ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。
月別アーカイブ  [ 2015年12月 ] 
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晴雨堂の2015年公開映画 

 さて、今回も1年間の公開映画を振り返る行事がやってきた。
 「日本で2015年に劇場初公開された作品」という条件に絞って晴雨堂が独断と偏見で優秀作品を1作ぐらいは選ぼうと考えた。
 具体的な評価基準は、劇場で1800円支払って鑑賞してなおかつDVDが発売されたら購入して本棚のコレクションに加えたい映画である。

 で、ここ数年は映画館へ行く機会がめっきり減った上に心に残る映画も思い浮かばない。リメイクやらシリーズものやら、たしかにそれなりに面白いかもしれないが、思い出に残る事はたぶん無い。季節が過ぎれば、数多くある映画の一つとして記憶の沼の底へ沈むことになろう。
 当ブログで今年一年間にアップした数少ない映画レビューも2015年劇場公開したものはない。

 だが、未観ではあるが是非みたい映画、仮に観たとしても忘れずに思い出に残り、DVDコレクションの一つにするであろう作品がある。
 それは今年10月にドイツで上映された「Er ist wieder da帰ってきたヒトラー)」である。残念ながら日本ではまだ上映していない。

 なお、この記事は12月25日執筆のもので、予約投稿である。

【追記】帰ってきたヒトラー」の日本公開が決まったようである。2016年中には映画館で拝めそうだ。(2016.01.29)


 
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微妙な時期に古舘氏は降板か。しかし私が古舘なら辞めたい気持ちは解るような気がする。 近頃の現象[一二二三] 

<古舘さん降板>「なぜ」広がる驚き 
局の姿勢に疑問も


 名キャスターとされた久米宏さんの後を受けて11年8カ月余り。テレビ朝日の夜の看板報道番組「報道ステーション」の古舘伊知郎キャスターの来年春での退任が24日、明らかになった。放送に詳しい人たちは、年内最後の放送翌日に飛び込んだ突然の降板話に首をひねった。(毎日新聞)

【雑感】産経新聞には古舘伊知郎氏が会見で語った理由を詳細に淡々と報道している。毎日新聞は権力の圧力を疑うなど多少穿った分析で報道か。
 古舘氏の会見内容は、朝日や毎日にとっては決して愉快ではないだろうし、産経から見れば「まあ、そうだろうな」と得心いくものだ。特に「不自由な12年間だった」は一番強調したい台詞だろう。

 久米宏氏が「ニュースステーション」を辞め、「報道ステーション」にリニューアルして古舘氏がキャスターに就任した時、多くの視聴者は懐疑的に眺めていたと思う。古舘氏は娯楽畑の人間なので、果たして報道番組に合うのだろうかという疑問符だ。久米氏の後任は若干容姿が似ている渡辺宜嗣アナが座るのではないかと思っていた人が私の周辺には多かった。

 もっとも久米宏氏にしても娯楽畑出身だった。伝説の歌番組「ザ・ベストテン」やクイズ番組「ぴったし カン・カン」の陽気な司会ぶりが好評だった。それが硬派の報道番組をやるという事で「大丈夫か?」と思った人間はこれまた私の周辺で多かった。
 結局、2人とも見事に左翼系にシンパシーを感じる層の視聴者を納得させ、右翼系の視聴者の神経を逆撫でする司会ぶりを発揮した。見事に化けたなというのが私の印象だった。
 もともと久米氏や古舘氏の政治的ポジションや主義主張が反映したものなのか、あるいは局や番組編成の意向に従っての色付けなのかは判らない。

 古舘氏の言葉には嘘は無いと思う。12年間は不自由だったことは本音だろう。月曜から金曜まで毎日番組があるので拘束される。古舘氏が言うように報道用の禁止コードとバラエティ用の禁止コードは違う。当然、報道用のコードの方が制約が厳しい。しかも視聴者からのクレームがあれば禁止コードはさらに増えていく。報道番組は「公平」で行儀の良いものであるべきという考えが世間では支配的だからだ。

 左派と右派とでも禁止用語は異なる。右にとっての大きなタブーは天皇制批判(余談1)だが、左にとっての大きなタブーは社会的少数者批判だ。視点を逆にすれば、右は不自由なりにも地雷原が天皇制と現政権の政策に関わる事なので判りやすいのに対し、左の場合は社会的少数者や弱者などの心を傷つけると思われる言動が地雷原なのであまりにも広範囲で判りづらい。
 だから政権批判や体制批判について不自由というのはジャーナリズムにとって最も深刻なのだが、結果的に判りやすい地雷原と判りにくい地雷原を並べてしまうと気分的に左の地雷原のほうが不自由に感じてしまう。
(余談2)
 これは古舘氏が会見で語った一例

それから、バラエティーやスポーツ実況の放送コードと報道の放送コードって違いますから。バラエティーなら、『ラーメン屋』と何の悪気もなく言えますが、報道は『ラーメン店』と、(『屋』ではなく『店』と)言わなければならないんですね。『おかしいでしょう』と、いつもスタッフとせめぎ合うんですけど

で現れている。

 だから、権力と対峙する前に後ろから飛んでくる石で体力が削がれていく面はあるとのではないかと思う。同じ報道番組でも、右側の番組を受け持ち安倍政権を支持し、左的禁止コードに鬱積を募らす者の気持ちを代弁する辛坊治郎氏や宮根誠司氏の方が気分的にまだ楽だ。

(余談1)これまで共産党は今上陛下御臨席の国会の年始には登院しない習慣があった事からも判るように、本来の左翼は王侯貴族などの特権階級廃止がテーマでもあるので天皇の存在は認められない。だから左翼はたとえ今上陛下が護憲派であろうとも天皇制の存在そのものを「最大の差別システムの加害者にして貴種に持ち上げられることで基本的人権を否定された被害者」と断じ批難する。
 ところが皇族批判となると一部の右派もやる。今や最強の護憲派でもある今上陛下への批判はさすがに無いが、右派が考える「伝統」に逆らう皇族にはバッシングを行う。雅子皇太子妃殿下がしばしば保守系メディアの標的にされている。
 
(余談2)そんな事を言うと、社会的少数者から「お前の無知を棚に上げるな」との批判が聞こえてきそうだ。実際に市民運動に参加していた時代によく言われた。
 だが、そんな社会的少数者たちも別分野の社会的少数者の事を理解しているかといえば、むしろ保守市民以上に無知である光景を私は見てしまった。極端な実例をあげれば、喘息もちである事をことわっている私の目の前で堂々とアメリカ産の煙草をプカプカする若いフェミニストがいた。
 自分たちが抱える問題とは直接関係の無い分野には無知である活動家に数多く出会ってしまったので、もはや眉に唾つけ話半分にしか彼ら彼女らの主張は聞けない。


 
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[ 2015/12/25 06:31 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

「箱根駅伝不要論」、馬鹿げた事だ。この理屈を許せば、五輪も甲子園も廃止しなければならなくなる。 近頃の現象[一二二二] 

毎年必ず出る「箱根不要論」 
選手の健康を本気で考える時期に


 正月恒例の箱根駅伝が目前に迫ってきた。毎年この時期になると必ず「箱根不要論」が聞こえてくる。「駅伝練習ばかりしているから世界に通用する選手が育たない」「箱根に集中しすぎて燃え尽き症候群に陥ってしまう」など「不要論」の根拠は様々だが、とどのつまりは「箱根のせいでマラソンが弱くなった」ということだろう。(スポニチアネックス)

【雑感】馬鹿げた事だ。この理屈を許せば、五輪も甲子園もグランプリ・ファイナルも全て廃止しなければならなくなる。

 そもそも、トップアスリートが行うようなスポーツは身体に悪い。身体に不自然な負荷をかけすぎて、例えばロシアのプルシェンコ選手の背骨は補修だらけだし、大相撲の力士たちの多くは慢性的な怪我や疾病を抱えている。プロアスリートたちの引退時はトップに君臨するものほど身体中にガタをきたしている。
 スポーツというものは、気楽に楽しんで少し汗をかく程度なら健康に良いが、それ以上だと健康に悪い影響を与え始める、そう思うべきだ。
 なので、私が五輪やサッカーや世界陸上や世界水泳やプロ野球や大相撲やフィギュアスケートなどを喜々として観戦するのは、スポーツとしてではなくショーとして楽しむ。

 「箱根駅伝不要論」を唱える者の気持ちはよく解る。中高生時代の私は水泳選手だったので、クラスで身体能力の高い男子生徒の多くが野球部に取られるのを見て憤りを感じたものだ。野球部に集中する人材を均等に他の体育会系クラブに振り分けたら、運動部全体の選手層が厚くなりレベルが上がる。
 自分の競技への贔屓目かもしれないが水泳が一番健康に良いと思っている。全身運動なので満遍なく身体に筋肉がつき、重力による衝撃が少ないので関節を傷めないし、なにより呼吸器系の発達は肺活量の増大とインフルエンザなどの疾病リスクを抑える。喘息アレルギーによる発作が起きなくなったのは水泳のおかげなのだ。
 それに対して野球は、身体に不自然な腕の使い方をするので肘や肩を傷めるし、急に走ったり止まったりするので膝や足首も傷める。高校野球やプロ野球のニュースには必ず肘手術や肩や膝の負傷などのニュースが踊っているではないか。これのどこが身体に良い?

