ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

多言語表示について。晴雨堂は隣国の公用語(中・韓・露・英)で線引が妥当と考える。 近頃の現象[一一一九] 

多言語表示
中文・ハングル・ロシア文字・英文まで。
それ以上やるとキリが無い。


ドイツの高速道路上のゴミ箱
ドイツのアウトバーンにあるゴミ箱。

【雑感】ついこないだの話なのだが、Twitter上で欧州在住の知人ととちょっとした「議論」になった。多言語表示についてである。

 ある人が日本の津波対策の施設の写真を紹介され、知人は複数の言語で表記された看板に注目し好意的評価をされた。それについて私は多言語表示については程々(一例として中・韓・英の3言語程度)にしないと逆に見づらくなると意見した事で、数往復程度のやり取りになってしまった。

 知人の考え方は以下の通り。
● 看板・表示とは必要な情報を人々に知らせるためのもの。
● そのための多言語表記、ルビなどは今後もさらに広まっていってほしい。

 知人はその持論を強調する意味で上記写真を一例に挙げた。どうやら、私の意見に対する反論のようだったが、私にとっては反論になっていない。何故なら、私自身もその類の表示は見た事があるからだ。つまり判った上での意見であり、むしろこれを見たから「程々にしないと」判りづらいと確信したからで、私にとっては持論の裏付け写真を提示された事になるから、些か議論の噛み合わなさを感じた。

 そこで私は「看板というものは遠くからでもパッと見て視認できるものでないとあかん」と返答した。その後はこの話題に対して知人は何も言ってこないので「議論」はとりあえず終結した。


 結論をいうと、知人の考えも私の考えも間違いではない。両方とも間違いではないが、100%の正解でもない。これは当ブログでも何度か言及した事である。映画を評価する際、「100%の駄作も100%の名作も無い」事は繰り返し述べてきた。この考え方は私の少年時代から抱いてきた社会に対する考え方、「つまらん占いの類でも人に希望を与えるし、偉大な主義主張宗教でも大量虐殺の口実になる」に由来する。
 どんな方法論でも効能と副作用がある。方法論を実践する場合、効能と副作用のバランスを考えて進めなければ、弊害が目立つようになる。

 だからである。私の意見をもう一度読み返してもらいたい。知人が言った「多言語表示」自体に私は全く反対していないのである。それどころか私自身は英・中・韓の表示まで言っているのだから、むしろ多言語表示の賛同者である。知人の反論にはあまり意味はない。現状の日本を考えれば、私の立場でも出血大サービスであり、右派市民の中にはこの私の姿勢を見て「サヨク」とか「反日」などと批難する輩がいるかもしれない。
 ではなぜ知人は「反論」を言ったのか? 「程々にしないと」という部分が気に入らなかったのだ。そこでドイツのアウトバーンのゴミ箱の実践例に挙げてきた。ところが私はそれを見て「程々にしないと」と思ったのである。なぜ知人にその事が解らなかったのか?

 程々に対しての反論であれば、知人は「可能な限り多言語表示であるべき。程々なんてとんでもない」という意見の持ち主なのだろう。
 それから知人はおそらくホワイトカラー的な労働が主で、私のようなブルーカラーに従事した期間があまり無いのではないか。製造業の現場でよく行われるQC活動や5S3定活動などは経験していないし、そんな世界がある事も知らない可能性がある。
 また私の経験上、綺麗事が先行しやすい業界は無駄の削減を曲解して忌み嫌う傾向が強い。その結果トンデモ不祥事や事故を起こして結果的に理想実現どころか事態を悪化させてしまう。
 製造業の現場では表示は簡潔明瞭にする事が重要。文字を小さくして字数を増やすなんて行為は、判りやすさから逆走する行為なのである。パッと見で視認できる事から、ジッと見て確認をする手間が増えるのだ。

 例えば上記写真の場合、私は外国語が不得手ではあるが、ドイツ語のAbfall(ゴミ)や英語のWaste(屑)ぐらいは知っていたので写真がゴミ箱であるのは判った。また表記の順番から一番上の大きめなローマ字はおそらくドイツ国内だからドイツ語、2行目は使用人口の多さから英語がくる事は推測できる。
 しかし「必要な情報を人々に知らせるため」に「多言語表記」と言われても、ここまで小さなローマ字でびっしり書かれては、パッと見で判断するより一瞬ジッと見て確認する動作が必要になってくる。

