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ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

「土佐の一本釣り」リメイク作が金銭トラブルで上映できず塩漬けに。  近頃の現象[一二二九] 

土佐の一本釣り> 
映画完成も「塩漬け」 製作費未払いで


 カツオの一本釣り漁で有名な漁師町、高知県中土佐町久礼(くれ)に生きる人々を描いた映画「土佐の一本釣り」が、同町も協力して34年ぶりにリメークされ、昨春全国公開されるはずだったのに、いまだに配給先すら決まらず塩漬け状態になっていることが分かった。映画の企画会社が複数の製作会社に製作費の未払いを繰り返しているためで、行政が対応策を検討する事態に陥っている。(毎日新聞)

【雑感】今後、こういう事もチョクチョクあるかもしれない。
 町興し村興しを目論む過疎自治体と自治体の支援を背景に映画を撮りたい制作者、だが不景気と過疎化の弊害は大きい。極論すると、儲かる自治体は東京ばかりだし儲かる制作者も東京を根拠地に置く大手のプロダクションやテレビ局関係ばかり。
 本来ならマニアックではないのに、少しでも主流から外れると資金繰りは厳しくなる。邦画が見直されるようになって久しいが、再びハリウッド映画が巻き返している。


 何度か当ブログで言及した事があるが、映画は有力な町興し村興しのアイテムになってきている。関係自治体にとって新たな産業を興すことを思えば場提供をするだけなので安上がりだし、もしヒットでもすれば「二十四の瞳」が小豆島観光を半世紀以上にわたって支えている例があるように、長く観光宣伝に役立ってくれる。

 映画ではないが、大河ドラマ「龍馬伝」ではお陰さまで我が郷里高知県の経済に潤いを持たせてくれた。同郷人である広末涼子氏も積極的に観光工作に協力してくれる。
 錦戸亮氏主演の「県庁おもてなし課」は作品としてのインパクトや評価はイマイチだったようだが、高知県内では連日映画館は満席状態で、舞台となった高知県庁は他県からの観光客が押し寄せ、ゴールデンウィークから夏休みまでの観光客誘致に貢献したので、映画制作の戦術目的は達成されている。
 だから映画撮影誘致はけっして小さくは無いのだ。原作者の青柳裕介氏は中土佐町の名誉町民であり石像も建てられている。今でも一本釣りファンは中土佐町を訪れる。

 今回の映画企画も大掛かりだったようだ。出演俳優は阿藤快氏・山田邦子氏・古村比呂氏・中越典子氏・渡辺大氏・河合龍之介氏・森田成一氏・六平直政氏と、人件費はけっして安くない。主役は注目を集めている新人俳優の中島広稀氏と森永沙良氏の2人、私は好感を持っている。
 中島広稀氏は大河ドラマ「八重の桜」で綾瀬はるか氏が扮する主人公八重の信奉者で悲劇の白虎隊隊士伊東悌次郎を好演したのが印象に残っていた。森永沙良氏の方はモデルの仕事ばかりなのか俳優としての実績はこれからのようだ。前作では田中好子氏が務めていたので全くイメージが異なる吉村八千代が登場する。(余談1)
 出身地は中島氏は群馬県、森永氏は長野県と、高知とは隔たった地方出身なのだが、どんな土佐弁を操ってくれるか、腕の見せ所だ。

 監督は蔵方政俊氏で、「世界の中心で、愛をさけぶ」や「舞妓Haaaan!!!」などのヒット作で助監督を務めていた人で、監督デビューは最近のようだ。監督としての手腕はまだよく判らない。
 最初は井坂聡氏が担当していて、私は彼の「ミスター・ルーキー」が好きだったから、本作はけっこう期待していた。ところが、監督は交代する、重要俳優も入れ替わる、制作会社も変わる。協力した中土佐町や高知県は、監督や起用された俳優の面々から喜んで参加したものの、雲行きの怪しさで困惑と不安でいっぱいだろう。

 21世紀に入って邦画が盛り返したといっても、景気は相変わらず低空である上に、邦画で儲かっているのはジャニーズやオスカーなどの大手芸能プロやフジサンケイグループなどのテレビ局関係、超メジャーから外れた会社はけっして潤沢ではない。ましてや映画一筋の制作会社となると資金繰りで苦慮する事業者は少なくないと思う。
 森永沙良氏にとってはせっかくのヒロイン大抜擢なのに不景気な話に巻き込まれたものだ。

 阿藤快氏の遺作のようなものでもあるし、これには大勢の高知県人が関わっている。塩漬けのままにはしておけない。町と県と制作者の三者はよく協議して上映を動かしてはならぬ絶対前提として落としどころを見つけてほしいものだ。

(余談1)八重の信奉者には玉山鉄二氏演じる山川浩がいる。おそらく、大河での共演が縁で中島氏は軽自動車「WAKE」のCMで玉山氏の弟を演じている。

【追記】(2016.04.27)やたら本記事へのアクセスが多いので、なんでかなと思って2014年版「土佐の一本釣り」のホームページを覗いてみると、どうやら2016年の秋冬に劇場公開予定との告知があった。しかし詳細は不明のようなので、まだ先行きは判らない。


 
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COEDOビール瑠璃。 ビールは偉大な発酵食品だ[四十四]

友人からの誕生プレゼント。

コエド3点セット。
埼玉県川越のCOEDOビール3点セット。左から瑠璃伽羅漆黒

【雑感】飲み友達から誕生プレゼントが届いた。埼玉川越の地ビール「コエドビール」だ。

 コエドとは漢字で小江戸と書く。西日本の地方都市で京都の影響を受けて発展したところを小京都と呼ぶことがあるが、これも似たような意味合いがある。川越は江戸時代に四位クラスの親藩もしくは譜代の大名が治めていた城下町であり、近くには江戸へ流れる荒川もある。文化的にも経済的にも栄え小江戸と呼ばれた。
 この地ビールはそれを意識し、生産する銘柄のネーミングは日本の伝統色からとり、ラベルも江戸文化を連想する図柄にしている。
 近年は世界のビールコンテストで高い評価を受けていて、瑠璃はモンドセレクション金賞、漆黒はヨーロピアンビアスター・アワード金メダルと、ヨーロッパのウケが良い。

 ところがである。私は以前に伽羅を飲んだ事があるのだが、たしかに旨かったのだがあまり印象に残っていない。
 地ビールは小規模生産ゆえ単価がどうしても高くなる。大手と同じビールをつくったのでは勝負にならない。なので大手があまりつくらないタイプのビールを手掛ける事になる。

 世界で最も普及しているタイプは黄金色のピルスナータイプで、大手は横並びでピルスナーを生産する。このピルスナータイプに副原料を混ぜてコストダウンをはかり、麦芽の分量を削って酒税法上ビールではない発泡酒と、副原料入りで法的にビールとして認められているもの、麦芽100%でプレミアムビールを名乗るもの、概ね3タイプに画一化しているのが日本ビールだ。
 だからそんな大手との差別化をはかるため、地ビール業者の殆どはドイツやベルギー・イギリスやアイルランド型のビールをつくる。煎じ詰めればヨーロッパにウケるビールをつくる訳だが、どの地ビールもそれを目指しているので、大手ビールよりは個性があるものの、やはり横並び感がしないでもない。

 以前飲んだ伽羅も、いま一つ印象に残らなかった。缶ビールで飲んだ事も原因かもしれないが、コンテストで旨さを認められた訳なので旨いに違いはないのだが、同時にそれが個性的とは限らない。映画と同じで私が面白いと思った作品が万人にウケるとは限らず、万人が面白いと思った映画が私にはつまらないと思う事も多々あるので、あまり個性的すぎる味と香りは受け入れられない場合も多々あるはずだ。あくまでヨーロッパ市場に認められた品質と解釈すべきだろう。

コエド瑠璃。

 今日は瑠璃を飲んでみた。コエドビールではピルスナータイプを瑠璃と銘打って出している。たしかにラベルは瑠璃色なのだが、ビールが青い訳ではない。飲んでみるとホップの芳香と苦みが爽やかで綺麗なビールだった。この感触が瑠璃色を連想させるのだろうか?
 商品名と味との相性は申し分なく良いビールだと思うが、地ビール業者が出すピルスナーは味にあまり差が無いのだ。大手との差別化をはかるため、麦芽100%プレミアムとしホップの芳香を強くする。大手サントリーが出しているプレミアムモルツやキリンのハートランド系の味でほぼ横並びになっている。
 ドイツでは同じピルスナーでも際立った個性があるのに、何故なんだろう? 決して日本の地ビールは品質面で後れは取っていないはずなのに。

晴雨堂関連記事案内
COEDO「伽羅」 ビールは偉大な発酵食品だ[二十]


 
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危険な組立体操だが、国家が規制するのは慎重であるべきだ。 近頃の現象[一二二八]

文科副大臣 組体操の教育効果を主張 
国による規制は不要


 「ヤンキー先生」という呼び名で知られる義家弘介氏が、文部科学副大臣の立場で、組体操事故の問題について持論を展開した。(内田良)

【雑感】小学校低学年のころ、6年生たちの組立体操に羨望の目で眺めていた。当時、お正月番組であった「スターかくし芸大会」を観るのに近い感覚である。

 低学年・中学年の演目は、ハッキリ言って保育園の運動会の踊りと大差はない。ところが6年生の組立体操や鼓笛隊はどこか玄人肌で見応えがある。だからこそ、運動会の華であり続けた。伝統文化といっても良い。
 6年生になって、当然のことながら自分もやらされる訳なのだが、当初は「自分にできるんだろうか?」と不安になっていても、教師らの指導でできるようになっていく。私は大柄な児童だったので当然のことながらピラミッドの一番下の段を担当するのだが、上から圧し掛かる重力を分散させるコツなどを教わり、ピラミッドを崩す際の身体の動かし方などを反復練習するうちにできるようになる。

 だから一部批判者が言うほど組立体操が無意味とは思わない。運動会の華であり伝統芸であるので、廃止してしまうと運動会の面白さは激減する。また難しいと思っていた事が成し遂げられた瞬間の成功体験はかけがいのないもので、これはリスクがあればあるほど成功した体験は後々の人生に良い影響を与える。
 暴論かも知れないが、リスクを完全排除した簡単で安全な演目では成功体験は感じられない。


 では昨今の十段ピラミッドを容認するのか?と問われれば、十段の問題よりも指導する教師側の認識の甘さを指摘したい。反対者は批判する対象を間違えている。
 耐えられる荷重には限界がある。中学生や高校生にもなってくると巨大な肉の塊だ。生徒全員が体育会系で日頃から身体を鍛錬しているのであればまだしも、体格は良くても文科系で特に筋力を鍛えている訳ではない人も多いだろう。食生活が乱れて平均的な少年少女よりも骨格が弱い人もいるかもしれない。

 リスクが大きければ大きいほど、指導する側のリスク管理も重要になってくる。十段ピラミッドは挑戦するに値する演目だが、数週間あるいは数か月前からの準備期間で、1日1時間程度の体育の授業だけでやらしていたのであれば大馬鹿だ。
 リスクが大きければ大きいほど、準備期間も鍛錬する時間も必要になる。成功に向けて生徒一人一人も食事や睡眠時間などを徹底管理し、生徒全員が一丸となって十段ピラミッドに耐えられる強靭な肉体へと改造をしていかなければならない。

 そこまでになると、果たして運動会の1種目のために生徒の貴重な教育時間を使って良いのか? という問題が当然浮上する。組立体操を成功させるためだけに学校に通っているのではないのだ。その是々非々は生徒と教師と保護者の三者で議論して決定すべきだろう。

 そういう意味で、反対派は安易に国家の権力を頼って規制させようなどと考えるべきではない。国が運動会の1種目にまで口出しする機会を与えては、それが前例となって様々な事柄にまで国が関与できるようになってしまう恐れがある。まわりまわって民主主義を自らの浅はかな了見で葬り去ってしまうきっかけにもなりかねない。
 これは大袈裟ではなく、僅かな決壊で大洪水となるのと同じで、1つの前例を認めることでなし崩しに秩序が壊れる。それは昨今の政治状況を観れば明らかだ。


 
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甘利明氏、辞任! それにしても政権寄りの文春がスキャンダルをスクープするとは。 近頃の現象[一二二七]

甘利担当相辞任
政権支える3本柱の1本折れた 識者談話


 週刊文春による現金授受疑惑報道から1週間。「説明責任を果たす」と繰り返していた甘利明経済再生担当相が28日開いた記者会見で急転直下、辞任を表明した。緊張もあらわに「本日ここに辞職を決断しました」と述べると、会場に詰め掛けた記者から「えーっ」とどよめきもあがった。(毎日新聞)

【雑感】過去に文藝春秋がやった大きなスクープでは70年代の田中角栄金脈問題で、この報道によって田中角栄氏は総理の座を追われた。
 しかし今回の場合、どちらかと言えば、文春は今の安倍政権を歓迎していたはずだし、アベノミクスを煽る側の雑誌だったはず。本来ならこういった事は朝日や毎日などがやらなければならないスクープのはずだ。

 しかも甘利氏は安倍総理より一貫してTPP担当を任され、黒かった頭がこの2・3年ですっかり白くなり、激務に邁進している様は保守市民に好感をあたえていたはずだ。
 ところが親安倍雑誌ともいえる文春が甘利氏を引きずりおろした。どういう意図があるのだろう? TPPの進捗を遅らす効果は今となっては期待できないし、甘利氏が財界に不都合な事を講じるとは思えない。何を考えているのだろう?

