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ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

「アキレスと亀」 絶望から脱出しよう〔30〕

アキレスと亀」 
北野映画の中では最も気に入っている。

 

 
【公開年】2008年  【制作国】日本国  【時間】119分  【監督】北野武
【原作】
【音楽】梶浦由記
【脚本】北野武
【出演】ビートたけし(倉持真知寿)  樋口可南子(幸子)  柳憂怜(青年時代の倉持真知寿)  麻生久美子(青年時代の幸子)  中尾彬(倉持利助)  伊武雅刀(菊田昭雄)  大杉漣(倉持富輔)  大森南朋(画商)  筒井真理子(倉持春)  吉岡澪皇(少年時代の倉持真知寿)  円城寺あや(富輔の妻)  徳永えり(倉持マリ)  仁科貴(-)  寺島進(-)  六平直政(-)  ふせえり(-)  大林丈史(-)  不破万作(-)  ビートきよし(-)  大竹まこと(-)  三又又三(-)  林田麻里(-)  アル北郷(-)  お宮の松(-)  松坂早苗(-)  丸岡奨詞(-)  風祭ゆき(バーのママ)  武重勉(-)  山野海(-)  こばやしあきこ(-)  須永慶(-)  諏訪太朗(-)  ボビー・オロゴン(-)  電撃ネットワーク(-)      
    
【成分】笑える 切ない  
         
【特徴】画家として認められる事にとり憑かれた主人公が最後に辿り着いた世界とは・・・。ビートたけし氏がまったく売れない画家に扮し、それを支える妻役を樋口可南子氏が担当する。
 ヨーロッパの映画界で好評だった佳作。
  
【効能】樋口可南子の演技を見ていると絶望からスクワレル思いがする。
 
【副作用】冗長の感あり退屈する。
 
下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。  
藝術も恋愛も勘違いの産物。
 
 ファンには申し訳ないが、北野武監督はあまり好きではない。彼の作品がなぜヨーロッパでウケるのかが解らない。ただ、この「アキレスと亀」については、ヨーロッパの知識人たちにウケるだろうと思う。

 まず、タイトル。哲学をかじった事のある人ならご存知の方も多いと思う。ギリシア哲学に登場するゼノンのパラドックスである。韋駄天アキレスと鈍亀が競争する話。足が遅い亀は最初からハンデをもらって競争するのだが、あっという間にアキレスが亀を追い抜かすと思いきや、限りなく追いつけそうな状態が延々続き、けっきょく永遠にアキレスは亀を追い越せない、という詭弁である。(余談1)

 俗物の私には極めてバカバカしい理屈にしか見えない。しかし偉い先生がその理屈を並べるともっともらしく聞こえるし、道理の合わない屁理屈に見えて実は深い意味があるのでは、と深読みしてしまう。この話をいかにも綺麗な日本製アニメで冒頭にもってくる。以前から日本の漫画・アニメ文化はヨーロッパの若者や知識人の間でウケつつある。おまけにヨーロッパ人が好みそうな哲学の話、掴みはOKといった感じか。

 今回の作品は、以前からの北野監督ファンには平凡でダラダラした作風に見えるかもしれない。しかし私は北野武作品の中では好感を持った。
 これまでの作品は、私のうがった観かたかもしれないが、監督自身の凶暴性や男ぶりをいかに格好良く魅せるかに労力が注がれているようで、おぞましいナルシストに見えた。その点、これはお世辞にも格好良いキャラではなく、しかもこういった勘違い人間は現実にいて、私も若干名知っている。また私自身、主人公ほどではないにせよ、その傾向があるかもしれない。私だけでなく、クリエイターみんなが程度の差はあれ抱く不安、もしかしたら天才と称揚されている北野監督も思っていることかもしれない。

