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ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

NHK木曜時代劇「まんまこと」最終回を前にして。 TVドラマ評[七十一]

まんまこと(真真事)」最終回を前にして。

まんまことホームページから。
まんまこと」HP画像を参照。

【雑感】率直に言って、良質な時代劇だと思う。NHKらしい時代考証からの逸脱が少ない内容だ。

 時代は18世紀末の江戸。
 この作品の特徴は侍が主役ではなく、中流の上の町人が活躍する。主人公は町名主の跡取りで20代前半の若者高橋麻之助。頭は良さそうなのだが平素はブラブラ遊び呆けている現代でいえばお気楽なチャラ男。そんな役を生真面目な青年役が多い福士誠治氏が見事に好演している。

 時代劇といえば、侍が主人公となる例が大部分、ほぼ必ず刀を抜いて鍔迫り合い、斬った斬られたは定番。侍以外が主役となる場合は、町人でも警察権行使を許された岡っ引きであったり、ドスを振り回して人を殺しまくる渡世人(ヤクザ・チンピラ)ばかりで、堅気の庶民が主役という話は限りなくゼロに近い。
 そういう意味でこの話には好感を持っている。血が流れない江戸市井の日常がユーモアたっぷりに描かれている。

 麻之助を取り巻く状況をコミカルに描写することで、世間一般の血生臭い時代劇とは違う生の江戸時代に近い空気を魅せる。
 まず、町名主の跡取り息子を主人公とすることで、百万人都市お江戸は町奉行の侍だけで治めたのではなく、実は奉行の配下に民政を担当する町人が大勢いた事を前面に出す。

 町名主を詳しく解説すると恐ろしく文章が長くなるので割愛するが、現代でいえば住民自治会長と市役所の支所長と家庭裁判所支部と消防団団長と市警分署署長といった事を兼任する重たい仕事である。高橋英樹氏扮する高橋宗右衛門 は神田8か町を治めているので2千人程度の住民を担当している。
 暮らしぶりは中の上といったところだろう。テレビやパソコンの無い江戸時代だが生活水準は現代の日本人とあまり変わりはない。ただ、住居は町名主に相応しく現代人の感覚では豪邸だ。小中学校の社会科の授業では、町人には名字を名乗る事は許されなかったとあるが、必ずしもそうでは無い事がわかる。
 町人が主人公といっても庶民ではない。町役人・官僚という特殊な身分なのだが、庶民を主役にすると生活水準に隔たりが生じて感情移入しにくいが、麻之助なら現代の学生にも居そうなキャラだ。私は妥当な選択だと思う。

 主人公とよくつるむのが幼馴染で同じく名主の跡取りの八木清十郎、麻之助は団子を片手にブラブラ買い食いするのが日課のようだが、清十郎は複数名の女性と浮名を流すプレイボーイ。仮面ライダーシリーズ出身俳優の桐山漣氏が優男の若旦那をこれまた上手く演じている。
 そして遊び人の幼馴染2人をもって振り回される堅物の同心見習い相馬吉五郎に趙珉和氏、主要登場人物の中で唯一の侍、貧乏御家人の三男坊という最下層の侍で、町奉行同心の家に婿養子。嫁となる女性はまだ9歳、しばしば遊び人の麻之助と清十郎に冷やかされる。
 旗本より格下の御家人は禄も少なく、三男坊ともなると食い扶持減らしのため養子に出される。作中では主人公格唯一の侍として刀を振り回す吉五郎だから、おそらく武芸を見込まれて定収入がある同心の家の婿となったのだろう。当時の下級武士の厳しい就職事情が窺われる。

 さて、この連続ドラマを見ていると驚かされる。話の雰囲気はふんわり明るくて楽しい気分にさせてくれるのだが、朝の連ドラや通常の時代劇ではあり得ない展開を突如見せる。原作を読んでいないので、唐突な展開は驚きを大きくする。
 まず驚いたのは主要登場人物であるはずの清十郎の父親八木源兵衛が卒中で倒れまだ物語の中盤なのに鬼籍に入る。扮する石橋蓮司氏は好きな俳優なので、物語中盤早々クランクアップというのが納得できなかった。
 次に9話目で南沢奈央氏ふんする麻之助の妻お寿ずの退場。8話目で子供を授かり、9話目で子供が生まれて幸せな親子3人の生活と思っていたのに母子ともに黄泉の客となってしまう。なぜ?こんな不景気な話にするのかと不満に思った。

 しかし後でこれがリアル江戸時代なのだろうと思い直した。乳幼児の死亡率データが残っているのは明治からなのだが、その明治から大正までが非常に高い率なのだ。5人に1人は1歳の誕生日を迎えていない。当然、死産も多かったろう。現代では限りなくゼロに近いが、江戸時代であれば推して知るべしである。
 私の幼少は肺炎と喘息と腎炎に悩まされた。江戸時代であればたぶん生きられなかったと思う。私の息子は逆子の早産の帝王切開で生まれた。呼吸器系の働きがイマイチだったために1週間以上は保育器の中で酸素量をチェックされながら過ごした。江戸時代であれば息子も連れ合いもアウトだった。

 現代と比べ江戸時代は「死」というものが身近にあった。逞しく成人しても、現代であれば通院で完治する病気も生死に関わるモノは多かった。物語前半の八木源兵衛などは現代医学だとたぶん後遺症もなく助かったはずだ。
 40を過ぎると疾病リスクが急上昇する。現代であれば新陳代謝の衰えを自覚する程度だが、江戸時代は「40歳」と「初老」は同義語なのである。

 そういった事を考えると、この「まんまこと」は江戸時代の裕福な町人のささやかな幸せと忍び寄る哀しみとをそのまんま描写した秀作ではないかと思うのである。


 
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