに驚愕する。プロパガンダ臭やユダヤ人差別臭が無いのに拍子抜けする。
【副作用】単調で暗くてテンポが悪い。ナチスドイツやヒトラーを想起して気分が悪くなる。
下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。記事に直接アクセスした場合は、この行より下がネタばれになりますので注意してください。
ベネッセから詫状が来たのだが・・。なんと言ってよいのやら・・。 近頃の現象[一〇五一]
顧客情報流出の調査結果をネット公表
ベネッセホールディングスは25日、顧客情報の大量流出事件をめぐる原因究明や再発防止策をまとめた調査報告書を同社ホームページ上で公表した。調査は外部の専門家も含み構成する委員会が行い、今月12日に結果を発表、17日に経済産業省へ報告された。(産経新聞)
【雑感】ウチもベネッセの利用者である。2歳の息子はベネッセの幼児教育教材のキャラクター「しまじろう」が大好きである。事件があったからといって「しまじろう」は嫌いになるべきではない。

虎のしまじろうと兎のみみりん。 ベネッセ関連のチラシから。
しかし、私は「しまじろう」を観てはしゃぐ息子に嫌味を囁くようになった。「しまじろうは虎の子供なのに、兎の女の子と仲良くしているのは食物連鎖からいっておかしいんだよ」「しまじろうの歯に牙が無いのは虎としておかしいなぁ。これじゃあ人間の歯みたいだね」
連れ合いは横から「何をぶつぶつ訳のわからん事いうてんねん」と眉間に縦皺をつくる。
ところで、ベネッセから詫状が届いた。その内容が少し首を傾げる。詫びの品を贈るとの事、新聞の契約更新の景品みたいにカタログから好きな菓子折りでも選ぶのかな、と思っていたら、以下の三項目から選べという。
500円分の電子マネー
500円分の図書券
500円分を「ベネッセこども基金」に寄付。
う~ん、500円という額にも驚いた。今どき500円で絵本は買えない。子供向け雑誌も買えん。漏洩したデータの数の多さからいって500円は仕方がないとしても、「こども基金」には唖然だ。要は客に支払うべき「慰謝料」を自分とこの「基金」に寄付という名目でバックさせる、慰謝料を払わんでもええようにするための露骨なシステムに見えてしまうのだ。
会費を500円安くするとか、次号の教材に500円分のオマケの玩具を付けるというのなら、まだ理解できるのだが。
私は心が荒んでいるのだろうか?



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東北菜(中国東北料理) 晴雨堂の晴耕雨読な食生活[百七十二]

【雑感】近頃、自宅周辺に新しい中国料理店が2店できた。いずれも本格中国料理を前面に強調した内装で、チラシなどに書かれている文字は何と大陸で使用されている簡体字、中国人シェフが作る料理をウリにしている。料理は2店とも「東北料理」を強調していた。(余談1)
東北料理・・、なんじゃそら? 中国料理といえば、私は香辛料を効かせた辛い料理が好きなので真っ先に麻婆豆腐で有名な四川料理を思い浮かべる。次いで魚介類豊富な広東料理、塩を効かせた北京料理などが有名で、その看板で営業する中華料理店も多い。最近では台湾料理や上海料理の店も増えてはきたが。
そのうちの一軒に入ってみた。泉北2号線沿いにある店で店舗は赤と白を基調にした中国らしい店構えだ。経営している人は中国人らしく、厨房からは中国語が聞こえてくる。日本テレビの小熊アナウンサーを浅黒くしたような美女が注文を取りに来た。言葉の端に微かな訛りがある。
私は典型的な東北料理は何かと尋ねたら、ウエイトレスはメニューから3品くらいを指さした。その中で最も安い料理を注文したのが上記写真である。
「地三鮮」という。馬鈴薯と茄子とピーマンを油通ししたあと醤油ベースの調味料に絡めて炒めた料理で、家でもできそうだ。
味はやや醤油が濃いような感じがする。連れ合いが食べたら「塩辛い」と文句を言いそうだ。私は馬鈴薯の澱粉と炒めた際の油が絡まり、茄子の瑞々しさが加わってちょうど良い辛さに思えたが。
地三鮮だけでは愛想ないので炒飯も注文、これはやや薄めの上品な味付けて好感を持った。場末の中華料理屋やラーメン屋の炒飯は濃い味付けなのが多いので久々に本格炒飯を食べた。
地三鮮をつまみながらメニュー冒頭の挨拶文を読んでいると、東北料理は中国八大菜系(余談2)には該当しないと主張していた。
つまり日本で広まっている中華料理とは全く毛色が違う、独特の料理をつくる店であることを売りにしている。特徴は醤油ベースのあっさりした味付けらしいのだが、地三鮮からの印象だけだと濃い目かな。もっと他の料理も食べてみないことには判らん。
また行くとしよう。
(余談1)中国語で中国料理を「中国菜(チュングォツァイ)」と呼ぶ。日本で使用されている「中華料理」は中国では使用されないか、または中国風日本料理という意味で使われる場合がある。「料理」は中国の古文にはあったようだが、現代中国語では使われないらしい。
東北菜は中国東北地方の料理という意味だ。
(余談2)「八大菜系」を日本語風に書き換えれば「八大中国料理」になる。簡単にいえば地域ごとに特徴があり八つの傾向があるという事だ。
山東料理・・魯菜。北京料理・宮廷料理など。一般に塩辛いのが特徴。
江蘇料理・・江菜。上海料理や台湾料理など。一般に甘目。
浙江料理・・浙菜。日本では馴染みが無く、上海料理などにまとめられている可能性がある。
安徽料理・・徽菜。日本では馴染みが無く、勝敗料理などにまとめられている可能性がある。
福建料理・・閩菜。日本では馴染みが無く、台湾料理などにまとめられている可能性がある。
広東料理・・粤菜。香港系のレストランはこの料理。薄い味付けで素材の旨味を活かす。
湖南料理・・湘菜。日本では馴染みが無く、四川料理にまとめられている可能性がある。
四川料理・・川菜。日本では麻婆豆腐で知られている。香辛料を効かせた辛い料理が多い。
【追記】現在(2016年10月6日)、2店とも廃店した模様。あんまり客が入っていなかったようだから仕方が無いか。
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しあわせのかおり [DVD] 三原光尋監督
地方都市の中華料理店を舞台にした中谷美紀・藤竜也主演作。
藤竜也氏は紹興出身の中国人料理人を演じている。



