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ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

「フロスト×ニクソン」 知的興奮を楽しもう〔6〕

フロスト×ニクソン」 論争劇の佳作


 
【原題】FROST/NIXON
【公開年】2008年  【制作国】亜米利加 英吉利  【時間】122分  
【監督】ロン・ハワード
【音楽】ハンス・ジマー
【脚本】ピーター・モーガン
【言語】イングランド語
【出演】フランク・ランジェラリチャード・ニクソン)  マイケル・シーンデビッド・フロスト)  ケヴィン・ベーコン(ジャック・ブレナン)  レベッカ・ホール(キャロライン・クッシング)  トビー・ジョーンズ(スイフティー・リザール)  マシュー・マクファディン(ジョン・バード)  オリヴァー・プラット(ボブ・ゼルニック)  サム・ロックウェル(ジェームズ・レストン)  ケイト・ジェニングス・グラント(-)  アンディ・ミルダー(-)  パティ・マコーマック(-)
   
【成分】ゴージャス 勇敢 知的 かっこいい 討論劇 1970年代 アメリカ
     
【特徴】TV史上名高いインタビュー番組を映画化。ウォーターゲート事件で失脚したものの再起の野望を捨てていないニクソン元大統領と三枚目的陽気なキャラの人気TV司会者フロストとの言葉による格闘が魅力。どちらも足下に不安材料を抱え、側近たちは手に汗握る思い、当人たちも内心は余裕がない。それを汗一つかかず余裕の顔で応接室というリングに臨む姿が面白い。これぞ言論戦だ。
 日本ではまず実現しない討論劇だろう。
 
【効能】言論戦というものがどれだけハードなのか学べる。老獪な老政治家と新進の若手司会者の人生を賭けた討論に知的興奮をおぼえる。
 
【副作用】しゃべりだけでイラっとくる。訳がわからず話についていけない。
 
下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。記事に直接アクセスした場合は、この行より下がネタばれになりますので注意してください。  
日本では実現できない論争劇。
 
 少し前置きを話そう。私がまだ20歳代前半頃だったと思う。ある政治的な問題について硬派の某月刊誌に意見を投稿したところ、編集長直々に電話がかかってきて、投書欄ではなく特集ページに掲載してもらった。
 その雑誌はバイト先の社長も定期購読していた。出社時の朝、社長は嘲笑を浮かべながら「話し合いで解決やて? 今どきなに眠たいこというてる? こんな世間知らずな意見、当事者は相手にせぇへんで」と声をかけてきた。

 社長の言動で興味深いのは、私はひと言も「話し合いで解決」などと書いていないのである。口頭であれば誤解されても仕方がないだろうが、これは文字という記号で記録された文章である。しかも月刊誌で活字となっている。とんでもない間違いではないか。
 実際に私が主張したのは「他勢力とタイアップして言論戦を展開」である。話し合いは「交渉」だが言論戦は「闘い」であり、意味は全く違う。だいいち、今どきの日本で武装革命や武装闘争など物理的に無理だし世論の支持も得られない、となれば巧く言論戦を展開するしか現実的に選択肢はない。私の意見は当たり前の事に過ぎないのだが、これを世間知らずの意見で片付ければ、政治もジャーナリズムも国際協調も馬鹿げた事になる。社会を否定するに等しい暴論だ。

 社長が人の意見を誤解して自らの暴論に気がつかなかった原因は2つある。
 1つは、社長は目上風を吹かすタイプであり、私の風貌が書生顔であるため過小に評価された。文章では年輩に見られるが容姿は実年齢より若く見られる。当時は高校生のような雰囲気だったろう。目上風を吹かす人は若輩を必要以上に低く評価してしまう。
 2つ目は、「言論戦」と「話し合い」の区別が社長には理解できなかった。言葉でのやり取りは全て「話し合い」という単語で括ってしまうのだろう。「法廷闘争」という言葉を思い出せば、言論戦が「話し合い」で括れるほど緩いモノではない事ぐらい解りそうなものだが。

 実は社長のように勘違いをしている日本人は多い。欧米ではギリシア・ローマ時代から弁論や論争の文化があり学校でもよく学ばされるし、論争を扱った映画も多い。日本では逆に忌み嫌われる傾向があり、自治会総会でも株主総会でも反論異論無く満場一致で終わるのを良しとするし、論争劇はあまり好まれない。下手をすれば助さん格さんの強力な暴力装置と葵の印籠という大権威で一切の論争を吹き飛ばす。
 この映画は監督がロン・ハワード氏でハリウッドとイギリスの合作だからメジャー作品、しかしそんな日本的事情なのか、日本での上映映画館は意外に少ない。近所でやっていないので、私はわざわざ大阪都心部まで出張らなければならなかった。
 
