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ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

「ガス人間第一号」 カップルで泣きたい時に〔13〕

ガス人間第一号」 特撮職人の技が光る。



【公開年】1960年  【制作国】日本国  【時間】91分  
【監督】本多猪四郎
【特技監督】円谷英二
【音楽】宮内國郎
【脚本】馬淵薫
【言語】日本語   
【出演】土屋嘉男(水野 ガス人間)  八千草薫(春日流家元春日藤千代)  三橋達也(岡本賢治警部補)  佐多契子(東都新報記者甲野京子)

【成分】悲しい 切ない 知的 特撮 SFスリラー

【特徴】円谷英二氏の特撮技術が光る。朗らかで明るい刑事と女性記者のカップルと、ガス人間と化した不遇の青年と没落家元の女性舞踊家の二組の男女のコントラストが効いている。
 八千草薫氏がとても美しい。そこそこ年輩になった頃からの八千草氏しか知らない方々が見れば、息をのむに違いない。

【効能】独りよがりの恋愛の寂しさが体感できる。八千草氏の孤独と土屋嘉男氏の孤独の演じ方が切なくてグッド。

【副作用】結末に納得できない人が多い。

下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。記事に直接アクセスした場合は、この行より下がネタばれになりますので注意してください。
怪物となった男の恋愛悲話

 同種ネタの映画に、最近ではケビン・ベーコン氏が主演した「インビジブル」がある。CGを駆使してベーコン氏の身体が皮膚・筋肉・骨の順番に消えていく映像が評判になった。さらに主人公が次第に正気を失い犯罪へと暴走し挙句に同僚たちを殺していく怪物へと豹変するホラー仕立ても興味深かった。

 この「ガス人間第一号」の場合、50年近く昔の映画なのでCGは無い。特撮映画の巨匠である円谷英二氏の創意工夫と技術によって、主演の土屋嘉男氏の顔が気体化していく様を描写している。現在のCG技術は映像のスケールを大きくした反面、どんな映像でも創り上げてしまうため私にはインパクトが薄い。数十年昔の映画は、例えば大群衆が歓声を上げる場面は本当に大群衆エキストラが参加しているし、この「ガス人間・・」では当時のアナログ機材と小道具と撮影者の工夫と職人技でガス人間を創りだしているのである。当時の映像を稚拙と一蹴される人には、この感動を理解していただけないだろうが。

 作品内容は、特撮はあくまで脇役で主題は恋愛悲話である。「インビジブル」のような人間をおぞましく悲観的に描いたホラーではない。
 人物相関構成は単純で判り易い。若き三橋達也氏扮する刑事と佐多契子氏の溌剌とした女性記者のカップル、斜陽の日本舞踊流派の若き家元に扮する八千草薫氏と平凡な司書から人体実験の被害にあいガス人間になった土屋嘉男氏との破滅型の関係。この陰と陽、光と影のコントラストがこの作品の主軸である。(余談1)

 ガス人間を追い詰める三橋氏と佐多氏は、いわば新進のやり手のビジネスマンという感じだ。警察官と記者という立場は違えど、互いに競い合い協力し合うライバルであり、日なたで明るくエネルギッシュに青年期を謳歌する存在だ。
 ところが、土屋氏は人生の夢破れガス人間にされてしまった化物で、特赦能力を悪用して銀行強盗を重ね、贔屓の家元に貢ぐことを生き甲斐にしている。八千草氏は土屋氏のおかげで体面を保て公演を開くことができるが、内心は熟思たるものを感じている。物静かで陰のあるキャラで常に気品のある和服姿、夏の活動的な洋服姿の佐多氏とは対照的だ。

 ガス人間と家元との間に通常の男女の恋愛感情は乏しい。ガス人間の想いは元々はファン感情の範疇で、特殊能力を身に付けたがゆえにファンの枠から逸脱し家元を性愛の対象として独占しようとする風に見える。
 八千草氏扮する家元のガス人間への感情は作中で曖昧にされているが、ガス人間の不正な資金による支援が世間に知られたことで流派の没落と滅亡が確定的となった悲壮感と、暴走するガス人間を止められるのは、あるいは救えるのは自分だけだと思い込む様が見て取れる。

 象徴的なのはラストだ。客席は満席だが大半の客の目当てはガス人間、やがて与太者たち(余談2)が騒ぎ出し、家元は屈辱を感じながらも踊りを続ける。客席にいた主人公はガス人間に変身して与太者たちを追い払い、誰もいなくなった広い客席のど真ん中にたった一人で座って鑑賞する。
 演目が終わって、ガランとした劇場に寂しく響く主人公一人だけの拍手と無邪気な歓声。空虚な二人だけの切ない空間。人生の頂点のような歓喜の主人公は舞台に駆け寄り家元を強く抱きしめ、悲壮感の家元は隠し持っていた自爆装置を使う。

 完成度の高い恋愛悲劇である。当時の特撮映画なので、たぶん子供を対象にした作品だと思うが、この4人の登場人物に扮した俳優たちのお陰で、特に八千草薫氏の気品と日舞で、「子供映画」に迎合しない作品になっている。

(余談1)初めて観たとき、中年以降の八千草薫氏しか知らなかったので、このシャープで凛とした美形に感動した。また、宝塚歌劇団出身だけあって、日舞は付け焼刃ではない。まさに没落流派を背負った悲壮感あふれる可憐な家元だ。

(余談2)当時のチンピラファッションは今から観るとお洒落だ。三橋達也氏の背広姿もダンディーだし、女性のファッションも涼やかだ。昭和初期から高度経済成長に入る頃の風俗が懐かしくて好きだ。
 それから若き日の故塩沢とき氏も出演している。



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