ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

第1920回「お餅はどのくらい食べた?」 

こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当ほうじょうです今日のテーマは「お餅はどのくらい食べた?」です。お正月といえばお餅お餅をたくさん食べた、という方、多かったのではないでしょうか。ほうじょうの家では、お雑煮にお餅が入って出てくるほか、お昼などのお腹の減る時間帯のおやつとして、お餅を焼いてお醤油を垂らしたり、きなこをたくさんまぶして食べたりしますでも、珍しくこのお正月は、あまりお餅は食べま...
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【雑感】子供の頃は餅をよく食べた。
 田舎では大晦日になると伯母さん叔母さんの家族もやってきて賑やかに餅つきをやったり蕎麦を打ったりした。母屋の台所とは別に、庭先の井戸に厨房と洗面所を備えた建屋があり、今は撤去してしまったかまどでモチ米を炊き庭先に大きな花崗岩を粗削りしてつくった臼で父と伯父さんが交代でついた。
 井戸に蓋をしてそこを作業台に餅をこねる。餅は雑煮に入れる普通の丸餅とおやつ用の餡ころ餅の二通りを大量に作った。年越し蕎麦用の蕎麦はうどん並みに太く切り、これも大量に作った。古き良き時代の大家族の風景である。

2014年の年越し蕎麦。

 因みに上記写真が2014年大晦日の年越し蕎麦。信州蕎麦に特産漬物すんきが付いたものを食べた。もちろん自分で打ったものではなく既製品の半生めん。
 いつの年からか忘れたが、いつの間にか台所で年越し蕎麦の準備をするのは私の役割に固定してしまった。見た目はボリュームがあって食べ応えがあったが如何せん少し酸味が強くなる。連れ合いはそれを予測して私が連れ合いのどんぶりに「すんき」を盛ろうとすると「私のは少しでいい!それ以上入れんといて!入れるな!」というので、少量を連れ合いのどんぶりに、残りは私のどんぶりに全部入れた。

 さて、現在は実家から餅を20個くらい分けてもらう。実家も米屋から購入するので餅つきはやらない。昔は正月三が日三食雑煮を食べたものだが、今は元日の朝だけになってしまった。

2015年の雑煮。

 上記写真は今年の我が家の雑煮である。何度か我が家の雑煮について当ブログで紹介した。関西では味噌仕立てだが我が家は澄まし汁である。具材もあまり多くは入れない。餅に少量の菜っ葉を添える程度だ。連れ合いは彩を良くするために人参と大根も加えているが、我が家の伝統的な雑煮はもっとシンプルである。連れ合いの実家では関西らしく白味噌仕立てで具材も多く賑やか、我が家の風習は愛想なく見えるようだ。
 これは高知の風習なのか我が家だけなのかはよく判らない。ただ武家は澄まし汁の雑煮を食べたといわれている、我が家の先祖も土佐藩士だ。藩主山内家の雑煮はたしか澄まし汁に角餅と菜っ葉と里芋と鰹節だったと思う。

 田舎にいた頃は、餅は学校の冬休みが終わる6日頃まで残っていた。当時は私一人でも1日10個以上は食べていたので、どれほど大量の餅があったか。6日ごろになるとカビが生えてくる。当時はカビの毒は問題視されてなかったので、払って水洗いしただけで済ませたものだ。焼いて食べてもカビ臭さが鼻を突く。

 田舎で過ごした子供の頃は、三が日はずっと寿司ばかりだった。御節料理は食べない。高知の伝統的な押し寿司である鯖寿司を大皿に山盛りレンガのごとく盛り付け、他に海苔巻きや昆布巻きなどの山盛り皿の三種。三日目くらいになると乾燥してバサバサして食べづらくなってくる。
 初めて御節料理を食べたのは連れ合いの実家である。連れ合いと所帯を持ってからは、二日か三日に連れ合いの家で御節料理を馳走になるのが習慣になった。連れ合いの弟の嫁のお父上が酒通で、連れ合いの家系は全員アルコールを受け付けない体質ゆえ、義弟の舅殿の隣が私の指定席となっている。

 私の祖母が元気だった頃は、田舎の家に親戚縁者が大勢集まって大宴会だった。今はそんな機会がめっきり減ってしまった。
 連れ合いの実家で御節を食べ、義弟の舅殿と麦酒談義・日本酒談義を楽しむ周りで、幼い息子と甥っ子と姪っ子がはしゃぎ回っている光景に懐かしさを感じる。

 さて、正月も三が日を過ぎると、さっそく下記写真のカレーライスが登場した。テレビCMの名文句「御節もいいけどカレーもね」と同じになってしまうが、カレーライスは簡単で失敗も少なく楽だから仕方がない。いきなりいつもの御飯に味噌汁に焼魚にキムチの献立になってしまうのも、未だ正月気分が抜けない心には侘しさが貫く。カレーであれば少し豪華な洋食のようにも見えなくもない。

 2015年最初のカレーライス。

 私が作ると連れ合いにとっては猛烈に辛いらしいので私には作らせない。いつも私が食べる分だけ自分でアレンジする。いつも黒胡椒とガラムマサラとトマトジュースを添加して自分用に作り替える。

 こうして鍋のカレーが無くなる頃には正月気分は完全に抜けて日常に戻る。


 
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一日10個とはすごい!
でも、確かに昔はお正月中、お餅でしたね。磯部まき、
きなこもち、納豆もちと工夫して食べてました。
当時は商店もみんな休みでしたからね。
今はコンビニもスーパーも外食も営業しているから、
お餅以外の食事のほうが多いです。
ますますお正月感がでませんね。

江戸時代までは鏡開きは20日だったそうですが、
そうだとすると、お餅は完全にカビてたでしょう。
みんな洗って食べてたんでしょうね...。
[ 2015/01/12 08:32 ] [ 編集 ]
A君へ

 私の幼年時代は田舎でしたから余計に正月らしかったですよ。
 当時でも都会では大晦日の市場は賑やかで、正月モノを買い付けにごった返していたと思いますが、田舎の商店街は正月モードです。
 親戚縁者総出の正月準備です。餅をついたり、寿司をつくったり、蕎麦を打ったりと大忙しです。

 餅は大量に作りましたね。1回の餅つきでは足りませんでしたから、3回ぐらいは糯米を炊いて臼に出してついてを繰り返していたように思います。できあがった餅を、祖母・母・姉・伯母・叔母・2人の従姉で丸めていました。真っ先に鏡餅をつくり、それから雑煮用の何も入っていない餅、餡子を入れた餅、きな粉をまぶした餅と、合わせて200以上は作っていたように思います。

 正月の宴会が終わると夜も更けて、親戚たちは懐中電灯を頼りに帰っていきました。静かな世界です。南国土佐ではありますが、渓谷に開けた山村なのでけっこう寒く雪が降ります。

 当時は今みたいにTVも24時間放送ではなかったですからね。大晦日でさえも、早朝の3時頃に終わっていたと思います。
 今の正月は騒々し過ぎます。

> 一日10個とはすごい!
> でも、確かに昔はお正月中、お餅でしたね。磯部まき、
> きなこもち、納豆もちと工夫して食べてました。
> 当時は商店もみんな休みでしたからね。
> 今はコンビニもスーパーも外食も営業しているから、
> お餅以外の食事のほうが多いです。
> ますますお正月感がでませんね。
>
> 江戸時代までは鏡開きは20日だったそうですが、
> そうだとすると、お餅は完全にカビてたでしょう。
> みんな洗って食べてたんでしょうね...。
[ 2015/01/12 11:46 ] [ 編集 ]
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