「ランボー 最後の戦場」 ランボー有終の美 【原題】RAMBO
【公開年】2008年
【制作国】亜米利加
【時間】90分
【監督】シルヴェスター・スタローン 【音楽】ブライアン・タイラー
【脚本】シルヴェスター・スタローン アート・モンテラステリ
【出演】シルヴェスター・スタローン(ジョン・
ランボー)
ジュリー・ベンツ(サラ・ミラー) ポール・シュルツ(マイケル・バーネット医師) マシュー・マースデン(スクール・ボーイ) グレアム・マクタヴィッシュ(ルイス) レイ・ガイエゴス(ディアス) ティム・カン(エン・ジョー) ジェイク・ラ・ボッツ(リース) ケン・ハワード(アーサー・マーシュ)
【成分】悲しい スペクタクル パニック 恐怖 勇敢 絶望的 切ない 熱帯 戦争映画
ビルマ ミャンマー 【特徴】「
ランボー」シリーズ最終章として制作された。主演のスタローン氏自ら監督・脚本も担当し、亡命
ビルマ人を俳優・エキストラに起用し、リアルな戦闘描写、臭ってくるような遺体の描写など、気合の入った作風である。映画の主題が亡命
ビルマ人達への政治的支援なので、
ランボーは控えめに主役を演じている。
奇しくも公開年に
ミャンマーがハリケーンに晒され多くの人々が被害を受け、
ミャンマー政府の対応に諸外国が疑問を持つ。そのため、映画で描写された光景に説得力をもたせる結果となった。取材中の報道カメラマン長井健司氏が
ミャンマー軍によって射殺された事件も記憶に残る。
【効能】ランボーの戦闘術に溜飲が下がる。リアルな戦場描写に戦争疑似体験ができる。
【副作用】リアルな戦場描写に気分が悪くなる。シリーズの中ではランボーは控えめなので物足りなさを感じる。
下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。
不謹慎な評価だが、サイクロンが追い風か? 不謹慎な言い方になってしまうが、
ミャンマー(余談1)を襲った2008年のサイクロンのおかげで、この作品に強い説得力を与えることになった。昨年の「ロッキー・ザ・ファイナル」といい、今のスタローン監督には映画の神様が憑いている。
この作品には現政権に反対する
ミャンマー人が俳優やエキストラとして多数参加している。ニュースで知ったが、今回の敵ボスキャラで虐殺を指揮している
ミャンマー軍少佐役を担当している俳優は私生活では民主化運動を展開しているそうだ。
ミャンマー政府の悪行を訴えるため敢えて扮した悪役だそうである。
「被害者」の主張というのは「真実」と受け取られがちだが、実はそうでもない。例えば北朝鮮や中国などの映画で描かれる旧日本軍を見たとき、その独特のデフォルメに違和感を感じる日本人は少なくないだろう。ドイツのヒルシュビーゲル監督がヒトラーをリアルに描こうとしたとき、被害者であるユダヤ人を中心に猛反発があったそうだ。殺戮者は「人間」ではなく「怪物」でないと被害者は納得できないからである。
もしサイクロンによる未曾有の被害が無かったら、現軍事政権に反対する立場のアメリカ人たちが被害者側の言い分を一方的に採用して殺戮描写のリアルさを追求するという口実で悪趣味なスプラッタを制作したのではと疑った。なにしろ2作目以降の
ランボーは銃を乱射するのが大好きなアメリカンヒーローになってしまったからだ。前作「怒りのアフガン」でみた反ソ連の国策的な胡散臭さも感じたかもしれない。
しかし、サイクロンの被害を受けた現政権の自国民軽視も甚だしいトンデモ対応(余談2)が、映画で紹介された軍隊の狼藉の数々に真実味を与えてくる。
作品の完成度は申し分ないと思う。よく90分にまとめた。むかし反戦の写真展で、クサヤか卵が腐ったような臭いがしそうな屍累々の戦場写真をみたことがある。この作品はそれに匹敵するリアルな描写であり、他の戦争映画に少なからず観られる晴着で演技をしているような違和感は無かった。邦画ではこの生々しい描写は無理かもしれない。
今回の
ランボーのアクションは以前のようなサバイバル技術や特殊な殺人術の披露は特に無いし、
ランボー自身の存在も控え目な印象がある。以前は一人舞台といっても良かった構成なのが、今回は複数いる主演者の中の一人という具合だ。代わりに理想や人格を完膚無きにまで踏みにじられ泣きわめくしかなかったヒロインたちの表情や人間臭さが強く出ている。
また、
ミャンマーといえば仏教だが、潔いと思うくらい仏教文化は全て割愛され、基督教徒が多いとされている部族の村が舞台となっている点に物足りなさを感じた。サイクロンが無ければ、私は真っ先に批判対象としただろう。これでは同様の紛争地域であるボスニアやソマリアに差し替えても同じ映画はできる。
ただ、初心に戻っての制作なら
ランボーは単純なアメリカンヒーローにしてはいけないし、社会批判的な側面も必要だ。かといって
ランボーから銃の乱射を取り上げる訳にもいかない。
ミャンマーの描写にしてもアジアを理解しないアメリカ人が下手にアジアを描写しようとしたら、折角の映画にギャグを入れることになる。(余談3)
今回のスタローン監督の判断は正しいと思っている。失敗の可能性がある要素は敢えて切り捨て、最優先のテーマを描写するに徹するのはなかなかの構成だ。
ランボーは戦場を知らないヒロインたちに力による解決を強烈に提示し、ヒロインの良心はランボーに故郷を思い出させた。オチも悪くないと思う。
最後に、この作品を台無しにしないため、もう続編は創らないでほしい。