 主人公の人生はタイトルとも合致する。タイトルには2通りの意味があるように思えた。
 1つは私がバカバカしいと感じながらももっともらしい論理に聞こえたゼノンの屁理屈。現実には有り得ない話なのにありえるように聞こえる、藝術も同じだ。ただ単に好きで描いているだけであれば、独りで勝手に作品を描いていても楽しいはずだし描きあげた絵画は存在する。しかし、第三者に見せる行為をとった段階で、好きだけが動機でなくなり、絵画には化学的物質価値以外の付加価値が発生する。その作品を評価する第三者の存在が大きければ「商品価値」が生じ、社会的政治的に強ければ「藝術的価値」が生じる。

 恋愛もまた同じものかもしれない。ヒロイン幸子は真知寿が純粋に絵画を探求していると思い込み好意を持つ。そして自分が最大の理解者だと自負するようになる。しかしどうみても悪徳画商の二代目が指摘したようにピカソやモンドリアンの下手糞な模写に近い。ただ、好きで描いている趣味の範囲なら良いが、マメに画商へ持ち込み、画商が買ってくれそうな作風をバカの一つ覚えのように描き続ける。そこに主体性はない。だが、ヒロインも真知寿の虚構を信じ、自分が最愛の女であり理解者であると自負する。そんな2人を冷静に眺め憤りを抱き続けていたのが2人の娘だ。
 極論すれば、小惑星が地球に激突すれば人類は滅亡し、それとともに藝術も恋愛も消滅、ただ物理の法則だけが残る。物理的には藝術も恋愛も虚構の存在だ。

 2つは、ラストでアキレスは亀に追いついたと締めくくる意味。最初、私はアキレスは藝術家で主人公の真知寿を指し、亀は凡人で主人公を支えるヒロイン幸子だと思った。しかし観終わってそれは逆ではないかと思った。
 真知寿は天才ではない。ただ、子供の頃に周囲からおだてられ、家が没落し親戚から見放されてからは絵だけが生きる拠りどころになっただけの凡人だ。バイト先や就職先の上司は彼の「趣味」には理解がありかばってくれていたので、普通に暮らしていればそれなりに幸せな家庭を築くことができたはずだ。だが彼は画商に認められたいがために次第に常軌を逸していく。もはや生活力が無くなった主人公を一貫して支えたのはヒロイン幸子だった。
 幸子というアキレスが真知寿という亀にハンデを与えて先に走ってもらっていたようなもの。最後に亀は虚構の徒競走であることを悟り立ち止まった。そしてアキレスと並んで歩く決心をした。
 
(余談1)要は、時間という要素を計算に入れていないだけの話である。この論理を物理現象に当てはめれば、アキレスが亀に近づくにつれてカメラの回転数を高速にしているだけの話だ。
 
晴雨堂スタンダード評価
☆☆☆☆ 優
 
晴雨堂マニアック評価
☆☆☆ 佳作

 
【受賞】テサロニキ映画祭・ゴールデン・アレクサンダー賞 パストーネ・ビアンコ賞2008(白い杖賞) 第13回ソフィア国際映画祭・観客賞
 
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下世話の作法 ビートたけし
アキレスと亀―時間の哲学と論理 千代島雅


 
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コメント

TBありがとうございました

あたしも、北野作品はあまり好きではなく、食わず嫌いもありますが、斜めに見た感もあるのですが、これは、自分の子供に対するあたりを除けば、結構○な部類です。
芸術も恋愛の虚構かもしれませんが、人間が生み出したもんの中では、いいもんだと思いますよ。

Re: TBありがとうございました

sakurai氏へ
 
 ビートたけし氏にとって、真知寿はかなり感情移入したのではないかと思います。

> あたしも、北野作品はあまり好きではなく、食わず嫌いもありますが、斜めに見た感もあるのですが、これは、自分の子供に対するあたりを除けば、結構○な部類です。
> 芸術も恋愛の虚構かもしれませんが、人間が生み出したもんの中では、いいもんだと思いますよ。

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『アキレスと亀』'08・日

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