 さらに驚かされたのは後任に石原伸晃氏が据えられた事だ。甘利氏が保守系市民のウケが良い最も大きな理由が、仕事ができそうな政治家なのである。その後任になんと昔から世間で仕事ができなさそうに見られるときもある石原伸晃氏が務める事に当惑というより不安を感じる与党関係者やそれを支持する保守系市民はけっして少なくない。
 政治家としての評価は人それぞれ異なるだろうし、経歴だけを見れば「大物政治家」と称しても申し分ない。が、少なくともこれまでにTPPについて関わってきた実績はゼロに等しい、おまけにたびたび失言が問題になっている。「この男でホントに大丈夫なのか?」が本音だろう。

 まさかとは思うが、安倍総理は文春やその背後にある勢力へのあてつけに石原氏を選んだ? いやきっと石原氏は有能なお働きをなさるであろう。なんといってもあの石原慎太郎氏の御子息なのだから。こんなことを言ったら、左派市民は余計に心配? むしろTPPを台無しにしてくれそうだから喜ぶ?

 個人的には、訳の判らない現象だ。誰が描いた絵なんだろう?


 
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久しぶりの小保方晴子ちゃん、唐突に手記発表か? 近頃の現象[一二二六]

小保方氏が手記出版 
ES細胞混入、関与否定―STAP問題


  STAP細胞論文の著者だった小保方晴子・元理化学研究所研究員(32)が「あの日」と題した手記を出版することが27日、分かった。
  出版元の講談社によると、手記は28日以降に書店に並ぶ。同社が執筆を依頼し、小保方氏は昨年夏から半年かけて書いたという。
  手記で小保方氏は「世間をお騒がせしたことをおわび申し上げます」と謝罪。一方、STAP細胞はさまざまな細胞に変化する力を持つES細胞(胚性幹細胞)が混入したものとの見解を理研が示したことなどについて、「私が混入させたというストーリーに収束するよう仕組まれているように感じた」と関与を否定している。
  STAP細胞の存在を示す証拠とされた画像が自身の博士論文からの流用だったことについては、不注意との認識を示し、流用に気付いて「驚きのあまりパニックになった」と説明している。(時事通信)


【雑感】私が晴子ちゃんの立場だったら、やはり当座の生活資金調達だろう。元高給取りで地味な私生活であっても、蓄えの底が見え始めている頃だと思う。
 ずっと引き籠りに近い状況であるし、マスコミや世間の目があるから迂闊に就職もできない。派遣で工員をやったり、水商売などの世界に入れば、たちまちニュースになるはずだ。

記者会見に臨む小保方晴子。
2014年春、釈明会見に臨む小保方晴子氏。
生中継画面を撮影。

 今の時期に出版する意図は、あまり金銭問題以外に深い意味は無いと思う。出版する側にとっては旬の小保方晴子の名義で刊行してひと稼ぎしたい。毎年出版市場が縮小していく中で、今の彼女の名前なら確実にヒットは飛ばせるので放っておかないはずだ。
 小保方晴子氏にとっても、既に過去の人となりつつあり忘れ去られ感を抱いているはず、今より遅くなればインパクトは少ないし、早ければ世間や古巣からの激しい攻撃が予想される。万が一法廷闘争になったら不利にならないよう、時間をかけて文言や事実関係を吟味して予防線を張りながら執筆しなければならない。
 そして前宣伝はあえてやらず、唐突に刊行する形をとって予想される元関係者の妨害を未然に防ぎ世間の興味を引く。商いの正攻法だ。

 漏れ伝わる彼女の性格と境遇を考えれば、本音では世間から忘れ去られたいと思いながら、生活資金調達のため出版した、それ以外に無いと思う。自分の切り売りだ。


 
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日本はバター不足、左官みたいにバターを塗るドイツの食卓が羨ましい。 近頃の現象[一二二五]

バター不足、4月以降も 
業界団体が見通し発表


 酪農・乳業の業界団体「Jミルク」は27日、2016年度もバターの供給が需要を下回り、バター不足になるとの見通しを発表した。原料となる生乳(搾ったままの牛乳)の生産量が前年度に比べ0・6%少ない約737万トンとなるため、近年品薄が続いている国産バターの生産量も0・7%少ない約6万6700トンになると予想。見込まれる需要は前年度並みの約7万4800トンで、約8200トンの不足が生じる計算だ。(朝日新聞デジタル)

【雑感】ドイツのH夫妻の朝食は、フランスパンを丸く団子状にしたようなドイツパンを真横一文字にナイフを入れて半分に切り、切り口を左官のようにバターを分厚く塗りたくり、その上に数種類のジャムを垂らして食べていた。

 ドイツに滞在した1週間余り、食文化に熱い関心を抱く私はH夫妻の食べっぷりを観察していた。バターの容器は日本のスーパーで売られているマーガリンやバターと形や大きさは同じだが、中身はみるみる無くなっていく。私たちであれば3週間くらいはもつものでも、数日で食べきってしまう勢いだ。
 残念ながら、日本ではドイツと同じ調子でバターを味わうことはできない。値段はドイツの三倍以上はする上に品薄、食パンをトーストしたら熱いうちに出来るだけ広範囲に濡れるよう薄くのばす。左官みたいに塗ってたら家計が苦しくなる。


 日本の人口が激減し味覚センスも江戸時代に戻って需要が少なくならない限り、バターの品薄は解消されないと断言する。

 どの業界も程度の差はあれ少子高齢化による市場縮小の影響を受けている。そこで多くの業界はランチェスター法則に沿った構造変化に直面している。つまり、中小零細は次々に廃業し、大手が規模を拡大し取り扱う品物の数を増やして乗り切る。

 私は本が好きなので書店業界に若干明るい。大店舗が店舗面積を拡大する事で生き残りを図る一方で、中小零細の街の本屋さんは次々に廃業へ追い込まれている状況だ。
 その有様をさらにデフォルメした形となっているのが酪農業だろう。報道番組で紹介されたグラフでは、酪農家人口と業界全体が抱えている牛の頭数の関係は見事に書店業界と同じ傾向だ。酪農家は年々激減しているのに対し、全体の牛の頭数は横ばい状態、しかし近年は少しずつ減少している。
 これはつまり中小零細の牧場が次々と廃業に追い込まれ、大手の牧場が業界を支えているのだが、それもやや頭打ちの状態になりつつある。特に酪農にも高齢化と後継者不足の問題が圧し掛かっている。
 酪農が盛んな北海道や北陸はともかくとして近畿地方はけっして盛んとはいえない。中小零細の廃業はすなわち大規模牧場が少ない近畿にとっては酪農の空洞化につながる。

 扱っているモノは生き物、しかも一度に5・6匹産む犬や猫と違って牛は1頭、一度減った頭数を回復させるのは時間がかかるし、牧場の数も減っている。需要が減らない限り、供給量不足が深刻化する事はあっても解消されることは絶対にあり得ない。
 バターだけでない。国産牛肉も今後は高根の花となっていく。既に近畿圏内でミノやテッチャンなどの内臓肉が品薄となっている。内臓肉の効能が紹介されていくにつれて需要が激増しているのに、肉牛の頭数が減っている。内臓肉は足がはやいので地産地消される地元の牧場から供給される内臓肉がベストなのだが、前述のとおり近畿は牧場の空洞化が進んでいるため劇的に品薄になっている。他の地方でも需要が激増しているので近畿には回せられない。

 肉が嫌いだった私だが、センマイやテッチャンなどの内臓肉は子供のころから好きだった。安いホルモンばかり食べるので経済的だったのだが、今後はそうはいかない。
 こういう時、大衆文化というものは恨めしい。隠れ家的な馴染みのレストランがマスコミが要らんこと吹いたおかげで急に繁盛して以前からの常連だった私は店に入れない、そんな有様だ。


 
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「ライザップ」の峯岸みなみ嬢の話題CМを観てふと思う。 近頃の現象[一二二四]

AKB峯岸みなみ 
ライザップ」で痩せマッチョ 
「もうエロくない」「キモい」と失望する声も


 プライベートジムを全国に展開している「ライザップ」の新CMにアイドルグループ「AKB48」の峯岸みなみさん(23)が起用され2016年1月15日からオンエアが始まった。
 悩みだった「ぽっちゃり体型」が2か月間に及ぶトレーニングと食事指導によってスレンダーボディに変化、「超セクシー!」なダンスを披露しているのだが、ネット上の評判は芳しくない。「俺の好きな峯岸じゃない」というものだ。(J-CASTニュース)


【雑感】私は峯岸みなみ氏の踏み込んだ決断を支持する。

峯岸みなみ。
日本タレント名鑑参照。

 彼女は世間に賛否両論の大きな波紋をつくる名手だ。彼女独りで考え行動したのであれば、AKB卒業後も逞しく生き残れるであろう。それに23歳となれば卒業後のビジョンも考えておかなければならない。いつまでもAKBのポッチャリひょうきん少女のままではいられない。
 もしかしたら、セクシー・マーシャルアーツ・ヒロインとしてVシネマなどで活躍する布石かも知れない。そうであれば楽しみだ。是非、艶光りする青白き頭皮と細マッチョの肉体で毛深い男どもをバッタバッタと少林寺拳法でなぎ倒す尼僧の役をやってほしい。悪行の目の当たりにした峯岸みなみ尼は頭巾と法衣を脱ぎ捨てマイクロビキニ姿になるや華麗な回し蹴りや踵落としで次々と屈強な野獣どもを血祭りにあげる。
 私はダンサーやアスリート体型の女子が大好きなのである。キモイと一部で陰口叩かれている峯岸みなみ氏のほのかに浮き出た腹筋線から肋骨線にかけて萌えだ。彼女の義挙は熱烈に支持する。どうせならAfter画像は全身にオイルを塗ってテカテカにしたらよかったのに。

 おっと、中年のスケベ心が露わになってしまった。

 それにしても、近頃のライザップは赤井英和氏をはじめ芸能人の肉体改造の成果をCМで盛んに喧伝する。
 ここで期待してしまうのは・・、失礼、もとい、心から心配してしまうのは、絶好調の新興企業のつまずきである。調子ノリノリの企業というものは、必ずどこかで背伸びして無理をしている部分がある。その無理を緩和もしくは解消できないまま営業規模が大きくなってしまうと、綻びが目立ってしまったり破綻してしまったりする。
 某有名な英会話スクールやエステや居酒屋などでは労基を無視して従業員を過度に酷使するブラック企業ぶりが問題になった。あるいは資金調達が滞って閉店したり、従業員の教育が追い付かず顧客に損をさせて訴訟騒ぎになるなど、様々なトラブルが発生するリスクが急成長の企業にはある。
 ライザップが悪のパターンに陥らぬことを期待している。


 
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第2068回「年賀状書きましたか?」 晴雨堂は数年前から年賀状を復活させた。

こんにちは!FC2トラックバックテーマ担当の山口です。今日のテーマは 「年賀状書きましたか?」です。1月も後半になりお店に行くとバレンタインのチョコが売っていて驚きでした。年が明けたと思ったら次はバレンタインなのですね。。そしてみなさんは今年、年賀状を書きましたか?私はもう数年書いていないです……メールもLINEも自分からは絶対に送信してないですねみなさんは年賀状書きましたか??たくさんの回答、お...
FC2 トラックバックテーマ:「年賀状書きましたか?」



