「SPIRIT スピリット」 絶望から脱出しよう〔20〕
中国人のSPIRITを揺さぶる映画
【原題】霍元甲
【英題】Fearless
【公開年】2006年 【制作国】中国香港特別行政区 亜米利加 【時間】103分
【監督】于仁泰
【原作】
【音楽】梅林茂
【脚本】杜緻朗 周隼
【言語】中国語 一部イングランド語 日本語
【出演】李連杰(霍元甲) 中村獅童(田中安野) 孫儷(月慈) 原田眞人(三田) 董勇(農勁蓀) 鄒兆龍(霍恩第) ネイサン・ジョーンズ(ヘラクレス・オブライアン)
【成分】泣ける 悲しい スペクタクル ロマンチック 勇敢 切ない かっこいい カンフー 精武門 中国 19世紀後半~1910年
【特徴】中国人の愛国心を揺さぶる映画だが、日本人のマーシャルアーツファンにとってもスピリットを揺さぶる映画だ。
前半は李連杰氏(ジェット・リー)の素晴らしいカンフーアクションが堪能できる。後半は日本人武術家役の中村獅童氏を絡めてスポ根ヒューマンドラマが展開される。
【効能】李連杰氏のアクションに興奮。主人公が最期にみせた気高い精神に感涙。
【副作用】中国の民族主義がテーマなので、当然平均的な西洋人・日本人は悪く描かれる。あくまで中村獅童氏の役は少数派の善人なので、不快に思うかもしれない。
下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。
李連杰、高潔な霍元甲を好演。
この映画は、李連杰氏(ジェット・リー)と中村獅童氏の共演で日本でも非常に話題沸騰になりはしたが、渡辺謙氏主演の「硫黄島からの手紙」のような社会現象になるほどではなく、流行の話題作の域でしかない。
香港では2006年度の電影評論學會大獎(映画批評学会推薦)にあげられ、主演の李連杰氏は最佳男演員(最優秀主演男優賞)に選ばれている。中国人にとってただの映画ではない。
この映画を観てお気づきのように、主人公霍元甲が巨漢の白人を倒し中国人たちが熱狂する様は、戦後の日本で力道山が白人レスラーたちを空手チョップで倒す様に熱狂する日本人に似ている。(余談1)
欧米列強によって半植民地化され、歴史的に格下のはずだった日本にも蹂躙された中国は、映画の舞台である20世紀初頭で漢民族としての自信を取り戻そうと急速にナショナリズムが高騰してくる。映画の舞台は、北京オリンピックをひかえ経済発展著しい現代中国(余談2)にとってオーバーラップするものなのである。
史実の霍元甲はどの程度の名声だったかは、私はよく知らない。なぜ伝説の拳法家になってしまったのかの経緯もわからない。たぶん、映画でも言及されていたが、全国区の有名人ではなく天津や上海などローカルで多少は名の知れた人だったのではないかと思う。
また、霍元甲の身内や弟子の証言によれば、日本人武術家との試合は親睦試合に近いもので、死因も長年の肝硬変が悪化したものである。映画の中で酒浸りの日々が描写されているが、案外これが原因かもしれない。しかし、いつの間にか日本人毒殺説がなにやら事実であるかのように定着しているのが恐いところである。(余談3)
ともかく、霍元甲は精武英雄という伝説になり、中国ナショナリズムのシンボルになった。そのシンボルを、人民中国初のマーシャルアーツスター(余談4)と呼んでも良い李連杰氏が「最後の武術アクション」として演じた。
日本人の私でさえも感慨深く観たのだから、中国人なら感動の連続だったに違いない。
最後に、日本人武術家田中安野を気高く潔い人物に描いたところが小憎らしい演出だ。日本人観客に配慮していると同時に、そんな田中でも完全に平伏す霍元甲の偉大さ、引いては今の中国人は拝金主義で荒んではいるが、本質は霍元甲だと言わんばかりに見えるのは、ひねくれているのだろうか?(余談5)
(余談1)東アジア人共通の心理かもしれない。かつての先進国で覇権帝国だった中国と覇権国になろうとした日本は、欧米人に叩き潰され惨めな時代をおくった。「ドラゴンへの道」でブルース・リー氏がチャック・ノリス氏の胸毛を毟り取る場面を見て、「いてこませー!」と声援するアジア人は非常に多かったと思う。
(余談2)漢民族としての自信、清朝は満州族の政権であり漢民族は長らく被支配民族で、満州族の風習である辮髪を強制されていた。中国革命は、漢民族解放運動でもあった。
20年前までの中国は自国のイメージを「発展途上国のリーダー国」としていた。今ではアメリカ・ロシア・EUと肩を並べる覇権的経済大国になる意欲を隠さなくなった。
(余談3)胸の病という説もある。日本人から仁丹を処方され服用したら、かえって病状が悪化したとの話もある。日本人武術家との友好試合・仁丹服用・後の日本軍上海侵攻などが重なって、日本人毒殺説がまことしやかに流れ、ブルース・リー氏の「怒りの鉄拳」が世界的に成功するにいたって「定説」になってしまったのではないかと思う。
精武門も映画では霍元甲の親友が商才とオルガナイザーの才に長けていて、立派な学校組織にしているかのように描写されているが、実際はフリースクールのようなものだったらしい。
(余談4)中国映画は長らく共産党の宣伝工作のために制作されていて、娯楽モノでもどこか説教臭いところがあった。それが80年代に入って「お堅い人民中国」が純粋に娯楽カンフーアクション映画を制作したと話題になったのが「少林寺」であり、主役を務めた当時18歳の李連杰氏は時の人になった。
(余談5)他のレビュアー氏も指摘していたが、日本版のエンディングは日本のミュージシャンが歌っていた。無粋で余計なことを。
晴雨堂スタンダード評価
☆☆☆☆ 優
晴雨堂マニアック評価
☆☆☆☆ 名作
【受賞】香港映画評論学会大獎 最優秀男優賞 推薦映画獎(2006年)



ブログランキングに参加しています。
- 関連記事
コメント
『怒りの鉄拳』
ぼくは『ブルース・リー/怒りの鉄拳』を思い出して観てました。
こちらの注釈の中にそのタイトルが出てきて、ちょっと嬉しいかな。
Re: 『怒りの鉄拳』
マイク・レメディオスの歌、英語の歌詞を全部覚えて歌える口ですかな? 歌っている人、日本人説があるのですが、どう思いますか?
> こんにちは。
> ぼくは『ブルース・リー/怒りの鉄拳』を思い出して観てました。
> こちらの注釈の中にそのタイトルが出てきて、ちょっと嬉しいかな。
コメントの投稿
トラックバック
この記事へのトラックバックURL
http://seiudomichael.blog103.fc2.com/tb.php/268-14d99ca4
やはり、この作品は高い評価を得ていたのですね。霍元甲の日本人毒殺説がまことしやかに流れてしまったため、今回は、中村獅童をいい役にするなど、日本人への配慮をしたと聞きます。
ジェット・リー本人は、公開当時「アクションはこれで封印」とインタビューで話していましたが、昨年、「ドラゴン・キングダム」で、楽しそうに孫悟空を演じていましたね(^_^)
あとは、ハムナプトラみたいな、悪役でしか出てこないのかと思うとちょっと心配…。