大団円に尺を長く使ったのは監督のセンスか? 数年前ドイツへ行く用事があって関西空港へ行った時だった。まるでスーパーモデルみたいなクルーの一団とすれ違った。CAの制服を着た女性はまさに本作のCA役で出演する女優たちのような容姿端麗の女性達、パイロットの制服を着た数人の男性はまるで京劇役者のような整い過ぎたイケメン達。
出会い頭に衝突しそうになって頭を下げたら、容姿端麗一団も恐縮したような会釈をされて好感度高騰。中国の航空会社のクルーだった。本作にも空港の待合室にたむろするオバチャンたちが主人公たちCAを見てスタイルの良さに感嘆する場面がある。欧米の航空会社のCAは笑顔が素敵な小太りオバチャンが少なくないのに。
さて本作は、あの時にすれ違った中国の旅客機クルーの好印象を補強する効果がある内容だ。
私が訪中した80年代前半、空港施設はまるで日本の50年代のような雰囲気で、真夏の炎天下なのに空港の係官たちは青のズボンに赤い襟章を付けた緑の人民服をカッチリ暑苦しく着ていた。上海の街並みも戦前レトロ感に満ちていた。
あれから40年、本作の舞台は重慶や成都や拉薩だが、重慶についてはガラス張りのような摩天楼のNew Yorkみたいになっていた。日本やアメリカと同様の空港というよりは近未来的な雰囲気に観える。
冒頭は出勤支度する機長、出勤前に風呂に入るかと思いきや、よく見ると水シャワーで心身を引き締めているようだ。自宅は広くて御洒落でかなり生活水準が高い。部屋の様子から親戚や友達が大勢集まっての幼い娘の誕生パーティが控えているのか。
実際に起こった航空機事故の映画化なので、冒頭から劇的感を演出する意図が丸見えでこそばゆい。
クルーたちが空港に出勤。演出は定番、主要登場人物のキャラ紹介をさり気なく行いながら、中国の航空旅客機事情や搭乗客の人間模様を描写していく。最初は個々の登場人物は描写不足ではないかと思ったが、二回目の鑑賞で逆に適切なまとめ方かなと感じた。
日本の空港と変わりない旅客機事情だが、日本では見られない中国ならではの光景がある。重慶-拉薩間のフライトなので搭乗客にはチベット族と思われる民族衣装の人達も目立つ。(余談1)
また、機長が機内でクルーたちを前に訓示を行う場面では「共産党員は挙手して」と党員クルーを確認するのも中国的だ。
出航準備から事故が発生するまでの描写はテキパキしていて、なおかつコミカルでさえある。
CAをナンパする若い副操縦士、美人の妻がいながらナンパしまくるイケメンの第二機長はビジネスクラスの若い女優風の客にもナンパを仕掛ける。この女性の素性は最後まで明らかではなかったが、垢ぬけた容姿や美貌から人気女優のお忍び旅行かもしれない。
ビジネスクラスの成金風のオッサンに暴言を浴びせられてもニコニコしながら乗務員室に入り「無人島で取り残されたら、生き残るのは私たちだ」とブラックなジョークを言う主席CA。主席CAに扮する俳優は
袁泉氏、キャメロンディアス的可愛らしさがある。
ところが副操縦士側の窓にヒビが入る。高度9800m、珠穆朗瑪峰(エベレスト山)より高い。(余談2)
拉薩行きを直ちに諦め成都へ緊急着陸を決断した直後に窓が崩壊、副操縦士は半身を窓の外へ吸い出されコクピット内の気圧が失われる。機長は副操縦士が外へ放り出されないよう服を引っ張りながら操縦もし低い酸素濃度に耐える。コクピットの隣の乗務員室に詰めていた主席CAと先ほどまでビジネスクラスの美女をナンパしていた第二機長が異変に気付く。
コクピットのドアを叩くも応答が無い、旅客機の操縦にも乱れが出始める、ただならぬことが起きていると察した瞬間、コクピットのドアがふいに開き客室全体の気圧が下がり酸素マスクが天井から飛び出し通路に立っていたCAたちは床に叩きつけられ、乗客はパニックになる。この客室のパニックぶりは非常にリアルな描写だった。(余談3)
また旅客機を支援する管制官の冷静な仕事ぶり、担当官はイケメンや美女が目立つ。事態を見守る冷徹な空軍司令部、淡々と展開中の戦闘機を引き揚げさせ、臨機応変に空軍管轄空域の一部権限を旅客機を運営する管制官たちに一時移譲。こんな空軍を相手に戦争したら怖そう。
事故は機長の卓越した判断力と操縦技術、機長をサポートする第二機長とひどい裂傷と凍傷に悩まされながらも職務を全うしようとする若い副操縦士、そして乗務員を引き締め毅然とした態度で乗客のパニックを静める主席CA。(余談4)
そんな緊迫したところで唐突に航空機オタクの自宅が描写される。高校生くらいの女の子がモニター3つをつなげて擬似コクピットを作って飛行シミュレーション、部屋は航空機の模型を天井からぶら下げ、大きな窓際にはノートパソコンが複数台も並ぶ、如何にも富裕層の女の子。彼女は特に飛行機事故に絡む訳ではなく、野次馬的に四川航空や管制官の無線を傍受して動向を観察し、最後は家族と一緒に成都の空港へ行って生還を見届け喜び合う。
