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ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

「二十四の瞳」 家族と一緒に感動しよう〔11〕 

二十四の瞳」 デコちゃん代表作。
 


【公開年】1954年  【制作国】日本国  【時間】156分  
【監督】木下恵介
【原作】壺井栄
【音楽】木下忠司
【脚本】木下恵介
【出演】高峰秀子(大石久子)  天本英世(大石久子の夫)  夏川静江(久子の母)  笠智衆(分教場の男先生)  浦辺粂子(男先生の奥さん)  明石潮(校長先生)  高橋豊子(小林先生)  小林十九二(松江の父)  草香田鶴子(松江の母)  清川虹子(よろずやのおかみ)  高原駿雄(加部小ツルの父)  浪花千栄子(飯屋のかみさん)  田村高廣(岡田磯吉)  三浦礼(竹下竹一)  渡辺四郎(竹下竹一・本校時代)  戸井田康国(徳田吉次)  大槻義一(森岡正)  清水龍雄(相沢仁太)  月丘夢路(香川マスノ)  篠原都代子(西口ミサ子)  井川邦子(川本松江)  小林トシ子(山石早苗)  永井美子(片桐コトエ)  
             
【成分】笑える 楽しい 悲しい 切ない かわいい 昭和初期~第二次大戦後
            
【特徴】高峰秀子氏(デコちゃん)の代表作。児童文学の壺井栄氏の原作を元に2時間半に渡って、小豆島の分校で出会った女性教師と12人の児童の触れ合いを描いた不朽の名作。戦闘場面を出さずに反戦を訴える作品としても優れている。
 洋服姿の若い「おなご先生」時代の初々しさと、戦争を経て戦後の壮年時代の老け具合が巧い。男先生を笠智衆氏、失明しながらも生き残った教え子磯吉には若き田村高廣氏が扮する。キャスティングが良いので、本当に12人の子供たちが成長し大人になっていくように見える。
 舞台となった小豆島の分校は現在観光地になっている。
 
【効能】教師と児童の絆に癒され感涙する。戦争時の銃後の厳しさを学べる。
 
【副作用】長い映画なので疲れて退屈する人が出てくる。
 
下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。記事に直接アクセスした場合は、この行より下がネタばれになりますので注意してください。  
戦争場面の無い反戦映画

 デコちゃん(高峰秀子氏)の代表作といえば、迷わず私はこの「二十四の瞳」をあげる。

 師範学校を出たばかりの若い女性、ハイカラなレディーススーツ姿の「おなご先生」がチャリンコに乗って瀬戸内の離島にある小学校分校へ爽やかに赴任する。そこで12人の児童との触れ合いや島民の誤解と摩擦、戦争直前の不況にともなって学校を辞めていく教え子、戦争で出征して行く教え子たち。戦後になって教え子たちの呼びかけで先生を囲んでの同窓会、教え子たちはみな立派な大人になっているが半数は死亡または所在不明、若かった「おなご先生」はまだそんなに年輩ではないはずなのに初老のおもむきで地味な和服姿が余計に今までの年月を感じさせる。

 こんな粗筋だが、御存知の方は少なくないと思う。原作者は児童文学で知られる壷井栄氏であり、これまでに3度映画化されTVドラマ化も何度かされている名作である。他のレビュアーも指摘されているように、終始一貫して平凡な田舎でのエピソードなのだが、都会と田舎の格差と文化摩擦・破綻する日本経済・戦争など、大きなテーマが盛り込まれている。これ見よがしに悲惨な場面を出さずに見せているところが優れている。

 私が「二十四の瞳」を最初に観たのは1954年のデコちゃん版ではなく、70年代に二回に分けて放送されたNHKのドラマだった(余談1)。なのにより強く印象に残っているのはデコちゃん版なのである。当然のことながらドラマはカラー放送だ。夢中になって見ていた気がするのだが、大石先生に扮した俳優の顔が思い出せない。思い出せるのはデコちゃん扮する白黒映画の大石先生だ。
 80年代の田中好子版と2000年代の黒木瞳版もあるが、殆ど印象に残っていない。田中氏も黒木氏もけっしてダイコン役者ではなく大石先生になりきっているのだが、何故だろう?