【雑感】今年は7枚ほど書いた。

 前にも述べたかもしれないが、市民運動など政治的なものに関わっていた頃は毎年500枚くらいは書いていた。あの頃は郵便切手などの通信費も家計を圧迫したものだ。
 しかし運動から足を洗ってからは全く書かなくなった。表向きは虚礼廃止だが、運動関係の人脈が煩わしくて精神的負担になったのでリセットしたくなった。親戚縁者への年賀状は連れ合いが引き続き連名で書き続けたが、正味私個人の関係者への音信は完全に断つ。
 当時は過度の睡眠不足とストレスで鬱を発症し、ささいな人間関係でも息苦しく感じてしまう時期だった。歌手のマルシア氏が鬱を発症させ携帯電話のメモリーを消去していくエピソードがある実録モノ番組で紹介されたが、あの時の私もまさにそんな状態だった。一時は運動関係者の書簡やメールが悪魔に見えて封を切らずにシュレッダーにかけた。

 年賀状を出さない期間が10年程度続いた。当然のことながら私宛の年賀状も年々減っていく。鬱から回復し平凡な日常生活を取り戻しても年賀状の習慣は復活させなかった。
 というのも、リハビリがてらに書き始めた映画レビューをきっかけに運動関係の友人たちと入れ替わるようにネット上で友人ができたのだが、主にネット上での付き合いなので本名も住所も知らない人たちばかり、また敢えて聞かなかった。なので年賀の挨拶はブログなどのネット上で済ますようになった。

 ところが年賀状を出さない期間が10年も続いたにもかかわらず、私宛の年賀状がゼロにはならなかった。幼馴染からの年賀状は相変わらずきた。添え文には必ず「元気か?」がある。
 そこで数年前から年賀状の習慣を復活させようと思い立った。気が付いたらもう人生の折り返し地点をとうに過ぎている。まだ高齢者とはいえない芸能人の孤独死のニュースも何度か話題になった。

 表向きは虚礼廃止が理由だったが、年賀状は決して虚礼でない事は認識している。普段から頻繁に付き合いのある友人知人だけでなく、やや距離がある友人や距離を置かざるを得ない友人とも誼を通じられる便利な風習なのだ。さらに私の年齢になってくると、そろそろ安否確認の意味も含まれてくる。
 なにより、こちらからは10年も音信を断っているにもかかわらず、私を変わらず友人と見てくれている幼馴染たちがいる。運動や仕事の「友人」たちの殆どは、足を洗ったり転職したら縁も自然に消滅する。対して利害関係がある訳ではないのに誼をつなげ続けようとする友人たちがいる。このまま彼ら彼女らに不義理を続ける事に「良心の呵責」というストレスが加わるようになった。

 という事で、考えを改めて年賀状を復活させた。以前は500枚以上も書いていたので自宅のプリンターでは不経済ゆえ印刷屋にまわしていたが、今はたったの7枚、親戚縁者や連れ合いの友人たちも入れて30枚程度、コストの面で自宅印刷にすべきか印刷屋に発注するか微妙(余談1)なのだが、自宅PCで作成している。

(余談1)印刷屋の受注は普通100枚から、小回りの利く事業所なら50枚から受け付けているところがある。当然、部数が少なくなればなるほど単価が高くなり、部数が多くなればなるほど単価は安くなる。
 自宅のプリンターやコピー機で印刷した年賀状単価が印刷屋にまわした単価を超える点はどこかは論議があるが、単純に原価だけなら200枚あたりだと思う。
 ただ、コストは原価だけではない。印刷屋では発注の手間と印刷屋から自宅への発送コストなどがかかる。時間を惜しみたい人にとっては印刷は便利だし印刷精度も安定している。
 一方、自宅印刷の場合は自分で何もかもやらなければならないので、労力のコストがかかる。もっとも年賀状を書くのが楽しみという人もいるので一概にコストに入れる訳にはいかない。PCがある家庭なら、50枚や100枚程度は自宅のほうが安上がりだろう。
 また、ビジネス用(顧客や仕事関係)とプライベート用(親族や友人)にデザインを変えたい人にとっては自宅のほうが融通が利く。


 
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第2067回「お正月後、太りましたか?」 晴雨堂はかなり太ってしまった。

こんにちは!FC2トラックバックテーマ担当の栗山です。今日のテーマは 「お正月後、太りましたか?」です。お正月明けて少し経ちますが、太りましたか?年末年始って太りませんか?クリスマスが終わって年越しそばを食べて、新年にはおせちを食べて、寒いからあまり動かない。私は毎年平均3キロ増えます…厄介なことにおせちが好きなのです。これからどうにかしないとみなさんは年末年始で太りましたか?太りますよね?たくさ...
FC2 トラックバックテーマ:「お正月後、太りましたか?」



【雑感】確実に太ってしまった。こないだ背広を着ていく用事があり、ウエストが激増していることを自覚せざるを得なかった。

 背広は5着あるがスリーシーズン用の背広1着しか着用できない。19歳のころに購入したウールの三つ揃いと夏用背広は既にウエストだけでなく尻まわりもきつくてズボンが入らん。25歳の時に仕立てた三つ揃いと夏用背広も同様の状態。いま着用しているのはそろそろ中年太りに差し掛かり始めた30代前半に仕立てたものなのだが、ベルト無しでズボンを履くとウエストのボタンが脱落しそうだ。

 不経済ゆえ、なんとか体重を絞らねばならぬ。羽織袴を着る分には逆にシックリくるようになったのだが、背広や略式礼服が着れなくなるのは拙い。やはり意識して背広を着る機会を設けたほうが良いかもしれない。平素は作務衣やトレーナーや2Lの作業着ばかり着ているのでウエストの状態が判りづらい。

 今回の年末年始は調子に乗って食べて飲んでの毎日だった。ドイツのH夫人は必ず一番に私に向かって「おかわりは?」と尋ねるようになってしまった。
 日本に帰ってからも、親戚演者の集まりで即席のドイツ旅行報告会をやりながらひたすら飲んで喰って。体重は80の大台に入っている可能性があるが、恐ろしくて体重計にのれない。


 
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ドイツに行ってきた!(11) おすすめのドイツ家庭料理。 晴雨堂の晴耕雨読な食生活[二〇六]

おすすめのドイツ家庭料理。

豚肉のステーキ。
豚肉のステーキ。球形のジャガイモの餅はクヌーデルと呼ぶらしい。

【雑感】ドイツ滞在中の殆どは姪っ子の彼氏の実家のH夫妻の家で厄介になった。そこでよばれた料理の中でもお気に入りを紹介する。

 やはり最もドイツらしい質実剛健的料理は冒頭写真で紹介した豚肉のステーキとジャガイモ餅だろう。
 中でも肉料理の付け合わせによく出るこの毬のようなジャガイモの餅は初めて体験する食感だ。ジャガイモとは思えないモチモチ感なのである。姪っ子たちは作り方をH夫人に教えてもらって作るのを手伝ったそうである。
 F氏は「おかわりありますので、どんどん食べてください」と仰ったので、私は遠慮なくおかわりする事にした。3皿食べて、さらにソースが勿体無いからと、拭って食べるためのパンもいただいた。
 このジャガイモの餅、家でも調理してみようと思う。おそらく連れ合いはびっくりする事だろう。

 次に紹介するのは肉の煮込み料理。

煮込み料理。

 実はこれとよく似た料理は若い頃にたむろしたドイツ料理店でも食べた事がある。「牛肉の煮込み」というタイトルだった。赤ワインを入れているせいかビーフシチューのように濃い赤茶色でスパゲッティを入れていた。店の人は「ハンガリー料理の影響を受けている」言っていたのに非常に似ている。
 H夫人が作る煮込み料理は、レストランの「牛肉の煮込み」より色はやや薄くマカロニが入っていたが、料理の種類は同じとみていいだろう。日本ではよく似たグラーシュという名のドイツ料理が有名で、この時も姪っ子たちが話題にしていたがH夫人の話ではグラーシュではなさそうだ。料理の名前をメモしたがどこにメモしたのか所在不明だ。
 この料理も私は3・4皿ほどおかわりした。最後にソースを拭うためのパンをお願いしたら、F氏は苦笑いしながら台所へ行って紙袋からパンを二つほど取り出してくれた。

 いずれも家庭料理なので家でアレンジしてつくれそうだ。ただ、質実剛健で簡単に作れそうに見えるが、けっこう一手間二手間は要りそう。我が家では炒飯や麻婆豆腐や焼魚や味噌汁が主流なので、誕生日や結婚記念日やクリスマスといった改まった日の料理になるだろう。


 
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「オデッセイ」 孤独を楽しむ時に〔59〕

オデッセイ」 
火星ファンにはたまらない作品。



オデッセイ [Blu-ray]
オデッセイ [DVD]

【原題】THE MARTIAN 
【公開年】2015年  【制作国】亜米利加  【時間】141分  
【監督】リドリー・スコット
【制作】
【原作】アンディ・ウィアー
【音楽】ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
【脚本】ドリュー・ゴダード   
【言語】イングランド語
【出演】マット・デイモン(マーク・ワトニー飛行士)  ジェシカ・チャステイン(メリッサ・ルイス准将)  クリステン・ウィグ(アニー・モントローズ)  ジェフ・ダニエルズ(テディ・サンダースNASA長官)  マイケル・ペーニャ(リック・マルティネス少佐)  ショーン・ビーン(ミッチ・ヘンダーソン)  ケイト・マーラ(ベス・ヨハンセン)  セバスチャン・スタン(クリス・ベック博士)  アクセル・ヘニー(アレックス・フォーゲル)  キウェテル・イジョフォー(ビンセント・カプーア)  ベネディクト・ウォン(ブルース・ング)  マッケンジー・デイヴィス(ミンディ・パーク)  ドナルド・グローヴァー(リック・パーネル)  ニック・モハメッド(ティム・グリムス)  陳数(ジュー・タオ)  エディ・コー(グオ・ミン)  ナオミ・スコット(リョウコ)  

【成分】かっこいい コミカル ファンタジー 勇敢 楽しい 知的 絶望的 SF 火星 サバイバル

【特徴】火星ファンにはたまらないサバイバル物。火星に独り取り残された宇宙飛行士の物語、惜しむらくは絶望感にやや欠ける。

 原題は「THE MARTIAN」、直訳すると「火星人」である。原作本は原題に沿って「火星の人」と訳されているが、映画化邦題は「オデッセイ」というイングランド語を当てている。オデッセイの意味は「冒険旅行」や「冒険的長期の放浪」などの意味合いがあるので、「火星人」などとストレートなタイトルよりは情感に迫るものと思えるが、他に日本語のタイトルは無かったのだろうか?

【効能】孤独を楽しめる。孤独の中に人と人とのつながりを見いだせる。

【副作用】悲壮感や絶望感に欠け御都合主義に見える。

下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。記事に直接アクセスした場合は、この行より下がネタばれになりますので注意してください。

とうとう50歳になってしまった。 晴雨堂の晴耕雨読な食生活[二〇五]

1月22日で50歳になってしまった。

誕生日のカレーライス。

【雑感】しばらくドイツの話題が続いたので、ここで小休止しよう。実は昨日22日で私はとうとう50歳になってしまった。江戸時代であれば老境の域になる。20代前半、学校を出て最初に就職した職場の先輩が当時51歳で初孫を授かっていた。最近まで50歳という年齢はそろそろ孫の世話をやりだす時期なのだ。
 実際、高校時代の部活動の友人たちは昔ながらの人生パターンで高校を出てから間もなく所帯をもち今は孫をもうけている。その孫たちと私の息子は同世代だ。

 さて、私の誕生祝の御馳走は冒頭写真で紹介した通りカレーライスとなってしまった。理由は至極簡単である。第一に暇なので家計が苦しい。第二にお誂え向きの口実として22日は「カレーの日」らしい。第三に、加えて金曜日、海上自衛隊ではカレーライスを食べる日、つまり海軍伝統の金曜カレーの日にも当たる。
 そんな訳でカレーライスとなった。

ペックス。

 家計が苦しいのでドイツからの帰国後ビールは飲んでいないのだが、誕生日なので冷蔵庫にストックしていたドイツ・ブレーメン産のペックスを取り出し乾杯した。
 このビール、潜水艦映画の金字塔「Uボート」にも登場する由緒あるビールだ。激戦のジブラルタル海峡を突破して、艦長は約束通り乗組員全員にビールを配給して祝う場面がある。映像にはハッキリとペックスのエンブレムである鍵のマークが確認できる。(「Uボート」 ビールのある光景〔1〕
 ペックスはドイツビール海外出荷量世界一を誇るビールで、日本でもダイエーやローソンなどで置いている場合がある比較的容易に手に入るビールなのでお試しあれ。味はドイツのビールの中では淡麗なのだが、それでも日本のビールとの違いは歴然としている。
 この小瓶、300円近くしたと思う。同じ物をドイツのスーパーなら1ユーロもしない、60セント(70円)くらいで買えるのに。溜息が出る。

 22日は他にも「ショートケーキの日」でもあるらしい。という事で祝いのケーキはショートケーキとなった。息子はさっそく双眼鏡で眺めるようなポーズをとりながら自分が食べるケーキを物色し始める。

