ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

不朽の名作の条件・・監督と主演の緊張感ある同志的関係だと思う。 近頃の現象[一〇五三] 

ビートたけし
役者業に持論「演出に口出す奴が大嫌い」


 お笑いタレントのビートたけしが、フジテレビ新バラエティー『オモクリ監督 ~O-Creator’s TV show~』(10月26日スタート、毎週日曜 後9:00~9:54)で、誰のVTRが一番おもしろいかを競う「オモブイ」の審査委員長として出演することが1日、わかった。(オリコン)

【雑感】ビートたけし氏は番組取材の記者に対し次のように語ったという。

たまに『監督、ここはこう撮るべきじゃないですか』って言ってくる奴がいるんだけれど、そいつ大嫌いで2度と使わない

だから、自分が役者をやるときは監督に言われた通りにしかやらない。監督に気に入られるように演技をするのが役者であって、監督の演出方法に言うのは絶対に許さない

 映画は組織的に作品を作る。監督はその現場制作者の指揮者だ。普通はキャスティングの権限も監督にあるので、監督が思い描いた絵に相応しい俳優を選ぶ。俳優は制作意図を理解し監督の指示に従って持てる技術を駆使する。俳優を駒と言い切ってしまうと語弊があるかもしれないが、たとえ主演といえども俳優に制作の指揮権や決定権は無い。
 もし主演俳優が自分のやりたいように映画を撮りたければ、チャップリンのように監督・制作・脚本・音楽・主演を兼務すればいいし、それくらいの胆力は必須だろう。

 だからオリコンの見出しには「持論」としているが、私は正論だと思っている。ビートたけし氏は当たり前のことを言っているに過ぎない。
 当ブログでも映画データ紹介でスタッフ・キャストの筆頭に監督をあげている。監督よりも地位が高いプロデューサーは監督の次席に表示している。索引では邦題と監督名と制作年の表示にしている。


 映画を「総合藝術」と呼ぶ人が多いが、私はそれは正確ではないと思っている。個人で撮る映画もあるが、一般に劇場で公開される映画の殆どは個人で制作はできない。様々な業種の人々が関わっている。だから私は「藝術のゼネコン」と呼んでいる。

 作品制作にはどれも銭はかかるが、音楽や絵画や彫刻といったものは〇円でも可能だ。音楽では楽器などに金がかかるといわれているが、その気になれば空缶や棒切れでも楽器にできる。絵画や彫刻も画材に銭がかかるというが、その気になれば砂場でも絵は描けるし廃材から彫刻もできる。たとえ文明社会が崩壊しても、これらの藝術は残る。旧石器時代のラスコーやアルタミラ洞窟の「藝術」に戻るだけだ。
 映画だけは、文明が崩壊すると制作できない。映画だけはどんなに低予算で頑張っても資本がいる。私が「総合藝術」ではなく「藝術のゼネコン」と呼ぶのはこのためだ。

 映画は、出版や美術や音楽や演劇などの様々な業界からの人材を統合して組織で行う。それを経営面で統括するのは「制作者」「プロデューサー」と呼ばれる人物で、制作の全権を握っているのが監督である。

 ただ、ここからが私の持論なのだが、そうやってセオリー通りに制作された映画はそこそこの名作にはなっても、不朽の名作となるとハードルが高いような気がするのだ。
 過去の不朽の名作を並べてみると、ある法則に気が付く。黒澤明監督全盛期には必ず主演俳優に三船敏郎がいた。サム・ライミ監督のホラー映画には監督の学友ブルース・キャンベルが主演にいた。
 邦画界に旋風を巻き起こした「パッチギ!」では強面で有名な井筒和幸監督なのだが、その監督に怯まず「日本映画を変えたい」と言い切った曲者沢尻エリカ氏がヒロインを務めた。

 良くも悪くも不朽になる条件には、監督と主演の緊張感ある同志的関係が不可欠なのではないか? ただ、監督の言いなりになって仕事をする俳優ではなく、監督と俳優との立場の違いをわきまえつつも監督と志を一つにして映画に打ち込む俳優であったほうがより良いに決まっている。


 
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[ 2014/10/02 16:34 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(4)
映画監督というのはおおむねふたつのタイプに分類されるのではないでしょうか?

プロデューサーや俳優やお客様の要望に応えて、
映画製作という現場を取り仕切る職人的タイプ。
いわゆるハリウッド的な監督ですね。
現在のハリウッドの監督にはほぼファイナルカット権もないでしょうし。

もうひとつは、やはりビートたけしのような芸術家、
もしくはすべてを自分の思うとおりにコントロールしたい王様タイプ。
たけしのほかにも、キューブリック、コッポラ、黒澤明、
キャメロン、フェリーニなんかがこのタイプでしょうね。
でもこのタイプの問題点は、やっぱりどこかで停滞してしまって、
だんだん映画が撮れなくなってしまうことだと思います。

そういう部分を補てんしてくれるのがいい役者であったり、
いいブレーンの存在なんでしょうね。
黒澤にとっての三船、フェリーニにとってのマストロヤンニ。
そういう存在がいないこのタイプの監督は、
どんどん完璧主義という自分の殻に閉じこもって、
映画が撮れなくなっていってしまうんですよねぇ。

たけしやチャップリンやイーストウッドやウディ・アレンみたいに、
自作自演できるタイプはこういう穴にあまりハマりませんよね。
もうちょっと広い視野で物事を見れているからでしょうか?