 野球への不満があるので槍玉に挙げたが、どのスポーツにも程度の差はあれ問題点はある。それをあげつらって不要論をぶち上げていけば、スポーツ全体が不要論にまみれる。
 犯人捜しなんぞ、もう一度いうが馬鹿げた事だ。そんな事をやっている暇があったら、駅伝を柔道のように国際スポーツ化して海外に普及定着させ、箱根駅伝を世界大会化すればいい。(余談1)

(余談1)しかし、箱根駅伝でもアフリカ系選手の活躍があるわけなので、下手をすればこれも外国人勢にトップを独占される可能性があるな。
 そういう意味でも犯人捜しは馬鹿げた事なのだ。

【追記】2017年03月21日
 随分前の話だが、Twitter上で馬鹿げた突っ込みを入れる輩がいた。文末に書いた「駅伝を柔道のように国際スポーツ化して海外に普及定着させ、箱根駅伝を世界大会化すればいい」を取り上げて否定を試み、さらに箱根駅伝不要論肯定を強弁しているようだったが、私には意味が解らなかった。

 私の本論というかスポーツに対する考え方は「ショービジネス」である。もはや競馬や古代ローマの剣闘士観戦と変わりはない。身体に良い、健康増進のためのスポーツなんぞ存在しないと捉えている。特にプロスポーツとなれば命を縮めているのではと思うほどだ。その証拠にアスリートは怪我や病気が多い。
 なので箱根駅伝という経済効果のある大イベントを潰してマラソンに割り振る価値は果たしてあるのかどうか、問題はそれしかない。
 その輩は選手への負担やマラソン競技のレベル向上を気にしているようだが、私の立場からすればドーでもよい事なのだ。本気でマラソン競技のレベル向上を考えるのなら、野球やサッカーなどに集中しすぎる現構造を破壊して、かつての共産圏諸国のように身体能力が高い人材を満遍なく各競技に振り分けて英才教育するぐらいの事をやるべきだろう。

 箱根駅伝の世界大会化はあくまで本論の枝葉、というよりは皮肉に過ぎないのだがそれを大真面目に否定しにかかってくる。私は余談で、「箱根駅伝でもアフリカ系選手の活躍があるわけなので、下手をすればこれも外国人勢にトップを独占される可能性がある」と断っているのに。
 ようするに小手先の工夫をやっても状況は変わらん。それよりも箱根駅伝で選手たちが苦しむさまを愛でて声援を送ってお祭り騒ぎを楽しんだ方が有意義だろ。

 そしてスポーツに対して「ショービジネス」と割り切ってしまった人間に、スポーツに幻想を抱く人間があれこれ異論をならべても無駄な事だ。


 
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[ 2015/12/24 09:57 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

中小企業で広がる「子連れ出勤」 アグネス・チャンの提唱が四半世紀を経てやっと理解されたか。 近頃の現象[一二二一] 

中小企業で広がる「子連れ出勤」 
人手不足解消、新ビジネスも登場


 中小企業の間で「子連れ出勤」を認める機運が高まりつつある。人手不足の中で労働力を確保したい企業が、働き手の要請を満たす解決策として導入するケースが出てきた。子連れOKのオフィスを用意して企業から業務を受託し「子連れ出勤」をサポートする新たなビジネスモデルも登場。子供の面倒をみながら働くことの難しさもある一方、少子高齢化や待機児童問題がさらに深刻化する中、勤務スタイルの新たな選択肢となり、普及していくだろうか。(SankeiBiz)

【雑感】子連れで働くこと自体は、決して未来的でもなければ現代的でもない。
 昭和初期まで日本人の大半は農民だった。農業はある種の自営業、大雑把な仕事のリズムは有るが現代のサラリーマンの如く長時間拘束はされない。休憩時間や帰宅時間などは基本的に各々の裁量に任されていた。農作業の経験がある人なら解るだろうが、昼ご飯を食べに一旦帰宅することもあるし、夏の炎天下では仕事にならないどころか命の危険もあるので陽射しが弱まるまで昼寝もした。時間の都合をつけやすいから子連れ労働ができたのだ。
 父や母がせっせと田植え仕事をやっている間、小さな子供は祖父母や年長の長子が面倒を見る。小学校中学年頃からは野良仕事の戦力になる。だから子連れで仕事場へ行く行為は決して珍しくないどころか、子供を家に置いて自分たちだけが働く方が特殊だった。(余談1)

 そんな日本人の生活スタイルや家族スタイルが激変したのが高度経済成長期である。昭和30年代から40年代にかけて多くの人は故郷を離れて都市に集まり、農業などの第一次産業から製造業などの第二次産業やサービス業などの第三次産業へシフトし、企業側も地方から集まってくる労働力を使って経済発展した。
 そんな時、労働力に目一杯働いてもらうため(左翼的に言えば、労働者から労働力を根こそぎ搾取するべく)、労働者の生活を補助したり育児の役割を引き受ける「専業主婦」が奨励された。かくして、シングルマザーやシングルファーザーや共稼ぎ夫婦が育児に時間を割くことが誠に困難な社会環境にされてしまった。
 勘違いされている者が多いが、専業主婦なる職種は長い日本の歴史の中でほんの最近になって登場した高度経済成長のアダ花である。農村から見れば、専業主婦なんて職業は富裕層の奥様しかいなかったのだ。高度経済成長によって、これまで家庭の日常に職場があった環境から家庭と職場が切り離され、辛うじて賃金という名の利害関係でつながっているサラリーマン家庭に変貌した。
 だからシングルマザーやシングルファーザーや共稼ぎ夫婦が育児に四苦八苦するのは当然なのである。OLたちが仕事のために出産を先送りせざるを得ないのは当然の事なのである。資本家たちが太平洋戦争後に専業主婦がいないと家庭が成り立たないような悪しき社会をつくりあげてしまったからだ。こんなの日本の伝統でも何でもない事が理解できよう。(余談2)

 アグネス・チャン氏が80年代末に提唱した企業内託児室がどういう意図によるものかは様々評価はあるだろうが、少なくとも子連れで仕事場に行く行為自体は別段非常識では無く、ある種の原点回帰的な形であり、専業主婦を日本の伝統と勘違いする似非保守・偽保守が発する雑音によって潰された。
 いま少子化が深刻な社会問題となっているこの期においても、報道やブログやTwitter上でアグネス・チャン氏の企業内託児室を見直す声、批判してしまった不明を恥じいる声は全く聞かない。

(余談1)明治維新後、富国強兵を急ぐ政府は近代化に対応できるよう国民の識字率向上を目指し全国に尋常小学校を設置していった。ところが農村部にとって小学生くらいの児童から重要な働き手になるため学校に対して反発は根強かった。
 明治期の義務教育がわずか4年間で、現代でいう小5や小6は義務教育外の高等小学校にしたのは、農業の担い手であるという事情もあった。
 だが政府も義務教育4年間で万事解決とは思っておらず、義務教育6年間を目指し段階的に高等小学校を増やした。

(余談2)フェミニストの一部勢力が、出産しない権利を主張し男性と「同等」の労働を喜々として担い「キャリアウーマン」と世間から呼ばれる様は、資本家が作り出した悪癖に毒され洗脳されていると言える。
 真のフェミニストであれば、男性であれ女性であれ育児にも時間が割ける労働環境構築を戦闘的に目指すべきではないのか?


