ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

ドイツに行ってきた!(3) マールブルグ観光・前編 晴雨堂の晴耕雨読な日常[二四四] 

大学都市マールブルグ

エリザベート教会。
町の中央に位置するエリザベート教会。(余談1)

【雑感】ドイツ滞在3日目は義従兄の要望で学園都市マールブルグへ1泊2日の小旅行に出かけた。マールブルグというと、私は中世から栄えた学園都市、宗教改革者ルター縁の地といったイメージ以外はあまり詳細は知らなかった。

 出発の前日、H氏は写真の多い図説資料を数冊選んで持ってきてマールブルグの歴史について解説してくれたのだが、ドイツ語なので殆ど理解できなかった。義従兄も意味が理解できないまま愛想で相槌を打っているのがまるわかり、後ろで見守っている姪っ子たちは呆れたように笑みを浮かべたり時折眉間に皺を寄せたり。義従兄は全会話の中で3回ほど、これはどうしても意味を知りたいと思ったのか姪っ子に通訳を頼んだが、それ以外は無意味な相槌ばかりだった。
 私はハンガリー王女の聖エリザベートの故事は大雑把に知っていたので、H氏がしきりに懐に何かをしのばせるようなゼスチャーをしている意図など断片的には解った。貧民や病人のために尽くした王女なのだが、資料にある生没年を見て20代前半の若さでこの世を去っている事を初めて知った。何やら悲劇の臭いがする。

 マールブルグへ行く段取りは姪っ子たちが全て手配してくれていた。義従兄と私はただ姪っ子とその彼氏の後をついていくだけ。観光するにあたって、姪っ子は小銭入れに100ユーロほど持って他はH氏の家に置いていくよう指示した。というのも、ドイツはヨーロッパの中では治安が良いのだが、たまに置き引きやスリがいるので全財産を持っていくのは危険だという。

メガバス。
メガバス。長距離バスなのに乗り賃はたった1ユーロ。100円バスである。
オッサンのイラストの左上にお大きく1ユーロの表示。
バスで帰省するとき高知まで6500円の運賃で安いと思ってしまう私は馬鹿らしく思える。

 マールブルグへは、ケルンからフランクフルトまでバスで行き、そこから電車に乗り換えてマールブルグへ。地図で見ると縮尺の感覚がマヒしてケルンに近いと錯覚してしまうが、けっこう遠い。大阪から岡山へ行くような感覚に近い。
 利用したのはメガバス、上記写真のように黄色い服を着たオッサンがトレードマークで、姪っ子たちはオッサンバスと呼んでいた。運転手はオバサン体型の美熟女で、なにやらせわしく携帯電話で文句を言っているように見えた。話している言葉はなんとドイツ語ではなくフランス語だった。さらに車内アナウンスもフランス語。

アウトバーン。
ドイツの高速道路。さすが本場なのでベンツやフォルクスワーゲンばかりが走っていて
日本車は皆無に近かった。極たまに見かけたのは三菱。
これはダイムラー社との関係からなのか?

 車内を見渡してみると、さすが日本と違って仮眠する人はいない。本を読む人が多かった。私はもっぱら外の風景を撮る。ドイツに来れた幸運に感謝して数多く記録に残すことに集中した。
 乗客の会話を聞いていると、「チュリゴン」の単語が耳につく。たしかドイツ語講座で習ったのは「Entschuldigung (えんちゅりごん)」なのだが、「えん」が聞き取れない。「ちゅりごん」だけでも十分通じるようだ。英語の「Excuse me」に相当する言葉のようだが、道を尋ねる時や、肩がぶつかった時など、使用シチュエーションは日本語の「すんません」と全く同じである。英語のように「I'm sorry」とを使い分けなくても良さそうだ。