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強姦罪に問われた青年が逆転無罪、近年では異例だ。この判決を巡って短兵急Tweetが多い。 近頃の現象[一〇五〇]
逆転無罪の判決
千葉県内で女子中学生に乱暴したとして強姦(ごうかん)罪に問われた無職男性(27)の控訴審で、東京高裁(三好幹夫裁判長)は19日、懲役4年6月とした1審・千葉地裁判決を破棄し、「合意の上だった可能性が否定できない」として逆転無罪の判決を言い渡した。(読売新聞)
【雑感】近年には無い異例の判決だろう。
痴漢冤罪問題を見るまでも無く、女性や子供側が被害を訴えると一方の当事者である大人や男性は弁解や釈明の機会すら与えられぬまま有罪へと流れる傾向がある。これはかつて社会的立場の弱い女性や子供側が一方的不利だった事への反省からなのだが、今はその反動で有無をいわさず「女は被害者・男は加害者」の固定観念が定着してしまっている。(余談1)
今回の場合、「被害者」である女性は中学生、「加害者」は20代後半の無職男性、世間はか弱き女子中学生と腕力のある成人男性という図式で見るだろう。どう考えても男性側が圧倒的に不利であるし、だからこそ地裁では有罪だった。仮に控訴審で判決内容が変わるとしても、量刑が重くなるか軽くなるかはあっても無罪という極端な形にはなかなかならない。
この場合、「加害男性側」の弁護士が「被害者女性側」の主張を完全に覆す材料を控訴審で提出したか、あるいは女性側の主張に何らかの致命的な綻びが生じたか、そうでなければ逆転無罪にはならない。そう見るのが妥当だ。
問題はTwitter上で判決をめぐるTweetには短兵急なものが多いという事。代表的な内容を列挙してみよう。
「合意があったとしても、未成年とセックスしたら有罪じゃ」という趣旨のTweet。
これは逆に未成年は性行為をしない、してはいけない、という意味にもとれ、未成年者を暗に人間扱いしていない状態だ。人間も生き物なので生殖年齢に達したら本来は性行為をする。社会的制約でやり難い状態に置かれているのが未成年である。
極端な話、中学校を舞台にしたドラマ「金八先生」で杉田かおる氏扮する3年B組の生徒浅井雪乃は同級生宮沢保の子供を身ごもった訳だが、浅井は犯罪被害者になり宮沢は犯罪者になるのか? 未成年者は性行為をしないという固定観念も子供の人権を蔑ろにしてはいないか。
「日本は未成年を守らない」という趣旨のTweet。
その一方で未成年が人を殺しても罪に問えないという少年法の弊害が社会問題化している。本来は未成年を守るための法律が犯罪被害者の人権を侵害してしまっている状況も考慮しなければいけない。未成年者を守るなと言うつもりは無い。要は守り方が歪なので見直すべきだ。
「裁判官は変態」という趣旨のTweet。
これは13歳の女性と性行為をもった男性を変態と決めつけ、その男性に無罪判決を下した裁判官も変態と決めつけたTweetだが、報道をみる限りではまだ背景が判らない。(余談2)
正味正確な状況を知るには、判決文・検察の主張・弁護士の主張などに目を通す必要があるが、プロのジャーナリストでもない限り一般人にこれをする時間と労力を割く暇(いとま)は無い。
判決を支持するメディア(産経など)や否定的なメディア(朝日など)に目を通して概略を把握するぐらいなら一般人もできるので、最低限それをやってから論評するべきで、印象だけで批判をしては偏見を助長させ冤罪や差別の元となる。印象だけで人を批難するのは差別者の典型的な精神状態である。煎じ詰めれば、己の批難がブーメランとなって返って来るのだ。
未成年の被害者の側に立って裁判官を批難しているつもりが、実は未成年者を人間扱いしておらず、根拠も薄弱なまま印象だけで他人様を変態扱いする名誉棄損を平気でネット上でやってしまう加害者に成り下がるのだ。
不特定多数の人間の前で発言するという行為、これは断じて見くびってはならない!
(余談1)女性側が一方的に不利だった時代を描写している映画に「ザ・レイプ [DVD] 東陽一監督
(余談2)因みに「変態」は迂闊に使うと言葉が独り歩きするので危険なのである。何故なら、個々の価値観や文化で「変態」の定義は違うからだ。イスラム圏の人に聞いたら大相撲のまわし姿も猥褻に見えると言った。
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「ザ・レイプ」 社会問題を考えたい時に〔22〕



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映画「鳴梁」を裵楔将軍の子孫が刑事告訴。例えれば吉良上野介の子孫が「忠臣蔵」の内容に怒って告訴するようなもの。 近頃の現象[一〇四九]
“歴史歪曲、浅はかな商法”と
ペ・ソル将軍の子孫が主張
慶州(キョンジュ)ペ氏緊急対策委員会が、映画「鳴梁」を相手取り、虚偽事実の適示による死者の名誉毀損で刑事告訴する。(Kstyle)
【雑感】日本でもし同じような事が起こるとすれば、いつも「忠臣蔵」で悪役にされる吉良上野介の子孫が一致地団結して「忠臣蔵」制作の映画会社やTV局を相手取って刑事告訴するようにモノである。
実際、「忠臣蔵」の内容は実像からかけ離れており、吉良を著しく貶めているのは事実である。私はもっと実像に迫る吉良像を追いかけた「忠臣蔵」を観てみたいものだ。
ただ、何度も当ブログで言及してきたが、私は法権力を使っての言論と表現の自由封じ込めには反対である。特にこの場合は数世紀も昔の人の名誉である。これが罷り通ってしまったら、もはや歴史モノは描けない。
大河ドラマを観ていると、同じ時代を舞台にしても作品ごとに人物描写が異なることに気づく。豊臣方が主人公だと徳川家康は憎らしいほどの悪人に描かれるが、徳川方が主人公だと家康は善人になってしまう。
滝田栄氏が主役として家康を演じた「徳川家康」では、生真面目に豊臣家への忠節を誓い、大坂夏の陣で家臣たちが豊臣家を滅亡させてしまうと癇癪を起す、今までの家康像ではあり得ない平和主義ぶり。戦国乱世では生き残れそうにない甘ちゃん家康。
松方弘樹氏が敵役として家康を演じた「天地人」では、まるでステレオタイプの無頼の輩、形勢が悪いと卑屈に振舞い有利になると石田三成をはじめ豊臣恩顧の大名たちを恫喝しまくる。気品も知性も感じられない野卑な家康。
徳川家は今も日本有数の名家として存続しているが、大河ドラマでイチイチ刑事告訴はおろか制作側に注文を付けるような事はしない。
歴史を西洋に向ければ、ローマ史劇では必ずといっていいほどローマ帝国の皇帝は悪徳と暴力と贅沢三昧の爛れた享楽社会に生きる独裁者であるかのように描かれている。これはローマ軍によって祖国を追われ流浪の民族となったユダヤ人が現在の映画業界に強い発言力を持っているためと、加えてローマ帝国によってしばしば迫害されていたキリスト教徒が世界のイニシアチブを握る力を持っているからである。
しかし全盛期のローマ皇帝は現代のアメリカ大統領のようなポジションで、大きな権力はあったが好き勝手に使える立場ではなく、常にローマ市民や現代の国会のようなポジションの元老院に気を遣っていた。
だからといって、ローマ人の直系子孫であるイタリアがハリウッドなどを相手取って刑事告訴なんて話は聞かない。
事実関係なんてものは立場が違うと大きく解釈が異なってしまう。現代社会でも裁判で被告人と告訴人では同じ事実でも受け取り方が違うのに、ましてや歴史となれば時の政治状況で如何様にも変わってしまう。古い時代であればあるほど誤差も大きくなる。
時代劇はさらに「歴史的事実」を参考にしてフィクションを膨らませていくものだ。これにイチイチ異議を唱えては時代物は書けない。
仮に慶州裵氏の意向通りの作品ができたとしても、必ず別の氏族から不服が生じる。まず裵楔将軍に敵対した人たちの子孫が真っ先に「美化している。精神的苦痛を受けた」と提訴するだろう。キリの無い話だ。
言論には言論で対処だ。慶州裵氏は資金と人手を募って反論映画を作るべきだ。全国の慶州裵氏が団結して人材と資金を集めれば、映画一本つくるぐらいできるだろう。
(余談1)「慶州裵氏」とは何ぞや、と思うだろう。韓国は日本以上に氏族の結びつきが強い。氏族の発祥地などを指す「本貫」にこだわる。この場合は、慶州発祥の裵氏という意味で、慶州とは現在の慶尚北道の慶州市周辺である。古代朝鮮の王朝新羅の都があった所だ。発祥地と姓が同じであれば同じ祖先を持つ一族という事になる。
因みに韓国で最も人口が多い姓は「金氏」だが、この金氏には金海・慶州・全州など様々な本貫がある。同じ本貫の氏族への帰属意識は強烈だ。
中国では経験的に近親交配を避けるため同姓同士の婚姻は忌み嫌われている。韓国も同じで、特に「本貫」が同じだと婚姻できない。
80年代、在日コリアンのジャーナリスト金賛汀氏が中国東北地方の延辺朝鮮族自治州を取材した際、取材先で同じ金氏の朝鮮族中国人から同姓なので「本貫は」と尋ねられ、「清州金氏です」と答えたら「一家やないか!」と歓迎されたそうだ。日本で育ったコリアンと中国で育ったコリアンが、朝鮮半島を隔てた中国で同じ朝鮮語が通じ同じ氏族の人と出会う違和感。これは朝鮮半島が抱える苦難の歴史と現状を表している。
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結局邦題はB級臭いタイトルとなった。



