「スカイ・クロラ」 孤独を楽しむ時に〔38〕
「崖の上のポニョ」とは別の平和な世界
【原題】THE SKY CRAWLERS
【公開年】2008年 【制作国】日本国 【時間】121分 【監督】押井守
【原作】森博嗣
【音楽】川井憲次
【脚本】伊藤ちひろ
【言語】日本語 イングランド語
【出演】菊地凛子(草薙水素) 加瀬亮(函南優一) 谷原章介(土岐野尚文) 山口愛(草薙瑞季) 平川大輔(湯田川亜伊豆・合原) 竹若拓磨(篠田虚雪) 麦人(山極麦朗) 大塚芳忠(本田) 安藤麻吹(フーコ) 兵藤まこ(クスミ) 下野紘(パイロット) 藤田圭宣(パイロット) 長谷川歩(パイロット) 杉山大(パイロット) 水沢史絵(娼婦) 渡辺智美(娼婦) 望月健一(警備員) 西尾由佳理(バスガイド) ひし美ゆり子(ユリ) 竹中直人(マスター) 榊原良子(笹倉永久) 栗山千明(三ツ矢碧)
【成分】泣ける 悲しい ゴージャス 不思議 パニック 不気味 勇敢 知的 絶望的 切ない セクシー かわいい かっこいい 戦争映画 アニメ
【特徴】ほぼ同時期に公開された「崖の上のポニョ」と真逆のイメージ。事前に宮崎駿・押井守両監督は打ち合わせでもしたかのようなテーマの類似性と真逆スタイルだ。
明るい「ポニョ」とは正反対のどんよりとした灰色の世界、戦の女神ワルキューレをベースにほのぼの世界を作り上げているのに対し、戦闘場面が連続した平和な世界を描写している。
【効能】生きる意味を熟考察する機会が得られる。思春期の鑑賞者にとっては、登場人物たちに感情移入し大人のお洒落な世界を疑似体験する。
【副作用】全体に薄暗い世界なので気分が消沈するかもしれない。
下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。記事に直接アクセスした場合は、この行より下がネタばれになりますので注意してください。
硝煙の「ビューティフル・ドリーマー」
予告編を観た時、なんとまあ「ポニョ」と対照的な作品なんだ、と思った。
宮崎駿監督「崖の上のポニョ」はカラフルな絵本のような作調、5歳児くらいを対象にした家族団欒用の作品、一見すると平和な内容だが元ネタは明らかに戦の女神ワルキューレだ。
押井守監督「スカイ・クロラ」は深く暗い青空にどんよりとした冷たい灰色がかった風景、中高生から大人までが対象で1人で観にいった方が良い作品、一見すると戦争アニメだが設定は恒久平和のために行われる模擬戦争、それも実際に戦死者が出る見世物だ。
あくまでも私の想像だが、こんな会話が聞こえてきそうだ。
「押井さん、夏休み用アニメは原点に戻って子供を対象にした絵本調にするよ。元ネタはワルキューレだ。戦の臭いがする物語を温かい平和な世界に作り変える。吾郎に制作とはどういうものかを見せてやるんだ」
「宮さん、それならこっちは冷たくスタイリッシュな映像にしてハイティーンや大人向けにしますよ。戦の臭い強烈な平和な世界を表現します」
あくまでも私の想像だが、事前に申し合わせでもしたかのように真逆スタイルだ。
さて既に他のレビュアー諸氏が緻密な映像美について高評価しているので省こう。この作品を観ていると私は学生時代を思い出す。当時、あるアニメ雑誌の投書欄で戦争アニメの是非をめぐる議論が繰り広げられていた。
否定派は「おぞましい」「戦争に対して誤った楽観を持つ」「残酷描写は子供に悪影響」。
肯定派は「一つのジャンルを一方的に否定するのは一種の言論弾圧」「生理的に人間の闘争本能を発散させてやらなければならない」。
私はどちらも一理あり、どちらも正確ではないような気がした。どちらかといえば肯定派の意見に近いが。
学生時代はこんな素朴な疑問も持った。「宇宙戦艦ヤマト」や「ガンダム」が典型例だが、未来の宇宙戦争を描写しているはずなのに行っているのは第二次世界大戦レベル以下の戦い方だ。「スターウォーズ」にいたってはチャンバラまで出てくる。本当に宇宙戦争というものが発生したら、もっと味気ないものかもしれないのだが。
海外のSF戦争映画は「スタートレック」などのように30代40代の主人公が多いが、日本アニメの場合は主人公達の殆どがハイティーンだ。この「スカイ・クロラ」の世界は、ちょうど平和な日本で戦争アニメに興じる光景がそのまま模擬戦争を観戦する事へ発展したようである。
多くの人々は「現代戦」として馴染みがあるのは第二次大戦レベルの戦争である。チャンバラや地上戦などは飛び散る内臓や血飛沫で生々しすぎるが空戦はその生々しさは少ない。(余談1)平和に慣れ過ぎないために行う戦争ショーとしてはうってつけだろう。
押井監督の作品の中で、私が今でも傑作と思っている作品に「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」がある。永遠に続く友引高校文化祭前夜の追い込み準備、ラムが来てから友引高校の人々は成長が止まり毎年高校二年生のまま、さくら先生と面堂はその夢空間からの脱出を試みようとして仕掛け人夢邪気の術中にやられてしまう。主人公諸星あたるは、果敢に夢邪気と対決し夢世界から現実の友引高校に戻ったかのように見えるが、ラストでうつる全景の友引高校はモルタル3階建のはずなのに2階建になっていた。果たして、どこまでが夢で現実なのか、永遠に続くラムとあたるの恋の物語。
あれから20年余経って、形を変えてまだ同じような堂々巡り物語を観るとは思わなかった。(余談2)
(余談1)ゼロ戦パイロットの坂井三郎氏の「大空のサムライ」を読むと、戦争というよりは勝負のような感じだ。実際、人を殺すという感覚は少なく、血を流す敵パイロットを視認して改めてハッとする場面が著作にはある。
押井監督、ぜひ「大空のサムライ」をアニメ化してください!
(余談2)堂々巡りなのだが、司令官草薙水素の表情が冒頭とラストで大きく異なっている。この変化は希望への変化なのか? それとも平和の均衡が崩れる変化なのか?
晴雨堂スタンダード評価
☆☆☆☆☆ 秀
晴雨堂マニアック評価
☆☆☆☆ 名作



ブログランキングに参加しています。
- 関連記事
コメント
押井作品
コメントの投稿
トラックバック
この記事へのトラックバックURL
http://seiudomichael.blog103.fc2.com/tb.php/727-ace66bf7
日本でももっと押井監督の作品が注目されるといいのですが・・・。
何と言ってもあの『マトリックス』の原点となった『攻殻機動隊』の監督さんなんですから!