飛行機オタクの女の子の登場がイマイチよく解らない。それよりも乗客の背景や心理描写にもっと尺をと思った。(余談5)
実際の事故も無事に生還したように、本作も大団円に終わる。監督のセンスなのか大団円に長い尺を使って丁寧に描写していた。
普通のこの手の映画なら空港で生還して乗客から感謝されてラストだが、後日談が長い。各々の登場人物の幸せな姿を紹介している。
家族団欒向きの作品だ。
最後に、悪態をついていたビジネスクラスの成金オッサン、スマホで交際している彼女と話していると思いきや、ラストで母親と話していたことが判明、凄いオチだ。
(余談1)若い頃、遠藤正雄氏がチベットを取材して撮った写真集を購入したことがある。写真展にも行った。80年代末だったか。
そのときのチベットの印象は、入浴の習慣が無い(水が貴重な高原地という事情がある)し、衣服の洗濯をする習慣も無い(同じく水が貴重で洗濯に使えないし、洗濯をすると衣服が傷んで長持ちしない)のが写真集の被写体前面に現れていた。
ところが本作のチベット族たちは非常に小綺麗。飛行機に乗れて嬉しくてはしゃぐチベット族の少年の服も晴着のように美しい。
事故が発生する前の物語前半、チベット族の男性がワゴンを曳いて接客を行うCAにビールのお代わりを頼む。ビール党にとってはどんなビールなのか興味がある。
四川省のビールといえば、成都であれば金藍剣、重慶ならば重慶啤酒か山城啤酒だが、画面上では判らなかった。四川航空のHを閲覧しても載っていない、四川航空を利用した人のブログを拝見したら、なんと私の嫌いなアメ公の‥もとい・・アメリカのバドワイザーを飲んでいた。
因みに中国は今や世界有数のビール大国となっている。醸造所も800以上、マイクロブルワリーも入れたら数え切れないだろう。
(余談2)珠穆朗瑪(チョモランマ)はチベット名である。少数民族弾圧が指摘されている中国政府だが、エベレスト山は現地のチベット語の呼称を正式名に採用している。私もチョモランマと呼称している。
エベレスト山の由来となった測量技師のジョージ・エベレスト本人は世界最高峰に自分の名前が付けられる事に大反対で現地民の呼称にすべきという意見の持主だった。
(余談3)大昔の友達だった人がよく目上風吹かしてマウントを私に仕掛ける人で、自身の登山経験から「高度順化は6000mまで、8000mなんか人間は生きられない。高度順化の訓練を受けてない人がいきなり8000m以上の高度に放り出されたら一瞬で意識を失う」と得意げに言っていた。
しかし作中の機長たちは意識があった。第二機長がコクピットに入って酸素マスクを付けてもらう時は流石に目が虚ろだったが。事故の事を調べたら本当に9000m付近で発生したようだし。どういうことや? あの元友人からのガセネタか?
(余談4)これは下衆の勘繰りではあるが、最初にパニックを扇動した客は英語を話す欧米人客、ビール好きのチベット族男性が完全に冷静さを失いコクピットへ談判しようと走り出す。そんな彼をCAたちに加勢して落ち着くよう大声をあげるのは元軍人の老人。
なんか作為的な臭いを感じるのは気のせいだろうか?
生還の伏線として、機長は元空軍パイロットで航空路の地形を熟知していたというのがある。
いろいろ勘繰ってしまうが、主席CA役の
袁泉氏の台詞は、年老いた父母と幼い息子を持つ私には響いて涙が出てくる。
「我们也是儿子女儿 爸爸 妈妈‥、我们的家人也在等着我们 我们会一起回去」
中国語は大学時代に第二外国語で学んだだけで、正確な聞き取りができているか自信が無い。日本語字幕から推察してたぶん上記のように言っているだろうと思う。間違いがあれば指摘していただけるとありがたい。
日本語字幕では「私たちは誰かの息子であり娘であり、父でもあり母でもあり、家族が私たちの帰りを待っています。皆さん、一緒に帰りましょう」
袁泉氏の毅然とした顔とやや低音の声で言われるとたまらない。
(余談5)演じているのは关晓彤氏。撮影時はまだ10代だと思う。可愛いから許す。
それにしても、情報傍受し放題、言論の自由や情報公開をアピールしまくっているように見えるのは勘繰り過ぎだろうか?
あるいは「マトリックス」のような管理社会を中国は実現している余裕を表しているのか?
晴雨堂スタンダード評価
☆☆☆ 良
晴雨堂マニアック評価
☆☆☆☆ 名作
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