 少し老けているがフランク・ランジェラ氏のニクソンは良い。「クイーン」でブレア首相を演じたマイケル・シーン氏が巧くデビット・フロストに化けている。(余談1)これは言葉によるボクシングである。ニクソンは言論戦・政治戦のスペシャリストをセコンドに、フロストは革新系ジャーナリストと番組制作者をセコンドに、応接室をリングに戦う。
 資金不足と睡眠不足のストレスに耐えながら涼しい顔を装ってニクソンに挑むフロスト、老獪で余裕のニクソンだが彼もまた内面に問題を抱えている。(余談1)場外でもジャブを繰り出しさり気なくブラフを仕掛けたり、妙なところで2人は共感したり、時おりリアリティーを増すためにドキュメンタリー調に関係者の証言部分(もちろん俳優が演じているのだが)を挿入したり、誠に有意義な2時間強の映画だった。(余談2)

 日本では同様のシチュエーションは起こり得ないが、強いて言えば“みのもんた氏”が大勲位中曽根康弘氏にインタビューするようなものだろう。あり得ない。

(余談1)私も司会進行役を何度か務めたことがあったが、怪気炎あげる左翼オッチャンたちのダラダラ弁に時間を奪われ、自己嫌悪に陥ったことがある。

(余談2)レベッカ・ホール氏扮する恋人役、フロストを慰めるのが巧い。ああでなくては。ああいう場合、迂闊にガタガタ言ったらアウトだ。


 
晴雨堂スタンダード評価
☆☆☆☆☆ 秀
 
晴雨堂マニアック評価
☆☆☆☆ 名作



 

 
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コメント

こんばんわ

その社長さんは多分本気で戦った経験がないんでしょうね。

仰るとおり論争は「闘い」であり、勝つか負けるかであって、誰もハナから負けることを計算して挑むものではないはず。

それを理解できていないのは、悲しいことですよね。

ほんと、そういう人がいる限り、日本でこんな凄い論争劇が見れることはないでしょうね。

Re: こんばんわ

にゃむばなな氏へ

 コメントありがとうございます。
 
 私を馬鹿にした社長は全共闘世代で、それなりに修羅場はくぐってはいるんですが、それだけに妙な自信を持っているんですね。ですから余計に目上風吹かしたがるのです。目上風を吹かし過ぎると、目下の言わんとする事を過小に評価し曲解する。
 彼はよく「激動の時代をくぐってきたんや」とか「わしらの世代が一番税金を納めている。だから発言の資格があるんや。(お前みたいな子供が偉そうにいうな)」と私に言ってました。
 
 しかし、激動と言えば、第二次世界大戦中を重傷を負った祖父とまだ幼い父を抱えて切り抜けた私の祖母のほうがはるかに激動の人生なんですけどね。
 それから、その人口の多い全共闘世代を年金で養ってやるのは私の世代なので、私にあまり偉そうにいうとバチがあたると思うのです。こんな事実関係や未来への予測は、ちょっと考えたら私でもわかることで、それがあの社長の限界です。

はじめまして。

TBありがとうございました。
見応えある映画でしたね。公開館が少なくて、私も少し足を伸ばしました。この手の映画は集客できないのでしょうか?

同じ言語を使っていても同じ意味でその言葉を使っているかどうかは疑問ですね。社長さんとのズレは伝言ゲームみたいな感じです。ゲームなら笑えるけれど面と向かっての会話でこれは痛い。
通訳を通して外国の方と会話となるともっとトンでもない事が起こりそうで怖いですね。

実際のフロスト×ニクソンのTV見てみたいです。

ミカエルさんの映画処方箋一覧の分類、面白いです。

コメントありがとうございます。

 かなりのメジャー映画なのに、ホントにカルト映画なみに上映映画館が少なかったですね。
 
 三谷幸喜氏の喜劇では優れた討論劇・論争劇がありますが、あくまで喜劇ですね。論争というものをまだ理解されていません。声がでかくて口数が多くて威圧できる人が勝つ、あるいは自分の土俵から一歩も出ず人の話を無視して持論展開を続ける、まだそんなレベルですから。
 
 フロストとニクソンはボクシングですが、日本の討論番組は子供の喧嘩です。


> TBありがとうございました。
> 見応えある映画でしたね。公開館が少なくて、私も少し足を伸ばしました。この手の映画は集客できないのでしょうか?
>
> 同じ言語を使っていても同じ意味でその言葉を使っているかどうかは疑問ですね。社長さんとのズレは伝言ゲームみたいな感じです。ゲームなら笑えるけれど面と向かっての会話でこれは痛い。
> 通訳を通して外国の方と会話となるともっとトンでもない事が起こりそうで怖いですね。
>
> 実際のフロスト×ニクソンのTV見てみたいです。
>
> ミカエルさんの映画処方箋一覧の分類、面白いです。

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