(余談1)「ミャンマー」という国号は現軍事政権の主張によるもので、国連をはじめ国際社会も基本的には現政権の主張を受け入れている。現政権に反対している亡命ミャンマー人たちは従来の「
ビルマ」を使用。作中でもランボーたちは
ビルマと称している。
(余談2)まだ中国四川省政府のほうがまだ風通しが良くて民主的と感じた。
(余談3)ミャンマーを舞台にした邦画に「
ビルマの竪琴」があるが、実はデタラメだらけ。原因は作者はドイツ文学が専門で
ビルマの事など行った事も文献で調べたことも無い。最大の間違いは、
ビルマの僧は戒律で音曲はご法度となっている。つまり竪琴を持っていたら僧でないことがばれてしまうのだ。物語の根幹を揺るがす真実。
ビルマを知らない人には感動作だが・・。
晴雨堂スタンダード評価
☆☆☆☆
晴雨堂マニアック評価
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ミャンマー(余談1)を襲った2008年のサイクロンのおかげで、この作品に強い説得力を与えることになった。昨年の「ロッキー・ザ・ファイナル」といい、今のスタローン監督には映画の神様が憑いている。
この作品には現政権に反対する
ミャンマー人が俳優やエキストラとして多数参加している。ニュースで知ったが、今回の敵ボスキャラで虐殺を指揮している
ミャンマー軍少佐役を担当している俳優は私生活では民主化運動を展開しているそうだ。
ミャンマー政府の悪行を訴えるため敢えて扮した悪役だそうである。
「被害者」の主張というのは「真実」と受け取られがちだが、実はそうでもない。例えば北朝鮮や中国などの映画で描かれる旧日本軍を見たとき、その独特のデフォルメに違和感を感じる日本人は少なくないだろう。ドイツのヒルシュビーゲル監督がヒトラーをリアルに描こうとしたとき、被害者であるユダヤ人を中心に猛反発があったそうだ。殺戮者は「人間」ではなく「怪物」でないと被害者は納得できないからである。
もしサイクロンによる未曾有の被害が無かったら、現軍事政権に反対する立場のアメリカ人たちが被害者側の言い分を一方的に採用して殺戮描写のリアルさを追求するという口実で悪趣味なスプラッタを制作したのではと疑った。なにしろ2作目以降の
ランボーは銃を乱射するのが大好きなアメリカンヒーローになってしまったからだ。前作「怒りのアフガン」でみた反ソ連の国策的な胡散臭さも感じたかもしれない。
しかし、サイクロンの被害を受けた現政権の自国民軽視も甚だしいトンデモ対応(余談2)が、映画で紹介された軍隊の狼藉の数々に真実味を与えてくる。
作品の完成度は申し分ないと思う。よく90分にまとめた。むかし反戦の写真展で、クサヤか卵が腐ったような臭いがしそうな屍累々の戦場写真をみたことがある。この作品はそれに匹敵するリアルな描写であり、他の戦争映画に少なからず観られる晴着で演技をしているような違和感は無かった。邦画ではこの生々しい描写は無理かもしれない。
今回の
ランボーのアクションは以前のようなサバイバル技術や特殊な殺人術の披露は特に無いし、
ランボー自身の存在も控え目な印象がある。以前は一人舞台といっても良かった構成なのが、今回は複数いる主演者の中の一人という具合だ。代わりに理想や人格を完膚無きにまで踏みにじられ泣きわめくしかなかったヒロインたちの表情や人間臭さが強く出ている。
また、
ミャンマーといえば仏教だが、潔いと思うくらい仏教文化は全て割愛され、基督教徒が多いとされている部族の村が舞台となっている点に物足りなさを感じた。サイクロンが無ければ、私は真っ先に批判対象としただろう。これでは同様の紛争地域であるボスニアやソマリアに差し替えても同じ映画はできる。
ただ、初心に戻っての制作なら
ランボーは単純なアメリカンヒーローにしてはいけないし、社会批判的な側面も必要だ。かといって
ランボーから銃の乱射を取り上げる訳にもいかない。
ミャンマーの描写にしてもアジアを理解しないアメリカ人が下手にアジアを描写しようとしたら、折角の映画にギャグを入れることになる。(余談3)
今回のスタローン監督の判断は正しいと思っている。失敗の可能性がある要素は敢えて切り捨て、最優先のテーマを描写するに徹するのはなかなかの構成だ。
ランボーは戦場を知らないヒロインたちに力による解決を強烈に提示し、ヒロインの良心はランボーに故郷を思い出させた。オチも悪くないと思う。
最後に、この作品を台無しにしないため、もう続編は創らないでほしい。
(余談1)「ミャンマー」という国号は現軍事政権の主張によるもので、国連をはじめ国際社会も基本的には現政権の主張を受け入れている。現政権に反対している亡命ミャンマー人たちは従来の「
ビルマ」を使用。作中でもランボーたちは
ビルマと称している。
(余談2)まだ中国四川省政府のほうがまだ風通しが良くて民主的と感じた。
(余談3)ミャンマーを舞台にした邦画に「
ビルマの竪琴」があるが、実はデタラメだらけ。原因は作者はドイツ文学が専門で
ビルマの事など行った事も文献で調べたことも無い。最大の間違いは、
ビルマの僧は戒律で音曲はご法度となっている。つまり竪琴を持っていたら僧でないことがばれてしまうのだ。物語の根幹を揺るがす真実。
ビルマを知らない人には感動作だが・・。
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