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ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

「善き人のためのソナタ」 感動からエナジーを得よう〔12〕

善き人のためのソナタ」 
人間不信からの解放

 


【原題】Das Leben der Anderen
【英題】The Lives of Others
【公開年】2006年  【制作国】独逸  【時間】138分  
【監督】フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
【原作】
【音楽】ガブリエル・ヤレド ステファン・ムーシャ
【脚本】フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
【言語】ドイツ語
【出演】ウルリッヒ・ミューエ(ヴィースラー大尉)  マルティナ・ゲデック(クリスタ=マリア・ジーラント)  セバスチャン・コッホ(ゲオルク・ドライマン)  ウルリッヒ・トゥクール(ブルビッツ部長)  トマス・ティーマ(-)  ハンス=ウーヴェ・バウアー(-)  フォルクマー・クライネルト(-)  マティアス・ブレンナー(-)
    
【成分】笑える 悲しい パニック 知的 切ない コミカル 東西冷戦 秘密警察 1984年 東ドイツ
         
【特徴】東西冷戦下の東ドイツが舞台。未だベルリンの壁は存在し、秘密警察とシュタージが暗躍している。主人公はそのシュタージの敏腕将校ヴィースラー大尉と彼に監視される作家ゲオルク・ドライマンである。2人の主人公は全編を通じて会って語り合うことはないが、ラストの心の交流は感動である。
 ウルリッヒ・ミューエ氏は篠田正浩監督「スパイ・ゾルゲ」でドイツ大使役で出演、セバスチャン・コッホ氏はTVドラマ「オペレーション・ワルキューレ」で主人公フォン・シュタウフェンベルク大佐を演じている。
  
【効能】人間不信に悩む人に一筋の光が注がれる。
 
【副作用】退屈する人がいる。
 
下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。記事に直接アクセスした場合は、この行より下がネタばれになりますので注意してください。  
物静かなソナタ。
 
 まず、邦題が良い。ハリウッド映画の殆どは原題をそのままカタカナに直したものばかりだが、英語圏以外で制作された作品には優れた邦題がつく事が多い。優れた邦題の海外作品には、センスが良いとは思えない原題をよく見かける。(余談1)原題の言語を表面的にしか理解していない為なのか、日本人との感性の大きく隔たっているのか、平板でストレートなタイトルに見える。
 この作品も、タイトルをそのまま解釈すれば「他人の生活」、内容そのままで日本人の感覚では味気ない。「善き人のためのソナタ」の方が作品内容を表す重要なキーワードであるし、なにより余韻がある。和歌や俳句の国であるから、邦題も日本人の琴線に触れるものでなくてはならない。

 主役のウルリッヒ・ミューエ氏は小林薫氏も主演した日独合作「ザ・ラストUボート」(余談2)で良心的な艦長の役をやっていた人だったように記憶していたので興味はあった。
 西に編入される直前の東ドイツが舞台、主人公はいわゆる秘密警察の大尉(余談3)で、反体制市民を監視・取り締まるスペシャリストだ。彼はある劇作家を「黒」と直感し、秘密警察トップの肝煎もあって監視を開始するが、これまで扱ってきた政治犯とは大きく異なる行動に戸惑い、劇作家の恋人や友人への優しさや愛情を目の当たりにし、庇うようになっていく。

 劇作家役のセバスチャン・コッホ氏をはじめ他の俳優たちは喜怒哀楽があって演じやすかったと思う。ウルリッヒは生真面目に任務を果たしていく寡黙で無表情な秘密警察将校の役なので、感情の起伏が少なく、かなり難易度の高い演技だった。終始一貫して怒ったり泣いたりはしない。目の輝き具合で感情を表現するといったほうが良いか。

 劇作家を庇った事で主人公は左遷される。地下室に閉じ篭って封書の開封作業を延々行う仕事だ。が、映像的には変わりない。敏腕大尉のときも椅子に座って尋問しているか、ヘッドホンを当てているだけ、封書の開封作業も黙々と座り仕事。ベルリンの壁が崩壊し東ドイツが消滅した後も、黙々と新聞配達の仕事。
 ただ同じ無表情でも、大尉時代の職人気質な顔、劇作家たちに出会って狼狽する顔、左遷後や新聞配達での虚ろな顔、そしてラストの本屋で初めて魅せる晴れやかな顔。

 東ドイツ時代の内部資料が公開されたことで、劇作家は自分を救ってくれた秘密警察職員の存在を知る。彼は新刊「善き人のためのソナタ」でさり気なく大尉の暗号名を記し「(この作品を)捧げる」と序文した。主人公にしか判らない感謝の言葉である。
 「贈答用か?」と尋ねるレジの店員に向って、晴れやかだが特にニコリともせず「自分のための本だ」と答える。他人には「自分が読む本」にしか聞こえない言葉。主人公と劇作家と、本作を観る観客だけにしか解らない手応えのある言葉だ。主人公の人生にとってもっとも澄み切った一瞬であり人を疑うことが仕事だった男が初めて人間を心の底から信じる事ができた瞬間、ここでエンドになるところが巧い余韻だ。

 因みに日本では住基ネットが施行された。国民背番号制だとの批判も強い。国家権力でなくても、一個人が他人のプライバシーを丸裸にできる事が社会問題となっている。東ドイツでのステレオタイプな馬鹿げた事件ではなく、手を変え品を変え市民をジワジワと取り巻く。
 逆に個人情報を一字たりとも漏らさない、となれば地域社会は分断され住民自治会は全く機能しなくなる。いずれも人間不信の産物だ。

(余談1)例えば「初恋のきた道」の原題を直訳すれば単なる「私の父母」だし、「若草物語」は「小さな女の子たち」、「恋する惑星」は重慶森林、「重慶」というビルでの人間模様を表したいタイトルなのか? 