 
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[ 2015/12/21 12:00 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

「ベルリン・オブ・ザ・デッド」 カップルで泣きたい時に〔29〕 

ベルリン・オブ・ザ・デッド」 
低予算映画として完璧。




【原題】Rammbock
【英題】SIEGE OF THE DEAD 
【公開年】2010年  【制作国】独逸  【時間】62分  
【監督】マーヴィン・クレン
【制作】
【原作】
【音楽】マルコ・ドレコッター シュテファン・ヴィル
【脚本】ベンジャミン・ヘスラー   
【言語】ドイツ語
【出演】ミヒャエル・フイト(ミヒャエル)  テオ・トレブス(ハーパー)  アンドレアス・シュレーダース(Ulf)  カタリーナ・リヴィルス(Semra)  Anka Graczyk(Gabi)  Emily Cox(Anita)

【成分】パニック 不気味 切ない 恐怖 悲しい 絶望的 ゾンビ 失恋劇

【特徴】ドイツ産ゾンビ映画。下手をすればイギリスの「コリン」に匹敵する低予算ぶりと文学的完成度の高さである。惜しむらくは、邦題が安っぽいアメリカB級ゾンビ映画のようなタイトルにされている点か。

 アメリカ産のゾンビ映画に見られるような自動小銃の乱射は皆無。ゾンビに襲われた人はただひたすら逃げ惑うだけ。日本の日常で同様のシチュエーションが発生したら同様の光景になりそうなところにアメリカのゾンビ映画には無い親近感とリアリティがある。
 主人公も容姿端麗の俳優ではなく、頭が薄くなりかけた小太りの地味な中年男性。ヒロインも中年のやや小太りの女性であるところに現実味がある。

【効能】現実にゾンビ現象が発生した時のシミュレーションになる。

【副作用】ベタな展開と救いようの無いラストに暗い気持ちになる。

下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。記事に直接アクセスした場合は、この行より下がネタばれになりますので注意してください。

第2054回「睡眠時間はどのくらいですか?」 最近の晴雨堂は六時間睡眠。 

こんにちは!FC2トラックバックテーマ担当の山口です。今日のテーマは 「睡眠時間はどのくらいですか?」です。あまり眠らなくても大丈夫という人も友人にいるのですが私には考えられません夜更かしをしたらその日はずっとボーっとしてしまいます眠っている時が一番幸せです休みの日は1日の半分以上寝てしまいますもったいないとも思うんですけどねみなさんの、睡眠時間はどのくらいですか?たくさんの回答、お待ちしておりま...
FC2 トラックバックテーマ:「睡眠時間はどのくらいですか?」



【雑感】若い頃の私は二足三足の草鞋を履いていた。生業の工場労働に半日費やし、残りの時間を政治運動などに使っていたから、20代後半から30代後半までの毎日の睡眠時間は3時間程度、もちろんこの数字は布団に入ってのまとまった睡眠で、食事休憩の仮眠や通勤電車途上や仕事中の居眠りは含まないが・・。

 私は長らく短い睡眠時間を美徳としていた。大袈裟に言えば、大義のために無理をする事が正しい事だと思い込んでいた。ところが、自分では頑張っているつもりでも、睡眠不足によって生じる不手際や不届きによって職場の同僚や運動の同志たちに迷惑かける事が多々あると、当然のことながら周囲は「頑張り」を評価してくれず能力に問題があると批難する。
 あくまで私から見た風景だが、職場からも運動からも批難に晒されて四六時中針の筵状態になり、些か笑いごとでない心療内科系の病を患ってしまった。30代後半の頃である。

 連れ合いはまずいと思ったのか、夜型の生活習慣を改め朝型にするよう半ば強制的に促してくれた。休日であろうが失職中であろうが起床時間は朝の5時、遅くても6時にした。
 生活を圧迫する作業は全て手を引いた。仕事を変わり、政治的運動は全て辞めた。以前、TV番組で歌手のマルシア氏が鬱病で苦しんでいた時期に携帯電話のメモリーを近親者以外全て消去したエピソードを紹介していたが、私も似たような事をやっていた。運動関係の人脈は全て切ってしまった。
 年賀状の季節、気分障害に罹患する前は500通ほどの年賀状を出していたが、鬱になってからは全て無視し続けたので10年経った今は僅か10枚程度だ。

 ストレスを排除し睡眠時間を確保すると、急速に状態が良くなってしまった。心療内科の医師も本心なのか世辞なのかは判らぬが劇的と言っていた。こうなると私のやり方は正しかったと思わざるを得ない。
 かくして運動の現場には断固として戻らない。朝はいつも5時起き、最低でも6時間睡眠は確保とした。仕事は相変わらずキツイ作業も行ったが、生活はぐんと楽になった。

 水木しげる先生が描いた短編に「睡眠力」というものがある。手塚治虫氏や石ノ森章太郎氏が他界された後に執筆されたようで、冒頭は「手塚治虫と石ノ森章太郎がまだ元気だった頃」のナレーションで始まる。
 とあるパーティ会場で貪るように料理を食べる水木先生に、その食欲を羨ましがる手塚氏と石ノ森氏。どうやらオーバーワークで食欲が無いようだ。手塚氏と石ノ森氏は多忙自慢・不幸自慢をやりだす。そんな二人に向かって水木先生は睡眠の重要性を語気強めて説教する。
 オチは、自宅仕事場で寛ぎながら当時を述懐する水木先生本人が「だから早死にしちゃったんだよな」と呟くコマ。

 水木先生のようにはなかなかいかないが、私も早起きにつとめ、睡眠時間は最低でも6時間は確保するるようにしている。二度と3時間以下の毎日には戻らない。


 
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夫婦同姓や別姓云々より、戸籍法をどうにかする方が先や。諱と通名の復活を望む。 近頃の現象[一二二〇] 

夫婦別姓> 
認めない規定は合憲 最高裁初判断


 夫婦別姓を認めない民法の規定が違憲かどうかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)は16日、夫婦別姓を認めない規定は「合憲」とする初判断を示し、原告側の上告を棄却した。(毎日新聞)

【雑感】ある意味、最高裁は「無難」な判断をしたか。違憲の判断は避け、夫婦同姓を規定した民法750条をめぐって国会で議論せよ、という事だろう。
 法律には立場によって微妙に異なる解釈があるのだ。別姓派にとっては女性の96%が夫の姓を名乗る事を考えれば「違憲」にしか見えないが、同姓派にとって法律は決して「夫の姓を名乗れ」とは規定しておらず、あくまで婚姻者双方の合議によって決する訳なので法律上は「強制」ではない。

 最高裁大法廷で判決が出るという事はこれまでの解釈を変える節目が多い事から別姓派やフェミニストたちは時代が変わると期待したと思うが、今回の判決は少なからず落胆しただろうし私のような保守派は安堵した事だろう。

 何度もいうが、私は同姓別姓云々以前に、戸籍法を何とかしたほうが良いと思う。不本意ながらマイナンバー制が導入されているので、徴兵該当者と納税者の人口を掌握するために設けた戸籍の役割は著しく低下しているはずだ。
 西洋ではファーストネーム以外にも様々な名前を持つ習慣があるが、日本でも江戸時代までは四つ五つ持つのは珍しくなかった。苗字を持つ事を許されなかった庶民にしても、子供の時の取り敢えず付けられた幼名や成人してから仕事で使う名前など、けっこう頻繁に多用していた。
 これも何度か述べたが、我が郷里の英雄坂本龍馬は姓は紀氏・苗字は坂本・本名は直柔・通名は龍馬と四つの名前を使っていた。(他にも才谷などがある)
 明治に入って、富国強兵を急ぐ時の政府は徴兵する人数と納税者の人数を把握するために戸籍を設け、事務処理の煩雑を避けるために苗字1つと名前1つに絞るよう強制したのだ。

 このミリタリーの臭いがプンプンする戸籍をどうにかせずして別姓を主張する方々はどうかしている。目先の権利の不利益に目が眩み過ぎている。

 明治と違ってPCがある現代なら坂本龍馬みたいに四つ以上名前を持っても不都合ではない。それでなくても、ネット上で言論活動している人々は「戸籍名」以外に「ハンドルネーム」や「仕事名」を使っているので、四つ以上持つ事に現代の庶民は慣れている。
 ジョン・レノン氏の息子ショーン・レノン氏の正式名はショーン・太郎・小野・レノンだ。同姓によってどちらかを選んでどちらかを捨てるのではなく、別姓によって自分側しか選ばないのではなく、両方我が名として抱え込む発想が何故できないのか?(余談1)

 私はイラついている。
 別姓論者は被害者意識ばかり強調しているが、ならば殆どの人間は自分が与り知らぬうちに名前を付けられている事は恐ろしくはないのか? 名付け親が加害者として子供から批難されるシチュエーションを考えないのか? 別姓論者の人権感覚が罷り通れば、やがては子供も立ち上がる事になるだろう。兄弟を別々の姓にした別姓論者を加害者として糾弾する場合もあり得る世の中になる。子が親を賛同するとは限らないのだ、それは自分自身もそうだったはずだ。
 江戸時代のように成人してからの本名以外に取り敢えずの幼名や通名があれば、これらの問題も回避できる。 

(余談1)このやり方を続けると際限なく名前が増えてしまう欠点がある。西洋人の中には名前を五つも六つも持っている人がいる。
 仕事で使う場合は、五つ六つある名前から二つをチョイスすれば良い事だ。ショーン・太郎・小野・レノン氏も仕事ではショーン・レノンを使っている。
 ポール・マッカートニー氏の正式名は「Sir James Paul McCartney, MBE, Hon RAM, FRCM」だが、ミドルネームとファミリーネームをチョイスしてポール・マッカートニーとしている。ミドルネームを仕事名にしているのは、マッカートニー家では代々長子のファーストネームはジェイムスにする風習がある、つまり彼の父親も彼の息子もファーストネームはジェイムスだからだ。

 だから仕事名は5・6個ある戸籍名からチョイスして法的担保を有す通名とすれば済むことだ。

 婚姻や代がわりが続くと「ジュゲム・ジュゲム・・」みたいに名前が増え過ぎてしまう弊害がある。その場合は、例えば10個以内に制限して等親が離れた苗字やあるいは縁が切れた苗字から削除していけばいい。

 もう一度言うが、私がなぜ諱や通名の復活を強く主張するのは、今は女性の改姓問題だけが取り上げられて子供の問題を無視しているきらいがあるからだ。私が子供であれば「自分が与り知らぬところで勝手に付けられた名前だ」と抗議運動を展開するであろうことが容易に想像できる。
 別姓派の方々は子供の気持ちまで考えているのか? 基本は自分の事しか考えていないのではないのか?