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「アンパンマン」の落書き。 晴雨堂の晴耕雨読な日常[百八十]

【雑感】上記写真は、新聞の折込広告の中から片面印刷のものを引っ張り出し、印刷されていない裏面を利用した描いた落書きである。
息子は2歳児、「アンパンマン」が一番面白いと感じる歳頃である。ブログでも紹介したが、今年は着ぐるみによる「アンパンマン」ミュージカルを家族3人で観てきた。
大昔、私が漫画を描いていたことを知る連れ合いは「アンパンマンのイラストぐらい描いたれよ」と言い、息子はボールペンを私に突きつけて催促する。仕方なしに描いたのが上記写真の落書きである。
何度か言及した事があるが、私はあまり「アンパンマン」は好きではない。なぜ時代や世代が変わっても相変わらず幼児に絶大な人気があるのか解らない。だから、セーラームーンなら若い頃はよく描いたがアンパンマンは一度も描いていない。
上記写真は「アンパンマン」に登場するパン工場のジャムおじさんである。即興で記憶を頼りに描いた。息子は喜んでくれたが、連れ合いは「こわいぃ!」と叫んで批難する。たしかに改まって写真で見ると、ほのかに「アンパンマン」に対する悪意が滲み出ているともとれる。しかし、郷里の偉人やなせたかし氏は尊敬しているし、やなせ氏が手掛けた雑誌「詩とメルヘン」は購読していた。
気を取り直して、ドキンちゃんやバタコさんを描いてみたのが、下記の写真である。

う~ん、これも「アンパンマン」世界に対する悪意が滲み出ていなくもないか・・。即興で描いたにしては我ながらよく特徴を捉えていると思うのだが。息子も喜んでいた。やなせ氏がキャラデザインを務めた伝説の大人アニメ「千夜一夜物語」は絶賛しているのだが。
言われてみれば、怖いかな?



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「清州会議」 寂しさをまぎらわす時に〔27〕
白塗りお歯黒の剛力彩芽ちゃんが可愛い。
【英題】
【公開年】2013年 【制作国】日本国 【時間】138分
【監督】三谷幸喜
【原作】三谷幸喜
【音楽】荻野清子
【脚本】三谷幸喜
【言語】日本語
【出演】役所広司(柴田勝家) 大泉洋(羽柴秀吉) 小日向文世(丹羽長秀) 佐藤浩市(池田恒興) 妻夫木聡(織田信雄) 浅野忠信(前田利家) 寺島進(黒田官兵衛) でんでん(前田玄以) 松山ケンイチ(堀秀政) 伊勢谷友介(織田三十郎信包) 鈴木京香(お市様) 中谷美紀(寧) 剛力彩芽(松姫) 津島美羽(三法師) 坂東巳之助(織田信孝) 阿南健治(滝川一益) 市川しんぺー(佐々成政) 清末裕之(金森長近) 久世浩(稲葉一鉄) 迫田孝也(蜂屋頼隆) 望月章男(長束正家) 松永一太(佐久間盛政) ショー片島(弥助) 染谷将太(森蘭丸) 篠井英介(織田信長) 戸田恵子(なか) 梶原善(小一郎) 瀬戸カトリーヌ(小袖) 近藤芳正(義兵衛) 浅野和之(明智光秀) 中村勘九郎(織田信忠) 天海祐希(枝毛) 西田敏行(更科六兵衛) 山寺宏一(さまざまな声)
【成分】コミカル ゴージャス 不気味 切ない 知的 笑える 1582年 安土桃山時代
【特徴】三谷幸喜が監督・原作・脚本三役を務め放つコメディ時代劇。
本能寺の変にて織田信長と嫡男信忠が倒され、主君空席の事態を収拾すべく後継者候補たちをはじめ重臣らが清州城に集まり議論する、日本戦国時代版オペレッタ「会議は踊る」である。
出演俳優たちは清州会議当時の実際の武将たちの年齢に合わせてキャスティングされている。羽柴秀吉と柴田勝家の2人を中心に物語が展開するが、登場人物があまりに多いため、歴史にあまり興味の無い人は事前に予習する必要がある。
同じく三谷幸喜監督作「ステキな金縛り」に登場する幽霊更科六兵衛が本作でも生前の姿としてカメオ登場する。ここではザンバラ髪の落ち武者姿ではなく、綺麗に髷を結い陣羽織を着た姿だ。
【効能】登場人物が多く賑やかなので寂しさがまぎれる。
【副作用】登場人物が多すぎて訳わからん。
下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。記事に直接アクセスした場合は、この行より下がネタばれになりますので注意してください。
白杖につまずき蹴った加害者に理解を示す心ない人たち。 近頃の現象[一〇四八]
白杖につまずき蹴った加害者に理解を示す
心ない人たち
JR川越駅(埼玉県)構内で全盲の女子生徒が何者かに蹴られ負傷する事件が起きた。白杖につまずき転倒した腹いせに背後から蹴ったとみられ、許しがたい行為にインターネット上には怒りが噴出している。
だが一方では、加害者側に理解を示したり被害者の「落ち度」に言及したりする人も少なからずいるのが現実のようだ。(J-CASTニュース)
【雑感】白い杖は視覚障害の表示でもある。だから全盲の人を見かけたら歩行を手伝うか、手伝い方が判らなければ歩行の邪魔にならないよう道を開けてやるかがエチケットである。
触らぬ神に祟りなし、と言えば冷たく聞こえるかもしれないが、接触して全盲の人に怪我をさせたり杖を折ってしまったりするよりはマシである。薄情で世知辛い世の中、せめて触らぬ神に祟りなしで行こうや。
ラッシュ時では白い杖が人混みに隠れて目につかない、という人もいるだろう。だが、杖をついて歩く人は水戸黄門でもない限り殴り返す事はまずない。正面から「こら!お前の杖で足が引っ掛かった、謝れ!」と言うのであれば加害者側にも一分の道理があるが、背後から蹴りを入れて逃げるは卑怯千万であろう。仮に全盲少女に落ち度があったとしても卑怯な行いの前では雲散霧消だ。卑怯者に理解を示す必要は無いし一分の理すら無い。
私は綺麗事を言うつもりは無い。ただ「明日は我が身」という考えから、白杖につまずけば私の方から謝るし、折ってしまったら弁償するだろう。
それよりも、こういう事が頻発すると関係の市民団体が政治的な運動を先鋭化させてしまう。一部フェミニストが男性すべてを敵として捉えているように、障害者団体も健常者を仮想敵と捉えるようになったら厄介だ。圧力団体がよく用いる手段はロビー活動によって政治権力を動かし法権力を利用することで権利を守る、そのための組織でもある。変革の一環に言葉狩りも含まれる。
特に言葉狩りは運動の中では最もやり易い標的だ。だから多くが言葉狩りに走ってしまう。一方でそんな声高に動く社会的少数者勢力に反発する者の一部がまたヘイトスピーチや暴行に走る。負のスパイラルが始まり、社会から大らかさが損なわれ、ますますギスギスした余裕の無い空気になっていく。
そんな社会になったとき、「表現の自由」真理教の私は非常に迷惑なのである。障害者の人権のため云々などと綺麗事は言わない。まわりまわって表現の自由を享受する私の権利が侵害されるのが嫌なのだ。