ショートケーキ。

 私の誕生日は安上がりな記念日が重なっているようだが、他にも「飛行船の日」や「夫婦の日」「ジャズの日」などもある。また1月22日生まれの著名人では哲学者ベーコン、 D・W・グリフィス監督、小説家椋鳩十、千葉真一、高橋惠子、ダイアン・レインなどがいる。だから、どうこう何かある訳ではないが。

 20代は少年時代から抱いていた淡い夢との決別の時期だった。30代は生業よりも「副業」のほうが重く圧し掛かっていた時期だった。40代は「副業」との決別と人生の仕切り直しの時期なのだが、何だか訳が判らんまま過ぎ去ってしまった。
 50代はどうなることやら。


 
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ドイツに行ってきた!(10) ドイツのレストラン。 晴雨堂の晴耕雨読な食生活[二〇四]

マールブルグのレストラン。

マールブルグのレストランにて。
手前は焼魚、その隣はシュニッツェルとジャガイモの餅。 
ドイツに来てから肉とパンばかりだったので 
F氏は気遣って魚料理や野菜が多い料理を注文してくれた。

【雑感】ドイツに滞在中、食事の多くはH氏宅でお世話になったが、一度だけマールブルグの小奇麗なレストランに入ってテーブルに落ち着きゆったりと食事をした。
 上記写真の料理はレストランで注文したモノの一部である。これ以外に3品ほど注文して5人で小分けながら食べた。姪っ子の話によるとドイツ人は1つの料理を友人たちで分け合いながら食べる習慣は無いそうである。もっとも日本でもそんな習慣は一般的ではないが、私のような貧乏人は料理を複数注文して皆で箸を突きながら食べた方が色んな料理を安い値段で楽しめる合理的かつ経済的発想からやっているだけだ。

 このレストラン、外見も内装も御洒落なのだが、店に入ると60歳くらいの小太り男性が独りビールを飲みながら店番をしているだけで客は他に居なかった。一瞬この店は大丈夫なのかと思ったが、陽も暮れて寒くなってきたので食事する事にした。
 角の窓際のテーブルについた。粋な席でクッションなども置いていて居心地が良い。メニューを見ると当然のことながらドイツ語なので訳わからない。日本のレストランでは殆ど写真入りなので読む必要が無いがドイツのレストランは字ばっかり。F氏に注文をお任せする。
 ただ、下記写真で紹介するビール欄だけは手に取るように意味が解った。(そんなにドイツビールが好きならドイツ語勉強せいよとの御批判が飛んできそうだ)

メニューのビール欄。

 上から順番に説明すると、クロムバッヒャー・ピルスのグラスとジョッキ。リッヒャー・ピルスナーのグラスとジョッキ、パウラナー・ヘェーフェ ヴァイスビアー にエルディンガー・ヴァイスビアーだ。
 日本で流通しているドイツビールは最も海外へ出荷されているブレーメンのペックスとアサヒビールがライセンス製造しているレーベンブロイの2銘柄だが、ドイツではクロムバッヒャーがよく目立つ。日本のビールに比べて麦芽とホップの芳香が豊かだ。リッヒャーマールブルグの地ビールでマールブルグ周辺でしか流通していないようだ。パウラナーとエルディンガーはバイエルンの濁り小麦ビール。
 ドイツ語に暗いがどんなビールであるかは手に取るように判る。(姪っ子たちから「ドイツ語勉強しろよ」と言われそうだ)

リッヒャー。

 私は迷わずリッヒャーのジョッキを注文した。なにしろ他のビールは日本の百貨店や輸入ビール専門店でも売っているし、天王寺公園や梅田スカイビルで催されるビールの祭りでも飲める。しかしリッヒャーマールブルグ周辺でしか飲めない。
 そういった事を力説すると姪っ子たちもリッヒャーのグラスを注文した。味はケルシュよりは味が濃くてホップの芳香を強く感じた。姪っ子たちは泡が美しくてなかなか消えない事に驚く。

 乾杯すると、レストランの親父も私たちに微笑みながら自分のジョッキにビールを注いで乾杯の仕草をしながら飲み始めた。注文した料理は大丈夫かなと心配し始めたときに、2階から奥さんらしき人が降りてきた。レストランの親父と同世代くらいの白髪の美熟女、厨房に入るなり手際の良さを感じさせる包丁の音や炒め物をする音や肉を叩いて伸ばす音が店内に響く。
 運ばれてきた料理はどれも美味い。ドイツで食べるドイツ料理というイメージに影響されているかもしれないが、若い頃にたむろしていた大阪ミナミのドイツレストランで食べた料理よりも美味い。

リッヒャーのエンブレム。
マールブルグの街で見かけるリッヒャーのエンブレム。注・食事したレストランとは別の店。

 ドイツの伝統的内装のお洒落なレストランに美味い料理、自然とビールがすすむ。ジョッキが空になるとレストランの親父はすかさず新しいリッヒャーのジョッキを持ってくる。結局3杯飲んだ。日本のピルスナーは味に大きな差は無い。さすがにヱビスとプレミアムモルツとスーパードライの違いは判るが、スーパードライと黒ラベルとキリンラガーの違いを瞬時に判断できる人は素人にはあまりいないだろう。しかしドイツのピルスナーはそれぞれに明確な個性があるから楽しいのだ。

クロムバッヒャーの旗。
ドイツ語を解さないのにクロムバッヒャーだと判ってしまう。 
後には伝統的な筋交いの建物が見える。 
レストランや土産物店がならぶこの一帯は伝統的な 
筋交いのある建物をかためて景観を保存しているようだ。

 街ではクロムバッヒャーのトレードマークが多かった。日本でドイツビールといえばペックスかレーベンブロイなのだが、ドイツ本国ではクロムバッヒャーの勢力が強いようだ。それからバイエルンの小麦ビールも人気が高い。(余談1)

 レストランで飲んで喰って清算の段になると今更ながら驚いてしまった。べらぼうに高いのではない。安いのだ。前述した大阪ミナミのドイツレストランで同じくらい飲んで喰ってをすると1人あたり1万円近い銭を払ったものだが、ここでは3千円程度なのだ。日本では安い居酒屋チェーンで少し飲む程度の値段。
 わずか3千円で豪華な気分にさせてくれるとは!

(余談1)H氏のお隣さん夫婦はバイエルンの小麦ビールが嫌いだった。


 
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ドイツに行ってきた!(9) ドイツの年末年始はひたすら食べて飲んでだ・後編。 晴雨堂の晴耕雨読な食生活[二〇三]

正月料理は兎の丸焼きだった。

兎の丸焼き。
H氏の家庭では正月に兎の丸焼きを食べる事が多いそうだ。 
上記写真ではバラバラにしているので兎らしくないが。

【雑感】カウントダウン15分前にH氏に起こされリビングに降りた。みんなシャンパングラスをもってカウントダウンを待っていた。H夫人は私にグラスを持たせスパークリングワインを注いでくれた後、普段は消したままのテレビの電源を入れた。

 画面にはベルリンのブランデンブルグ門でのコンサート風景を映していた。これは日本の番組でジャニーズやJpopのライブをやりながら新年を待つのとよく似ている。
 いや、日本が欧米に倣って今の形式にしたのだ。幼い頃はNHKの「ゆく年くる年」をしんみり見ながら初詣に行く準備をし、新年が明けると「あけましておめでとうございます」と挨拶して初詣に出かける。家の照明は点けたままにし、懐中電灯で行く手を照らしながら神社へ向かったものだ。

 ここでは各地で一斉に花火が打ち上げられる。テレビ画面の金髪熟女の司会者がコンサート会場でカウントダウンを始めた。我々はソファーから立ち上がり乾杯の姿勢をとる。
 2016年の幕開け!「Frohes Neues Jahr !」みんな乾杯をして一気にスパークリングワインを飲み干し、かたい握手をしてまわる。
 さっきまでは散発的に花火が上がっていたが、隣近所で打ち上げ花火の斉射が始まり、近くの教会からけたたましく鐘の音が鳴り響き続ける。
 我々も外套を着て外に出る。辺りは花火の硝煙が立ち込め、思わず咳き込んだ。教会の鐘はなおも鳴り響き続け、空には絶えず打ち上げ花火が花開いている。H氏たちも用意した打ち上げ花火に次々と点火、近所の人たちが満面に笑顔で挨拶してくる。典型的な東アジア風貌の私には気を遣ってドイツ語ではなく「Happy New Year!」と握手を求めてきた。私も嬉しくなって強く握り返す。

 こういう喧騒は2時間くらい続くそうだ。私は良い風習と思う。家族で新年を楽しく祝い、さらに隣近所で喜び合う。日本人が忘れかけている人間関係ではないか。(余談1)
 ただ、私は正月の暴飲暴食に備え花火に付き合うのは小一時間に留めてベットに戻った。本当は2時間ほど騒いだ後は燃えカスなどの後片付けをしなければならなかったらしい。


 朝、起きてリビングに降りると、冒頭写真で紹介したようにH夫人は既にオーブンで焼いた兎を食べやすいようバラバラにして皿に盛りつけていた。

正月用料理兎の丸焼き。

 好きなピースを自分の皿にとり、付け合わせの豆とジャガイモを添えてソースをかける。一応ナイフとフォークがあるが、皆は手掴みで食べる。これは日本人が茹でた蟹を箸ではなく手掴みで貪るのに似ている。食卓には汚れた手を拭くための紙ナプキンをロールごと置いていた。
 兎の肉は初めて食べる。食感と味は鶏に似ているが、やや淡白な感じがするのと、やはり兎なので骨格は大柄だ。H氏一家には御馳走なのだが、ドイツ人の中には丸焼きを嫌っている人も少なくないそうだ。理由は手が汚れるから。私も蟹は好きなのだが食べるのが面倒で鬱陶しく思う、それと同じかもしれない。
 個人的な好みをいうと、丸焼きよりも胡椒と生姜と醤油を塗して唐揚げにした方がもっと美味くなるのでは、と思ったのだが、それはそれで兎本来の肉の旨みが薄められる恐れがある。やはり丸焼きが正月に相応しいか。
 美味しい部位はやはり骨の多い肋骨の部分だろう。食べにくいが骨が多いので旨みがある。食べやすいのは腿の部分だ。これは鶏と同じだ。

 姪っ子はもりもり兎の丸焼きを食べながら「ドイツの正月はひたすら飲んで食べての繰り返し」と言う。姪っ子の容姿は線の細い美少女系なのだが、ドイツでは伸び伸びしているように見える。


 ドイツの正月で忘れてはならない料理がもう一つある。特大プレッツェルだ。

正月用プリュッツェル。

 プレッツェルというと、日本ではポッキーに代表される棒状のスナック菓子やブッシュ大統領が喉を詰まらせて有名になったスナック菓子しか連想しない人が圧倒的多数だろう。若干ドイツ文化に触れた事がある人は、食感がベーグルに似たドイツのパンを思い浮かべるかもしれない。私も近年の日本各地で催されるビールの祭りオクトパーフェストの屋台で売られるビールの肴のベーグル系プレッツェルが大好きだ。
 ところがこの正月用特大プレッツェルには驚いた。正月の何日か前に馴染みのパン屋に予約を入れて焼いてもらうそうだ。縁起物の正月ケーキとしていただくので、通常のプレッツェルは塩の塊をまぶすのだが、これは砂糖を散らす。
 H氏は「これを皆さんに見て食べてほしい」とオーバーアクションの手ぶりをしながら語気強く勧めてくれた。各々、適当な大きさに切り取って食べる。プレッツェルはベーグルよりも硬くてモチモチしているのだが、これは柔らかくて日本でいうロシアパンに近い味だ。珈琲によく合う。
 7人で食べたのであっという間に無くなってしまった。れいによって私が一番多く食べてしまったかもしれない。

ノンアルコール・エルディンガー。
ノンアルコールのバイツェンビール。H氏が薬を飲むときにこれで飲む。
日本でノンアルコールというとピルスナーばかりだが、ドイツではバイツェンがある。
ノンアルとは思えない美味さ。

 昼下がり、近くの森林公園の散歩に付き合った後、夕方から少し仮眠をする。そこへH氏が起こしに来た。「地下で飲み明かそう」と。義従兄と3人、地下室に籠り真夜中まで飲んだ。姪っ子とF氏とH夫人はリビングでワインを片手にカードゲームに興ずる。
 ドイツでは家族でカードゲームやボードゲームをやるのが盛んだ。そういえば、子供のころは一家団欒の場にトランプ遊びや双六などのボードゲームをよくやったものだ。懐かしい気持ちになる。

ドイツ独特のカードゲーム。
「6 Nimmt!(ゼクスニムト)」というカードゲーム。7ならべとページワンを合わせたようなルール。

 ドイツの正月はひたすら飲んで食べてゲームして時間が過ぎていく。どこか他所の風習のようには思えない、かつての我が家も同じように正月を過ごしていた。だから懐かしい。
 いったい、いつから寂しい正月になってしまったのか? 