 
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[ 2015/12/16 17:36 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

「手間を増やす政策は国民の時間を、国民の命を無駄に削るだけだ」メンタリスト DaiGo氏の発言に賛同する。 近頃の現象[一二一九] 

手間を増やす政策は国民の時間を、
国民の命を無駄に削るだけだ。


 不正を防ぐ最良の方法は、制度やルールをシンプルにすることだ。制度を複雑にして、民衆にわからないように煙に巻くことで、制度を作った一部の人間が得する制度はとっととやめるべき。手間を増やす政策は国民の時間を、国民の命を無駄に削るだけだ。(メンタリスト DaiGo

【雑感】上記はTwitter上で見かけた発言である。人の心理と行動を読む芸でブレイクしたメンタリストDaiGo氏の言だ。

 これは政策に限らず様々な業種にも言える事だ。私は製造業畑にいたので作業手順や作業環境の改善をやらされた。基本はまさに作業内容のシンプル化と無駄の排除である。何故なら、煩雑な作業であると作業時間が長くなるうえにミス誘発のリスクが高くなり、新人教育にも時間を費やしてしまう。よって効率が悪くなり不良品も出やすくなる、無駄が多くなるという事だ。
 これもどの職種にもいえる事だが、何か画期的な商品を作り出して一発ホームランで儲けることなんぞ日常では滅多に無い。かつて大リーグで毎年200本以上ヒットを打っていたイチロー選手でさえ10回の打席のうち3回しかヒットを打てていないのだ。
 では何で利益を上げるのか、無駄を無くす事に尽きる。笊から儲けがこぼれていく状態を是正するために笊に目張りをする作業が日本のお家芸である「改善」であり「QC活動」だ。

 作業手順をシンプルにすれば動作が減る分ミスを起こす確率も減る。手順が少なくなればその分の作業時間も短縮できる。その結果、不良品発生も少なくなり生産時間の短縮によって生産量も増え、納期遅れも少なくなってユーザーとの信頼関係も強くなり、会社の利益となって返ってくる。

 ところが、シャバでは大常識であるはずのシンプル化が何故か無視されている業界がある。それは、綺麗事が先行しやすい業種に多いのだ。
 例えば「医は仁術」と言われる医療業界。ある病院で看護師が生理食塩水を患者に投与するところ間違えて劇薬を入れた事件が起こった。当初の報道では看護師の人為的ミスだけを取り上げ、コメンテーターたちは「医は仁術」とでも言いたげに精神論を並べていたのを不快な印象で憶えている。しかし、後の報道で明らかになったのは、生理食塩水と劇薬を入れる容器が同じ大きさ同じ色、置き場所も同じ棚である事、もちろん大きくラベルで表示はしているだろうが、製造業の現場では明らかに「ミスを誘発させる危険な状態」なのである。
 また製造業では当たり前に行われる「ヒヤリハット調査」(余談1)を医療の業界では行わないどころか、行おうとした医師には批判を浴びせるといった事がドキュメント番組で紹介された。

 「米百票」の教育では大昔から問題になっている知識重視の英語教育が典型例だ。日本人のほぼ全員が中学高校の6年間英語を学ぶのに英語が話せるのは少数、しかも学校教育の第一外国語として必須になっているにも関わらず何故か駅前に民間の英語塾が乱立している。本来なら中学の授業で大多数の日本人は英会話ができる状態になっていなければならないはずなのに、この光景はおそらく海外では信じられないだろう。
 多くの人間が英語嫌いになる元凶が中学の英語教育と言われてきた。まだ英会話できない状態から比較級云々、ビー動詞云々の文法用語の話を聞かねばならないのだ。私が中学生時代をおくった70年代後半で既に問題が指摘され現場教師が会話重視に努めてはいたがポーズどまりだった。教師は当時の文部省指導要綱から逸脱はできない。
 80年代では外人タレントのケント・デリカット氏が文部省へ直接意見したり、大橋巨泉氏の冠番組「巨泉のこんなモノいらない!?」でも問題が指摘されたがあまり変わらなかったようだ。ある外国人の知人は「伝統芸能や職人の世界では身体で憶えろというのに、なぜ英語はそれをしないのか?」という趣旨の疑問を呈していた。

 私の英語嫌いが若干やわらいだのは大学での英語授業だった。担当教授が「英語は赤ちゃん言葉と同じ。日本語で『私は学校へ行きました』というところ幼児は『ぼく行ったよ学校に』て言うでしょ」と言われた時、頭から霧が晴れた。
 製造業の感覚では明らかに英語教育は無駄だらけだ。日本人のほぼ全員が一生涯の中で学習能力が高い貴重な思春期の6年間で学ぶのに英語での日常会話すらできない、なので会話したい人は学校教育とは別に月謝を支払って駅前の英語塾へ通う。二度手間は無駄と効率の悪さの最たるものだ。既に一部の富裕層は学校教育を無駄と見なし、わざわざ日本の教育システムから外れてアメリカンスクールに入学する。
 あからさまな無駄が発生しているにもかかわらず半世紀単位で是正できていない。これがもし製造業であれば、明々白々の無駄を半世紀以上も放置してしまうなどあり得ないのだ。物理的に経営を圧迫するため、官業でもない限りは倒産のリスクを背負う事になる。

 そして政策の問題。「ローマ人の物語」の塩野七生氏は全盛期ローマを支えた要因の一つにシンプルな税制を挙げた。製造業の現場と同じく作業手順が煩雑であればあるほどミスが誘発しやすくなり全体の把握もやりづらくなる。
 製造業の現場でもあるが、作業手順がシンプルに確立していなかったら、あからさまな人為的ミスや故意の不正も隠蔽しやすくなる。何故なら煩雑でいい加減だと問題が発生した原因の特定もできなくなるからだ。手順が問題を誘発させているのか? 工作機械に問題があるのか? あるいは作業者の練度不足なのか? はたまた作業者による虚偽なのか? 
 これを政策に当てはめると、納税者や主権者側だけでなく行政側でさえも税制や政策などが掌握しづらくなり、不正が入り込む余地が大きくなる。
 綺麗事が先行する業界ほど、美しい理念に気をとられてシンプル化や効率化を蔑ろにする傾向が強く、かえって不正が入り込みやすくなる。

(余談1)製造業にいる者ならおそらくほぼ全員聞いた事がある調査だろう。作業中に危うく事故を起こしかけてヒヤリとしたり、ミスしそうになってハッとした事を調査し、ヒヤリハットが多く発生した作業工程はミスが誘発しやすい危険個所と見なして改善する。


 
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[ 2015/12/15 12:30 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

浅田真央、胃腸炎? フィギュアスケート[一〇八] 

浅田真央
胃腸炎でエキシビション取りやめ帰国


 フィギュアスケートのグランプリ(GP)ファイナルで6位に終わった浅田真央(25=中京大)がフリー演技から一夜明けた13日、体調不良により予定を変更して帰国の途についた。この日開催されるエキシビションのメンバーに選ばれていたが、欠場して1日早く日本へ向かった。(日刊スポーツ)

羽生、“神の域”330・43点でV3! 
五輪まで無敗宣言


 フィギュアスケートGPファイナル(12日=日本時間13日、バルセロナ) もはや、神の領域!! 12日(日本時間13日)の男子フリーでソチ五輪金メダルの羽生結弦(21)=ANA=は219・48点をマーク。10日のショートプログラム(SP)の110・95点に続き世界歴代最高を更新し、合計も前戦のNHK杯を8・03点上回る330・43点で、男子初となる3連覇を果たした。一夜明けたこの日はエキシビションに登場。絶対王者を目指す男は2018年平昌五輪まで無敗を続けることを誓った。(サンケイスポーツ)

【雑感】男女双方の第一人者が明暗に分かれたようなシチュエーションだ。


 
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第2050回「最近ハマっていることは?」 晴雨堂はいまショーン・ビーン主演「炎の英雄シャープ」にはまる。 

こんにちは!FC2トラックバックテーマ担当の山口です。今日のテーマは 「最近ハマっていることは?」です。何か趣味を見つけたいなーと考えています。趣味といえば漫画を読むことくらいのインドア派なので来年はアクティブになりたいと思い何か無いかと探し中です。芸能人でもスポーツでも何かハマっている、ずっと続けているものはありますか?教えて下さいみなさんの、最近ハマっていることはありますか?たくさんの回答、お...
FC2 トラックバックテーマ:「最近ハマっていることは?」



【雑感】何だろう?

 「最近ハマっていることは?」というからには、ここ1年か半年くらい前からハマりだした趣味なんだろうが、見当たらない。

 担当の山口君は「芸能人でもスポーツでも何かハマっている、ずっと続けているものはありますか?」とも言っている。これだと「最近ハマっている」とは言えない。山口君はいったい何がしたいのか?

