「帰ってきたヒトラー」(ER IST WIEDER DA)【雑感】映画レビュー友達から紹介されるまで知らなかった。
アマゾンで検索すると原作本の日本語訳が流通している。早速購読した。非常に面白い。いや、我が意を得たりと言うべき内容だった。
いま関ジャニの錦戸亮氏がドラマ「サムライせんせい」で現代日本にタイムスリップした幕末勤皇の志士武市半平太を演じているが、この「
帰ってきたヒトラー」も同様のコンセプトだ。
武市が藩命で切腹した直後にタイムスリップ、意識を取り戻すと浅黄の裃姿のまま現代日本のアスファルトの道路の上で仰向けに横になっていて、脇差の刃を腹に突き刺したはずなのに身体は無傷。
本作も発端シチュエーションは同じで、第二次世界大戦末期、ソ連軍に包囲されたベルリンの総統官邸で拳銃自殺したはずなのに少し頭に痛みを感じる程度で無傷、空き地の落ち葉の上に仰向け。何故か着ているコートがガソリン臭い。(自殺した後、ゲッペルスら側近たちが官邸の庭に遺体を運びガソリンをかけて焼却した)
そして「サムライせんせい」と似たように
ヒトラーも慣れない現代ドイツの環境に戸惑い悪戦苦闘していく。この世界では総統でもないのに70年前と同じ主張を大真面目に語るのだが周囲から浮いてしまう。
ただ、物語の展開は似ているがテーマは決定的に違う。「サムライせんせい」の武市は幕末と現代日本との違いを渋々理解しながらも頑なな態度で幕末当時の侍階級の日本人の価値観を押し通そうとする。
そのため周囲から浮いた存在になり、コミカルな笑いを誘いながら現代日本人が忘れてしまった大切な倫理観や価値観を呼び起こそうとする試みがあるのだが、この「
帰ってきたヒトラー」は違う。
同じく
ヒトラーもコミカルな笑いを誘ってしまう。周囲は本気にせず、
ヒトラーの生態模写を芸にするお笑い芸人だと勘違いして接する。勘違いと幸運が絡み合い、かつてホームレス青年から国家元首にまで成り上がったバイタリティを発揮して、一躍ヒトラーは芸能界の寵児になり自分の冠番組を持つ芸能人に出世してしまう。
彼の場合は、武市のように現代を拒絶せず、理解し許容しながら芸能界の地位を足掛かりに政界復帰を試み、国家社会主義運動を復活させようと企むのだ。
そんなヒトラーを、錦戸氏が演じる武市と同じく面倒な人だが憎めない真っ直ぐな人間に見え、次第にヒトラーという人間が好きになっていく。
実はこの点がミソなのである。
何度か映画レビューで指摘した事があるが、ヒトラーのような人物、ユダヤ人をはじめとする被害者たちにとっては血に飢えた化け物、精神や人格に異常をきたした人物でないと得心できないのだ。少しでも人間的に描こうとしたら「美化」しているように見えて強烈な不快感を抱く。ブルーノ・ガンツ氏がヒトラーを演じた「ヒトラー 最期の12日間」で監督たちは美化にならないよう細心の注意を払ってヒトラーを描いたのだが、やはりユダヤ人団体からクレームが発生した。
しかし、被害者の意向に従って血に飢えた異常者に描いてしまうと、逆にヒトラーの恐ろしさを隠してしまうのではないかと思うのだ。何故なら、映画や漫画で登場するようなヒトラーが現実に目の前にいたら、ふざけた野郎にしか思えず、支持する気になれないはずだ。 ナチ党が反対勢力を弾圧粛清したからとか言論統制をしたとか言われているが、その強権が使えるポジションに辿り着くには多くの支持者が必要となる。単なるふざけた野郎だけの存在なら泡沫候補で終わるはずだ。しかも当時は世界で高水準の人権尊重法規を備えたワイマール体制下だ。ヒトラーは一度武力闘争でバイエルン州の政権を奪取しようとはかったが敢え無く失敗している。
結局、ヒトラーは合法的に政権をとって民主政治を終わらせた。彼にそこまでの力を与えたのはドイツ国民だ。しかも、同じ全体主義のムッソリーニは殺されて逆さ吊りに遺体を晒されたのに対し、ヒトラーは最期まで国民の支持を得たままだった。
何か人間的な魅力があるはずだ。それをこの本作で表そうとしている。本当の危険人物は、危険に見える人間ではない。魅力ある良い人に見えるから怖いのだ。
被害者の意向に迎合したら、真に怖い危険人物の台頭に気づけない。 映画レビュー友達の話によると、今年10月にドイツで映画が公開され大ヒットしたらしい。日本での公開は未定だ。是非とも「アイアンスカイ」のように日本でも劇場公開とディスク化をしてほしいものだ。
【追記】ケルンの友人に聞いた話だと、メルケル支持者の彼は「非常に大評判です。良い映画ですよ。僕は観ていないけど」と笑顔で語った。言葉通りに受け取るべきなのか、深読みすべきなのか・・。(2016.01.29)
晴雨堂関連書籍案内帰ってきたヒトラー 合本版 ティムール・ヴェルメシュ 著
著者は私とほぼ同世代のジャーナリスト。ドイツで活躍。
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