 同じことは「ビルマの竪琴」の三國連太郎版と石坂浩二版にもいえる。「ひめゆりの塔」の津島恵子版と沢口靖子版も同じだ。白黒がカラーに変わっただけの問題ではないような気がする。
 本作も含めていずれの第1作目は50年代に制作されている。敗戦後10年経つか経たないかの時期だ。復興も軌道に乗り始め、ようやく腰をおろして戦争というものを振り返ることができる時代、スタッフや俳優たちの多くはまだ戦争を体験しており独特の空気を肌で知っている。加えて体型の変化もあるかもしれない。(余談2)

 リメイク版に出演する中心世代は日本が急激に洋風化した60年代以降に生まれた人々だ。もはや普段着は浴衣・丹前・割烹着ではなく洋服だ。履物も靴かサンダルだろう。私は1人で和服を着ることができるし普段は雪駄か下駄を履いているのだが、そんな人は相撲か剣道か歌舞伎をやる人に限られていて、私のような素人では少数派だろう。
 中国や韓国の映画には流暢な日本語を話す日本人を演じた優秀な俳優やエキストラが登場するときがあるが、それでも所作などに違和感を抱く。東京の俳優が大阪人を演じているときでも感じる。スーパーモデルあがりの女性がマニキュアつけたまま料理人の役をされたときのような不快感に似たようなストレス。

 結局、私が育った地域は田舎だったから、まだ昔の日本の風景や習慣が色濃く残っていたから、そう思ってしまうのだろうか。(余談3)

(余談1)NHKが夕方の少年ドラマシリーズ枠で連続放映していたのを子供の頃に観た。当時のテーマ曲や作中の童謡は今でも口ずさむことができるほど憶えている。
 このドラマでは、主人公の大石先生が教え子の悪戯で足を怪我して欠勤し、代わりに年輩の分校長が大石先生の代わりを務めようと夜遅くまでオルガンの練習をしている光景を印象深く描写していた。

 小学生の頃は「二十四の瞳」に嵌り、図書館で原作本を借りて何度も読んだほどだった。20歳代の頃は舞台となった小豆島の分校にも行ってきた。分校は70年代に廃校となっていて、廃校直前の教室をそのまま保存して観光客に見せていた。壁に貼られた色褪せた水彩画の日付から、廃校直前の最後の児童は私とほぼ同世代のようである。

(余談2)原節子氏の水着写真を見た事がある。あくまで現代のスーパーモデルやグラビアアイドルたちとの比較の問題だが、骨太寸胴ガッチリ安産型だった。
 よくネイチャー物の番組でアイドル女優が東南アジアや南米を訪問するが、周囲の風景から浮いているように見える事が多々ある。
 つまり何が言いたいのかというと、メイクと演技力だけでは誤魔化せないほど日本人の体型とその背景である生活習慣が激変してしまっているということだ。

(余談3)張藝謀監督の「あの子をさがして」に食いついてしまったのも、「二十四の瞳」の思い出が根底にあるのと同時に、監督は普通の小中学生を俳優に起用したことも原因かもしれない。
 
晴雨堂スタンダード評価
☆☆☆☆☆ 秀
 
晴雨堂マニアック評価
☆☆☆☆☆ 金字塔

 
【受賞】ゴールデン・グローブ外国映画賞(1954年) ブルーリボン賞作品賞(1954年) 毎日映画コンクール日本映画大賞(1954年)
 
晴雨堂関連作品案内
二十四の瞳 [VHS] 朝間義隆監督 田中好子主演
終戦60年特別ドラマ 二十四の瞳 [DVD] 大原誠監督 黒木瞳主演
 
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二十四の瞳 (新潮文庫) 壺井栄
 
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二十四の瞳映画村


 
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