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ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

「12人の怒れる男」 社会問題を考えたい時に〔21〕

12人の怒れる男」 ロシア版リメイク
 
 

【原題】12
【公開年】2007年  【制作国】露西亜  【時間】160分  
【監督】ニキータ・ミハルコフ
【原作】
【音楽】エドゥアルド・アルテミエフ
【脚本】ニキータ・ミハルコフ ヴラディミル・モイセイェンコ アレクサンドル・ノヴォトツキイ=ヴラソフ
【言語】ロシア語 一部チェチェン語 
【出演】セルゲイ・マコヴェツキー(陪審員1)  ニキータ・ミハルコフ(陪審員2)  セルゲイ・ガルマッシュ(陪審員3)  ヴァレンティン・ガフト(陪審員4)  アレクセイ・ペトレンコ(陪審員5)  ユーリ・ストヤノフ(陪審員6)  セルゲイ・ガザロフ(陪審員7)  ミハイル・イェフレモフ(陪審員8)  アレクセイ・ゴルブノフ(陪審員9)  セルゲイ・アルツィバシェフ(陪審員10)  ヴィクトル・ヴェルズビツキー(陪審員11)  ロマン・マディアノフ(陪審員12)  アレクサンドル・アダバシャン(廷吏)  アプティ・マガマイェフ(ウマル)
        
【成分】知的 切ない むさ苦しい 内戦 ロシア チェチェン
  
【特徴】シドニー・ルメット監督の名作討論劇のリメイク。白いワイシャツが似合う明るく爽やかなアメリカの夏といった前作と違って、本作は薄暗く寒くてどんよりといった感じだ。出演者の平均年齢も前作より高そう。
 討論劇としては本作のほうが私語や無駄口が多くてリアル。前作ではアメリカ社会が抱えるヒスパニック系のスラム問題をほのかに匂わす程度だが、本作では露骨にチェチェンとロシアとの紛争状態が背景にあることをストレートに描写している。
  
【効能】ディスカッションの難しさを体感できる。ロシア人の「善意」がどのようなものかが判る。
 
【副作用】チェチェン側の人間にとっては不愉快な内容。全体に暗いイメージで気が滅入る。
 
下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。  
陽気なアメリカ版と陰鬱なロシア版。
 
 討論劇の金字塔シドニー・ルメット監督「十二人の怒れる男」のリメイクである。前作と区別するため邦題は「12人」と漢数字からアラビア数字になった。
 
 被告人は少年、陪審員は12人、ほぼ有罪は確定しており陪審員たちはさっさと有罪と評決して帰りたがっている。ところが教養のありそうな紳士が1人異論を唱える。紳士は粘り強く論戦を展開し、検察が提示していた証拠の説得力を無力化していく。紳士が主張する無罪説を支持する陪審員は少しずつ増えていき、最後には全会一致で無罪となる。無罪説の紳士と最後まで対立する陪審員は実子との関係がうまくいっておらず、その境遇が陪審に影響していた。
 以上、前作の骨格となっている部分はほぼ本作でも受け継いでいる。が、イメージは正反対だ。前作を雨上がりの明るい昼下がりにとる爽やかなコーヒーと新鮮なサンドイッチとすれば、本作はドロドロの濃いコーヒーに練乳たっぷりと一昼夜煮込んだ熱いボルシチに大量のジャムがついたパンを雪降る暗い晩の夜食としてとるようにものか。
 
 前作は90分程度のコンパクトな長編にまとめているに対し、本作はその倍近くの時間を使っている。前作は「ウエストサイド物語」の時代を反映してスラム街に住むヒスパニック系移民の問題を仄かに匂わす程度だったが、本作ではロシアとチェチェンの紛争を前面に立て、戦争の風景を節目節目に挿入している。(余談1)

 さらに、前作はリアルな討論ではあったが90分程度にまとめる必要からスマートで綺麗な論争だった。本作はよりリアリティを追求しているのか陪審員たちの私語が多い。「さっさとやってしまおう」と口々に言うのだが、なかなか本題に入らない。実際、私も議長役を何度かやった事があるが、クセ者ぞろいの会議はなかなかまとまらない。「さっさとやろう」と言う輩に限って無駄口が多く非協力的で、それでもって議事進行の責任を押し付けてくる。だから本作はもろに感情移入した。
 