 ドイツ語も英語も解さない人間であればどうなるか。例えば白内障を発症させ始めた70代や80代の日本人だったら。
 「たぶんゴミ箱やろうけど、なんかローマ字でびっしり書いてるな」「ああ、ああ、よく見れば一番下にカタカナで薄っすらと『ゴミ』と書いとる」「こんなん年寄りには判らん!」と一瞬であれ考える手間が増える。日本では今後老人が増える。視覚機能が衰えた人たちへの配慮は無視しても良いのか?

 多言語表示を追求した結果、逆に視認しやすさが犠牲になってしまったら、看板本来の目的が阻害され本末転倒になる。だから私は程々といったのだ。全世界の言語でルビを振るなんてことは、情報端末が進化(特殊なゴーグルをかけたら「Abfall」が「ゴミ」に見えるとか)するなど環境が変われば話は別だが、ゴミ箱に文字を記入するスペースに限りがあり物理的に無理である。
 となれば、程々のところで線引する必要に迫られる。私がいう程々とは日本を取り巻く隣国が公用語にしている言語、すなわち中国語・韓国朝鮮語・ロシア語・英語までを原則とし、後は地域ごとの事情で臨機応変に対処が妥当だろう。

 知人のように可能な限り多言語表示を主張する者もいれば、右派市民の中には「日本に来る以上は日本語勉強してから来るのが筋。多言語表示なんて気を使い過ぎ、日本語表示だけで十分。」と主張する者もいる。私は現実的に間をとったとも言えなくもないが、それ以上に看板の意義と判別のし易さを考慮した。綺麗事に目が眩んでかえって綺麗事が達成できなければ単なる自己満足に終わる。それよりはマシと思った。

【追記】2016年12月27日
 後に私はドイツのケルン及びその郊外やフランクフルト・マールブルグなどを回ったのだが、上記掲載の御丁寧なゴミ箱は1つも見かけなかった。駅の表示も全てドイツ語ばかり。
 その点、日本はまだ不十分ながらも公共施設などは日本語・韓国語・中国語・英語の4言語表示になっている。最新の電車車両などは表示プレートが4言語で表示。
 留学した姪っ子などは「ドイツ語話せないと話にならない。英語で話しかけても知らんぷりされた」と愚痴を言っていたものだ。 

 思うに、問題の知人は自分の都合の良い情報しか集めていない可能性がある。実態は特殊な例なのに一般的だとでっちあげる。思想スタンスは旧革新系だが、精神状態はネトウヨと全く変わりない。


 
 blogram投票ボタン にほんブログ村 映画ブログへ
ブログランキングに参加しています。
関連記事
スポンサーサイト
[ 2015/06/08 05:59 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する
映画処方箋一覧
晴雨堂が独断と偏見で処方した映画作品。
下段「日誌」項目は晴雨堂の日常雑感です。
メールフォーム
晴雨堂ミカエルに直接ご意見を仰せになりたい方は、このメールフォームを利用してください。晴雨堂のメールアドレスに送信されます。

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール
↓私の愛車と野営道具を入れたリュックです。

晴雨堂ミカエル

Author:晴雨堂ミカエル
 執筆者兼管理人の詳しいプロフィールは下記の「晴雨堂ミカエルのプロフ」をクリックしてください。

晴雨堂ミカエルのプロフ

FC2カウンター
2007年10月29日設置
当ブログ注目記事ランキング
当ブログで閲覧数の多い順ランキングです。
設置2013年6月13日
ブログランキング
下記のランキングにも参加しております。ご声援ありがとうございます。
  にほんブログ村 映画ブログへblogram投票ボタン
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
184位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
78位
アクセスランキングを見る>>
タグランキング
晴雨堂の関心度が反映されています。当ブログ開設当初は「黒澤明」が一位だったのに、今は・・。
訪問者閲覧記事
最近のアクセス者が閲覧した記事を表示しています。
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム
リンク