このふたつのタイプのいいとこ取りをした監督は少ないですけど、
しいて挙げるならスピルバーグとリドリー・スコットでしょうか?
特にリドリー・スコットはプロデューサーや俳優やお客様の要望にきっちり応え、
大ヒットはしないけどそれなりに赤字を生む作品を撮りながら、
それでもリドリー・スコットにしか撮りえない映画を撮り続けている、
稀有な存在だとボクは思っています。
ドラマの監督ではなく、あくまでビジュアルの監督だからでしょうか?

ずいぶんと長文になってしまって申し訳ありません。
若輩者のたわごとだと思ってお許しください(笑)
[ 2014/10/02 21:48 ] [ 編集 ]
スパイクロッド氏へ

> 若輩者のたわごとだと思ってお許しください(笑)

 いやいや、とんでもない。私も概ね同じ見方です。話が合います。


> プロデューサーや俳優やお客様の要望に応えて、
> 映画製作という現場を取り仕切る職人的タイプ。
> いわゆるハリウッド的な監督ですね。
> 現在のハリウッドの監督にはほぼファイナルカット権もないでしょうし。

 ハリウッド映画は早くから「産業」ですから。
 ダムやトンネルなどの大掛かりな公共事業はゼネコン数社で共同企業体を結成して工事を始めます。プロデューサーは担当省庁から派遣された管理官、その下に企業体を統括する現場監督や設計を担当した監督が仕切ります。ハリウッドの監督はちょうどそんな監督とポジションが似ています。


> もうひとつは、やはりビートたけしのような芸術家、
> もしくはすべてを自分の思うとおりにコントロールしたい王様タイプ。

 たぶん映画監督全員がこのタイプでスタートしたと思うのですが、様々な壁にぶち当たって「職人」になっていくのだと思いますね。
 黒澤明ほどになると黒澤ブランドの市場が形成されるので、大衆から乖離した作品になっても興行的に成り立つ。だから作品に活きが無くなります。


> たけしやチャップリンやイーストウッドやウディ・アレンみたいに、
> 自作自演できるタイプはこういう穴にあまりハマりませんよね。
> もうちょっと広い視野で物事を見れているからでしょうか?

 たぶん、役者あがりの監督だからでしょう。役者でもチャールトン・ヘストンのように若くして大御所俳優になってしまうのではなく、芸人やB級マイナー俳優から身を立ててきましたから、頭脳の引き出しをいかに多く作れるかは死活問題です。


> ドラマの監督ではなく、あくまでビジュアルの監督だからでしょうか?

 たしかにリドリー・スコットはグラフィックデザイナー出身ですが・・。ただ、黒澤も画家を目指していましたし、キューブリックはカメラマン、けっこうビジュアル系は多いですよ。
 テレビCMで場数を踏んでいるといっても、ザック・スナイダーもCM畑ですし。

 なんでしょうね。リドリー・スコット本人の個性としか言いようがありませんね。
[ 2014/10/03 09:40 ] [ 編集 ]
どんな職業であれ指揮官は孤高です。

楽天の三木谷氏はワンマンと言われるが非常に優秀な経営者である事は誰もが分かっています。

映画監督は企業の経営者以上に個性が求められその個性こそが映画の持ち味となります。黒沢明には黒沢明の、ジョン・フォードにはジョン・フォードの”味”があります。

映画監督は独裁者で構わないです。
[ 2014/10/05 08:20 ] [ 編集 ]
うろぱす氏へ

> 楽天の三木谷氏はワンマンと言われるが非常に優秀な経営者である事は誰もが分かっています。

 優秀な経営者であるのは判っていますが、無駄を楽しむ志に欠けていて人間的な魅力は感じません。製造業では作業工程の無駄を排除するのは死活問題ですが、客商売は「娯楽」という一見すると生命活動にとって無駄とも思えるものを楽しむ人間の特性を扱ったビジネスだから、無駄を理解しない人間には藝術やスポーツ産業を担うのは酷でしょう。三木谷では能力不足です。これがソフトバンク優勝で王貞治氏と笑顔で抱き合う孫正義氏との決定的な差です。


> 映画監督は企業の経営者以上に個性が求められその個性こそが映画の持ち味となります。黒沢明には黒沢明の、ジョン・フォードにはジョン・フォードの”味”があります。

 というよりも、そのために経営面でフォローするプロデューサーがいる訳です。プロデューサーが渉外や営業で制作環境を整え、監督は制作に専念する。監督は経営者ではありませんから、個性が求められるのです。


> 映画監督は独裁者で構わないです。

 制作現場で独裁なのは私も同感です。ただ、本文記事にも書きましたが、独裁だけでは不朽の名作といわれるような映画は撮れません。
 巨大な権力の監督に対しスタッフや俳優が小さな団栗の背比べでは、監督も刺激がありませんので。黒澤には三船敏郎の存在が刺激になりましたし、サム・ライミにはブルース・キャンベル、アンジェイ・ワイダにはチブルスキーです。スパイクロッド氏があげたフェリーニに対するマストロヤンニがいる訳です。
[ 2014/10/05 09:59 ] [ 編集 ]
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