(余談2)佐官級の日本海軍士官2名を乗せたUボートの航海を描いた物語。90年代前半の作。
 
 因みに、ウルリッヒ・ミューエ氏は邦画「スパイ・ゾルゲ」でドイツ大使役で出演している。セバスチャン・コッホ氏はドイツのTVドラマ「オペレーション・ワルキューレ」で主人公フォン・シュタウフェンベルク大佐に扮している。

(余談3)冒頭、ウルリッヒ氏は制服姿で登場する。軍服ではなく保安省の制服だと思う。
 大戦後、東西ともにナチスのイメージから一新するため制服を折襟から開襟背広型に改めたが、襟章は東西とも特に変更していない。が、西はアメリカ軍などを見習って肩章を簡素化したのに対し、東ではナチス・ドイツ時代を踏襲したデザインを採用した。さらに西では太股が広く脹脛をすぼめた乗馬ズボンを廃止したが、東では相変わらず着用している。
 映画でも、ウルリッヒは銀色の幅広い肩章をつけている。上司の中佐は銀モールの組紐肩章を付けているのが見える。いずれもナチス・ドイツの国防軍や武装親衛隊が使っていた肩章のデザインとほぼ同じだ。

 作品の時代設定を1984年にしている。明らかに、オーウェルのSF小説「1984年」を意識している。この小説は一党独裁の全体主義世界の近未来を舞台にしており、1人の役人が洗脳から解け現体制に疑問をもつようになる物語だ。
 
晴雨堂スタンダード評価
☆☆☆☆ 優
 
晴雨堂マニアック評価
☆☆☆☆ 名作

 
【受賞】NY批評家協会賞(外国映画賞)(2007年) アカデミー賞(外国語映画賞)(2006年) LA批評家協会賞(外国映画賞)(2006年)
 

 
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コメント

大変反応遅くて

すいません。
よく出来た映画でしたね。
邦題のセンスもとってもいい味わいを加えてました。
ウルリッヒ・ミューエ氏は、これからもっと味のある演技を見せてくれそうだったのに、惜しいことをしましたね。
「我が教え子、ヒトラー」よりも、こっちの方がよかったと思います。

Re: 大変反応遅くて

sakurai氏へ

> 邦題のセンスもとってもいい味わいを加えてました。
> ウルリッヒ・ミューエ氏は、これからもっと味のある演技を見せてくれそうだったのに、惜しいことをしましたね。
> 「我が教え子、ヒトラー」よりも、こっちの方がよかったと思います。
 
 東ドイツの兵役に就いていたときに胃の手術をして、そこから癌になったそうです。そんなこともあるんですね。怖い話です。処置がいい加減だったのでしょう。
 いい加減といえば、C型肝炎なんかも昭和生まれ以前の人間は全員感染の可能性があるそうです。注射針を随時交換するよう義務付けられたのは平成に入ってから、それ以前は一回注射を打つごとに針をアルコールで消毒していただけで使いまわしでした。丹念に煮沸消毒すれば使いまわしでも可だったでしょうけれども。
 
 「我が教え子、ヒトラー」はかなり喜劇の要素が勝っていましたね。あれが遺作となってしまうとは残念です。

そんな理由だった

へーー、そんな理由でガンになんて、悔やみきれないですね。
東欧圏なら、さもありナン・・・などとも思います。
エイズは共産圏には絶対にありえない病気だ!とか言って、さっぱり治療もしてこなっかたですからね。

昔、インフルエンザの予防注射で、新型ロボットを導入とかいって、でっかいロボットみたいな機械から、おんなじ針で、(ちょっと拭いただけの)次々と注射されたのが、忘れられません。一応、肝炎にはかかってないですが・・・。

Re: そんな理由だった

sakurai氏へ

> へーー、そんな理由でガンになんて、悔やみきれないですね。
> 東欧圏なら、さもありナン・・・などとも思います。
> エイズは共産圏には絶対にありえない病気だ!とか言って、さっぱり治療もしてこなっかたですからね。
 
 まったくです。これは人災ですよ。「スパイ・ゾルゲ」にドイツ大使役で出演されていたので、さらなる邦画出演も期待していたのですが、まことに残念です。彼の演技は邦画との相性が良さそうなので、たとえばカツラをつけてシーボルトの役なんか面白いかなぁ、と勝手に思ったりしていました。
 
 まだ命尽きる歳頃ではないのに倒れるのは嫌ですね。今年はそんな人が多すぎます。マイケル・ジャクソン、臼井儀人、亀山房代、大原麗子、つらいです。

> 昔、インフルエンザの予防注射で、新型ロボットを導入とかいって、でっかいロボットみたいな機械から、おんなじ針で、(ちょっと拭いただけの)次々と注射されたのが、忘れられません。一応、肝炎にはかかってないですが・・・。

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