 
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ドイツに行ってきた!(8) ドイツの年末年始はひたすら食べて飲んでだ・前編。 晴雨堂の晴耕雨読な食生活[二〇二]

ひたすら飲んで食べての年末年始。

新年の花火。
この写真では判りづらいが、各戸で花火を打ち上げるので町全体が荘園に包まれる。

【雑感】近年、日本も欧米の影響を受けてカウントダウンをしながら新年を迎え、一斉に花火をあげて騒々しく祝うようになってきた。特に最先端を気取る若者たちは友達の家や馴染みの店に集まってカウントダウンパーティなんぞするらしいのだが、私はやはり日本の正月は静かに祝い、神社へ初詣に出かけるのが一番落ち着く。

 で、このドイツの正月も騒々しく花火を打ち上げて祝うのだが、H氏の正月はけっこう日本人にとっても親近感を抱いてしまう。ドイツはかつての日本のように大晦日や正月は店が閉まる。子供のころは正月前に菓子や果物などを買ったものだが、今はコンビニや年中無休のスーパーなどがあってすっかり正月らしさが無くなった。しかしドイツにはかつての日本の姿がある。
 大晦日の午前中はF氏らと大晦日と正月に飲むビールの買い出しに出かけた。大晦日の午後からは一斉に店が閉まる。

5リッター樽缶。
30日の買い出しに行った隣町の大型スーパーにて。各銘柄の5リッターの缶がずらり。

 ドイツのビールはどれも美味い。私はコストダウンのビールもどきである発泡酒は嫌いだ。ビールは基本麦芽100%でなくてはならないと思っている。私の眼鏡に適う日本のビールは、大手ではヱビスかプレミアムモルツ、他は小瓶一本400円以上する高価な地ビールばかり。
 ところがドイツには私を満足させるビールばかりなのだ。しかもドイツでは安い。500ミリリットル缶で700セント、レートによるが日本円で90円くらいだろう。

 さて、大晦日の料理を紹介しよう。下記に紹介する写真はドイツの家庭でもっぱら大晦日料理にする事が多いフォンデュである。

大晦日用フォンデュ。

 日本でフォンデュというとパンのかけらなどを串に刺してチーズにくぐらせて食べるチーズフォンデュと同義語のようになっているが、単にフォンデュであればチーズにくぐらすものに限ってはおらず、日本料理でいうところのしゃぶしゃぶのようなものだ。
 上記写真はH氏の大晦日に食べる定番のフォンデュ、中央のホウロウ鍋にはコンソメをベースにしたスープを煮立たせており、その周りの小鉢にはガーリック・マスタード・バーベキュー・カレーなどのソースが並べられ、さらにその周囲のガラスのボールには一口大に切った牛肉・豚肉・鶏肉が置かれ、副食にパンとサラダ。
 これを皆で囲んでワイワイ話しながら肉を串に刺してスープ鍋に突っ込み、お好みの時間で引き上げ食べるのだ。

大晦日料理フォンデュ。
義従兄はすっかりドイツビールのファンになり、特にケストリッツァーが好みだ。 
鍋の向こう側にケストリッツァーの瓶が見える。

 上記写真のように好きな肉を各々突き刺して鍋にくべる。串の柄の尻の部分は赤や橙などに色分けして、誰の串なのか判るようになっている。
 このフォンデュ専用の鍋と串のセットは百貨店や包丁屋でもよく見かけた。ドイツでは定番らしく、大阪の家庭には大概たこ焼き機を保有してるのと同じポジションだ。
 これは日本でもやりたい鍋料理だ。日本では家族団欒で年越し蕎麦を食べる習慣なのだが、近年「欧米」の影響で家族から離れて友人たちとカウントダウンパーティに興じるのが流行っているが、このフォンデュは家族団欒のための料理である。これを大晦日に食べるのは日本人の心にも通じる。

フォンデュ。

 フォンデュには専用の皿がついているのか? 各種ソースを盛りつけ、肉にすりつけて食べる。生の状態だと牛肉が一番赤くて美味そうだったが、いざ煮ると牛肉特有のくどさが目立った。豚肉が最も淡白かつ後味が良くて美味かった。皆も同じ思いだったらしく、豚肉が一番早く無くなり牛肉が最後まで残った。
 上記写真にガッフェル・ケルシュのグラスが見えるが、たぶんガッフェルだけでなくピルスナーも何種類か買ったので中身はガッフェルとは限らない。

 フォンデュを堪能した後、私は正月に飲む酒のために部屋に戻って仮眠をとることにした。けっこう胃腸は疲れているとは思うが二日酔いなどの不快感は無い。義従兄も痛風の発作を警戒していたが、むしろ体調は良くなったと驚いていた。

 2015年最後の15分になって、H氏が笑顔で起こしに来てくれた。リビングに降りると、シャンパングラスを持たされ、スパークリングワインを注がれた。いつもはテレビを消しているのだが、カウントダウンのためにH夫人がつけた。ちょうど、ベルリンのブランデンブルグ門でカウントダウンが始まろうとしていた。


 
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ドイツに行ってきた!(7) ドイツ式生活考・質素で余裕のある生活 晴雨堂の晴耕雨読な日常[二四七]

ドイツの余裕ある生活。

典型的なドイツの住宅。(参考映像)
典型的なドイツの3階建テラスハウス。多くは1階にリビングとダイニング、2階に寝室、 
3階を子供部屋にしているらしい。屋根の形状は北海道に多く見られる鋭角、
雪が屋根に積もらないようにしている。


【雑感】夫妻の自宅は日本でいうところの長屋型のテラスハウスなのだが、日本のような平屋とか2階建てのマッチ箱のような家屋ではなく、三階建て地下1階の大きな家だ。1棟3戸で分割して使っている。日本なら一軒家でも5LDK位が相場だが、H氏の場合は6LDKに地下室と地下納戸がある。

 夫妻の自宅にお世話になって驚いたのは屋内の清潔さ。欧米人は靴を脱ぐ習慣が無いのだが、H氏の家は塵一つ落ちていないので、裸足であるいても足の裏が汚れないのだ。実際に息子のF氏はシャワーを浴びた後はスリッパを履かずに裸足でいた。あくまで靴を脱ぐ習慣が無い欧米なので玄関は日本のように土足エリアと廊下エリアの段差は無いのだが、事実上日本の習慣を持ち込んでも不都合はない。

 清潔さは部屋の隅々にまで行きわたっていた。案内されたゲストルームは3階にあたる屋根裏部屋で元はF氏らの子供部屋だったらしいが大学生になってから家を出たのでゲストルームにしているようだ。天井が斜めになっているだけで広さはベッド二つ置いても余裕のゆったりスペース。
 私は意地糞が悪いので掃除の見落としがあると思われる食器棚(磁器のティーカップが陳列されていた)の屋根の部分やベッドと壁の隙間など重箱の底を突くが如く確認したのだが、埃の類は溜まっていない。まるでホテルの一室のようだった。

 リビングのテレビでH氏お薦めのDVDを鑑賞しているときもテレビやデッキなどの天板などに埃が溜まっていないか注意深く観察してみたが美しい輝き。
 特に驚いたのは台所で、中央に立つとH夫人の両手が届く範囲に物が取れるような小ぢんまりとした広さなのだが、流しに冷蔵庫に食洗器などが機能的に配置されていて、ショールームで展示されているシステムキッチンであるかのように光沢を放っている。まるで生活臭が感じられないのだが、私はH夫人がこのキッチンで朝食・昼食・夕食を作っている姿を目撃している。
 昨年は姪っ子の母親で連れ合いの従姉がこのキッチンに驚愕したそうである。従姉は親類の間でも綺麗好きで有名で清潔かつハイソな台所を誇っているのだが、彼女が驚くほどである。もしH夫人が我家の台所を見たらゴミ置き場と思うかもしれない。
 姪っ子に聞くと、ドイツでは平均的な家らしい。H氏にはコレクター癖があるので物に溢れているが、よその家は何もないシンプルな部屋という。

 日本にもいろんな家庭があるのと同じでドイツでも十人十色、話半分で聞いておくとして、仮に特別な潔癖症であったとしてもなぜここまで徹底した清掃を行えるのか、その理由がほどなく判明した。
 家族写真や絵画が飾られている部屋を眺めていると、奇妙な写真を見つけた。作業着姿のH氏がモップをもって先頭でポーズをとり同じく作業着姿の人たちを引き連れているかのような写真である。姪っ子や彼氏を介して尋ねると、ストライキ中の写真だという。モップを持つ意味も聞いたのだが、残念ながら忘れてしまった。メモにも取っていなかった。
 ドイツでは労働組合の力が強くストはどこの会社でも頻繁にある。公共機関も例外ではなく、ストで唐突に電車が遅れたり運休停止になることは珍しくない。
 H氏は話を続ける。何か不公正不公平な事があると躊躇わずにストを決行する。その結果、私のような低所得労働者が羨む生活水準と定時3時で残業無しの労働環境だ。日本ではストが傍迷惑だと忌み嫌われており、一般労組は企業の補完的組織に成り下がり、組合長は係長から課長へ昇進する待機ポストと化している。

 なるほど。後にH氏が勤めている工場にも案内されたが、自宅から職場まで車で僅か十数分だ。これなら仕事から帰ったら家事にも時間を割けられる。夫婦共稼ぎでもこれだけ時間に余裕があれば二人で家事を分担でき、この潔癖症にも見える清潔な部屋が維持できるというものだ。
 これは決して私のズボラを正当化するつもりは無いのだが、これほどの潔癖状態を保とうとすれば、通常の忙しいさで行うとプライベートな時間は家事だけで潰れてしまう。

森林公園の梟像。
郊外の森林公園にある木彫りの梟像。周辺から散歩や乗馬を楽しむ人たちがやってくる。 
近くには馬や羊の牧場がある。

 H氏は大きな猟犬を飼っており、毎日近くの森林公園へ行ってノンビリ90分程度の散歩をする。日本の都会のワーキングプアには叶わぬ生活だ。暇になればなったで家計が苦しくなる。H夫妻のように3週間程度まとまった休みをとってスペインやイタリアを観光旅行する余裕も無い。せいぜい、一泊二日の小旅行か、数日間の盆休みを利用して帰省する程度だ。

 食卓に家族が揃ってから食事を始める。日本では耳が寂しいのかテレビをつけてしまうが、ドイツではテレビはつけない。食事が終われば、一斉に後片付けをする。興味深いのは水をあまり使わないのだ。姪っ子が留学したての時、事前にドイツでは水を大切に使うと言われていたので、洗顔や食器洗いにはいつもより控えめに水を使ったようだが、それでも「水がもったいない。なんで?」と注意されたそうである。
 後片付けが終わると、家族や隣近所も人も交えてカードゲームやボードゲーム、テレビは映画を見る時ぐらいしかつけない。日本のように四六時中バラエティ番組を流しまくることはない。
 私が滞在中、テレビをつけたのはH氏が参加している合唱団のライブビデオを観たときと、正月カウントダウンの時ぐらいだった。
 ふと思った。私たちは無駄に働かされ、数少ないプライベートの時間も無駄にテレビやコンピューターゲームで浪費させられているのではないのか、と。日本も大昔はドイツのような生活だったのだ。

 視点を街に向けてみれば、ケルン市街地もフランクフルトの中心街も自動販売機の類や24時間営業のコンビニも皆無だ。スーパーは夕方になれば中心街のを除けば閉店する。(余談1)
 こうしてみると、日本の経済界はメルケル首相の脱原発政策を懐疑的に受け取っているのだが、存外達成できるのではないのかと思えてくる。日本なら自動販売機やコンビニにまわすであろう電力分がドイツでは浮いているのだ。

 ふと思った。コンビニも自販機も無い。工場は3時で定時、残業は殆ど無い。ストもよく起こる。それで充実した生活水準。世界有数の経済大国になっている。日本は青息吐息の労働者から労働力を搾り取るだけ搾り取っての「世界第三位」、果たして誇れることなのか? 

