FC2ブログ

ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

「アバ/ザ・ムービー」 感動からエナジーを得よう〔11〕 

アバ/ザ・ムービー」 
アバの全盛期を伝える一品。

 

 
【原題】ABBA THE MOVIE
【公開年】1977年  【制作国】亜米利加 瑞典 濠太剌利  【時間】97分  
【監督】ラッセ・ハルストレム
【音楽】スティグ・アンダーソン ベニー・アンダーソン ビョルン・ウルヴァース
【脚本】ロバート・キャスウェル ラッセ・ハルストレム
【言語】イングランド語
【出演】アバ(本人たち)  ロバート・ヒューズ(アシュレ)  トム・オリヴァー(ボディガード)  ブルース・バリー(ラジオ局責任者)  スティグ・アンダーソン(マネージャー)
    
【成分】楽しい かっこいい ポップス  
     
【特徴】半ドキュメント半フィクションの映画。アバのオーストラリアツアーを取材する地元ラジオ局のDJが密着取材する設定でアバのコンサートを描写する。
 当時のアバの迫力とオーストラリアでの絶大な人気を伝える一品。現在でも、アバの歌はオーストラリアにとって国民歌的存在である。
  
【効能】アバの迫力からエナジーを得る。
 
【副作用】中途半端でわざとらしい演出に見えて興醒めする。
 
下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。記事に直接アクセスした場合は、この行より下がネタばれになりますので注意してください。  
アバの長大なプロモーションビデオ
 
 ミュージカルを映画化した「マンマ・ミーア!」が2009年1月に封切られた。スウェーデン出身のポップミュージックグループ・アバの代表曲で映画タイトルと同じ「マンマ・ミーア」はじめヒット曲の数々が物語を楽しく展開させる。

 そのアバがどんなミュージシャンたちだったのか、よく表しているのがこの作品である。当時、人気の絶頂だったアバが、77年にアバファンの多いオーストラリアでコンサートを行う模様を記録したドキュメンタリー風の作品だ。ドキュメンタリー風と表現したのは、コンサートツアーは実際にアバが行ったものだが、これに上司の指示で密着取材を行うDJのフィクションを絡めているためだ。ささやかな演出なのだが、私は気に入らない。
 監督はアバと同じスウェーデン出身のラッセ・ハルストレム監督、これが監督の出世作となる。

 アバが日本でもブレイクしたのは70年代後半、私が中学生だった頃だ。当時私はビートルズに興味をもっていたが、5歳上の姉がアバをよくFM大阪から録音して聞いていたので私もつられて聞いていた。(余談1)日本では「チキチータ」が大流行だった。
 男女4人、2組の夫婦が奏でる明るいポップス。中学生当時の印象を列挙すると、髭の優しそうなオジサンがキーボード、茶髪の痩せた二枚目遊び人風優男がギター、典型的な金髪清純派美女ボーカルが「ソプラノ」を、黒髪妖艶派美女ボーカルが「アルト」を担当している。巧い組み合わせだなぁ、と思った。(余談2)

 FM大阪でアバの特集番組があり、日本語吹き替えながらメンバーのインタビューを聞いたことがある。若さに溢れた4人だが、既に大きな子供がいる事に驚き、またビートルズと同じく楽譜が読めない(記憶違いかも知れないが)事にも驚いた。(余談3)
 アバ人気は「SOS」がイギリスでヒットしたことでヨーロッパ全域で人気があがり、続いてオーストラリアでは熱心なファンを増やした。映画ではオーストラリアでの人気の凄さを伝えているが、後に2000年のシドニーオリンピックでは地元歌手がオーストラリアの歌ではなく「ダンシングクイーン」を歌った事からも、オージーたちは今でもアバを支持している事が窺われる。

 そんなアバだが、最近になって制作されたドキュメント番組で当時を回想するベニービヨルン(余談4)はアメリカ進出は厳しかったと述べていた。いくらヨーロッパで人気者でもアメリカでは新人扱いなのである。誠にアメリカ人らしい傲慢なシステム、大リーグと同じだ。
 アメリカツアーする前から人気があったのはビートルズくらいか。(余談5)
 
(余談1)「ダンシングクイーン」はまさに大物新星が爽やかに登場といった迫力だった。
 私のお気に入り楽曲は、「SOS」「悲しきフェルナンド(スペイン語バージョン)」「イーグル」「ワーテルロー」など。

