私は北の海が嫌いだった。【雑感】私の世代で
北の海を嫌う人は多いと思う。いつも不機嫌そうな顔で人気力士たちを当然と言わんばかりに投げ飛ばす、失礼ながら悪役レスラーみたいな存在だった。
悪役といえば近年では朝青龍が有名だ。パッと見の背格好は瓜二つ、
北の海の弟か息子と思ってしまうほど似ているが、彼の場合はまだ愛嬌があった。しかし
北の海にはそれすら無い。淡々と相撲を取って白星を増やしていく、愛嬌どころか愛想も無い。
北の海が現役だった時代、私は小中学生だった。この時代の人気力士には男前の輪島や貴ノ花や千代の富士がいた。
北の海は男前の彼らに立ちふさがる「巨大な肉の岩」のようなものだった。北の海が勝っても全く嬉しくない。私が憎たらしく思うのはまわしの切り方だ。相手力士がガップリまわしを掴んでも、あの大きなケツをプリプリと動かして切ってしまう。この野郎、と思ったものだ。
たぶん私以外の相撲ファンも同じ気持ちだったろう。負けると大歓声をあげたものだ。負けないまでも相手力士が善戦して踏ん張ると土俵の周囲は万雷の拍手喝采だった。
北の海の不人気は現役時代だけではない。親方になって、相撲協会の中枢幹部になってもマスコミ上では相変わらずの太々しくて無愛想な顔つきを変えない。協会のスキャンダルで責任を追及され理事長席を追われるが、また返り咲く。現役力士の時もスピード出世で剛腕だが、親方になってもスピード出世で剛腕、何という奴だと思った。
そんな北の海だが、一度だけ笑顔を見た事がある。たぶん多くの相撲ファンも同じだろうと思う。
私が大学生の頃の夏場所だから、現役晩年だったと思う。既に時代の主役は横綱千代の富士になっていたが、なんと多くのファンの期待を裏切って全勝優勝してしまう。
優勝を決めた時の顔が強烈だった。弟弟子の北天佑が北の海のライバルをくだして優勝が確定した時、カメラは「兄」と「弟」の顔をハッキリとらえていた。北天佑は勝つと明らかに砂被りに座る誰かを見てニヤリ、カメラは北天佑の視線の先を追うと、そこにも同じようにニヤリと笑みを浮かべる北の海が座っているではないか。まるで時代劇の悪代官たちが示し合わせているかのようなシーン。
北の海が笑うところを見たのは後にも先にもこの時だけだった。 これほどの「悪役」は滅多に現れないだろう。朝青龍も悪役だったが、バラエティ番組などに出て軽口を叩いたり、土俵に上がるときは独特の「踊り」のようなポーズをとって塩をまいたり片眉を動かすなどして観客を面白がらせたが、北の海はそんな面白い事は一切しなかった。
ここまで悪役に徹して第一人者の座を守り通した男はいないのではないか? 朝青龍ですら世間のバッシングで「気分障害」に罹患した事もあるし、度重なるスキャンダルで北の海を上回る優勝回数を誇りながら一代年寄になれず角界を追われた。北の海は理事長としても君臨したのだ。きっと朝青龍は北の海を尊敬しているはずだし、今回の訃報に涙を流しているはずだ。
少なくとも言える、相撲を面白くしたのは北の海最大の功績だ。彼ほど巨大な悪役はいないし、今の角界で彼ほどの存在感を示せる人は皆無だ。
私は最後の全勝優勝をした場所に見た笑みが好きになってきた。彼の気性を察するに、晩年に負けがこんで世間から同情されたり白星をあげて拍手されるようになるのが屈辱で嫌だったはずだ。
理事長としての晩年も、弱った身体を世間に晒すのは嫌だったはず、だからライバルだった元千代の富士の九重親方に理事長代行になってもらい優勝力士に重い賜杯を渡す役をやらせた。
あの時の笑みは単に久しぶりの優勝を喜んだものでも、援護射撃をした弟弟子を労ったわけでもない、世間と格闘してきた男の笑みなのだ。
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最近の大人は若僧が反論するのを恐れて怒ってくれる人が少ないが北の湖理事長は本気になって怒ってくれそうです。
こんな人に怒られたい、と思わせる大人の厳しい風格を持った御仁でした。