「鬼の棲む館」 「女王様」にひざまずく勝新。 【公開年】1969年
【制作国】日本国
【時間】76分
【監督】三隅研次 【原作】谷崎潤一郎 【音楽】伊福部昭
【脚本】新藤兼人
【言語】日本語
【出演】勝新太郎(無明の太郎)
高峰秀子(楓)
新珠三千代(愛染) 佐藤慶(高野の上人) 五味龍太郎(武将) 木村元(中将)
【成分】笑える 勇敢 知的 切ない セクシー 時代劇 チャンバラ 南北朝時代
【特徴】勝新・デコちゃん・三千代の奇妙な三角関係を描いた異色作。生真面目に生きようとする者と、唯我独尊の姿勢で煩悩に正直たらんとする者との身体をはった戦いが見もの。三千代扮する天真爛漫で欲望に正直な愛染がなかなか現代的で魅力ある。煩悩を捨て悟を開いたはずの上人様が愛染に論破され欲望を放出する様が小気味良い。まさに享楽主義と羞恥心との戦い。
愛染が全裸で仁王立ちになって高笑いする様が迫力ある。
【効能】人間としてどの生き方が正しいのか、考えさせられる。
【副作用】一部、作風から浮いている特殊効果があり、観ている者まで恥ずかしくなる。
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勝新主演の映画の中ではけっこう異色。 原作は「卍」などの耽美小説で知られる
谷崎潤一郎氏、監督は「子連れ狼」シリーズの
三隅研次氏、脚本は「原爆の子」など反原発をテーマにした映画で著名の新藤兼人氏(余談1)、出演は
勝新太郎氏(以下、
勝新と表記する)・
高峰秀子氏・
新珠三千代氏・佐藤慶氏。
いま思うと、素晴らしく適切なキャスティングだ。
登場人物の会話から室町時代前期の南北朝時代、一休さんより少し前、NHK大河ドラマ「太平記」の時期と判る。
山奥の薄暗い森にある廃寺に楓という名の女性が1人訪ねて来る。源氏物語の大和絵に出てきそうな化粧にふくよかな顔、いかにも南北朝時代の品行方正な淑女といった風体、「カルメン・・」や「二十四の瞳」の
高峰秀子氏と判るのに一瞬の間が要った。廃寺には無明の太郎扮する髭面の
勝新が無愛想に出てきた。どうやら男に捨てられた女が懲りずに追いかけてきたようだ。帰れ、帰りません、といった
勝新・デコちゃんのイメージを裏切らない会話が続く。
それを打ち破るかのように
新珠三千代氏扮する愛染が登場する。淑女の楓と違って眉毛は剃らない現代的メイク、太い眉に野性的かつ妖艶な笑みを浮かべている。あばずれ女調に台詞を言うかと思いきや意外にも丁寧な話し方。どうやら愛染は太郎の愛人のようだ。
三角関係を清算するべく3人は寺にあがり話し合いをする。罵りあいをするのでもなく、穏やかで上品だが緊張感ある会話が2人の女性の間で交わされる。愛染は余裕の笑みで鷹揚と話すのに対し楓は終始緊張気味、楓は貫禄負けだった。と、そのとき愛染は男臭い太郎に向かって「太郎殿、薪がありません」と命じ、なんと太郎は大人しく薪を取りに行くではないか。太郎が愛染の愛人だったのだ。太郎の後姿を悲しそうな目で見る楓。眉を剃って額に楕円形の眉を書く当時のメイクなので哀しさが余計に強調される。
太郎を取り戻すべく楓は居座ることを決め、3人の奇妙な共同生活が始まる。愛染に太郎が仕え、太郎に楓が仕える様な関係。
時は南朝と北朝との内戦状態、軍勢が廃寺にやってくるときもある。太郎は愛染との愛の巣を守るべく特製の太刀を振り回して撃退する。根無し草のような生活ゆえに銭や食べ物が無くなると太郎は京へ上がって盗賊をはたらく。身を案じる楓を太郎は無視し続け、返り血まみれの太郎の姿に愛染は興奮しご褒美に太郎を寝所へ招く。
チャンバラ場面はさすが
勝新、殺陣は野性味たっぷりで迫力ある。
