「十三人の刺客」
「笑いの大学」から攻守入れ替わって。 稲垣吾郎氏と映画で共演するのは「
笑いの大学」以来だったと思う。舞台は太平洋戦争開戦前夜の日本、
役所広司氏は七三の刈上げ頭に濃紺の三つ揃いダークスーツ姿の隙の無い検閲官。
稲垣吾郎氏は少しチャラぽい背広、当時にしては長めの髪の気の弱そうな優男風、劇団「
笑いの大学」座付脚本家で、上映の許可をもらおうと書上げだ脚本を抱えて検閲官の元へ足しげく通う。
もともと許可を出す気は無い検閲官は、期待を持たせるような含みを入れて無理難題を突きつけ、脚本家はそれを次々とクリアしなおかつ笑いをとる。やがて検察官も打ち解けていき、脚本家の笑いの世界にのめり込んでいく。
あれから6年か、今度は
稲垣吾郎氏が大権力者となり、
役所広司氏がその権力者を倒すべく12人の刺客を率いる指揮官、挑戦者の役を担当する。(余談1)
ハッキリいって、
稲垣吾郎氏ほどのインパクトは無かった。悪い意味ではなく、期待通りの演技だったので、かえって印象が薄いものになった。それに脚本や演出も
稲垣吾郎氏演ずる悪役に力を入れて、役所氏たち善玉の描写を必要最小限に削っているので、これは止むを得ない。
「
笑いの大学」と併せて役所氏と稲垣氏の俳優としての鍔迫り合いを鑑賞すれば、演技の面白さが伝わってくるかもしれん。
(余談1)役所氏が演じた御目付七百五十石島田新左衛門、突っ込みどころをいえば、目付とは老中の次席にあたる若年寄の配下の旗本で、旗本御家人を監察するのが仕事である。したがって大名の問題に関わるのは管轄外であるし、老中から若年寄を頭越しに直接呼び出されるのも指揮系統から外れてイマイチありえない事なのである。
通常、目付には役料(役職に対する報酬)1千石が与えられる。たぶん、七百五十石は役料を省いた知行だろう。
目付は中間管理職ではあるが、幕閣に対して発言権が大きく、老中が政策を決める際に目付の同意が無ければ始められない権限を持っている。
このくらいの侍になると、給料として米を支給(侍は給料としてもらった米を換金して生計を立てていた)されるのではなく、知行地を与えられている。ただ、三千石以上の大身旗本(大岡越前ら)は領地に陣屋を構え家臣を派遣して行政権を行使するという大名のような権力を振るったが、島田クラスは知行地に行くことはあまり無く、代わりに幕府の代官が管理した。
けっして低い身分ではなく、世間的には「殿様」と呼ばれる。作中でも島田の甥の愛人(吹石一恵氏)が役所氏のことを「島田の殿様」という場面がある。
冒頭にあるような、呑気に釣りを楽しむ飄々とした生活ぶりはちょっと考えにくく、かなり多忙を極める重要な役職、目付から奉行へ昇進していく者も少なくない。剣術に生きるというよりは、キャリアの高級公務員というイメージが近い。
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