 強いて言えば、現在GYAO!で無料配信している「炎の英雄シャープ」を観る事だろうか。

 レビューでも書いたが、あの名作「ロード・オブ・ザ・リング」に登場する旅の仲間ボロミアに扮したショーン・ビーン氏がまだ30代前半の青年の頃に主演したアタリ役だ。
 ストーリーは単純でシンプル、時はナポレオン時代、イギリスのスラム出身青年が一兵卒から将校へ出世する冒険活劇、「のらくろ」のような物語だ。

 現代では社会が捻くれまくっているので、ただ単純なだけな冒険活劇では飽きられてしまう。例えば日本の刑事ドラマを例にとれば、「太陽にほえろ!」の時代では特に凝ったミステリーでなくてもよく、悪人は殴る蹴るでいてこますか場合によっては拳銃で射殺もOK、糞生意気な後輩刑事や傲慢な上司には一発右ストレートで顎を砕いてやれば心から改心して一件落着、単純な予定調和で安心して観れるが、いま同じ物語では最新の人権基準に抵触する上に現実離れし過ぎて説得力が無いのでウケない。
 犯人が冒頭で判明しては面白くないし、榊マリコや杉下右京が科学と論理で理知的に犯罪者を追い詰める形でないと面白いと感じられなくなった。

 その点、熱血漢シャープにはそんな縛りが何故か無い。「コンバット!」のような明るさは無いし、反戦色やヒューマン色も滲ませない。リチャード・シャープはスラム出身の兵卒から武功を積み重ねて立身出世を重ねる。出世や戦争に疑問を持つことは無い。
 ベイカー銃で百発百中の腕前を魅せ、接近戦ではサーベルを振り回す。銃撃戦とチャンバラの二つを楽しめるお得で純粋な冒険時代劇。

 近年のサバゲーでは最新の人間工学にかなったグニャグニャしてそうなデザインの銃が流行っているが、M16やAKでも未来的銃に見えてしまう私にはついてゆけない。
 シャープがぶっ放す先込めのフリントロック銃を見るとどこか安心してしまう。


 
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吉野家牛丼を3か月食べたら?吉野家が行った実験では健康に影響なしと出たが・・。 近頃の現象[一二一八] 

吉野家牛丼を3カ月間連続で食べたら 
体はどうなる? 
研究結果が出た!


 牛丼を3カ月間、毎日食べ続けたら体はどうなる?牛丼大手の吉野家ホールディングス(HD)が今春から始めた実験。ようやく結論が出ました。気になる結果は…(withnews)

【雑感】実験結果は健康に悪い影響は無しと出たが、記事には単に「毎日必ず吉野家の『冷凍牛丼の具』を食べてもらいました」とあるだけだ。これなら余程のジャンクフードでもない限り影響は無いと思う。

 あくまでも条件は「毎日必ず」であって、「毎日吉野家牛丼だけを食べる」ではない。そこのところ、たぶん世間では誤解してしまう人が大勢出ると思うので注意が必要だ。
 この条件であれば、私なら三度の飯の1食は吉野家牛丼にして、あとの2食は野菜中心か肉無しの食事にする。さすれば健康に悪い影響が出るどころかむしろ良くなるかもしれない。

 利害関係の無い第三者の研究機関が行った実験ではなく、利害当事者自ら行った実験なのである程度は距離を置いた視点で割引評価をしなければなるまい。早い話が「鵜呑みにしない」である。
 それから実験の3か月間では弊害が表面化しなくても、これが10年20年にわたるとまた答えは違ってくるかもしれない。


 それはさておき、友人らと大昔よく「究極の選択」質問をしてふざけた事があった。その質問の中に「世の中は吉野家とマクド(余談1)しかないし家でも吉野家かマクドの料理しか作れない。どらちか一方しか食べてはいけないとなったらどれを選ぶ?」があった。
 私も含め全員マクドを選ぶ者はいなかった。ハンバーガー好きの友人でさえ吉野家の牛丼を選んだ。

 理由は簡単である。メニューはマクドの方が多いが、吉野家は米の飯と味噌汁がある。日本人は飯と味噌汁さえあればまとまった食事と認識できるが、パンだけだとオヤツに毛が生えたような感覚を持ってしまう人はまだまだ多い。
 まずベースに食文化がある。マクドはあくまでアメリカの料理だが、吉野家は一応れっきとした日本料理だ。だが理由はそれだけではない。
 吉野家にはお茶もビールもある。また野菜の分量も吉野家の方が多い。一見すると肉ばかりの牛丼だが玉葱がふんだんに使われているし、けんちん汁や漬物やサラダなど副食を注文すれば野菜の分量を幾らでも増やせる。さらに紅生姜は無料で幾らでも盛り付けられる。無料といえば熱いお茶もタダで飲めるがマクドはお茶も珈琲も有料だ。なにより、深夜は注文できないが昼間はビールもメニューにある。
 私はマクドよりも吉野家の方がお得感がある。

110111_吉野家牛丼.jpg

 よく夜勤明けに吉野家に寄り道して、大盛の牛丼と瓶ビール1本を注文して1週間の仕事の締めとしたものだ。上記写真は私がよく食べるミカエル・スペシャルである。
 牛丼の具材に満遍なく七味を振りかける。裏も表も赤く染まるようよくまぶす。さらにその上には紅生姜を贅沢に盛り付ける。写真では撮影のために下から牛丼の肉や玉葱がのぞいている絵にしたが、本番では肉が見えないように生姜で紅色に敷き詰める。この食べ方が牛丼をより美味に仕立てるのだ。
 数年前、初めて連れ合いと一緒に吉野家に入ったとき、彼女は「二度とお父さんとは吉野家では食わん!」と本気で怒っていた。謎だ。

(余談1)関東ではイングランド語の作法に則って「マクドナルド」を「マック」と読んでいるそうだが、関西では大和言葉の作法に則って「まくど」と称する。


 
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[ 2015/12/10 12:45 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

「炎の英雄シャープ」 ストレス解消活劇〔89〕 

「ロード・オブ・ザ・リング」の
ボロミアが若き日に主演した人気ドラマ。




【原題】Sharpe's Rifles(1話ごとにタイトルが違う) 
【公開年】1993年~?  【制作国】英吉利  【時間】  
【監督】トム・クレッグ
【制作】
【原作】バーナード・コーンウェル
【音楽】ドミニク・マルドウニー ジョン・タムズ
【脚本】ヨーガン・ハリス   
【言語】イングランド語 一部フランス語 スペイン語
【出演】ショーン・ビーン(リチャード・シャープ)  ダラフ・オマリー(パトリック・ハーパー)  ジョン・タムズ(ハグマン)  ジェイソン・サルキー(ハリス)  リンドン・デイビス(パーキンソン)  マイケル・ミヤーズ(クーパー)  タング: ポール(トラッセ)  ヒュー・フレイザー/デビッド・スルートン(ウエリントン将軍)

【成分】勇敢 スペクタクル スペイン イギリス フランス ナポレオン戦争 1809年~1815年  

【特徴】「ロード・オブ・ザ・リング」で、リーダー格のアラゴルンや主人公フロドに対立する事もある髭面のややくたびれた剣士を覚えている人も多いだろう。旅の仲間の一人のボロミア役で有名なショーン・ビーン氏が若き頃に主演したシリーズドラマが本作である。
 本作主演時はまだ30代前半なので頬や顎のラインがシャープな青年だ。

 舞台は主にナポレオン戦争時のスペイン。たまたま将軍の苦境を救った事から軍曹から一気に中尉に昇進、貴族出身の将校たちからの屈辱に悩ませられながらも武功をあげ続ける熱血漢の立身出世物語、「のらくろ」みたいなドラマである。ドラマの最終話では中佐になっていたが、やっている事は軍曹時代と変わりはない。

 原作者は主に歴史物語や冒険小説が得意とする人気小説家。ドラマの内容も「コンバット!」をナポレオン時代にして、レギュラー出演者の特徴を薄めて反戦色を消したような感じだ。
 銃器マニアにとっては、当時使用されていたベイカー銃(マスケット銃よりも命中精度がある)が登場し、1分に3発発射する芸を魅せるところがグッドだ。

【効能】主人公の頑健さに感動。「ロード・オブ・ザ・リング」のファンにはボロミアが髭の無い青年で登場して感激。貴族出身の上官たちから使い倒される平民出の主人公に格差社会の自分自身を投影。

【副作用】退屈な鉄砲とチャンバラの冒険活劇。

下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。記事に直接アクセスした場合は、この行より下がネタばれになりますので注意してください。

手書きの広告チラシに温かみを感じる。 晴雨堂の晴耕雨読な日常[二三九] 

