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ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

「カティンの森」 自分に喝を入れたい時に〔31〕 

カティンの森」 
ワイダ監督、渾身の作品

 

  
【原題】KATYN
【公開年】2007年  【制作国】波蘭  【時間】122分  
【監督】アンジェイ・ワイダ
【原作】アンジェイ・ムラルチク
【音楽】クシシュトフ・ペンデレツキ
【脚本】 アンジェイ・ワイダ ヴワディスワフ・パシコフスキ プシェムィスワフ・ノヴァコフスキ
【言語】ポーランド語 一部ドイツ語 ロシア語
【出演】マヤ・オスタシェフスカ(アンジェイの妻 アンナ)  アルトゥル・ジミイェフスキ(アンジェイ大尉)  マヤ・コモロフスカ(アンジェイの母)  ヴワディスワフ・コヴァルスキ(アンジェイの父 ヤン教授)  アンジェイ・ヒラ(イェジ中尉 後に少佐)  ダヌタ・ステンカ(大将夫人ルジャ)  ヤン・エングレルト(大将)  アグニェシュカ・グリンスカ(ピョトル中尉の妹 イレナ)  マグダレナ・チェレツカ(ピョトル中尉の妹 アグニェシュカ)  パヴェウ・マワシンスキ(ピョトル中尉)  アグニェシュカ・カヴョルスカ(エヴァ)  アントニ・パヴリツキ(タデウシュ(トゥル))  クリスティナ・ザフファトヴィチ(グレタ)
         
【成分】悲しい 不気味 絶望的 切ない 第二次大戦 ポーランド スモレンスク カティン 1939年~1945年
    
【特徴】カティンの森虐殺事件の実写映画化。アンジェイ・ワイダ監督にとって、絶対に制作しなければならない作品である。
 ドキュメントに近い淡々とした描写が続く。虐殺の再現描写は正味のラストで行い、大半は遺族たちの戦中戦後の苦難を綴っている。
 物語の佳境で、どう考えてもワイダ監督の分身としか見えない若者が登場する。
  
【効能】ワイダ監督の執念を体感できる。生き延びようともがく人々の姿に涙する。ドイツとロシアの大国に挟まれたポーランドの悲劇が学べる。
 
【副作用】何の希望的展開が無いので暗く陰鬱な気分になる。興味の無い人間は退屈する。
 
下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。記事に直接アクセスした場合は、この行より下がネタばれになりますので注意してください。
アンジェイ・ワイダ監督、命の映画。

 ワイダ監督といえば、終戦直後の混乱したポーランド情勢に翻弄される青年を描いた「灰とダイヤモンド」と、大戦末期に起こったワルシャワ蜂起でドイツ軍の猛攻を避け地下水道に逃げ込んだポーランド市民軍の末路を描く「地下水道」だろう。
 これら作品と監督の生い立ちを鑑みれば、本作は絶対に描きたい、生きているうちに必ず描かなければならないテーマである。(余談1)
 
 以前レビューした「風と共に去りぬ」で触れたが、現代人にとって南北戦争はもはや時代劇だが、制作当時はまだ「祖父母が若かった頃の現代劇」だった。だからロケセットから小道具、俳優の衣装や所作も当時の臭いを伝えている。
 しかし今や第二次大戦も時代劇になりつつある。そのせいか史実を基にしているはずなのに首を傾げるファンタジックな作品が多くなりつつある。「パールハーバー」然り「真夏のオリオン」然り。歴史の風化だ。
 
 ワイダ監督は第二次大戦を体験した人だ。中高生くらいの思春期の目で戦争を見続け対独レジスタンスにも参加していた。作中で泣いたり叫んだり怒ったり不安がる登場人物たちは、ワイダ監督自身が目にした人々の表情だろう。もしかしたら、主人公は監督の父母の姿かもしれない。歴史の風化に待ったをかける「カティンの森」。
 