 ヘンリー・フォンダ氏は政治家のように堂々としていて歯切れの良い弁舌だが、セルゲイ・マコヴェツキー氏は少し融通が利かなそうで、観ていてイラッとくる。実際の論戦はヘンリー・フォンダ氏のように格好良くはなかなかいかないものだから、マコヴェツキー氏の演技は親近感がある。
 前作は良い意味でカッコいいアメリカ人男性ばかりだったが、本作では頭髪の薄い中年初老男性ばかりで、平均年齢が高そう。さらにミハルコフ監督自身が陪審の議長役で出演し、脇役と思いきや渋くて重要で美味しいキャラを担当している。
 
 ロシア人監督であるミハルコフ氏自身が、事件の裏側を察知して被告のチェチェン人少年に慈悲を与え守ろうとしているのだ。そういえば、被害者は少年の養父でロシア軍将校。チェチェン共和国はロシア連邦を構成する自治共和国で、ロシアはチェチェンの保護者みたいなもの。冒頭で少年は母親に「ロシア語で話せよ」と叫んでいた。ロシア人から慈悲を受けるなんておぞましいと思う独立派のチェチェン人が見たら、たぶん監督たちに怒りをおぼえるのではないか。
 
 前作は素直に裁判員制度の手本になる映画だが、本作は裁判員云々よりもロシア人の「良心」を覗くロシア臭い政治的映画になっている。

(余談1)どこの国でも程度の差はあれ少数民族虐めがあるが、チェチェンもロシア帝国時代の昔から支配民族ロシア人との軋轢があった。
 ソ連が崩壊してロシア連邦の「領土」となった時、ロシア人への反発が激化する。社会主義共和国が集まってできたソ連邦の中の自治共和国という建て前なら我慢できたが、憎きロシアの領土は嫌だということで、90年代に入って独立を宣言し、ロシア軍と二度にわたる戦争を行い国土は荒廃した。
 現在、強大なロシア軍を背景にロシア連邦帰属派の政権がチェチェンを代表し、独立派は地下にもぐってテロ活動を続けている。したがって、ロシア人とチェチェン人の関係は最悪である。
  
 作中のチェチェン人少年の回想なのか美人の母親がしばしば登場する。母親の見せ方がタルコフスキー監督の「僕の村は戦場だった」に少し似ている。
 ミハルコフ監督は黒澤明監督やタルコフスキー監督の影響を受けているように見える。
 

 
晴雨堂スタンダード評価
☆☆☆☆ 優
  
晴雨堂マニアック評価
☆☆☆ 佳作



 
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コメント

ロシア文学館シリーズ

去年から当地の映画館で、ロシア文学館シリーズと銘打って、次々とロシア映画ばかり、毎月見てるもんで、ロシアづいてます。
いろいろわかってきた。
どれもソ連時代に作成されたもので、まったく採算度外視。
とにかく徹底的に、とことん追究して、映画を作ってきたんだなあと言うことです。
で、その頃から、そういった映画にも出演したり、兄がそういう映画の監督をしてたりと、ソ連映画の黄金期をよーく知ってる人なんだ・・・と言うことですわ。
大仰で、粘っこく、しつこく作るのは、その辺りの名残でしょうか。
チェチェンも、ロシアではどう取られているんでしょうね。
いろいろと勉強したくなる映画でした。

Re: ロシア文学館シリーズ

sakurai氏へ

> 去年から当地の映画館で、ロシア文学館シリーズと銘打って、次々とロシア映画ばかり、毎月見てるもんで、ロシアづいてます。
 
 それは趣味の良い映画館で。羨ましいですね。

> いろいろわかってきた。
> どれもソ連時代に作成されたもので、まったく採算度外視。
> とにかく徹底的に、とことん追究して、映画を作ってきたんだなあと言うことです。
 
 NHK的でしょう。さらに体制がビビッとこないよう解りにくくしないといけないので、制作陣は細心の注意と労力を払っています。ハリウッド的娯楽もヨーロッパ的藝術も身の危険がありますから。
 タルコフスキー監督はインタビューで「大衆には解らない様に作った」と堂々と答える始末です。

> 大仰で、粘っこく、しつこく作るのは、その辺りの名残でしょうか。
 
 ソ連の娯楽戦争映画も好きでよく見ていますが、独特のテンポと雰囲気があります。

> チェチェンも、ロシアではどう取られているんでしょうね。
> いろいろと勉強したくなる映画でした。
 
 アメリカにとってのニカラグアやキューバみたいな存在に近いのでは。

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