(余談2)私はファンというほど熱中はしてなかったので、メンバーの名前は「ソプラノ」を担当していた金髪のアグネッタと「アルト」担当の黒髪フリーダしか明確に憶えていない。男性はベニービヨルンだが、どちらがベニービヨルンなのかは思い出せない。早い話、男性には興味がなかった。
 男性たちが作曲演奏し、女性たちが歌う段取りで活動が展開された。映画の舞台となった77年頃が全盛期で次々と世界的ヒット曲を出していたが、この大成功が夫婦間の亀裂を生み、80年前後に2組はそれぞれ離婚した。

 黒髪美女が妖艶に「マネー・マネー・マネー」を歌うなどはキャラを活かしているなぁ、と思った。これはアバの男性達の指示らしい。彼女も実はアグネッタのように高音のパートを歌いたかったらしく、不満だったそうだ。

(余談3)ビートルズが楽譜を読めない事を知った時、楽譜が読めないのに作曲できるわけ無いだろう、と一瞬思った。しかし、それなら読み書きできない人は言葉を話す事ができないのかといえば、勿論そんな事は無いわけで、逆に英語の読み書きができても英会話ができない日本人も大勢居るわけだから、楽譜が読めないミュージシャンがいても全くおかしくない。

(余談4)2人とも太って髭を生やしているので、誰がベニービヨルンなのかますます判らん。

(余談5)デゾ・ホフマン氏が撮影したビートルズの写真が既に許可無くグッズで出回っていたという。己の権利は厳しく主張するくせに他人様の権利は踏みにじるアメリカ人らしい不遜な気質だ。
 
晴雨堂スタンダード評価
☆☆☆ 良
 
晴雨堂マニアック評価
☆☆☆☆☆ 金字塔

 



 
 blogram投票ボタン にほんブログ村 映画ブログへ
ブログランキングに参加しています。
関連記事
スポンサーサイト



ラッセ・ハルストラム監督の出世作ってアバのドキュメンタリーだったんですね?!ビックリです。

遡ることウン十年、当時はディスコブームと相まってアバの人気は凄かったですよね。音楽にあわせて体を動かすことが苦手な私でもほとんどの曲を知ってますものねぇ。
[ 2009/10/19 10:40 ] [ 編集 ]
ryoko氏へ
 
 「マンマ・ミーア!」と「ハチ」でこの作品を思い出しました。

> ラッセ・ハルストラム監督の出世作ってアバのドキュメンタリーだったんですね?!ビックリです。
>
> 遡ることウン十年、当時はディスコブームと相まってアバの人気は凄かったですよね。音楽にあわせて体を動かすことが苦手な私でもほとんどの曲を知ってますものねぇ。
[ 2009/10/19 22:44 ] [ 編集 ]
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する
この記事のトラックバックURL
http://seiudomichael.blog103.fc2.com/tb.php/882-37ac91a7

ギリシャの碧い海{/m_0228/}、青い空、白い建物にまぶしい太陽{/m_0001/} 文句なし、最高のロケーション! 「{/kirakira/}ギリシャー、行きた~い!」と叫びたくなりました{/face_heart/} タイトルの「マンマ・ミーア」って?・・・イタリア語ですよね? 昔、サッカーの?...
映画処方箋一覧
晴雨堂が独断と偏見で処方した映画作品。
下段「日誌」項目は晴雨堂の日常雑感です。
メールフォーム
晴雨堂ミカエルに直接ご意見を仰せになりたい方は、このメールフォームを利用してください。晴雨堂のメールアドレスに送信されます。

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール
↓私の愛車と野営道具を入れたリュックです。

晴雨堂ミカエル

Author:晴雨堂ミカエル
 執筆者兼管理人の詳しいプロフィールは下記の「晴雨堂ミカエルのプロフ」をクリックしてください。

晴雨堂ミカエルのプロフ

FC2カウンター
2007年10月29日設置
当ブログ注目記事ランキング
当ブログで閲覧数の多い順ランキングです。
設置2013年6月13日
ブログランキング
下記のランキングにも参加しております。ご声援ありがとうございます。
  にほんブログ村 映画ブログへblogram投票ボタン
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
130位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
66位
アクセスランキングを見る>>
タグランキング
晴雨堂の関心度が反映されています。当ブログ開設当初は「黒澤明」が一位だったのに、今は・・。
訪問者閲覧記事
最近のアクセス者が閲覧した記事を表示しています。
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム
リンク