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第1884回「はじめてのデート」 女の子と改まった付き合いをした事が無いので何が「初めてのデート」なのかが判らない。
こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当藤本です今日のテーマは「はじめてのデート」です。皆さんデートはしたことありますか?はじめてのデートは覚えていますか?本日ははじめてのデートのエピソードをトラックバックを通して教えていただきたいとおもいますわたしは遠い昔(笑)したはじめてのデートをいまでも覚えています!いたって無難ですが、駅で待ち合わせをしました。田舎に住んでたので電車で都会に出て遊び...
FC2 トラックバックテーマ:「はじめてのデート」
【雑感】残念ながら判らない。こんなことを言うと、初めてのガールフレンドとの思い出を忘れる冷たい男と思う人もいるだろうが、そもそも私は改まって女の子と交際した経験が無いのでどれが初めてのデートなのかも不明である。
今の連れ合いとも、当初は友達付き合いで映画を観に行ったり温泉に行ったり近くの山へハイキングに行ったりしたものだが、いつの間にか話が「結婚」へと進んでいき、周囲も私たちが結婚するものと思い込んでいたらしく、気が付いたら結婚の段取りに入っていた。
連れ合いから「一応、男性の方から私のお父さんに結婚のことを伝えないといけないよ」と促され、ああワシらは結婚するのかと改めて自覚したほどだ。連れ合い本人に対して世間でいうプロポーズはやっていない。
昔からそんな調子なので、これまで友好関係を結んだ女性たちに改まって恋を告白して交際を申し込むという事は殆ど無かった。女性たちの中には私の事を「彼氏」と思ってくれた人もいたかもしれないが私は彼女を「友達」という認識のまま発展する事は無く付き合いが自然消滅したケースがあったかもしれない。
今の連れ合いと結婚した後で、昔の女友達と某イベントで再会したことがあった。意気投合して一緒にしこたま酒を飲んで終電に間に合わなくなり、そのまま女友達の家に泊まった。彼女は親と同居しているし、親とも顔見知りで親しく議論する間柄だった。もちろん連れ合いには彼女の家に泊まる旨を連絡したから何のやましさは無いのだが、今にしてみれば連れ合いにとっては新婚のうちから早速不安な一夜だったろう。
朝、彼女の家の客間で起床して朝食をいただいているときに、彼女の父親がしみじみと「結婚おめでとう。うちの娘ではまだ子供子供だから、お前とは釣り合わないと思っていた」と言う。「え?」と少し吃驚した。彼女側では結婚が視野に入っていた時期があったのか・・と。
いつもこんな調子だが、一度だけ高校3年生の時に同級生の女の子にラブレターを送った事があった。長身で髪が長くて栗山千明風の美貌なのだが、変わり者の漫画オタク少女ゆえ男子にはまるで人気が無かった。私はその変わり者ぶりに惹かれた。
当時、図書室で私が借りた本は聖書とかギルガメシュの叙事詩など高校生が読むにしてはかなりマニアックな書籍で貸出記録カードに記載されている名前も数名と人気の無いものばかり。そこに必ずといって良いほど彼女と私の名前が記入されていた。中には貸出記録には2人しか名前がない書籍もあり、その2人は彼女と私だ。だからつい意識して胸がときめいてしまった。
ラブレターの返信は簡潔そのものだった。わずか一行「私、恋愛感情皆無なの」で終わりだ。痺れたね。だから私は引き下がらず、「一緒に漫画同人誌を描かないか」と誘ったら、今度は丁寧な長文の返信がきた。丁重な断りの内容だったが。
という訳で、異例にも改まって交際を申し込んだ女の子にはフラれている。また他は連れ合いも含めて友達付き合いから始まっているのでどれが初デートか判らない。
連れ合い限定で強いて言えば、野村萬斎主演の「陰陽師」を難波の映画館で観に行ったのが初デートか。帰りに蕎麦屋で夕食をとったとき私は整理整頓が苦手でゴミ屋敷のような状態と言ったら、妙に笑みを浮かべながら軽く拍手していた。連れ合いも私ほどではないが整理整頓が苦手な人間だ。今にして思えば、連れ合いは最初から結婚を前提に付き合う心積もりだったのか。
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陰陽師 [DVD] 滝田洋二郎監督
晴雨堂関連書籍案内
ギルガメシュ叙事詩 (ちくま学芸文庫) 矢島文夫



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風前の灯火になるか?朝日新聞よ。 近頃の現象[一〇四七]
吉田調書など
東京電力福島第一原発事故を巡り、所長の命令に反して所員の9割が原発から撤退していたとする記事を朝日新聞が取り消すなどした問題で、朝日は13日朝刊の社説や1面コラムで、改めてこの問題について触れ、それぞれ謝罪した。(読売新聞)
【雑感】どんな仕事にも「思い込み」のミスはよくある。「思い込み」とはそうあってほしいという「願望」と言い換える事ができる。
製造業の現場でも気づかずにチェックを通り抜ける不良品もあるが、大概は二重三重のチェックで引っかかるもので気づかなかった訳ではないのが多い。判ってて流したとあれば大問題なので報告書には「気づかなかった」事にするが。
なぜ通り抜けるかといえば、「たぶん、この位なら大丈夫だろう」という希望的観測または願望である。本来ならチェックで止めてラインの点検や既に流し出荷待の製品を押さえて全品検査をしなければならないのだが、それは恐ろしく時間のロスで、そのため少々の規格外が発生しても流してしまう事がある。
ただ、その少々の規格外が取引先で問題になった時、痛い事になる。また取引先でも同じように少々の規格外や問題があっても市場に出していたのが、昨今の競争で製品の見る世間様の目がシビアになってきたため、今まで通してくれていたのがNGとなる事も多々ある。
「以前はこれくらい良品でいけたのに、なんで?」と反射的に不快になる事がよくあるが、規格厳守しなかった自分たちが悪いことも当然わかっている。(余談1)
これはジャーナリズムの世界でも同じ事だ。工場作業者も新聞記者も理屈は同じだ。奇しくも評論家の古谷経衡氏も「願望」の問題点を指摘されているが、本来は偉い先生が改まって指摘しなければならない事ではない。
そして今回は朝日新聞がやってしまったが、その朝日を狂喜して攻撃している産経新聞とて「明日は我が身」だ。古谷経衡氏が指摘しているように産経新聞にも前科がある。(余談2)
朝日新聞やその系列の文化人たちは「権力は腐敗する」という方式をベースに「権力は必ず悪さをする」へ、そして「権力は悪だ」「日本国家は悪だ」へと飛躍解釈し自民党をはじめとする伝統的な保守勢力からそれを支持する保守市民およびどちらにも付かない浮動勢力に対し敵意を抱いていく。産経新聞やその系列の文化人は朝日の逆パターンである。朝日や朝日系列の文化人や護憲派市民や市民運動家たちを「反日勢力」と断定し糾弾する。
そもそも事実関係というものは立場が違えば同じ風景を見ていても全く解釈が異なってしまう。同じ人間でも、小学校入学当初は「広い」と思った運動場が卒業時には「狭い」と感じる。運動場の面積が変わったのではない。身体のサイズや背丈が変化したのに加え、多くの1年生にとっては比較の対象が出身幼稚園の運動場であるのに対し、6年生になれば行動範囲も広がり人によっては中学校や高校の校庭でも遊んだりして比較の対象が多くなる。
新入生が「広い」と言い、卒業生が「狭い」と言ったからといって、どちらかが嘘をついているなんて普通は思わない。単純に運動場と当事者個人の主観が対象だからだ。
ところが大人社会になると様々な利害関係や社会的立場がある。各々の立場やポジションで、同じ事実を見ていても脳裏に映る風景は違うものになる。大人社会の事実というものは利害関係に左右されると言い切っても言い過ぎではない。そこへ思い込みによる飛躍解釈や拡大解釈が生じる。あるいは故意による捏造すなわち嘘を吐く場合も多々ある。
製造業に話を戻せば、加工サイズが規格外になっていることに気がついても微小であれば工程検査表に規格内の数値を記入し良品として流す行為は、多くはバレないがれっきとした虚偽である。程度の差はあれ人間はそれを日常的にやってしまう生き物である。
したがってどんなメディアであれ、常に唾を眉につけて見る姿勢が大切だ。単にメディアが発信する情報だけを見るのではなく、発信元の社会的ポジションも把握しなければ誤報に惑わされる。日本社会の場合、朝日一紙だけを読むとか産経一紙だけを読んでいたんでは事実の輪郭を正確に把握できない。少なくとも両方は読まないといけないし、ネット社会のおかげでそれは容易になった。
朝日新聞は潰れてはいけないと思っている。なんとか盛り返してほしい。でないと産経が同様の暴走(現在の安倍政権支持なので政権の失策は大甘になる)をしたとき、産経をチェックし対抗する勢力が弱くなり、社会のバランスが崩れる。
(余談1)元朝日新聞記者の本多勝一氏らが創刊した週刊金曜日(創刊した最高責任者は本多氏ではなく左派系出版社晩聲社の和多田進氏らしいが)は、一連の朝日の謝罪には納得いかないらしく、今週号は慰安婦の「本質論」を展開している。
ただ、言いたい事は解るんだが、21世紀の人権感覚で当時の有様を論じ糾弾するのは虚しく感じる。また日韓条約で「示談」が成立しているのに、国際法の拡大解釈を可として慰安婦問題を持ち上げては、安倍総理側としては「なんや、そんな拡大解釈が罷り通るなら『平和憲法』下でも核武装できるやんけ」と思ってしまうのが道理だ。踏み込みすぎると、論理の整合性に綻びが生じ、結果的に意図した事と正反対の結果を招く。
(余談2)2012年7月に開催された陸上自衛隊第一師団の統合防災演習を「東京都内の11区が(同演習への)協力を拒否した」という旨の記事が掲載されたが、当の区役所から事実誤認と抗議を受け、2012年7月25日付けで記事の撤回と”おわび”を掲載した騒動。
このことについて古谷氏は「担当した記者が、『当該区役所の職員らには、反自衛隊思想の持ち主が居るに違いない』という”願望”を元にした観測記事であったことは疑いようもない」と指摘している。