手書きの広告に温かみを感じる。

手書きチラシ。

【雑感】パソコンの普及によって誰もが活字を操れる時代となって久しいが、たまに上記のような手書きのチラシを見ると微笑ましく思える。

 私はしばしば活字の事を表情の無い記号と評する。表情が無いから、ネット上では往々にして要らざる誤解が生じる。表情が無い活字であるがために、書いている本人は友好的に文を組み立てているつもりでも、読み手の精神状態が荒んでいたら喧嘩腰の文面に見えてしまう。
 表情が無いために如何様にも見えてしまうのが活字の欠点だ。


 その点、上記のチラシはどうだろう。
 商品名を示す表題と価格、本文の1行目の最初の6文字は、心を落ち着かせながら姿勢正しく丁寧に正しい書き順でゆっくり文字を書いているが、徐々に気分が乗ってきたのか少しずつ文字が大きくなり、字間と行間も開いていく。しかし決して横着手抜の汚い字になっているのではない。

 後半の5行になるとノリノリだ。筆を持つ手は勢いがつき、饒舌に商品のセールスポイントをアピールする。「小さなお子様にも美味しく・・」「焼き魚・餃子・サラダにもピッタリ!」「お正月に向け、親戚など多くの人が集まるこの季節、是非お鍋に・・」

 我が郷里の酢は主に柚子を使うので、焼き魚や餃子に合うのはよく判る。鍋に欠かせないのもよく判る。これら文言はダイレクトに私の脳裏に入り込み、大脳皮質の味覚野を刺激する。書き手に向かって「おまんの言う通りや」と声掛けしたくなる。

 この柚子ポン酢ええぞ、美味いぞ、と盛り上がり勧める売り手の笑顔が目に浮かぶ文章だ。これは活字ではなかなか表すことはできない。


 
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米軍機「レーザー」照射事件、ソ連オタクの犯行? フジテレビ系の報道のやり方だと、趣味人は全員犯罪者予備軍にされてししまう。 近頃の現象[一二一七] 

米軍機「レーザー」照射事件 
逮捕の56歳男、容疑認める


アメリカ軍普天間基地の周辺を飛行する軍用機に対して、レーザーとみられる光線が照射された事件で、56歳の写真家の男が逮捕された。
帽子の上に、さらにフードをかぶり、マスクを身につけた男。
レーザーとみられる光線をアメリカ軍機に照射した疑いで、7日に逮捕された、写真家・平岡克朗容疑者(56)。
平岡容疑者は、2015年7月1日午後9時すぎ、アメリカ軍のヘリコプターに、緑色の光線を照射した威力業務妨害の疑いが持たれている。

(中略)

平岡容疑者のものとみられるブログには、「在日米軍は出ていけ! 米軍の航空機、ヘリコプター、マジ、即刻撃ち落としたい!」などと書かれていた。
また、平岡容疑者のものとみられるフェイスブックには、日米同盟に批判的なメッセージが書かれていた。
そんな平岡容疑者の自宅には、旧ソビエトの国旗が掲げられ、また、自宅は草木に覆われ、中を確認することができない。
旧ソ連の国旗以外にも、車や表札にはロシア語が記され、車の中には、モデルガンのようなものも見える。
近所の人は、「ずっと(旗が)立ってるよ。だからね、おかしいねと思ったけど」、「(草木が生い茂るような家だが?)緑が好きだからじゃないかな。いつも、こっちのこと気にしていたのよ、迷惑かけてないかとかね」と話した。(フジテレビ系)


【雑感】どの分野の人間にも必ず非常識な愚か者がいる。これは右翼左翼や宗教に限った事ではない。

 今回の犯罪は悪戯の域を超えていて、万が一大事に至ると米軍航空機が民家に突っ込む可能性も否定できない訳だから左であろうと右であろうと関係の無い犯罪行為である。

 フジテレビ系の報道の仕方を見ていると、オタクが犯罪者予備軍と見なされるきらいがある。容疑者の「趣味」を最も詳細に報道しているのはフジサンケイグループだ。さすが左翼を目の敵にしている言論機関というべきか。

 ネット上ではさっそく容疑者の顔写真が拡散し、社民党の福島瑞穂氏との記念写真まで流布されている。

 この場合、同時に留意しなければならないのは、似たような趣向の人間は左右前後上下のポジションに一定数いるということだ。ナチスドイツの軍服オタクでミリオタの紳士が自民党のパーティに参加して有名代議士とツーショットしたら? それでなくても野党側はかつてネオナチとツーショットに応じた自民党の大物代議士を攻撃した事があった。今回はその逆バージョンだろう。

 犯罪捜査において容疑者の趣向を調べるのは有益だが、これをマスコミが喧伝してしまうと特定の趣向の人たちへの偏見を増長させることにつながる。
 かつて宮崎勤事件があったとき彼の自室写真が公開されコメンテーターたちが「異常」と連呼していたが、あんなもん小説家や漫画家の仕事部屋なんかもっと本やビデオや紙屑などで埋もれている事を思えば可愛らしいものだ。私の書斎なんかもっと本で埋もれているし入りきれなかったものはトランクルームに保管している。

 知人にはナチスドイツ時代の国防軍の制服を集めている者がいたし、大学時代の学友は日ごろ左派的な言動をしていながらヒトラーユーゲントのバッチを喜々としてコレクションにしていた。
 サバゲーを楽しむミリオタを左派の知人女性は極右扱いするが、そんな事を各勢力が言い出したら、それこそ全体主義的なつまらない無個性な社会になるだろう。

 「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という言葉があるが、私は坊主が憎くても袈裟は好んで着る人間であり、周囲の趣味人たちも狭量な感情で束縛されていない。
 この姿勢は、世界平和の第一歩だ。左右の運動家たちよ、それを思い知れ!


 
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[ 2015/12/08 12:00 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

Youtuberは儲からない。アフィリエイトと同じだ。 近頃の現象[一二一六] 

Youtuberになるには、
どんな学部がいいのか


 高校生が将来の就職を見越して大学や学部を選択するにはどうすべきか? 大学ジャーナリストの石渡嶺司氏が高校生の進路相談について回答する2回目。今回はYoutuber(ユーチューバー)になりたい高校生からの質問です。(東洋経済オンライン)

【雑感】友人からの勧めで当ブログを始めた訳だが、そのときアフィリエイトという金儲け手段も紹介してもらった。今では多くのブロガーたちはAmazonなどのバナーを貼り付けるのが標準装備となっている。
 しかしアフィリエイトの参考書を複数冊購入して勉強すればするほど儲からない作業である事を知った。実際、8年やっているが収入は僅か5千円だった。それでも少ないアクセス数から考えたら異例の収益だと思う。それだけ当ブログを熱心に支持してくれる読者がいる証拠でもある。ありがたい話だ。
 ほとんど儲からないので、当ブログの扉をご覧いただければ判るように期限切れのバナーが沢山ある。今ではあまりアフィリには関心が無い。

 YouTubeで儲けようとたくらんでいる者たちも、殆どの人間は私のような経緯をたどるものと心得るべきである。

 負け惜しみと言われるかもしれない。アクセス数が多くてアフィリで稼いでいると思われるブログを参考にした事もあるが、私には「つまらん」のである。
 たとえば「同業者」の映画レビューのブログを拝見しても、華やかなブログデザインばかりが目について、肝心のレビュー(評論)が面白くない。
 何に例えたら適当なのだろうか? そうだ、家電などのパンフレットを抜粋したような感じだ。メーカーは商品を売るために売り込み情報を大きな写真とともに見やすく簡潔に提示するのだが、それをさらに薄めたような感じだ。
 家電パンフレットはまだ「この製品を売りたい」という意思が強烈に伝わってくるが、アクセスが多い映画ブログは「この映画は面白い」すら伝わってこない。どの映画紹介も平板でつまらないのだ。見栄えが良くて「この映画を紹介したる」という意思は伝わってくるが、肝心の「この映画は面白い」はイマイチである。下手をすれば、この筆者は本当にこの作品を鑑賞したのだろうか?という疑問すらわいてくる。(余談1)

 そもそも、何度も述べてきたが私はメジャーな映画よりもB級が好きなのだ。メジャーな芸能人がかかわっている民放ドラマは灰汁の強い描写ができないので面白くないと感じる人間である。
 そんな人間が、アクセスが多いブログやYouTubeのチャンネルに興味を抱くことは少ない。また、自分自身が面白く感じないものをブログでアップしたりYouTubeでアップする事は今のところ考えられない。

 YouTubeにしても、身銭を稼ぐ事を第一目的にしてチャンネルを始めても、長続きはしない。何についても言えることだ。ろくにビールが好きでもないくせに町興しのためのアイディアとして地ビールを始めた業者の多くは潰れている。(同時にビールが好き過ぎて潰してしまう業者もあるようだが)
 ブログもYouTubeも、あくまで言論活動が第一である。銭儲けはそのついでだ。

(余談1)わざとなのかは判らないが、実際に記憶違いでは片付けられないほどあからさまに作品内容と食い違うレビューもたびたび見かける。


 
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[ 2015/12/07 17:58 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

おさる、書道家に転身。 近頃の現象[一二一五] 

