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ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

男優評 トム・クルーズ 「ワルキューレ」(2008)

ワルキューレ
ラスト、もうひと工夫あれば・・。


 アイドルスター俳優と思われがちの俳優だが、トム・クルーズ氏はけっこう様々な役に挑戦している。88年の「カクテル」くらいまでは青春スターといった感じだったが、89年「7月4日に生まれて」では頭髪が薄くなりかけた老け役に挑戦し、その後は痩せこけたバンパイア・鎧兜のサムライ・無表情の殺し屋など、普段は髭の無いナイスガイを演じつつ、時折これら個性的キャラをこなしてきた。

 そして今回はドイツ人である。ヴュルテンベルク王国(余談1)から続く伯爵家の当主にしてドイツ国防軍の大佐、ヒトラーに反旗を翻すグループの実戦リーダー、保守的なカトリックで騎士道精神の持ち主、ドイツでは特別な人物であり遺族も健在であるから、カルト信者のアメリカ人が扮する事に強いアレルギー反応を示す。公開に漕ぎ着くまでには何度もトラブルに見舞われたいわくつき映画である。
 例えて言うなら、中国人俳優が有名日本軍将校を演じるようなものだろう。やはり所作が中国人なのである。要所要所の特徴はよく捉えているが、前髪が長い陸軍兵士がいたり、剣舞が中国拳法みたいだったり。
 
 だからトム・クルーズ氏もヤンキー臭さが出てしまうとアウトである。軍服を着る役は既に何度もこなしているが、今回の役柄は単なる将校ではなく故郷へ帰れば伯爵様だ。アメリカ青春スターのような軽くてヤンチャな雰囲気は殺さなければならない。加えて史実の大佐は30代後半の若さだから若々しくなければならない。
 トム・クルーズ氏も安っぽく見られないよう貫禄ある動きに徹すよう注意していたみたいだ。物語の大半は威厳のある姿勢で慌てず堂々と歩く場面ばかり続く。作品レビューでも述べたが、歩き方の練習をけっこうしたように見える。

 史実を御存知の方なら説明の必要はないが、ヒトラーは数々の幸運(余談2)が重なって難を逃れた。観客の多くも結末を知っているので、作品の成功は演技力にかかっているといっても良い。
 今回は大袈裟な演技やアクションで誤魔化せない。佳境では殆どを司令官席に座って指示を飛ばしたり、忙しそうに電話をかけたりする場面ばかりを演じる事になる。皆を動揺させないため常に堂々と振舞わなければならないので、今まで演じてきたヒーローのように泣いたりわめいたり焦ったりはできない。名誉あるドイツ将校なので、襟を開けたり上着を脱いでシャツ姿で腕まくり、といった表現もできない。さらに黒い眼帯で片目を隠しているので、表情の半分くらいが消える。せいぜい顔を汗でテカらせる事しか小細工ができない。魅せ辛い役柄だったろう。

 ただ、ラストの処刑の場面では、もう少し弱った大佐を演じても良かったのではないかと思った。実際の大佐は左腕に銃弾を受けて出血、手当てされなかったので血は流れ放題。そのため意識が朦朧としていたらしい。作中でも袖から血が流れているのを構わず直立不動の姿勢でいる大佐を演じているが、朦朧とした感じには見えなかった。
 腕から流れる血をもう少し強く強調し、血色の悪いメイクをほどこして処刑寸前に「聖なるドイツ万歳!」と叫ぶ方がよりインパクトがあったような気がする。

 最後に、トム・クルーズ氏の顔立ちは張りがあり実年齢よりは若く見えるし、角度によっては意外にも実際のシュタウフェンベルク大佐の面影がある。それだけに英語台詞は残念。
 真田広之氏はシェークスピア劇で17世紀の英語台詞をマスターし、「プロミス」では中国語台詞で通した。世界中から俳優たちは英語をマスターしてハリウッドで仕事をする。ならば、トム・クルーズ氏もドイツ語をマスターしてほしかった。

(余談1)ドイツ帝国を構成する王国。ドイツ南部バイエルン王国の隣にあった。1918年のドイツ革命で王政は廃止、ワイマール共和国の一州になる。現在もドイツ連邦共和国を構成する一つの州だ。
 この地方はどちらかといえばワインの生産地で有名。ローマ帝国の対ゲルマン最前線に位置しており、ローマ人が葡萄栽培と醸造技術を持ち込んだ。

(余談2)様々な幸運が重なってヒトラーは殆ど無傷で助かった。
 原因は、夏の暑い日だったので窓を開けていた。7月下旬にもなればドイツでも暑い。このため爆風が外へ逃げて威力が激減した。
 ムッソリーニとの会談などが予定に入ったので会議の時間が早まり、2つ用意した爆弾のうち1つしか起爆装置をオンできなかった。
 さらに大佐が目的の場所に鞄を置いたが、大佐が退避してから別の幕僚が鞄を移動させた。それがたまたまテーブルの太い脚の陰だったため、爆風がヒトラーを反れた。

 これらは戦史に詳しい方々にとっては超有名なエピソードで、映画でもほぼ忠実に再現されていた。
 

 
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