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「タイタンの逆襲」 家族と一緒に愉快になろう〔12〕
ブレイク前のジュリアーノ・ジェンマ。
【原題】ARRIVANO I TITANI
【英題】SONS OF THUNDER
【公開年】1962年 【制作国】伊太利 仏蘭西 【時間】104分
【監督】ドゥッチオ・テッサリ
【原作】
【音楽】カルロ・ルスティケリ
【脚本】エンニオ・デ・コンチーニ ドゥッチオ・テッサリ
【言語】
【出演】ペドロ・アルメンダリス(暴君カドマス) ジャクリーヌ・ササール(アンタイオーペ姫) アントネラ・ルアルディ(ハーマイオーニ妃) ジュリアーノ・ジェンマ(クリオス) ジェラール・セティ(Hippolytos) Serge Nubret(ラトル) タニヤ・ロペール(Licina) イングリッド・シェラー(Emerate)
【成分】ファンタジー かっこいい かわいい コミカル 笑える ギリシア神話
【特徴】サム・ワーシントン主演のアメリカ映画と同じ邦題になってしまっているが、これはその約半世紀前にイタリアで制作されたジュリアーノ・ジェンマ主演のコメディタッチ作品である。当然、物語の内容は全く異なる。
ジェンマがマカロニウエスタンでブレイクする直前の映画で、30年ほど前までは頻繁にTVの再放送枠や番組改編時の穴埋めに放送されていたが、現在は忘れさられたような感がある。
ブレイク前のジェンマなので非常に若くてツルツル顔だ。
全くシリアス度の無いお笑いドタバタファンタジーなので、幼児や小学校低学年の鑑賞にも耐えうる。
【効能】ストレス解消、鬱屈した気分を快活へ転換させるに適している。
【副作用】殆ど内容が無く時間の喪失感を抱く。暴力を肯定しているように見える。
下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。記事に直接アクセスした場合は、この行より下がネタばれになりますので注意してください。
第1882回「歴史上で好きな人物は誰?」 私は土佐人なのでやはり坂本龍馬だ。
こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当河本です今日のテーマは「歴史上で好きな人物は誰?」です。皆さん、歴史は好きですか?私は授業を聞くのは好きでしたが、テストはかなり苦手でした。笑とにかく人の名前を覚えるのが苦手で、地理的感覚もなく歴史はもちろん、社会系のテストは残念な結果が多かったですそんな私がすぐ覚えたのは、源義経です源義経がチンギス・ハンという説があるというのを授業で教えてもらって...
FC2 トラックバックテーマ:「歴史上で好きな人物は誰?」
【雑感】高知出身者なので、やはり坂本龍馬になってしまうだろう。書斎の壁にはブーツを履いて椅子に座る坂本龍馬の写真を貼ってある。