おさる 書家・宇都鬼として活動を始め 
「やっと芸人になれた」


 「すんまそん」「うれCY!」「ありがトーマス」「お願いスマッシュ」などのギャグで知られる、ピン芸人のおさる(47才)。芸人としてはめっきりその姿を見ることは減ってしまったが、実は最近、書家・宇都鬼(ウッキー)としての活動に注力しているという。迷走か、本気か!? 本人に直撃した。(NEWS ポストセブン)

【雑感】2・3年前だったか、まだ西川史子氏は離婚しておらず歯に衣着せぬ毒舌をウリにしていた頃だった。

 当時のある番組で、おさる氏が「被告人」の立場で出演し、おさるの妻が「告訴人」の立場で出演して、お笑い芸人の仕事をせず書道三昧の日々を送っている事を問題にした。この番組で西川史子氏は複数いる「陪審員」の1人として出演していた。
 印象としては、おさる氏は集中砲火を浴び、彼を弁護する者はごく少数だった。弁護する「証人」としておさる氏のかつての盟友コアラ氏がプロデューサーとして登場しおさる氏の書道を高く評価、しかしそれ以外の出演者たちの印象は「そこそこ字は上手いが、だからって書道家になれるの?」と言わんばかりの反応。
 そのおさる批難の急先鋒が西川史子氏だった。

 彼女たちの批判を聞いてかなり不快な違和感を覚えたものだ。お笑いのアーティストから毛筆のアーティストに転身しただけ、例えていうならショットバーのバーテンダーから喫茶店のマスターに宗旨替えしただけだ。何故おさる氏の転身をそこまで否定できるのだ?
 おさる氏が安定した公務員の職を捨てて書道家の道を選んだのならまだ話はわかる。なぜそこまでおさる氏の書道を否定しなければならないのか? 不安定な「水商売」から別の不安定な「水商売」に変わっただけだ。しかも「陪審員」役の出演者たちからどこかの会社に正規雇用してもらって妻子を養えと諭す声は無かったと記憶している。

 それから音楽をミックスさせた書道芸を「陪審員」たちはあまり理解していないか知らないようだが、絵画の世界ではライブパフォーマンスとして大都市圏でよく行われている。音楽に合わせて即興で絵を描く手法だ。絵画が字になっただけの話だし、オリエンタル好きの欧米で行えば興行が成立する可能性があるし、それに見合った技術はあるだろう。
 少なくとも、「書道家」として権威をふるえる立場にはなれないかもしれないが、書道芸人として日銭は稼げる。下手をすればお笑い芸人よりも実入りが良いかもしれない。

 だから「陪審員」たちが「お笑いに集中しろ」と批判するのは大いに違和感である。諦めて就職しろと諭すのなら話は解るが。「お笑い」も「書道」も同じ「水商売」だ。


 
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[ 2015/12/06 16:15 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

ある消費者団体の対応。クレーム者が悪いのか?団体の事務が悪いのか? 晴雨堂の晴耕雨読な日常[二三八] 

お互いに相手の誠意の限界点も 
推察してあげないといけない。


【雑感】友人から聞いた話である。

 彼女が加盟している消費者団体から、やや穏当を欠く告示が送付されてきた。
 内容を要約すると、その消費者団体は加盟者に無農薬の生鮮食料品を配達するさいに古新聞で包装していたのだが、加盟者の1人からクレームを受け、クレーム者に陳謝するとともに包装を古新聞から別の緩衝材に差し替える、別の緩衝材にするにあたってコストアップが予想されるが当面は商品の値上げをしない、不明を恥じスタッフ一同勉強していく、そんな趣旨だった。

 気になる点は主に2つあった。掘り起こせば幾らでも出てくるのだが2点に絞ろう。
 まず両者の対応だ。消費者団体クレーム者の主張をおそらく原文ママで紹介している。「子供は化学物質過敏症で新聞紙に使われるインクには有害な化学物質がある。なんでお前らはそれが判らないのか」という趣旨であった。クレームの文面はかなり喧嘩腰である。
 クレーム者側の絡み方、事情を説明して自分のところだけ古新聞包装を止めてもらえば済むことなのに何故いきなりクレームなのか?
 消費者団体側の対応も、全加盟者に配布する文書にクレーム者の喧嘩腰の言い分を紹介するというのは如何なものか? 穏当に「古新聞の化学物質について弊害がある点」を「指摘」された、あるいは「御意見」があったとだけ紹介すればいいものを。
 これでは全体の文面は陳謝して対策をとる体をとっているが、まるで遠回しにクレーム者を我儘なクレーマーであるかのように演出して、自分たちはその「被害者」であるかのように訴えているかのように見えなくもない。

 もう一つの気になる点は、この告示以降は包装紙を古新聞からウレタン系の緩衝シートに変えたことだ。古新聞と違ってコスト高になってしまうのはもちろんの事、そもそも環境破壊や食品公害を憂いて立ち上げたはずの団体なのに、簡単に資源ゴミになる古新聞をやめて再生品処理に手間がかかるゆえにゴミになりやすい化成品のシートにするというのは本末転倒ではないのか?

 友人に事の発端からの経緯を訪ねたが「知らない」という。なので、クレーム者が突然文句を言い出したのか、以前から何度か交渉してきたのに消費者団体側は対策に動く素振りが無かったため怒ったのか、そこがよく判らない。

 団体が配布した告示を信用する限りでは、クレーム者の狭量が目立つ。そして消費者団体側の処置も行き当たりばったり的だ。こんなことでは良い結論は出ない。


 
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Twitterは議論に向かない。しかしウッカリ仕掛けてしまう。 晴雨堂の晴耕雨読な日常[二三七] 

そもそも私は議論嫌いである。

 ツイッターを眺めていると、たぶんミカエルさんが誰かれ構わず喧嘩を売っている(と相手に受け取られる)ものと想像します。(友人談)

【雑感】上記にあげたのはTwitter上での友人の指摘である。残念ながら的外れではない。もし「相手に受け取られる」という補足の文言が無かったら、誤解だと反論できるのだが、補足のおかげで友人の指摘は完全に事実関係の範疇に収まっている。

 感情論で言うと、私は議論好きという訳ではない。むしろ嫌いな方だと思っている。
 友人知人の中には「三度の飯より議論が好き」なんて嘯く者がいるが、そんな時は決まって私は「議論で満腹にならん。俺は三度の飯と晩酌のドイツビールが良い」と言い返す。
 ある議論好きの知人は「議論によって物事が昇華される」と言うが、残念ながら私は議論によって昇華されていく様を目撃したのは極僅か。特に「昇華される」という知人にかぎって昇華どころか言葉の腕力で相手を捻じ伏せているだけ、反論できなくなった相手は反論するための知識や語彙が無いだけで決して得心した訳ではないから怒りや恨みが募る。彼の周囲には人間関係のトラブルや喧嘩別れの話ばかりが耳に入る。

 だから私は少なくとも相手を論破したり炎上させて悦にいる「勝負を挑む」「喧嘩を吹っ掛ける」類の議論好きでは断じてない。
 しかし、嫌いだから議論はしない、という言い訳は成り立たない。極端な喩えを言えば、政治家から民衆に至るまで殆どの人間は戦争なんてしたくないにも関わらず戦争は世界各地で発生しているのに似ている。


 さて、けっして議論は好きではない、むしろ嫌いだ。ところが友人から見れば「誰かれ構わず喧嘩を売っている」かのように見える可能性を指摘されるほど、私はTwitterでよく人に話しかけてしまっている。単なる個人的な呟きで留めれば良いのに、人のTweetに返事を書いてしまうのだ。
 前にも当ブログで言及した事があるが、インターネットとは会話のためのツールである前に知の共有を目的としたメディアである。私はネット社会の理念を生真面目に遂行しているに過ぎない。

 BlogであれTwitterであれFacebookであれ、ネット上での発言は「衆人環視の公の場」で行われた発言なのである。まことに呟きたいだけなら、ネットではなく自宅の便所に入って壁に向かって呟けばよろしい。内緒話ならばネットではなく、どこか隠れ家に籠って人目を気にしながらヒソヒソ話をすればいい。ネット上でするな!
 公の場で発言する以上、発言者は絶対前提として他人様に聞いてもらう事を目的としている。他人様に聞いてほしくない発言であれば、これもネット上でするなと怒鳴る。

 他人様に聞いてもらいたい発言であれば、私も意見を言わしてもらう。興味の無い発言であれば、その多くはスルーしている。Twitter上で私は現在1300余りをフォローしている。1300人以上の発言となると膨大でその大半は物理的問題で目に留まらないし、目に留まった発言の多くも看過している。つまり私が何らかの反応を示しているのは、極めて極僅かなのである。
 どうしても気になった発言の中で公益性を感じたモノについてはフォロワーたちにリツイートという動作で拡散する。公益とまではいかなくても個人的に興味を持った発言は返事を書いたりしている。
 興味を持ったTweetは好意的であったり共感できたものとは限らない。中には「そんな見方だけではない、別の視点や要素もあるよ」という思いから異論を述べる事も多々ある。また事実関係が明らかに誤っている場合は、善意の注意をする事も多い。とはいえ相手の立場や主張を全否定する気は全くない。相手が私の言い分を否定してきたら反撃をするが・・。

