川島なお美さんのプライド、
劇団四季に40代で受験 川島なお美さん(享年54)は亡くなる8日前まで舞台に立ち、「女優」としてのこだわりを持ち続けた。自宅マンションの表札はイタリア語で「女優」という意味の「ATTRICE」と記された。女優のプライドでがんと最後まで闘った。(日刊スポーツ)【雑感】こないだの当ブログの記事で
川島なお美氏への疑問を書いた。たぶん最後のTV取材の姿だと思う、瘦せこけた身体を強調するノースリーブの黒いドレスを着たのは何故なのか?と。
やしきたかじん氏や市川雷蔵氏は痩せた身体を公に見せまいとした。今年5月に他界された今井雅之氏はせめて細くなった首だけでも見せまいとストールマフラーをつけていた。なのに
川島なお美氏は何故なんだ?
その心境は未だに解らないが、死ぬる事に対して抗う意思と行動が女優業であり、少なくとも自分の残りの命数は10年20年の単位ではなく短そうだという焦りはあったと思う。
現代は「人間50年」ならぬ「人間80年」の時代、江戸時代であれば私の歳なら家督を息子に譲って隠居し、孫の世話をしながら余生を送る。そろそろ重篤な疾病に罹るリスクが急上昇する歳頃だ。現代であれば通院だけで完治できる病気も江戸時代であれば生死にかかわるものが沢山あっただろう、余命というモノを痛切に感じるようになる歳頃なのだ。
ところが現代医学のおかげ50男になっても余命は無意識にまだ2・30年はあるつもりでいる。現代社会の環境や風潮のおかげで江戸時代であれば孫がいなければならない歳なのに、やっと3歳児の息子が1人いる状況である。だから年老いている意識は希薄だ。年老いている意識が無いという事は、まだ自分の命は20年・30年続くつもりでいる。
川島なお美氏も今井雅之氏も、私とはあまり歳が離れていない。私と同じように人生の制限時間など意識していなかったはずだ。
私の場合、古い友達からは「老けてない」「変わってない」とよく言われる。駅の階段を上るときも運動不足の煙草吸いの旧友はゼイゼイ息を切らすが、煙草を吸わない現役サイクリストの私は涼しい顔だ。中高生時代の同窓会などに参加したら、旧友よりも体力があって所帯じみていないから、自分はまだ若いと自信を持つことがある。
きっと
川島なお美氏も私と同様の意識を持っていたのではないか。そんな時、人生に制限時間がある事を突然突き付けられる。
私がもし川島なお美氏の立場なら、やはり仕事を入れまくったかもしれない。一時期、仕事が混んで体調を崩し気分障害に罹患した事があった。転職して自転車通勤を復活させたら体調が良くなったので「俺は自転車に乗っている限り大丈夫」と変な自信と信仰を持ってしまったものだ。彼女も舞台に立っている限り生き続けると思っていたのではないか?
病気にならなくても人生の制限時間というものは刻一刻と迫っている。自覚しなければならない。
そういえば私と同世代の朝日新聞記者
稲垣えみ子氏は退職するそうだ。彼女も討って出る生き方を選んだか。しかし退職金は私の20年分の生活費くらいの額を貰うんだろうな。おっと、つまらぬ妬みだ。
私は私で妻子を抱えて徒手空拳の生き方をせねばならない。他所は他所、私は私だ。
最後に、ワイン党の川島なお美氏にビールの素晴らしさを教えたかった。ベルギービールはきっと彼女の口に合うと思う。
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