フランクフルトのビル。
フランクフルトにある未来的なビル。

 さすが欧州きっての大都市フランクフルト、「アルプスの少女ハイジ」では空気の悪そうな大都会として登場、清涼なアルルの森から突然フランクフルトに連れてこられたハイジの戸惑う場面が思い出される。
 現代も未来的なビルが立ち並び様々な人種や民族が闊歩している国際都市といった趣だ。街中を歩いていると、アフリカ系や中東系が目立つ。特にスカーフで頬かむりしているトルコ人女性と思われる人が多かった。

フランクフルト駅。
フランクフルト駅のアーケード。
「アルプスの少女ハイジ」で似たような風景を見たような覚えがある。

 フランクフルトから鉄道でマールブルグへ。 駅の構内にはソーセージのファーストフードが目立っていたような気がするが、やはりフランクフルトはソーセージが売りである事を意識しているのか?

マールブルグ駅。
マールブルグ駅。

 フランクフルトからマールブルグまでけっこう時間がかかったような気がする。堺から近江八幡までいったような距離感だった。マールブルグ駅は上記写真の通りドッシリとした教会のような建物ではあるが地方の駅らしくこじんまりとしていて、巨大なフランクフルト駅とは雰囲気も人の多さも違う。ロータリーも静かで大阪では浜寺公園駅、高知では土佐山田駅のように落ち着いていた。

目抜き通り。
マールブルグ駅から少し歩くとメインの商店街。

 マールブルグのメインは冒頭写真で示した丘陵地に古寺エリザベート教会、マールブルグ旧庁舎、マールブルグ大学旧校舎、マールブルク城館。それらをつなぐように古風な街並みを残した商店街が広がっている。
 英語・スペイン語・韓国語・日本語などで書かれた「あけましておめでとう」の横断幕が飾られ、街は正月ムードだ。観光地らしくドイツ各地から観光客が集まっているが、フランクフルトやケルンの喧騒に比べると冬のドイツに相応しい静けさである。
 ドイツも暖冬でケルンについた時は首に巻いたマフラーが汗取りタオル化したものだが、マールブルグでは大阪の真冬のような寒さ。しかし本来のドイツは北海道のような気候らしいのでやはり暖かい。

マールブルグ旧庁舎。
マールブルグ市役所旧庁舎。

 札幌の旧道庁のように観光施設化したマールブルグ旧市役所、やや霧が漂い街灯が幻想的に輝き古い建物を照らす。姪っ子たちは口々に「ハリー・ポッターみたい」とはしゃいでいた。
 旧庁舎の前ではホットワインの屋台が並び、観光客たちが暖をとっていた。1杯50セントだったか? ややヌル燗のワインは甘酒のように身体を温める。

(余談1)マールブルグの象徴でもあるエリザベート教会は彼女の墓所に建てられた。最古のゴシック建築ともいわれていて、形状がケルン大聖堂をコンパクトにしたような形だ。日本に帰ってから調べてみると、ケルンはエリザベート教会を手本にして建立されたようだ。
 13世紀前半、ハンガリー王の娘として生まれたエリザベートは幼女の頃に政略のためテューリンゲンの大貴族の息子と婚約、14歳で結婚、新婚生活は仲睦まじいものだったらしいが夫が十字軍の遠征先で病没、若くして未亡人になり夫の遺族との確執があったらしく居城を追われた。
 晩年は私財をなげうってマールブルグに病院を建設し貧民のために尽くしたらしいが、自らも王女には見えない貧民のような生活だったらしい。24歳の短い一生で、息子や娘ももうけていたが政治的思惑で引き離された。
 エリザベートの他界は地元民に衝撃だったらしく巡礼者が後を絶たず、彼女が他界して僅か4年後、その現象を重く見たローマ教皇は聖女に列した。半世紀後には彼女の墓所に教会が建立された。
 エリザベートはテューリンゲン・ヘッセン・未亡人・病人・パン焼き職人・織師の守護聖人とされている。

 こういった事を事前に調べて予備知識として持っておくべきだった。


 
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