書斎の坂本龍馬ポスター。
高知では絶大な人気を誇る坂本龍馬、高知だけでなく全国に武田鉄矢氏のような熱烈なファンがいる坂本龍馬なのだが、批判的に見ていた時期もあった。
当ブログで何度か言及した事があったが、郷里は坂本龍馬に頼り過ぎている。空の玄関口高知空港は10年ほど前(2003年)から「高知龍馬空港」と呼ばれるようになった。現在でも正式名称は「高知空港」だが愛称として「高知龍馬空港」が採用され、道路標識や地図などではこの愛称が使われるので事実上は正式名称の変更だ。以前の「高知空港」は国土交通省の「戸籍名」みたいなものだろう。
他、高知市内には「龍馬郵便局」「龍馬看護ふくし専門学校」など、龍馬の名前を冠した施設が増えていく。桂浜近くには坂本龍馬に関する資料を展示している高知県立坂本龍馬記念館、香南市には龍馬の等身大フィギュアを陳列した龍馬歴史館などがある。当然のことながら土産物屋や観光名所は龍馬のマスコット人形。大河ドラマ「龍馬伝」放送時では高知市内はますます坂本龍馬だらけだった。
あまりにも龍馬だらけなので今でも時々鬱陶しく思う。そして「高知は坂本龍馬しかないんかい!」とイラっとくる時もある。(余談1)
時代劇や小説・漫画などであまりにもカッコよく描かれる龍馬、へそ曲がりの私はつい「実際の龍馬はあんなエエ性格やなかったんやないか?」と疑問を持つ。一説にはフリーメイソンのパシリをしていたのではないかとの可能性も浮上する。国の革命騒ぎの陰にフリーメイソンあり、などと囁かれる秘密結社、幕末日本の武器市場で活躍したトーマス・グラバーはフリーメイソンの会員ではないかとの噂があり、龍馬はそのグラバーと接触し薩摩と長州との間で武器商人を務めた。
また、実際に龍馬がやってきた事、彼自身のオリジナリティは無かったのではないか。船中八策は偉い先生たちからの受け売りのようだし。岩崎弥太郎が後に設立した三菱が果たした業績を見れば、海援隊の「業績」は商社としては大きくは無かった。後世の人々が龍馬を偉大な英雄に仕立て上げただけではないのか。
しかし今はそういったネガティブな情報も含めて尊敬している。
龍馬はフットワークが軽くて広い人物だった。若い脱藩浪士に過ぎない、しかも土佐藩士だった頃も身分の低い郷士だった。なのに幕末に活躍した著名人の多くと知遇を得ているのは紛れもない事実。勝海舟・西郷隆盛・桂小五郎といった幕府や薩長の要人とは少なくとも顔見知り以上の関係、さらに越前の松平春嶽といった親藩の殿様とも知り合いだ。これが如何に大変なことか。
私の場合、20代後半から30代後半までの10年余りの期間を市民運動に使った。当時と現代とでは社会も経済も異なるので単純比較はできないかもしれないが、私もサラリーマン社会からドロップアウトした浪人のような身分、運動の過程で国会議員や政党の要職についている政治家、地方自治体の首長経験者、著名なジャーナリストと知遇を得て親しく一献かわすようになった。これがどれだけ大変な事か。
当時の運動仲間から「なんでそんなに顔が広いんや」とよく言われたが、私は逆に「なんでお前はもっと動かないんや」と逆に尋ねた。
手紙魔と化して意見書や主張を書き送り続けた。集会などのイベントがあると顔を出したり、時には臨時スタッフとして協力もした。もちろん選挙があると雑用を手伝いに行った。打ち上げ宴会に誘われたら迷わず参加し、席を温めることなくビールをついで回って交歓の機会を無駄にしないよう努めた。(余談2)相手が自分の名前と顔を憶えやすいよう特徴のある服を着、交換した名刺は保存して顔と名前を忘れないようデータベースに記録した。
特に社交的ではない、どちらかといえば独りで閉じこもる事が好きな性分の私にとっては、けっこうストレスが重い。しかも半日を工場の労働に費やした上での行動である。なんでワシより時間がある人間がもっと動かんのやろう?と不思議に思ったほどだ。
だからこそ思ったのである。龍馬の時代、社会的身分や世代の垣根が今より高かったはずだから、あの人脈の広さは超人的だ。桂小五郎や西郷隆盛のように何らかの実績をあげて藩の要職に就いている訳ではない、一介の素浪人の身分でだ。
そして、若い頃はさして気にも留めなかったが齢重ねた今は最も惹かれる龍馬の特徴は、挫折しまくりの人生である。たぶん、史実上ではあまり浮上しない挫折は土佐にいた頃に多々あったと思う。近年の研究によれば、注意欠陥・多動性障害と呼ばれる発達障害児だった可能性がある。
成人して黒船騒ぎに遭遇し時代のうねりに巻き込まれる。一念発起で脱藩し、勝海舟の門弟となって海軍操練所に落ち着くが幕府が廃止を決定。西郷隆盛に預けられるも、仲間とともに亀山社中を結社して行動、ここでも同志の切腹やせっかく得た船を海難で失うは、現代なら夜逃げしたり一家心中してもおかしくない大変な挫折ばかりが続く。
龍馬の人生の醍醐味は「絶望しない」の一言に尽きると思う。時代劇の世界なら面白おかしい波乱万丈の冒険活劇だが、実際にあった事となれば「そんなボロボロの状態でよう船中八策やら大政奉還なんて吹いて回れたな」と、彼の生命力に驚嘆する。
50が間近になった今、改めて龍馬の凄さを痛感。彼のしぶとさを羨ましく思うとともに、私もまだ人生を諦めてはいかんと思い直すのである。
(余談1)一時期は自由民権運動の行動する思想家植木枝盛に傾倒した。同じく土佐人で、龍馬より二回り近く歳下なので活躍は明治時代。男女同権を唱え、県議会議員時代に公娼廃止を実現、初の衆院選挙で官憲派を大差で破って当選し、国会で女性の政治活動参加をぶち上げる。
彼の思想を簡単に言うと、現代の社民党とほぼ同じである。また現代の市民運動で音楽やダンスを取り入れると先駆的と評価されるが、実は枝盛が民権音頭などを作詞作曲して地元の芸者などに教え広めている。それをいうと、龍馬も海難事故で紀州藩と対立した時、紀州を批判するよさこい音頭を広めていたようだし。
昔から土佐人は頭が柔らかいのかもしれない。
(余談2)高知の宴会ではよくある事である。みんな席に座って落ち着くような事はしない。各々立ち上がって酒をついで回って挨拶をする。大阪の宴会を見た時、なんでみんな行儀よく同じところに座ったままなんやろ?とカルチャーショックを受けた。
たぶん、龍馬も勤皇の志士との会合では席に落ち着くような事はしなかったはずだ。
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ふと、思った。シャア大佐、ホンマはかなりアホとちゃうか? 周囲に弄ばれる悲劇。 近頃の現象[一〇四六]
シャアを許せなくなっている。
歳をとればとるほどシャアを許せなくなっている。
ジオン思想を細部から再構成し、いかにシャアが駄目かを力説する『ガンダムから学ぶ社会思想―反動のシャア』を文春新書から出したい。(北田暁大)
【雑感】何気にTwitterを眺めていたら、上記のTweetをみかけた。社会学者の北田暁大氏のTweetのようだ。
彼と同様の見解なのか、あるいは視点が全く異なるかは上記Tweetだけでは判らないが、私もシャアは駄目というより未熟者と思っている。
シャアは老成した名言を吐き、戦闘指揮所で余裕の珈琲タイムなんぞ洒落込むから、ついカッコいい大人に見える。また子供子供しているアムロ・レイやガルマ・ザビと比較してしまうから大人びて見えるが、実はまだ二十歳の青少年だ。
サイド6でシャアとアムロが初めて対面した時、アムロの歳を聞いてシャアは「若いな」と言う。TV放送を観ていた高校生の私(余談1)は「貴様だってまだ二十歳やないか」と突っ込みの呟きを吐いた。
当時から、シャアはカッコいいけど、ホンマはアホちやう?と思っていた。アムロが主人公のアニメだから仕方がないのだが、ホワイトベース(木馬)やガンダムに絡むようになってからというもの、シャアの作戦はことごとく失敗しているからだ。物語佳境では子飼いのララァから戦闘中に「大佐、邪魔です!」と怒鳴られているし、最終回になると上官キシリア将軍が「赤い彗星も地に墜ちたか」とハッキリ言われてしまう。実はそれ以前から職業軍人として地に墜ちているのだが。
社会人になり齢を重ねるにつれて、シャアは周囲の期待に弄ばれた可哀想な人に見えるようになった。これはけっこうアニメの世界でもリアルにさり気なく描かれている事に気づく。
冷静にシャアの経歴を見てみよう。シャアは一年戦争で頭角を現した軍人なのだが、何で頭角を現したのかは言うまでもなく天才的モビルスーツ搭乗員としての軍歴だ。敵味方双方から「赤い彗星」と恐れられているが、それはあくまでパイロットの能力を評価されたのであって、パットンやロンメルのように指揮官としての能力を評価する箇所は皆無、後に「Ζガンダム」でジャーナリストとなったカイ・シデンはこの点を突いて批難している。
言うまでもなく一年戦争とは、ほぼ一年間に渡って続けられた地球人VSスペースノイドとの戦争だった。この一年程度の期間で、シャアは中尉から大佐へと異例の昇進している。言うまでも無いが、中尉の役割と大佐の役割は全く違う。一介の現場指揮官から司令官までの隔たりがあるのだ。
軍隊の階級を会社組織にあてはめてみよう。中尉は係長かライン長で大佐は部長か工場長に相当する。係長はまだ現場作業者の一人として動く事が多々あるが、工場長や部長ともなれば現場作業を手伝う暇は無い。言うまでもないが、大佐ともなればゼネラリストとしての能力を問われるのだ。
シャアは弱冠二十歳にして一年足らずの期間で中尉から大佐になってしまった。モビルスーツ隊の隊長として編隊の僚友に気を配りながら戦闘する身分から一気に戦闘全体を目配りして戦略や戦術を練る立場に変わった。
普通の人なら勤続20年から30年かけて経験と成果を積み上げ到達する身分に、ただモビルスーツの撃墜王というだけで身分が大袈裟になってしまったのだから、人生経験が乏しい状態のままゼネラリストになるための体験や訓練する機会も与えられず人の上に立たされたのがシャアの悲劇だ。
ジオン軍の性質を考えたら、ルウム戦役で大戦果をあげたシャア中尉は戦意高揚のため英雄に祭り上げられ二階級特進させられたに違いない。一度はガルマの件で失脚左遷(余談2)されるがキシリア少将の政治的思惑で拾い上げられ、特に戦果をあげていないのまた二階級特進して大佐になる。(余談3)
二十歳の青少年が大人の事情で振り回されて見かけだけ偉くさせられたのだ。
このシャアの不幸、実はアニメ上でも放送第1回の冒頭からすでに露呈しているのだ。というのは、アムロたちが住んでいたサイド7にシャアがモビルスーツ3機を斥候として派遣するのだが、新兵が軍規に背いて勝手に戦闘を始めてしまう。愚かな新兵と頼りない古参下士官の罪で済まされるだろうか? 製造業に例えたら、新入社員が上司の指示を無視して勝手に工作機械を動かし死亡事故を起こすようなもの、深刻な異常事態である。
また、このころのシャアはすでに少佐になりムサイ級巡洋艦の艦長を務めているが、物理的時系列を考えたら艦長業務は殆ど経験がなく新米のはずだ。頻繁に自らモビルスーツで出撃しているところをみると、艦内の船務をはじめとする仕事は副官ドレン中尉に任せっぱなし状態のはずだ。ドレン中尉は明らかにシャアより歳上で叩き上げのベテラン職業軍人である。
つまりシャアはパイロットとしては畏敬されているが、指揮官としてはけっこうナメられていたのではないか。ドレンがフォローしているので一応は格好がついていただけと思う。またシャアも勇敢なだけで出撃したのではなく、慣れない艦長業務より外で闘ったほうが気分的に楽という思いを抱いていた可能性がある。
このシャアの弱さは、大佐として戦線復帰したとき完全に露呈する。少佐時代はベテランのドレンが上手く取り繕っていたようだが、2代目の副官マリガン中尉はシャアと歳が変わらない上にシャアほどに場数も踏んでいなさそうだ。規律も乱れ気味で、マリガンが勝手に部下を動かして「木馬」に攻撃を仕掛けたり、シャアからララァの援護を命じられた某少尉は命令を無視した上に艦橋での尋問には開き直って反論している。
このシャアの欠点は「逆襲のシャア」でも全く克服されておらず、ジオンの元首となっても人間として全く成長が見られない、というより元首としての責務を考えると相変わらずモビルスーツパイロットに執着するのは病気といってもいい。
スペースノイドの時代だの、ニュータイプの時代だの、ジオニズムだのと、思想的政治的リーダーになる以前に、ゼネラリストとして失格だ。
(余談1)本放送時は中学生で、あの頃は水泳部の練習で観れなかった。初めてガンダムを観たのは高校にあがってから再放送のビデオ録画を鑑賞。
(余談2)シャアを更迭したドズル中将は容姿から単細胞キャラと誤解されるし、実弟ガルマを守らなかった私怨からの処分と解釈されがちだが、ザビ家の私設軍隊的性格のジオン軍にしては公平な処置だ。
ドズル目線で見れば、シャアがガンダムと遭遇してからというもの何度も戦を仕掛けたが失策続きで徒に部下を失ってばかりいた。「木馬」が北米へと逃れたので北米を管轄するガルマに協力を要請し、ガルマの指揮下に入って参謀役を務めるもことごとく失敗、その挙句にガルマの戦死なのである。ガルマも未熟者だが、そのガルマに戦術面で意見してきたのはシャアである。シャアを解任したドズルの判断はむしろ私怨ではなく司令官として冷静な処置だ。
ファンは御存知と思うが、ザビ家の中でドズルは最も常識をわきまえた大人なのである。冷酷な面を隠そうとしないギレンやキシリアと違って絶大な人望があった。さらに分をわきまえ職業軍人に徹したため、ギレンやキシリアから敵対視される事もなかった。
(余談3)単に声優が「シャア少佐(しゃあしょうさ)」では発声しづらいから言いやすい「シャア大佐(しゃあたいさ)」に変更になったらしい。
設定では、マ・クベ軍とレビル軍との激戦が展開されたオデッサ作戦時に中佐になっていた。