 友人の指摘や忠告を総合すると、どうやら私の異論や注意が相手には「喧嘩を吹っ掛けられた」と誤解するようだ。

 ある程度は仕方が無いと思う。ネット上のやり取りの多くは文章で行う。直筆ではなく表情の無い活字で行う。相手の表情が見えにくい活字では、相手がどういう感情で絡んでいるのかが判らない。
 指摘してきた友人とは知り合って20年以上の付き合いで一緒に飲みに行ったりするから、相手の人となりはある程度把握している。しかしTwitter上で知り合った方々の殆どは会った事が無い。そのため不愉快の臨界点が低いレベルで達しやすい。
 また、Twitterは字数が制限されている。短文の中で意思を伝えなければならないため、他愛ない世間話であればいざ知らず、込み入った問題になると誤解が生じやすくなる。

 そういった事を解っているのなら、相手の言い分に相槌を打つ程度におさめるべきと、おそらく友人は言いたいのだろうし、正論だとは思っているが。

 ただ、口頭の議論ならいざ知らず、記録が残る文章での議論なのに、人の発言を歪曲捏造して架空の私の発言に対して反論を仕掛けたり、相手の言い分を大筋で認めた上で異論を述べているのに否定的反論と早とちりする輩を見るとイラついてしまうので、つい口喧嘩のようになってしまうのだ。 


 
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「ゲゲゲの女房」総集編再放送! 近頃の現象[一二一四] 

ゲゲゲの女房」総集編再放送 
水木しげるさん偲び


 NHKは、水木しげるさんを偲び、総合テレビで今月5日から3回にわたり「ゲゲゲの女房 総集編」を放送することを公式ホームページで発表した。5日(土)午後4時40分から第1回、12日(土)午後4時5分から第2回、13日(日)午後4時5分から第3回が放送される。(デイリースポーツ)

【雑感】放送当時は忙しかった上に録画する機械ももっていなかった(景品で当たった再生専用デッキしかなかった)ので、土曜日の放映分しか観ていない。

 印象としては、布枝氏役を松下奈緒氏なのは異論は無い。実際の布枝氏は美人だ。松下奈緒氏でも吹石一恵氏でも、イメージから大きく逸脱はしない。
 ただ、映画で演じた宮藤官九郎氏が若き頃の水木しげる先生に酷似しているに対して、向井理氏は全く実像から乖離している。初めて観たときは向井氏が水木先生を演じているとはどうしても思えず、片腕が無い演技をしていても信じられなかった。
 このキャスティングの違和感があったために慣れるのに時間がかかったものだ。

 話自体は良いと思う。原作が良かったというのもあるが、映画版では貧乏で嫌な思い出に重心を置いているのに対して、朝ドラの場合は朝に相応しく貧乏ながらも楽しい思い出を中心にしている。
 映画の解釈や朝ドラの解釈があっても良いと思うし、それらを両方観るのも楽しい作業だ。同じ人間でも、韓非子の「余桃の罪」にあるように気分や環境によって同じ思い出でも違って見える場合が多々ある。

 きっと今ヒロインは朝ドラと同様の楽しい思い出ばかりなのだろうと思う。


 
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[ 2015/12/02 15:00 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

第2047回「事件の現場を目撃したことありますか?」 晴雨堂は小学生のころ流血の傷害事件を目撃した。 

こんにちは!FC2トラックバックテーマ担当の栗山です。今日のテーマは 「事件の現場を目撃したことありますか?」です運転していて、私の車の前にトラックが走っていたんですけど、そのトラックと対向車がぶつかったことがありました。カーブだったんですけど、対向車は道路の中央線を大きくはみ出してしまってましたね大した速度ではありませんでしたが目の前でのクラッシュは衝撃的でしたよー。双方止まった後、トラックか...
FC2 トラックバックテーマ:「事件の現場を目撃したことありますか?」



【雑感】大事件ではないが、ある。

 小学六年生のころ、友達ら数人で当時住んでいた茨木市から箕面市の服部緑地までサイクリングに出かけ、そこで流血の喧嘩騒ぎを目撃した。
 昼食の弁当を食べて、2・3時間ほど緑地内で遊んでから帰ろうとした時、パトカーのサイレンで煩くなった。私は野次馬根性に突き動かされて見物に行こうと思ったが、いつも冷静で理性的な友人が「もう寄り道する時間がない」と制止してまっすぐ帰る事になった。(余談1)

 ところが帰り道の途上に事件現場があったのだ。緑地公園の道は曲がりくねっている上に服部緑地の土地勘はおろか箕面市内の地理も疎い。だから単純に来た道で帰ろうとしたし帰路はパトカーのサイレンが聞こえた方向とは違うと思っていた。
 意外にも人だかりは少なかった。それが事件現場であると視認するのを遅らせた。気が付けば血生臭い光景が目の前にあった。
 警官が十数人ほどいたが通路を完全に遮断してはいなかったので、そのまま通過する事ができた。記憶にはないが、たぶん「交通整理役」の警官が野次馬にならないよう通過を促していたかもしれない。
 暴力沙汰の当事者たちは3人、みな齢40前後だろうか。子供の頃の視点なので無精髭で老けて見えただけで実際は30前後かもしれない。既に大人しくなって警官の指示に素直な態度のようだった。被害者らしき人物が1人血まみれでぐったりしていた。特に靴下が大量の血液でドボドボの真っ赤、たぶん足に相当深い傷があるようだ。周辺には割れた一升瓶が散らばっている。当時はそろそろ桜の季節だったから、花見での喧嘩か?

 流血の事件を見たのがこれが初めてだった。

(余談1)この友人は後に超有名国立大学の工学部に進み大学院を出てから原子力関係の仕事に就いた。当時の彼の趣味はサイクリングの他にニノミヤムセンで電子部品のパーツを買って何やら機械を組み立てる事。「ゲルマニウムラジオは簡単やから作ってみたら」と言われたが、私は全く機械には興味なかった。

 この友人、中学生の時も同じ調子で慎重発言をした。夏休みに東京へ旅行した新幹線の車中だった。食堂車で飯を食おうと主張する私にヤツは「予算が足らない。次の機会にしよう」と制止した。
 当時の新幹線食堂車は帝国ホテルが運営していた。あそこでカレーライスでも良いから食いたかった。後に食堂車は廃止となった事を考えると、理性的も考えものだ。思い立ったら吉日というのもあるのだ。

 連れ合いに当時の事を愚痴ると「なんであんたみたいな人に立派な友達が集まるんやろね」と嫌味を言われた。


 
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昨日は「レース婚式」だった。 

昨日は「レース婚式」だった。

炊き込み御飯と味噌汁。
味噌汁と鰊の炊き込み御飯。

【雑感】昨日はレース婚式だった。早いもので所帯を持ってから13年だ。例年、結婚記念日は外食をすると決めていたのだが、今年は私も連れ合いも晩飯を食べる段になるまで忘れていた。

 炊き込み御飯は滅多にしないので我が家にとっては一種の御馳走なのだが、別に結婚記念日を意識した訳ではなかった。食材も特に凝った訳ではなく、たまたま鰊の甘露煮が冷蔵庫にあったのでそれを流用した。
 連れ合いからは「自己流でやるな!レシピ通りにせぇよ!」とうるさい。私が初めて炊き込み御飯をつくったのは20代半ばの頃、サイクリング中の野営時であった。飯盒に米と醤油を放り込んで炊いたら思いっきり辛い物が出来上がった。しかも底は炭化して食えたものではない。基本、目分量で全て調理するので、経験が少ない料理だと初回は失敗する事が多々ある。連れ合いはそれを警戒しての事だった。

 が、私は連れ合いの警告をシッカリ無視した。本来は蕎麦などに乗せる鰊の甘露煮、甘辛いので醤油の分量をやや増やし、味醂や酒は少な目にした。鰊の他には油揚げと竹輪と人参を細かく刻んで放り込む、かなり手抜きの炊き込み御飯であったが、けっこう上手くいった。
 もともと甘党の連れ合いからの評判も上々だった。私にはやや甘過ぎるきらいはあったが、鰊の香ばしい香りは生臭くなく、さすがは甘露煮だ。

ローストビーフとソーセージ。

 めでたい記念日に平素の食事では愛想ないので、近くのスーパーから急遽ローストビーフと粗挽きソーセージを調達した。久しぶりに食べるソーセージは美味い。かつて食にこだわって本格の独逸式ソーセージを食べていた頃が懐かしい。

平素の食卓とあまり変わりはない。

 3歳児の息子はというと、私が作った手抜きの(しかし味はなかなかのものなのだが)炊き込み御飯には手を付けず、隣の連れ合いが食べようとするローストビーフをねだる。近頃の息子は肉系の食品ばかりを狙う。ソーセージもあっという間に息子に食われた。


 
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