そんな3人の均衡を破る人物がやってくる。高野山の高僧が道に迷い廃寺を訪れるのだ。僧には佐藤慶氏が扮している。高僧と聞いて楓は平身低頭し、太郎への愚痴と愛染への憎悪を打ち明ける。高僧は有り難い説法で楓の悩みを打ち消す。高僧が持っている金目の仏像を狙って太郎が襲い掛かると、高僧は呪文を唱え仏像からは唐突に特撮レーザー光線?が放たれ太郎は腰を抜かす。(場違いな特撮)
そんな様子を見ていた愛染は不敵に笑い高僧を奥の院へ誘う。高僧の法力が勝つか愛染の色香が勝つか、太郎と楓が見守る中、高僧と愛染の駆け引きが続く。愛染は頭も良く、高僧の鉄壁な理論武装を論理で切り崩し酒で理性を切り崩し、とどめに胸をはだけて豊かな胸を見せる。ついに高僧は煩悩に負け男に戻ってしまった。
高僧を色仕掛けで屈服させた愛染は殆ど全裸姿で部屋の木戸を開け放ち、髪を振り乱し白い四肢で仁王立ち。(余談2)「この愛染の身体が勝ったぞ!」と高笑いは廃寺全体に響き渡る。高僧は煩悩に負けたことを恥じ入りあわれもない姿のまま自殺。
そしてラストへと流れるのだが、私にとっては不満のラストであり呆気にとられるドンデン返しだった。やはり、元の木阿弥になって再び3人の奇妙な生活が延々続き結局は何も変わらない、というリアルな社会を風刺した結びにしてほしかった。唐突に良い子になるなよ、と制作者たちに言いたい。
愛染役の
新珠三千代氏の演技と存在感は他者を圧倒していた。事実上の主人公だ。格好いい男の代名詞的な勝新を従わせ君臨する強くて妖艶な悪女は観ていて面白い。楓はともかく太郎までも結局は改心してしまうのだが、最期まで権威に逆らい続けた愛染に魅力を感じる。(余談3)
(余談1)新藤監督はかなりの御高齢だが、最近でも「完全なる飼育」など問題作の脚本を手掛け、今年(2008年)には監督作「石内尋常高等小学校 花は散れども」を発表予定。
(余談2)裸の場面は吹替えとの情報がある。美しい裸体で仁王立ちになり、髪を振り乱してギャハハと笑う大迫力の場面は吹替えに見えないのだが。
(余談3)実際の釈迦は権威と信仰を否定した。唯我独尊である。釈迦の教えに本当の意味で忠実なのは高僧ではなく愛染だ。
晴雨堂スタンダード評価
☆☆☆ 良
晴雨堂マニアック評価
☆☆☆☆ 名作 晴雨堂関連作品案内カルメン故郷に帰る [DVD] 木下惠介
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勝新主演の映画の中ではけっこう異色。 原作は「卍」などの耽美小説で知られる
谷崎潤一郎氏、監督は「子連れ狼」シリーズの
三隅研次氏、脚本は「原爆の子」など反原発をテーマにした映画で著名の新藤兼人氏(余談1)、出演は
勝新太郎氏(以下、
勝新と表記する)・
高峰秀子氏・
新珠三千代氏・佐藤慶氏。
いま思うと、素晴らしく適切なキャスティングだ。
登場人物の会話から室町時代前期の南北朝時代、一休さんより少し前、NHK大河ドラマ「太平記」の時期と判る。
山奥の薄暗い森にある廃寺に楓という名の女性が1人訪ねて来る。源氏物語の大和絵に出てきそうな化粧にふくよかな顔、いかにも南北朝時代の品行方正な淑女といった風体、「カルメン・・」や「二十四の瞳」の
高峰秀子氏と判るのに一瞬の間が要った。廃寺には無明の太郎扮する髭面の
勝新が無愛想に出てきた。どうやら男に捨てられた女が懲りずに追いかけてきたようだ。帰れ、帰りません、といった
勝新・デコちゃんのイメージを裏切らない会話が続く。
それを打ち破るかのように