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宮崎吾朗監督、TVアニメシリーズ『山賊の娘ローニャ』(NHK・BSプレミアムで10月11日から、毎週土曜 後7:00)をてがける。 近頃の現象[一〇四五]
父の“後継者”に「なりようがない」
適任者は「庵野氏」
映画『ゲド戦記』『コクリコ坂から』の宮崎吾朗監督(47)が初めて手がけるテレビアニメシリーズ『山賊の娘ローニャ』(NHK・BSプレミアムで10月11日スタート、毎週土曜 後7:00)の完成試写会が2日、東京・渋谷のNHKで行われた。(オリコン)
【雑感】どんな作品なのか、興味はある。残念ながら、今までのアニメを拝見する限り、宮崎吾朗監督(以下吾朗氏)はユーモア感覚に乏しい。真面目くさって悩める陰気な人物しか描けていないので、私はつまらない。人には得手不得手があるが、シリアスしか描けないのは素人だから、と言い切っても良いと思う。宮崎駿氏のような巨匠とまでいかずとも、プロであればそれなりにユーモアを含ませられるはずである。
だからTVの連続アニメドラマではどうなのか? 才能が開花されたのか? しかしNHKの雰囲気を考えたら従来の真面目くさったお硬い内容でもOKかもしれない、期待はできないか・・。などと観る前から思ってしまう。予想を裏切る伸び伸びとした痛快劇になってほしいものだ。
もともと吾朗氏は登山などに親しみ、都市計画や都市環境などを専門にしている建築技師だ。東京・三鷹の森ジブリ美術館を観ていると彼は建築にこそ才能を伸び伸びと発揮できるタイプだと感じた。はっきり言って、「作家」には向かない、建築技師こそ彼の天職だと思う。ジブリの世界を日本や世界に広げるべくテーマパークや建築物や都市デザインを手がけたほうが名を残せる。四六時中狭い作画室にいては終いに病気になるのではないか、と心配する。
鈴木敏夫氏は「建築技師宮崎吾朗」を潰してしまわれた。誘いに乗った吾朗氏もいい歳の大人なので、冗談でも「鈴木氏に騙された」などと言うべきではない。責任は吾朗氏本人にある。
鈴木敏夫氏が「ポスト宮崎駿」に庵野秀明氏を推している事について、吾朗氏は「自分は宮崎駿のような作家とは思っていない。“後継者”になりようがないと思っています」とことわってから、
「自らのスタジオを持ち、原作・原案から手がけてアニメを作る真似はできない。そういう作家性を持った人といえば庵野さんだと僕も思う。僕は、与えられた場があって、その時に初めて仕事ができる」と述べたそうだ。
正直な方だと思った。今までの監督作を見る限りでは、原作や原案は素人だと思う。作家ではない。スタジオの設立と経営はできるだろう。自治体や政府の依頼で公園や公共施設のデザインをするほうが合っている。
私が吾朗氏の立場だったら、鈴木氏へ反発の炎を燃やし、建築技師の肩書にこだわる。能力があったとしても「作家」にはならん。建築技師・建築労働者としてジブリにかかわり、監督ではなく「管理者」「支配人」「職長」などを称する。