(余談1)よく日本のスーパーやコンビニのレジ係は手際が良いとの話を聞くが、少なくともドイツに限っては日本よりも手際が良すぎて支払いに戸惑う。レジカウンターはベルトコンベアになっていて、前の客が精算をしているうちに買った物を入れるトートバックを取り出し、支払う銭を財布から出して用意していないと流れを乱して店員から睨まれる。
 レジ機がバーコード読み取り式ではなくテンキーを打つ旧式でも、60くらいの酒屋の店員が恐ろしい素早さでキーを打ち込む様には驚いた。日本のレジ係のほうがノンビリしている。

 また、姪っ子は「日本と違って店員は愛想無しで偉そう」と言っていたが、私は人民中国時代の態度の悪い傲慢不遜な友諠商店の店員に圧迫接客を受けた事があるので、それに比べるとむしろ普通だった。
 日本は客にへりくだり過ぎる。どこのスーパーや商店に行ってもハロー(こんちは)で始まりチュース(バイバイ)で終わるのだから、店員と客は対等な間柄なのだ。日本ではしばしばクレーマーに土下座を強いられるコンビニ店員がニュースになるが、ドイツでは絶対にありえない。


 
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ドイツに行ってきた!(6) ドイツ式生活考・質素かつ豪華な食事 晴雨堂の晴耕雨読な食生活[二〇一]

ドイツの質素かつ豪華な食生活。

ドイツの朝の食卓。

【雑感】上記写真は一般的なドイツラインラント地方の食卓?のようである。
 テーブルの中央にパンをたくさん盛りつけたパン籠、その横のステンレス皿には生ハムやロースハムなど4種類のハムが並べられている。苺や杏子などの各種ジャムの瓶にヨーグルトやバターにレバーペーストが並ぶ。
 ボールに入っているのは姪っ子が初日にドイツで手に入る食材だけで作ってくれたチラシ寿司の残り。

 宿泊は主に姪っ子の彼氏の実家にホームステイする形で泊まり込んだ。朝食はお客様用ではなく通常のものらしい。H氏が食べ方を実演してくれた。握り拳大のパンを横に二つに割くように切ってから、切り口に好きなモノをのせたり塗ったりして食べる。H氏夫妻はバターやヨーグルトを分厚く左官みたいに塗ってからジャムをのせて食べるのが好きなようだ。姪っ子の彼氏F氏はレバーペーストを塗って食べる。(余談1)

 私は朝から甘いものは些か食傷なので、主にハムやチーズをのせて食べた。ドイツは食料品の物価が安い。上記写真と同じものを日本で揃えたらどれだけの出費になるだろうか? パンはおそらく1個150円から200円、生ハムだけでも1パック500円くらいはする。たぶん4000円から5000円かかるかもしれない。ところがここでは1000円超えないかもしれないのだ。生ハムは100円程度で売られていた。
 こんな御馳走、日本では小金持ちになっても食えない。姪っ子と彼氏を通訳にH氏に伝えると「ではお金持ちになった気分で楽しんでください」と仰ってくれた。私はズーズーしいので遠慮なくおかわりをしまくった。そのため、私には大酒飲みの大喰らいのイメージが定着してしまったようである。H夫人は必ず私におかわり入るかどうかを確認するようになった。

 ドイツの物価が安いのは食料品だけではない。ビールは日本の財務省は贅沢品と見なされているが、ここでは食料品に準ずる扱いのようだ。日本では500ミリリットル缶ビールはヱビスやプレミアムモルツで300円弱、だがドイツでは忠実に円に換算しても100円未満である
 もちろん日本でも100円台のビールはあるが、それは酒税法対策で麦芽を減らし副原料で水増しした発泡酒と呼ばれるビールもどき、ドイツで流通しているビールは全て麦芽100%、日本でいうプレミアムビールなのである。

 ケルン市内の観光をして痛感したのだが、交通費も安い。たった1ユーロ(100円程度)の長距離バスまであるのだ。私が交通費節約で帰省に夜間バスを使ったとき6000円レベルで安いと思っていたのに、1ユーロバスとは!
 もちろん、ドイツをはじめヨーロッパ先進国は国家として教育に投資しているので、学生への補助は手厚い。姪っ子や彼氏は大学生なので電車には切符なしで乗れる。博物館などの施設も無料かそれに近い。日本の学割は奨学金は苦しい家計の前に焼け石の水だ。中途半端な支援でしかない。

 もちろん高いのもあった。日本への土産にスーパーで贈答品用のボールペンを買ったのだが、日本なら200円程度の代物である。それが6ユーロ弱もしたのだ。日本円で700円くらいか。
 ビールも含めて生活必需品は安く抑え、あまり生活に関係のない物品は高くなっている。

(余談1)お気づきのように、野菜類が少ない。どうやってビタミン類を補給しているのだろうか質問してみた。姪っ子は「それはフルーツでとっている」と言う。たしかに、少し小腹がすいたら林檎や蜜柑やバナナをよく食べる。
 日本を発つ前に、一部の諸兄から「ドイツは肉とジャガイモばっかりで体調崩すぞ」「日本食が恋しくなるからカップ麺や2分でご飯を持って行け」と脅かされたが、少なくとも私はむしろ体調が良くなったし、一週間程度では全く日本食が恋しいとは思わない。
 何故だろう? たぶん、日本で同じメニューの食生活で一週間すごしたら体調を崩してしまうと思うのだ。

 ドイツ料理を食べる貴重な機会とばかりおかわりしまくったので、食事を作ってくれたH夫人は私の顔をみると「おかわりいるでしょ」と空になった皿を差し出すよう指示するようになった。


 
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ドイツに行ってきた!(5) 12月30日はケルン大聖堂。 晴雨堂の晴耕雨読な日常[二四六]

ケルン大聖堂だ!

ケルン大聖堂。
天を突き刺すようなゴシック様式の世界遺産、ケルン大聖堂

【雑感】ケルンまで来たらやはり見ておかなければならない世界遺産である。このゴシック様式の建物としては世界最大らしい、日本語の表示看板もあった。詳しい解説はウィキペディアなどのネット情報に譲るとしよう。

 上記写真の向かって左側の塔に足場が組まれている。姪っ子の彼氏F氏の話によると修復工事は常態化しているらしい。絶えずどこかで修理が行われている。よく見れば、石組のところどころのパーツがブチみたいに白い。新しい石材をはめ込んだ後なのだろう。

 ケルン大聖堂というとローマカトリック教会がミサを行うキリスト教の一大拠点であるはずなのだが、大聖堂前の広場で聞こえてくるのはトルコの民族音楽だった。広場でトルコ人風の大道芸人?ストリートミュージシャン?が演奏しているのだ。中近東の音楽が響き渡るキリスト教の保守的な様式聖堂とは、なんだか奇妙な気分である。日本に例えたら、伊勢神宮で賛美歌が響くようなものか。
 そういえば、ドイツというとゲルマン民族の国というイメージが強いが、市内はトルコ人風の人がよく目立つ。男性は判りづらいが女性はスカーフを頭に被っている。通行人やスーパーのレジ係など多い。そういえば映画「帰ってきたヒトラー」にもクリーニング店で店番しているトルコ人女性と掛け合い問答をするヒトラーの姿があった。
 F氏の話によれば、シリア難民はまだケルンには来ておらず、一連の騒動は遠い所の出来事みたいだそうだ。多くはバイエルン州の各自治体に割り振られて保護されているとのこと。

 さて、いよいよケルン大聖堂に入る。入るなり私と同世代くらいの赤い僧衣を着た髭の男性に「Sir!」と呼び止められた。やや怖い目つきで私を睨みながらゼスチャーで帽子を取るよう注意している。神聖な場所に無礼にも帽子をかぶったまま入場していたのだ。いつもはTPOは心得ているつもりなのだが、私としたことが・・。
 写真撮影は好きなだけやってもいいらしい、他の観光客はパシャパシャとフラッシュ焚きまくっていた。

ケルン大聖堂のステンドグラス。
大聖堂で最も古いステンドグラス、らしい。

 大聖堂といえば、天を突き刺すような巨大な石のゴシック建築と特大ステンドグラスである。たしか第二次世界大戦の戦火でかなりのグラスが破損したと聞いているが、これはいつごろのものだろうか? F氏は最も古いステンドグラスと言っていた。
 これ以外は、聖母子像?など宗教画のようなステンドグラスが並ぶ。

ケルン大聖堂の円柱
ステンドグラスから差し込む 
七色の光が円柱を照らす。

 ステンドグラスは単なる窓ではない。参拝者たちに畏怖と神々しさを抱かせるための演出装置だ。とりわけこれほどの歴史的建造物と天井の高さと巨大な窓から差し込む光は凄い。
 上記写真の円柱に照らされる荘厳な光の演出は巧く計算されている。不謹慎な言い草になるかもしれないが、宗教儀式や宗教施設はエンターテイメントだ。

床のモザイク。
青銅内部の床はモザイク画で敷き詰められている。

 モザイクの床といえば古代ローマを思い浮かべるが、こうした中世の大聖堂もローマの文化を受け継いでいる。前に紹介した円柱もローマにありそうな形状だ。
 このモザイクは螺鈿(らでん 貝殻の裏の虹色に光る部分)を使っているのだろうか? もっと凄いモザイクの床画があったのだが、人が多すぎて撮影を断念した。人が少なくなったところを見計らってシャッターをきろうとしたのだが、あまりのんびりし過ぎるとF氏たちに迷惑がかかる。F氏と姪っ子は私が迷子にならないよう道中ずっと気を遣ってくれているからだ。

大聖堂近くの喫茶店。

 大聖堂をあとにすると、姪っ子おすすめの喫茶店に入った。正確にはカフェレストで、本格的な料理やビールも楽しめそうなのだが、ここは皆に倣ってケーキと珈琲を注文した。
 チップ制に慣れていない私たちのためにF氏が巧く勘定してくれた。そのせいかどうかは判らないが、美人のウエイトレスがいつもニコニコして優しかった。姪っ子のいうには「いつもこんなに愛想よくないで」らしい。
 ケーキは安い。たぶん、ショートケーキ一皿は日本の2分の1以下だろう。しかも量は日本より倍の大きさ。実質3分の1から4分の1の価格なのか?
 姪っ子いわく、「ドイツ人は質より量。これくらい食べないと気が済まない」
 私にはどれも美味かったが。


【追記】ドイツ旅行の期間は報道から隔絶された状態だった。帰国してニュースを見て驚いた。なんと!大晦日のケルンで大規模な強盗婦女暴行が展開されたらしい。組織的な犯罪で、10代20代のドイツ人女性が狙われたそうだ。
 この事件はさっそく「ケルン大晦日集団性暴行事件」というタイトルでウィキペディアに記されていた。
 1つタイミングがくるっていたら、我々も巻き込まれた可能性がある。(2016.01.12)

【追記】騒動の発端は帰宅が遅れた13歳の少女が言い訳についた嘘が尾鰭ついて大騒動になったとのニュースが届いた。調査の結果、少女は暴行もレイプもされていない。
 たしかに、このケルンのニュースは現地では耳にせず日本に帰ってから知ったので変な感じがしたのだが・・。
 何を信用したらエエねん!
 ただ、ケルンの大晦日騒動自体は事実のようだ。(2016.02.02)


 
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ドイツに行ってきた!(4) マールブルグ観光・後編 晴雨堂の晴耕雨読な日常[二四五]

古都マールブルグ

博物館。
ヘッセン方伯の城。今は博物館になっている。

【雑感】マールブルグは学術と宗教の古都である。ゴシック建築のエリザベート教会にルネッサンスを連想するマールブルグ大学の旧校舎などが一所にかたまっている。

 その中でも必見はヘッセン方伯の城(余談1)である。今は博物館となっていて、古代から近現代までの宝物が展示されている。帰国後、たブログを見れば展示物を撮影して掲載している人がいるのだが、私は撮影しなかった。博物館職員に荷物と上着を置いて行けと指示された。やむを得ず受け付けカウンターに預かってもらった。なにぶん姪っ子とその彼氏におんぶにだっこの状態なので、冒険的な事は避けねばならないと遠慮した。
 しかし帰国後、私はその遠慮を猛烈に後悔し、連れ合いから「あんたらしくない」と批判された。

 歴史好きの私にとっては博物館は宝の山だ。古代から中世までのおどろおどろしたデザインの壷や浮き彫り、歴代の領主や奥方と思われる肖像画。服装も中世を思わすものからベルばら時代を連想するものまで。
 中でも私の興味を引いたのは近世から近現代のマスケット銃だ。銃身が火縄銃と同じ六角形で銃床がライフル銃と同じ形状のものをつけている。F氏が「火縄銃も展示しています」と言っていたが、これはマッチロック(火縄)ではなく、火縄を使用しないフリントロック式銃だ。
 時代とともに火縄銃ぽい形状から現代のライフルのような洗練された形へと変化し、初期のポルトアクションまでを見る事ができる。これは銃器に興味のある人なら是非立ち寄るべき博物館である。

 私が夢中になって見ていたら、展示室の入り口付近でF氏が両手を背中で組んでうろうろしていた。私の見学が終わるのを待っていてくれたのだ。姪っ子とその彼氏F氏は、私や義従兄を迷子にさせないため常に目を光らせているといった感じだ。

聖エリザベートの浮彫。

 この古城にも聖エリザベートの浮彫があった。見ての通り、貧しい子供たちにパンを分け与えている図である。いつ作られた浮彫かは判らないが、中世的稚拙な図案は独特のおどろおどろしい神秘性がある。

ヘッセン方伯の白から眺めたマールブルグ市街。
ヘッセン方伯の城から眺めたマールブルグ市街。
手前に見えるやや斜になった塔はルター教会か?