 物語の冒頭、いきなり難民の行列が映し出される。西から東から難民がやってきて鉄橋で鉢合わせする。西から独軍が、東からソ連軍が攻めてきたのだ。ヒロインは幼女を連れた若い主婦、まだ馬車が主流だったポーランドで自転車で行く母娘、身なりから比較的裕福な家庭らしい。そこへ東から西へ避難する高級車が現れる。中から貴婦人がヒロインに声をかける。「東は危ない。一緒に逃げよう」
 ハリウッド映画なら多くの映画ファンは俳優の顔を見分けられるだろうが、本作は日本人の知らない俳優が大勢登場する。同じような顔ばかりに見えるかもしれない。車の貴婦人たちも主人公格なので注意したほうがいいだろう。ヒロインの夫アンジェイ大尉の上司陸軍大将の夫人である。
 
 第二次大戦の虐殺事件が主題でありながら、物語のラスト近くまではハリウッドが好む戦闘場面も殺戮場面もない。主人公のアンジェイ大尉をはじめ実直な人々が忍び寄る死の気配を感じながらも、克明に現状を把握しようと努めポーランド人であり続けようと生きる姿を静かに描写している。自分でも気がつかないうちに涙が滲んでくる。
 
 このまま、虐殺の描写は割愛したまま遺族の戦中戦後の生き様を描写するのかと思ったら、ラストで登場する。2人係りで捕虜を両脇で押さえ、銃殺専門の係りが無表情で拳銃弾を一発後頭部に打ち込むだけ。ちょうど肉牛を順番に屠殺するような要領だ。
 おそらく、死臭と血の臭いで何が行われるのか悟るのだろう。引きつった捕虜の顔、引き立てられた定位置には血糊や遺体が転がっている。数分後の自分の姿に恐怖する目、反射的に口から出る神への祈り。
 
 気になった場面がある。ラストへ流れる後半、ヒロインの若い甥が登場するのだが、どういう意図があったのだろうか。背格好が若い頃のワイダ監督に少し似ている。終戦直後、画材入れを小脇に抱えてクラフク美術大学受験を目指す。赤軍のポスターを破いているところを兵士に見つかり追われるが、清純そうなオカッパ頭の女学生に助けられ、まるでワイダ監督の初期作品にある青春ドラマのような場面になり、映画を一緒に観る約束をして別れる。(余談2)
 てっきりワイダ監督自身の分身が登場したのかと思った。ところが、再び兵士に見つかり逃走中に軍のジープに轢かれて即死してしまう。何か恐ろしい意図を感じる。
 
(余談1)アンジェイ・ワイダ監督の父はポーランド軍大尉であることが知られている。カティンの森虐殺事件の被害者だ。
 
 カティンの森虐殺は長らく犯人はナチスドイツ説とソ連軍説で論争が続いた。左翼系の論調が強かった時代ではドイツ説が殆ど定説のように語られていたが、ソ連末期のゴルバチョフ政権で公式にソ連軍犯行を認めた。ポーランド政府もソ連の傘下から離れてから、カティンの森事件がタブーでなくなり、真相究明が進められた。しかし、補償交渉等でソ連政府を引き継いだロシアとの間で対立が続いている。
 
(余談2)ワイダ監督はクラフク美術大学へ進学するも、映画へ転身しウッチ映画大学へ。だから、若い甥はワイダ監督自身がモデルと思った。あるいは、やはり監督自身の分身で、映画の中にあったエピソードは実際に監督が体験したものなのかもしれない。そして映画のような結末になる可能性が自分にあった事を示しているのか?
 
 2010年4月10日に墜落した大統領機にワイダ監督は搭乗していなかった。4月7日にロシアのプーチン首相とポーランドのトゥスク首相出席の式典には参加。紙一重で命拾いだったかもしれない。青年時代に体験した紙一重の命拾いを、老年になってまたしても経験した。
 

  
晴雨堂スタンダード評価
☆☆☆☆ 優
 
晴雨堂マニアック評価
☆☆☆☆☆ 金字塔

 
【受賞】ヨーロッパ映画賞(2008)


 
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[ 2010/05/04 22:53 ] [ 編集 ]
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[ 2010/08/12 00:04 ] [ 編集 ]
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