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第1880回「近くにあったらいいな~と思う施設は?」
こんにちは!FC2トラックバックテーマ担当の石内です。今日のテーマは「近くにあったらいいな~と思う施設は?」です。ここ数日で急に涼しくなりましたが、風邪を引いていませんか?夏風邪は長引くそうなので、お体にはお気をつけくださいねさて、2ヶ月程前から家の前の空き地が工事中だったのでうるさいな~いつものタワーマンションができるんだろうな~と思っていたのですが、つい先日、●●を建設中ですの看板がたてられて...
FC2 トラックバックテーマ:「近くにあったらいいな~と思う施設は?」
【雑感】昔は映画館が近くにあったらと思っていたが、今はチャリンコで数分のところに映画館やレンタルDVD屋があるので、その辺は一応満足している。私が観たい映画はシネコンではやっておらず、殆どが都心部のミニシアターばかりなので不満はあるが、そこまで言ったら無いものねだりだ。
私が住んでいるところはけっこう便利が良い。自転車で数分から十数分の範囲内にショッピングセンター・区役所・駅・百貨店とある。加えて映画館とレンタルDVD屋だ。本屋すらない郷里に比べれば、「近くにあったらいいな~」と思うのは贅沢かもしれない。
それでも敢えて無いものねだりを言うならば、ビール党の私としてはマイクロブルワリーが近所にあったら幸せだ。パブを併設した地ビールの小さな醸造所が歩いて数分のところにあれば、毎日晩酌しに通うのに。
実はこれとて自転車で数十分走れば地ビールの醸造所がある。(歩いてだと一時間はかかるのでなかなか行けん)私はかなり贅沢な便の良い場所に住んでいる。
【追記】2017年12月26日
近所に二軒あったビデオレンタル屋は二軒とも潰れてしまった。なので映画を観終わった後、ブラブラレンタルビデオ屋で徘徊なんて楽しみも無くなった。



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朝日のヱビス。 私は朝日も産経も読む人間である。 晴雨堂の晴耕雨読な日常[百七十五]

【雑感】新聞購読の契約更新をすると景品が付く。景品の額は公正取引委員会によって上限が決められているため、むやみに高価な品物は付かないが、以前と違って多種多様となってきたような気がする。その一つが缶ビールの詰め合わせだ。
最近まではスーパードライ程度の缶ビールばかりで麦芽100%のプレミアムビールは無かったように記憶しているが、今回はヱビスが登場した。
若い頃からドイツビールが好きで日本のビールに物足りなさを感じていた私は、アサヒ・スーパードライの席巻はまことに嫌な事だった。なんでこんな味の薄いビールを流行らせるのか、と日本の酒飲みを恨みに思った。各社が軒並みビールの薄味化へ走る中、ドイツ型のビールを頑なに守っていたのがキリンのハートランドとサッポロのヱビスだった。(とはいえ、芳香ではドイツのビールに負けていると思う)
上記写真は朝日の購読更新の景品である。カタログを渡されて、その中から数点を選べる。ヱビスを見つけるや迷わず選んだ。
朝日の営業マンは、いつになく大袈裟に喜んでいた。気の毒なくらい悲壮感を滲ませて訪問、購読更新を告げると喜ぶというより「命拾い」の安堵の顔だった。まさに命の恩人に向かって受け答えするかのような姿勢、いまの朝日新聞の状況が素直に出ている。
我家は昔から朝日新聞を購読している。いちいち他社に乗り換えするのが面倒な性分なので続けている。携帯電話も初めて契約したのが関西セルラー(後のau)で乗り換えることなく続けている。初めて購入した一眼レフがオリンパスOM-1だったので以降もオリンパスのカメラを購入し続けた。メーカーにとって私という人間は有難い存在だと思う。
朝日新聞は言論機関としての信用が失墜している。従軍慰安婦報道しかり、福一原発の吉田調書報道しかり、反権力志向にこだわるあまり先入観に任せて事実の断片から勝手なストーリーをつくりあげ、祖国を必要以上に貶めた。
連れ合いの実家は産経新聞をとっているため、「なんで朝日やねん」と批難される。産経は伝統的に朝日を扱き下ろす。今回などは鬼の首をとったかのように批難キャンペーンを張っているから当然だろう。
朝日側も悪い意味で委縮しているような気がする。
こないだの広島の土砂災害、発生前に気象庁は70ミリ降雨を予報して連絡、ところがせっかくのデーターが仕分箱に入ったままで対策本部には上がらず、広島市は民間の気象予報会社が出した1ミリ降雨を信用したために避難勧告や指示を出すのが遅れたというスキャンダルがなんと産経から報道された。朝日はというと避難勧告解除をしたという広島市からの受け売りの無難な記事を掲載した。
いつものパターンとは逆、本来この手の行政失態をスクープするのは朝日の得意技だったはず、それが保守系新聞産経にお株をとられた。
だから思うのである。このまま朝日新聞が国賊新聞として滅び、後には産経のような保守系新聞ばかりになってしまったら、地方自治体クラスは問題ないとしても政府へのチェック機能は著しく衰えてしまう。原発容認の新聞は原発リスクを軽く見る傾向があるので不安定要素排除不十分のまま再稼働を後押しする。
朝日は反権力志向にこだわるあまりに体制権力の悪事を捏造した格好になったが、逆にいえば産経側も体制権力の悪事を隠蔽もしくは看過する可能性がある。
新聞というのは一紙だけを読んでも意味は無い。というのも「事実」というのは利害関係や社会的ポジションで見え方が変わってくるからである。
例えば小学校入学時では広く感じた校庭が卒業時には狭く感じるといったように、同じ人間が同じ対象を見ても解釈が異なってくる。これは身体のサイズが変化したのもあるが、1年生の頃は行動範囲が狭く比較の対象が出身幼稚園の狭い運動場ぐらいしかなかったのに対し、6年生になると行動範囲が広くなって近所の中学校や高校の広いグラウンドや陸上競技場など比較の対象が多くなる事情もあるだろう。1年生のころは「広い」と言っていたのに6年生は「狭い」という、だから1年生の頃は嘘をついていたなどと頓珍漢な事を言う輩はいまい。
社会的立場や取り巻く関係が変化すれば、同じ事実でも違って見えることの日常的な一例なのである。ましてや人間社会というのは様々な利害関係が渦巻いているのである。「事実」というものをより正確な輪郭をとらえようと思うならば、一紙だけ見ても判らないのである。
私は昔からの慣習で朝日をとっている訳だが、産経側の情報はYahoo!から摂取している。世間でいう左の朝日と右の産経は必ず目を通す。これで概ね十分だが、もう一つ地方と中央の視点の違いもカバーしようと思えば、朝日と産経に加えて地方紙も目を通したほうが良いだろう。
大手新聞は各地に支局を設置して地方版を設けてはいるが、所詮は本社監督下の支局、地方紙は地方に本拠を置く独立した言論機関であり大手ではすくい上げられない地域社会の情報をカバーするとともに、地方の利害を代弁して中央の政府をチェックする機能を持つ新聞は少なくない。もっとも逆に地域密着のため広告料を支払う地元企業の批判はやりにくいという側面はある。大手は地方とのしがらみが小さいので遠慮なく叩ける、今回の産経みたいに。
ざっと単純に述べたが、人間社会の利害関係をある程度把握したうえで情報を摂取しないと、偏食で栄養が偏って病気になるのと同じで、偏った情報は視野狭窄に陥る。もちろん、他の読売・毎日・日経などにも目を通すことにこした事は無いのだが、プロのジャーナリストでもない限り、一介の低所得労働者には銭も時も無い。
かつて朝日は産経を保守反動の時代錯誤的メディアであるかのように扱き下ろし、知人の朝日系ジャーナリストは産経新聞を読む輩は日本の恥とまでいった。今回は一連の不祥事では産経系の知人が朝日を「国賊新聞」と扱き下ろし不買運動を主張している。
私はどちらにも加担しない。



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