新珠三千代氏扮する愛染が登場する。淑女の楓と違って眉毛は剃らない現代的メイク、太い眉に野性的かつ妖艶な笑みを浮かべている。あばずれ女調に台詞を言うかと思いきや意外にも丁寧な話し方。どうやら愛染は太郎の愛人のようだ。
三角関係を清算するべく3人は寺にあがり話し合いをする。罵りあいをするのでもなく、穏やかで上品だが緊張感ある会話が2人の女性の間で交わされる。愛染は余裕の笑みで鷹揚と話すのに対し楓は終始緊張気味、楓は貫禄負けだった。と、そのとき愛染は男臭い太郎に向かって「太郎殿、薪がありません」と命じ、なんと太郎は大人しく薪を取りに行くではないか。太郎が愛染の愛人だったのだ。太郎の後姿を悲しそうな目で見る楓。眉を剃って額に楕円形の眉を書く当時のメイクなので哀しさが余計に強調される。
太郎を取り戻すべく楓は居座ることを決め、3人の奇妙な共同生活が始まる。愛染に太郎が仕え、太郎に楓が仕える様な関係。
時は南朝と北朝との内戦状態、軍勢が廃寺にやってくるときもある。太郎は愛染との愛の巣を守るべく特製の太刀を振り回して撃退する。根無し草のような生活ゆえに銭や食べ物が無くなると太郎は京へ上がって盗賊をはたらく。身を案じる楓を太郎は無視し続け、返り血まみれの太郎の姿に愛染は興奮しご褒美に太郎を寝所へ招く。
チャンバラ場面はさすが
勝新、殺陣は野性味たっぷりで迫力ある。
そんな3人の均衡を破る人物がやってくる。高野山の高僧が道に迷い廃寺を訪れるのだ。僧には佐藤慶氏が扮している。高僧と聞いて楓は平身低頭し、太郎への愚痴と愛染への憎悪を打ち明ける。高僧は有り難い説法で楓の悩みを打ち消す。高僧が持っている金目の仏像を狙って太郎が襲い掛かると、高僧は呪文を唱え仏像からは唐突に特撮レーザー光線?が放たれ太郎は腰を抜かす。(場違いな特撮)
そんな様子を見ていた愛染は不敵に笑い高僧を奥の院へ誘う。高僧の法力が勝つか愛染の色香が勝つか、太郎と楓が見守る中、高僧と愛染の駆け引きが続く。愛染は頭も良く、高僧の鉄壁な理論武装を論理で切り崩し酒で理性を切り崩し、とどめに胸をはだけて豊かな胸を見せる。ついに高僧は煩悩に負け男に戻ってしまった。
高僧を色仕掛けで屈服させた愛染は殆ど全裸姿で部屋の木戸を開け放ち、髪を振り乱し白い四肢で仁王立ち。(余談2)「この愛染の身体が勝ったぞ!」と高笑いは廃寺全体に響き渡る。高僧は煩悩に負けたことを恥じ入りあわれもない姿のまま自殺。
そしてラストへと流れるのだが、私にとっては不満のラストであり呆気にとられるドンデン返しだった。やはり、元の木阿弥になって再び3人の奇妙な生活が延々続き結局は何も変わらない、というリアルな社会を風刺した結びにしてほしかった。唐突に良い子になるなよ、と制作者たちに言いたい。
愛染役の
新珠三千代氏の演技と存在感は他者を圧倒していた。事実上の主人公だ。格好いい男の代名詞的な勝新を従わせ君臨する強くて妖艶な悪女は観ていて面白い。楓はともかく太郎までも結局は改心してしまうのだが、最期まで権威に逆らい続けた愛染に魅力を感じる。(余談3)
(余談1)新藤監督はかなりの御高齢だが、最近でも「完全なる飼育」など問題作の脚本を手掛け、今年(2008年)には監督作「石内尋常高等小学校 花は散れども」を発表予定。
(余談2)裸の場面は吹替えとの情報がある。美しい裸体で仁王立ちになり、髪を振り乱してギャハハと笑う大迫力の場面は吹替えに見えないのだが。
(余談3)実際の釈迦は権威と信仰を否定した。唯我独尊である。釈迦の教えに本当の意味で忠実なのは高僧ではなく愛染だ。
晴雨堂スタンダード評価
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「高笑い仁王立ち」シーンが好きです。ちょっとやってみたいです(笑)