「地下水道」 自分に喝を入れたい時に〔15〕
【原題】KANAL
【公開年】1957年 【制作国】波蘭 【時間】96分
【監督】アンジェイ・ワイダ
【原作】
【音楽】ヤン・クレンツ
【脚本】イエジー・ステファン・スタヴィンスキー
【言語】ポーランド語
【出演】タデウシュ・ヤンツァー(コラブ) テレサ・イジェフスカ(デイジー) エミール・カレヴィッチ(-) ヴラデク・シェイバル(-)
【成分】泣ける 悲しい スペクタクル パニック 恐怖 勇敢 絶望的 切ない 戦争映画 地下 1944年 ポーランド・ワルシャワ 白黒映画
【特徴】1944年夏、ドイツ軍占領下のポーランド・ワルシャワにて市民が蜂起した所謂「ワルシャワ蜂起」を題材にした作品。
ドイツ軍の敗色濃厚、ソ連軍ポーランド進撃、これらの状況からロンドンのポーランド亡命政府がワルシャワ市民軍に蜂起を指示する。ところがソ連軍は進撃を止め、ソ連軍の後援が無い事を知るやドイツ軍は市民軍を包囲殲滅していく。
主人公たち市民軍はドイツ軍の攻撃を避け地下の下水道を利用して撤退しようとするが、そこは戦場以上に過酷な世界だった。
【効能】極限での人間の本性を感じる。女性の逞しさに感動する。
【副作用】暗い・臭い・汚い・息苦しい、が伝わって辛い。
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息が詰まる映画
第二次世界大戦が終わる前年、1944年8月にナチスドイツに併合されていたポーランドの首府ワルシャワで、ポーランド市民が一斉にドイツ軍に対し解放戦争を挑んだ。有名な「ワルシャワ蜂起」という悲劇である。
その悲劇をポーランドが生んだ巨匠アンジェイ・ワイダ監督が映画化した。当時、まだ30歳そこそこだった。戦争映画ではあるが戦闘場面は冒頭のみで、ほぼ全編が暗く汚くジメジメした地下水道に潜伏して逃げ惑う主人公たちの人間模様に絞り、独ソ戦の狭間で無為に殺されていったポーランド人の悲劇を描いている。
映画史上の傑作であり、地下水道での撮影は後の映画やドラマでも模倣されている。制作時のポーランドが親ソ連政権であり隣国ソ連の影響力が強烈だったことを考えると、少々きわどい映画だった。敵役がドイツなので作品自体はソ連でも評価されるが、ワルシャワ蜂起の悲劇はソ連に責任があることは周知の事実であった事を考えると、ワイダ監督は政府当局に警戒されていたかもしれない。80年代の戒厳令事件ではポーランド映画界から追放される。
実はポーランド人にとってソ連も敵である。44年頃のソ連軍はドイツ軍を圧倒していてポーランド解放は目前だった。ソ連軍はワルシャワ市民に蜂起を呼びかけ、イギリスに本拠を置くポーランド亡命政府も蜂起を指示し、市民軍は立ち上がった。ところが、友軍であるはずのソ連軍はワルシャワの手前で進軍を停止しワルシャワ市民がドイツ軍によって殺されていく様を傍観したのである。(余談1)
ソ連とその衛星国だった東欧諸国の映画は、概ね「退屈」なのが多い。何故なら共産党政権の「指導」が厳しく、作者や監督たちが言いたいことをストレートに描写できないからだ。表現は遠まわしになり、観る人が観たら解るという程度に抑えられていた。ところが、ワイダ監督はナチスドイツの非道を非難する事を隠れ蓑に描きたいことを描いている。
作品は政治的背景を全く知らなくても解る内容になっている。前述したように、数と装備に勝るドイツ軍の猛攻に耐えられず地下水道を通って退却する市民軍一中隊の人間模様、もっと正確に人間の壊れ行く様を描いていると言っても良い。
生真面目で責任感の強い民間人あがりの中隊長、隊の事務を担当する事なかれ主義の軍曹、色男の皮肉屋とその恋人、潔癖症で熱血漢の若い小隊長コラブとその恋人で本編のヒロイン・デイジー。
ドイツ軍の攻撃を避け地下を通って退却する市民軍が、迷路のような地下水道で彷徨い、汚物でドロドロになりながら自ら瓦解していくのだが、戦場では頼りがいのありそうな登場人物たちが次々と本性を表し醜態を晒していく様が切ない。
無事に目的地に着いた中隊長が、部下の殆どが道に迷って地下水道に置き去りになっている事に気付き、生真面目にも部下を探すため再びマンホールに入る。半身をマンホールに入れてから少し躊躇したのか、あるいは最後の陽の光を惜しんでいるのか、一瞬動きを止めてから地下水道へ入っていく。最後に拳銃ワルサーP-38(余談2)を握っている手が暗いマンホールの中へと吸い込まれていく様が息苦しい。
その中で光ったのが、テレサ・イジェフスカ氏扮するデイジーの逞しさと美しさだ。デイジーの恋人コラブは怪我と不潔な地下水道で体力が無くなり強がる気力も失せて逃げることを諦めだす。そんな恋人を何度も叱咤し汗と泥水で汚れながらも肩に担いで引きずるように地下水道を進むデイジー。
デイジーだけでなく、どちらかといえば極限状態で男性が弱さを曝け出して正気を失い、女性を逞しく描いているのが印象的だった。
(余談1)ポーランドはドイツとソ連の間で板ばさみにあっていた。大戦初期のソ連はナチと結託してポーランドを分割併合し、カチンの森でポーランド軍将校を大量虐殺した。当初はナチの仕業となっていたが、20年前のゴルバチョフ政権でソ連が犯人であることを公式に認めた。
ドイツに占領されたポーランドは亡命政府をつくるが、ロンドン派とソ連派に分かれる。ワルシャワ蜂起の市民軍はロンドン派である。ソ連に見捨てられ孤立したワルシャワ市民の被害は20万人前後といわれている。
当然のことなのか? ソ連軍が再び進軍したときはドイツ軍だけでなくワルシャワ市民軍の生き残りも掃討する。ワイダ監督は「地下水道」に続いて、ワルシャワ市民軍の生き残りを主人公にした「灰とダイヤモンド」を制作。世界中で絶賛されるが、ソ連と親ソ政権のポーランド当局に睨まれる。
(余談2)20年以上前に観た映画なので記憶が曖昧。たぶんそうだと思う。手元にソフトが無いので確認できない。
レジスタンスはドイツ軍から武器を奪ったりしているので、ポーランド人が持っていても不思議ではない。
晴雨堂スタンダード評価
☆☆☆☆☆ 秀
晴雨堂マニアック評価
☆☆☆☆☆ 金字塔
【受賞】カンヌ国際映画祭(審査員特別賞)(1957年)



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