 ヘッセン方伯の城、通称マールブルグ城は小高い丘の頂上に建てられている。その丘をコーティングするようにハリーポッターの世界に出てくるような建造物や筋交いが壁面の模様になっている独特の伝統的建物が建っていて、土産物店やレストランなどを営んでいる。
 大学の旧校舎も丘陵地ふもと付近に建っているが、本校は丘から下った谷の川沿いに現代的な校舎となって移転している。

マールブルグ大学旧校舎。

 マールブルグ大学はルターらが始めた宗教改革を支持するフィリップ方伯が設立した学校で、いうまでもなくプロテスタントのための学校である。
 詳しい解説はウィキペディアなどに譲るが、このどっしりとした校舎は三銃士のような扮装の若者が闊歩しそうだ。
 ふもとを流れる川(ラーン川か?)を渡ると、新しい大学校舎がある。

マールブルグ大学生会館。

 上記写真はたぶん学生会館だろう。
 ドイツ人は几帳面で潔癖すぎるほど清掃を施した家屋に住んでいるのだが、公共施設となるとけっこう落書きが多い。大学図書館などを見学たときに入った便所は壁にチラシやポスターが貼りまくられて紙屑がとぐろを巻いているような汚さ。我が母校の某有名私立藝大の便所も不潔で落書きとポスターでドロドロの状態なのだが、マールブルグよりはまだマシだった。
 H氏の家に厄介になってあまりにも綺麗な部屋に圧倒されたのだが、マールブルグ大学の落書きやベタベタに貼られたポスターチラシに少し安心する。

 マールブルグ駅前の映画館。

 マールブルグ駅前の映画館では、日本と同じようにハリウッド系の映画が上映されていた。「帰ってきたヒトラー」をやっていないか覗いてみたがなかった。10月上映から3か月近く経っているのでないだろう。よしんばやっていても、姪っ子たちやF氏の迷惑そうな苦笑いが目に浮かんでしまう。

トルコのサンドイッチ、ドゥナ。

 帰路の電車に乗る前に腹ごしらえをする。ドイツでは至る所にトルコのファーストフード店があり、この田舎町マールブルグにも駅前にあった。
 シシカバブとキャベツなどの野菜をトルコのパンで挟んだ一種のサンドイッチで「ドゥナ」と呼ばれている。野菜の少ないドイツではふんだんに野菜が食えるファーストフードだ。
 値段はたしか3ユーロ未満だったと思う。大阪の日本橋でもトルコ料理店があり同じ物が食べられるが、値段は倍近くしたような気がする。

 ケルンやフランクフルトやマールブルグを見る限りでは、自動販売機の類は全く無く、コンビニも見当たらない。ファーストフードもマクドの類は無かった。ピザ屋とトルコのドゥナ屋は至る所にあった。

(余談1)ドイツが神聖ローマ帝国だったころ、皇帝の臣下となり領地の主権を認められた貴族の称号。簡単に言えば江戸時代の大名みたいなものに近い。ドイツ語で「Landgraf」とよびヘッセン方伯は「 Landgraf von Hessen」と称する。マールブルグ一帯を支配した。 


 
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ドイツに行ってきた!(3) マールブルグ観光・前編 晴雨堂の晴耕雨読な日常[二四四]

大学都市マールブルグ

エリザベート教会。
町の中央に位置するエリザベート教会。(余談1)

【雑感】ドイツ滞在3日目は義従兄の要望で学園都市マールブルグへ1泊2日の小旅行に出かけた。マールブルグというと、私は中世から栄えた学園都市、宗教改革者ルター縁の地といったイメージ以外はあまり詳細は知らなかった。

 出発の前日、H氏は写真の多い図説資料を数冊選んで持ってきてマールブルグの歴史について解説してくれたのだが、ドイツ語なので殆ど理解できなかった。義従兄も意味が理解できないまま愛想で相槌を打っているのがまるわかり、後ろで見守っている姪っ子たちは呆れたように笑みを浮かべたり時折眉間に皺を寄せたり。義従兄は全会話の中で3回ほど、これはどうしても意味を知りたいと思ったのか姪っ子に通訳を頼んだが、それ以外は無意味な相槌ばかりだった。
 私はハンガリー王女の聖エリザベートの故事は大雑把に知っていたので、H氏がしきりに懐に何かをしのばせるようなゼスチャーをしている意図など断片的には解った。貧民や病人のために尽くした王女なのだが、資料にある生没年を見て20代前半の若さでこの世を去っている事を初めて知った。何やら悲劇の臭いがする。

 マールブルグへ行く段取りは姪っ子たちが全て手配してくれていた。義従兄と私はただ姪っ子とその彼氏の後をついていくだけ。観光するにあたって、姪っ子は小銭入れに100ユーロほど持って他はH氏の家に置いていくよう指示した。というのも、ドイツはヨーロッパの中では治安が良いのだが、たまに置き引きやスリがいるので全財産を持っていくのは危険だという。

メガバス。
メガバス。長距離バスなのに乗り賃はたった1ユーロ。100円バスである。
オッサンのイラストの左上にお大きく1ユーロの表示。
バスで帰省するとき高知まで6500円の運賃で安いと思ってしまう私は馬鹿らしく思える。

 マールブルグへは、ケルンからフランクフルトまでバスで行き、そこから電車に乗り換えてマールブルグへ。地図で見ると縮尺の感覚がマヒしてケルンに近いと錯覚してしまうが、けっこう遠い。大阪から岡山へ行くような感覚に近い。
 利用したのはメガバス、上記写真のように黄色い服を着たオッサンがトレードマークで、姪っ子たちはオッサンバスと呼んでいた。運転手はオバサン体型の美熟女で、なにやらせわしく携帯電話で文句を言っているように見えた。話している言葉はなんとドイツ語ではなくフランス語だった。さらに車内アナウンスもフランス語。

アウトバーン。
ドイツの高速道路。さすが本場なのでベンツやフォルクスワーゲンばかりが走っていて
日本車は皆無に近かった。極たまに見かけたのは三菱。
これはダイムラー社との関係からなのか?

 車内を見渡してみると、さすが日本と違って仮眠する人はいない。本を読む人が多かった。私はもっぱら外の風景を撮る。ドイツに来れた幸運に感謝して数多く記録に残すことに集中した。
 乗客の会話を聞いていると、「チュリゴン」の単語が耳につく。たしかドイツ語講座で習ったのは「Entschuldigung (えんちゅりごん)」なのだが、「えん」が聞き取れない。「ちゅりごん」だけでも十分通じるようだ。英語の「Excuse me」に相当する言葉のようだが、道を尋ねる時や、肩がぶつかった時など、使用シチュエーションは日本語の「すんません」と全く同じである。英語のように「I'm sorry」とを使い分けなくても良さそうだ。

フランクフルトのビル。
フランクフルトにある未来的なビル。

 さすが欧州きっての大都市フランクフルト、「アルプスの少女ハイジ」では空気の悪そうな大都会として登場、清涼なアルルの森から突然フランクフルトに連れてこられたハイジの戸惑う場面が思い出される。
 現代も未来的なビルが立ち並び様々な人種や民族が闊歩している国際都市といった趣だ。街中を歩いていると、アフリカ系や中東系が目立つ。特にスカーフで頬かむりしているトルコ人女性と思われる人が多かった。

フランクフルト駅。
フランクフルト駅のアーケード。
「アルプスの少女ハイジ」で似たような風景を見たような覚えがある。

 フランクフルトから鉄道でマールブルグへ。 駅の構内にはソーセージのファーストフードが目立っていたような気がするが、やはりフランクフルトはソーセージが売りである事を意識しているのか?

マールブルグ駅。
マールブルグ駅。

 フランクフルトからマールブルグまでけっこう時間がかかったような気がする。堺から近江八幡までいったような距離感だった。マールブルグ駅は上記写真の通りドッシリとした教会のような建物ではあるが地方の駅らしくこじんまりとしていて、巨大なフランクフルト駅とは雰囲気も人の多さも違う。ロータリーも静かで大阪では浜寺公園駅、高知では土佐山田駅のように落ち着いていた。

目抜き通り。
マールブルグ駅から少し歩くとメインの商店街。

 マールブルグのメインは冒頭写真で示した丘陵地に古寺エリザベート教会、マールブルグ旧庁舎、マールブルグ大学旧校舎、マールブルク城館。それらをつなぐように古風な街並みを残した商店街が広がっている。
 英語・スペイン語・韓国語・日本語などで書かれた「あけましておめでとう」の横断幕が飾られ、街は正月ムードだ。観光地らしくドイツ各地から観光客が集まっているが、フランクフルトやケルンの喧騒に比べると冬のドイツに相応しい静けさである。
 ドイツも暖冬でケルンについた時は首に巻いたマフラーが汗取りタオル化したものだが、マールブルグでは大阪の真冬のような寒さ。しかし本来のドイツは北海道のような気候らしいのでやはり暖かい。

マールブルグ旧庁舎。
マールブルグ市役所旧庁舎。

 札幌の旧道庁のように観光施設化したマールブルグ旧市役所、やや霧が漂い街灯が幻想的に輝き古い建物を照らす。姪っ子たちは口々に「ハリー・ポッターみたい」とはしゃいでいた。
 旧庁舎の前ではホットワインの屋台が並び、観光客たちが暖をとっていた。1杯50セントだったか? ややヌル燗のワインは甘酒のように身体を温める。

(余談1)マールブルグの象徴でもあるエリザベート教会は彼女の墓所に建てられた。最古のゴシック建築ともいわれていて、形状がケルン大聖堂をコンパクトにしたような形だ。日本に帰ってから調べてみると、ケルンはエリザベート教会を手本にして建立されたようだ。
 13世紀前半、ハンガリー王の娘として生まれたエリザベートは幼女の頃に政略のためテューリンゲンの大貴族の息子と婚約、14歳で結婚、新婚生活は仲睦まじいものだったらしいが夫が十字軍の遠征先で病没、若くして未亡人になり夫の遺族との確執があったらしく居城を追われた。
 晩年は私財をなげうってマールブルグに病院を建設し貧民のために尽くしたらしいが、自らも王女には見えない貧民のような生活だったらしい。24歳の短い一生で、息子や娘ももうけていたが政治的思惑で引き離された。
 エリザベートの他界は地元民に衝撃だったらしく巡礼者が後を絶たず、彼女が他界して僅か4年後、その現象を重く見たローマ教皇は聖女に列した。半世紀後には彼女の墓所に教会が建立された。
 エリザベートはテューリンゲン・ヘッセン・未亡人・病人・パン焼き職人・織師の守護聖人とされている。

 こういった事を事前に調べて予備知識として持っておくべきだった。


 
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ドイツに行ってきた!(2) 本場のケルシュを飲んだ。 ビールは偉大な発酵食品だ[四十三]

ケルシュだけでも数が凄い!

ギルデン・ケルシュ
ケルン特有のビールをケルシュと呼ぶ。
ケルンには23か4のケルシュがあり、それぞれ味が違う。 
因みに上記写真はギルデン・ケルシュ。日本ではあまり流通していない。

【雑感】ドイツでの宿泊はケルン郊外にある一般住宅、義従姪(便宜上、姪っ子と呼ぶ)の彼氏の実家H氏の家である。H氏一家は暖かく明るく歓迎してくれた。

 連れ合いのプッシュがあったとはいえ、ずーずーしくもドイツ行きに同行した私、何しろ連れ合いの立場に照らし合わせて考えれば、私の従弟の娘の彼氏の実家の家に押しかけて飲んで食ってするようなものだからである。
 逆に、もし姪っ子がドイツの彼氏と正式に所帯を持ったら、遠縁とはいえ私はドイツ人と縁続きとなる。

 さて、姪っ子家族の目的はドイツに住む姪っ子の様子を見に行く事とお世話になったドイツの関係者にお礼回りをする事なのだが、私の第一目的はビールである。
 事前に姪っ子とその彼氏が根回ししてくれたのか、H氏は様々な銘柄のビールを用意してくれていた。ケルシュだけでも数銘柄、さらにピルスナーやバイツェンも沢山、ありがたい話である。
 土地のビールが巾を利かせて他の地方のビールは手に入らないと思っていたが、近くの酒屋でけっこう様々な種類のビールを置いている。大晦日の朝、H氏の家の近所にある酒屋へ買い出しに行ったら、ミュンヘンのバイエルン地方からケルンのラインラント地方やハンザ・ブレーメン地方に東部のザクセン、さらにチェコのビールまで置いていた。しかも見た事の無いビールが沢山あったのは嬉しい。

 とはいえ、ここはケルンなのでケルシュと呼ばれる種類のビールは是非飲みたいビールである。バイエルンの濃いビールやドイツ北部の苦いピルスナーを連想する方々には薄味に思えるかもしれない。ドイツビールの中では淡麗の部類だ。
 上記写真のように、小ぶりで長細い円筒形のグラスで飲むのが流儀だ。日本ではビールの種類に合わせてグラスやジョッキを変える事はしないが、ドイツではビールを注ぐ容器にこだわる。

エルディンガー。
バイツェン用はグラスが大きくドッシリしている。
これ以外にも真ん中あたりがくびれているグラスもある。

 姪っ子の父親、つまり義従兄がつい日本の習慣でH氏が手に持っていたバイツェン用の大きなグラスにケルシュを注ぎ足そうとしたら、H氏は顔を顰めて「ネネネネネ!」(余談1)、わざわざケルシュ用のグラスを持ってきて大袈裟な身振りで「そいつはこいつに入れろ」と示し、続けてH氏はビールの種類によって入れ方が違う事も実演して見せた。

 そういえば、ケルシュといえば日本ではドムが一番有名でよく流通しているが、H氏の家には置いていなかった。ケルン大聖堂のシルエットに大きく「DOM」と書くラベルを見た事のあるビール好きは少なくないだろう。日本ではドムがケルシュの代名詞みたいなものになっている。ただ、私はこのドムはあまり美味いと思ったことは無かった。残念ながらドムより美味い日本のビールがあると思ったくらいだ。
 H氏にドムの話題を振ってみた。H氏は「ドム」という単語を耳にすると顔をしわくちゃにして横へ「ペッ」と吐くジェスチャーをした。H氏もあまり好きではないのだ。(余談2)
 私が一番気に入ったケルシュは、ケルシュの中でも苦みが強いガッフェル・ケルシュ、どうやらH氏も同意見のようだった。さらにH氏と私の生まれた月と日が同じと知って固い握手をした。

 ところでケルシュを知らない人のために説明すると、見た目は日本でもありふれたピルスナーに見えるが、製法が違う。上面発酵用の酵母で低温発酵させる独特の作り方。しかもケルンで認定された23(24かもしれない)の醸造所が作るケルシュしか「ケルシュ」を名乗ることを許されていない。
 つまり、日本の地ビールが作るケルシュはあくまで「ケルシュタイプ」と言わなければならないのだ。

(余談1)「Uボート」で見張りに立っていた水兵があくびをした時とか、次席士官が首席士官の悪口を言った時に艦長が「ナナナ」と注意する場面がある。Nein(ナイン)の変形か省略の言葉らしい。日本語で近いニュアンスの言葉なら「こらこらこら」「だめだめだめ」に相当する。
 しかし「Uボート」の艦長の台詞では「ナナナ」に聞こえたのだが、H氏たちは「ネネネ」に聞こえた。方言だろうか?

(余談2)当然のことながら、私のドイツ語会話能力はゼロに等しい。なので、姪っ子と日本語が達者な彼氏が通訳する。後で聞いた話では、義従兄も私も話題がマニアックなので姪っ子と彼氏は非常に疲れたそうである。


 
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ドイツに行ってきた!(1) 恐怖のフライト 晴雨堂の晴耕雨読な日常[二四三]

恐怖のフライト12時間!

飛行機の窓。
KLМオランダ航空の窓から見た景色。
離陸からの時間で推定すると、ロシアの沿海州あたりか?

【雑感】私は飛行機に乗るのが大嫌いである。まず高い所が嫌いだ。加えて離陸時と着陸時の振動とフワリとした不快感、窓から見える地表と飛行機客席の角度の相違、これらはジェットコースターよりも恐怖を与える。

 考え方にもよるだろうが、墜落すると生還の望みは絶望なので一思いに黄泉の客になれるが、沈没では元水泳選手の私は多少の生還率はあるかもしれないがジワジワ魚の餌になるので苦しみが長い。究極の選択だが私はやはり船が良い。
 だがヨーロッパに行くとなると、船旅では恐ろしく時間と金銭がかかる。資産家の暇を持て余した身分でないと難しい。ヨーロッパ行きに飛行機は無くてはならない。通常のフェリーでの航行速力は24ノット(時速50キロ弱)程度、国際線旅客機であれば巡航速度時速1000キロ前後だ、僅か半日で着く。

 私はこれまで3度飛行機に乗った。最初の2回は高校生の頃だった。当時伊丹空港から出ていた国際線で中国上海までの2時間、行きと帰りに乗った。伊丹空港では離陸して急旋回をしたと思うので、窓から垂直の眼下に地面が見えているような錯覚を起こして恐怖に固まった。
 ただ、当時はお昼を挟んでのフライトだったので機内食が出た。飛行機で楽しみといえば、機内食だけである。
 ところが3回目は30を過ぎた時に急用で帰省する必要がありやむを得ず関空から飛行機を使った。高知までのフライトなのでたった半時間、これは怖いだけでなく唯一の楽しみである機内食も出なかった。飴玉1つの支給だけ、しかし飴玉を配るCAは容姿端麗、半袖から伸びる細くて白い腕を拝めると幾分凍てついた心に潤いを与えてくれた。

 さて、今回は片道12時間のフライトである。それも何かと物騒なニュースが飛び込むヨーロッパである。絶えず何万と地球の表面を飛んでいる航空機の中でテロに遭遇する確率は高額宝くじに当たる確率より低いと言い聞かせても、ただでさえ飛行機嫌いの私には恐怖の体験以外の何ものでもない。

 つまらぬ飛行機嫌いの話よりも、そもそも何故ドイツに行く事になったのかを説明しなければいけなかった。
 姪っ子(本当は従姪なのだがあまり使わない言葉なので便宜上この言葉を充てる)がドイツのケルンに留学したので彼女の姉と父親が様子を見に渡航することになった。連れ合いが太っ腹にもドイツビール好きの私も連れて行ってほしいとプッシュしてくれたのだ。
 おかげで幸運にもバイエルン公のビール純粋令が制定された1516年から500年後にあたる2016年をドイツで迎えビールを飲んで祝える幸運に与ったのである。

 KLМオランダ航空のサービス、私は満足できるものだった。エコノミークラスなので日本の夜間バスよりも窮屈なのだが、各座席には端末画面が設置されていて、映画が観放題だった。しかも驚くなかれ、日本では2016年2月公開予定の「オデッセイ」が機内サービスで上映されていたのだ。

座席のタッチパネル。
各座席に取り付けられているパネル。日本語表示に切り替えられる。
映画鑑賞やゲームもできる。マット・デイモン主演「オデッセイ」があった。しかも日本語吹替。


 全日空などのCAは今でも容姿端麗のイメージが強い。モデルのようなスラリとした体型に長くて白いうなじ、長い黒髪を結い上げて帽子をかぶり、白面の優等生のような美人顔を思い浮かべる人が多い。
 しかしこの機のCAは太い胴回りに二重顎のオバサン体型熟美女ばかりだった。が、愛想が良くて片言の日本語でサービスしてくれる。如何に関空発とはいえ、オランダ航空なのに日本語が飛び交うのは何だか可笑しな気持ちだ。

機内食。
最初の機内食。洋食か和食を選択でき、これは鳥そぼろ御飯、なかなか美味かった。

 この機は大阪からアムステルダムまでの11時間を飛ぶ。機内食は離陸2時間後と着陸2時間前に配られる。飛行機の旅の唯一の楽しみは機内食だけだ。
 オランダ航空の機内食は美味いと思う。食事にはビールやワインのサービスもついていたが、私は烏龍茶にした。私のビール好きを知る姪っ子が「飲まないんですか?」ときく。ドイツで飲みまくるために肝臓を休めておかなければならない。敢えて酒はとらなかった。姪っ子は酒飲みになったのか、赤ワインをとった。
 オランダ航空なので案の定ハイネケンだった。オランダのビールで好きなのはグロールシュなのだが、ハイネケンは薄味すぎてあまり好きではない。ドイツビールを知るまではけっこう美味いビールと思っていたのだが・・。

 ドイツに行ける事を思えば12時間のフライトは大した事ない。とはいえ、やはりエコノミークラスで12時間である。長距離バスのシートよりも窮屈な椅子に座ったままなのだ。いわゆるエコノミー症候群を予防するために水分はこまめにとらなければならないし、便所が空いている時間帯を狙ってこまめに小便を排泄してついでにストレッチなどをやって筋肉をほぐし血流を良くしておかなければならなかった。

 私の斜め前に座っていた小学校低学年くらいの男の子と4歳くらいの女の子は、最初の数時間はウキウキ・ワクワクの感情が後姿からも漂っていて、座席に設置されたパネルで子供用アニメを観たりゲームを楽しんだり、機内食を楽しそうに頬張ってCAに機内食ケースを記念に持ち帰ってもいいかなどを尋ねたりと嬉しそうだった。ところが、8時間を過ぎたあたりから男の子は疲れて元気を無くし女の子は泣き出して、後ろ隣の老夫婦に慰められていた。
 便利な飛行機といえども体力勝負なのである。因みにビジネスクラスは思いっきり足が伸ばせられるので、寝ている間にヨーロッパに着くような感じだ。

 離陸してから6時間が経過する。日本では空が暗くなっているころだが、飛行機の窓も夕方になる。その夕方が延々5時間続くのだ。地球の自転に逆らうように西へ飛行、高度は1万メートル、眼下にはシベリアの荒涼としたツンドラ、もしここで謎のミサイルに被弾して空中分解したら、無傷で空中に放り出されてもあっという間に酸欠で仮死状態になり、凍り付きながら地面に叩きつけられるだろう。そう思うと小便が近くなる。

 無事アムステルダムに着く。姪っ子は慣れた足運びで入国管理局とケルン行き発着所へ歩く。義従兄と私は姪っ子の背中にしがみつく様な感じで付き従う。
 ヨーロッパは暖冬で蒸し暑い。入国管理官の荷物チェックは厳重、マツコ・デラックスのような体格の金髪女性職員が赤ら顔に汗を流しながら入国者たちを調べる。私はなんとか通り抜けられたが、義従兄はセンサーに引っかかり列から外されて身体検査を受けた。
 旅券審査では無愛想な若い白人職員が眼光鋭くパスポートをチェックする。姪っ子が最初にパスポートを見せて義従兄と私を指さして連れである事を説明してくれたおかげでスンナリ通れた。
 サンタの帽子を頭につけてニコニコ歓迎する職員がいる一方で、自動小銃で武装した警官?が二人組みで辺りを警戒する。日本ではまだ対岸の火事であるテロを身近に感じた。若いころの私なら武装警備員の写真なども撮っただろうが、今は冒険する気が失せてしまってカメラを持つ気もなかった。ただ姪っ子からはぐれないよう気を張るのみ。

 アムステルダムからは小型機に乗り換えケルン、飛行時間は1時間程度、なんだか関空から高知へ行くような国内フライト感覚だった。もちろん機内食は出ない。スナックとミネラルウォーターのサービス。

KLMオランダ航空の機窓から観た景色。
アムステルダムからケルンまでの飛行で見た夕焼け。短距離なので高度は飛ばない。
この夕焼けを6時間も見続けた。

 この国内線のような飛行機のCAは、関空から乗った飛行機とは違って若くて背が高くてスレンダーなドイツ系ぽい女性だった。なんとなく話す英語もドイツ語なまりが強い様な感じがした。彼女たちこそ憧れの美人パツキンCAのイメージなのだが、美熟女CAの包容力のある笑顔が懐かしく思えた。

 ケルン空港に着くと荷物が運ばれるので小半時間。スーツケースを受け取るとそのまま外へ。あれ?入国審査は?と思った。ああ、欧州連合になったからオランダからドイツへ飛行しても国内線と同じなのだ。
 空港施設を出ると、ドイツに留学している姪っ子とその彼氏F氏とその御両親H夫妻が笑顔で迎えに来てくれていた。


 
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