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ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

中村優子 クヒオ大佐 (2009)

クヒオ大佐」 
クヒオにほのかな友情を感じる美女。


 堺雅人氏はコメディを意識して若干オーバーアクション気味にクヒオ大佐を演じていたが、これにリアリティを強化する役割を担っていたのが3人の女優である。
 1人は弁当屋社長に扮する薄幸女性の名手である松雪泰子氏、次に若い学芸員に扮した満島ひかり氏、そして海千山千の高級ホステスを好演した中村優子氏だ。
 
 中村優子氏は間違いなく演技派と呼ばれる俳優だろう。「火垂」のストリッパー役や「血と骨」の愛人役など、アンニュイな陰が興味深い。本作でもそのキャラを活かして男に貢がせる高級ホステス役だ。
 予告編では松雪泰子氏と満島ひかり氏と並んでクヒオ大佐に騙されるヒロインの1人であるかのようだが、本作を観てみるとヒロインというよりは、クヒオの正体を見破って逆に恐喝を仕掛ける弁当屋の弟と似たような助演者のポジションだ。
 
 弁当屋の弟はあからさまにクヒオの弱みにつけこんで金をむしり取る算段なのだが、中村優子氏演じるミチコはもっと狡猾だ。初対面の段階ではまだ通りすがりの、ちょっと気になる男程度の認識なのだろうが、クヒオが初来店の段階では偽者というのは見破っていたはずだ。(余談1)それにクヒオの格好が面白い。外套を着てもおかしくない肌寒い季節なのに、白馬の王子を演出したいのか白い立襟夏服を着ている。
 
 クヒオはれいによって陰のある女性に目をつけアタックした訳だが、今回はハードルが高かった。家業一筋に疲れて結婚を夢見るようになった弁当屋の社長でもなければ、まだ純情な若い学芸員でもない。巧妙に男をその気にさせて、しかし軽々しく身体を許すようなヘマはしない、教養も度胸もある海千山千のホステスだ。それに金を持っていそうな彼女に目を付けた動機も、正体を見破り恐喝を仕掛けてきた弁当屋の弟から「金持の女から銭を回してこい!」とケツを突っつかれての行動なので、今までとはリズムが違う。
 
 彼女との最大の魅せ場、「貢がせる」を得意とするホステスと結婚詐欺師との、ゴージャスな雰囲気でにこやかに繰り広げられる腹の探り合い駆け引きだろう。弁当屋社長や学芸員相手では完全にクヒオが会話のイニシアチブを握っていたが、ここでは互角か、ややホステスに押され気味だった。
 彼女はホステスとして合法的に貢がせる名手であるのに対して、クヒオは全て嘘とハッタリに固めての勝負だ。クヒオには初めから余裕が無い、しかも恐喝する弁当屋の弟の存在がある。No1ホステスのミチコVS結婚詐欺師クヒオ大佐の緊張感ある会話は、弁当屋の弟との掛け合い漫才のようなやり取りと並ぶ本作の魅せ場だ。
 
 おそらく、ミチコも相手に貢がせるという共通項でクヒオに親近感を抱いていたのだろう。あるいは自分を口説こうと貢ぐ男たちと違って、対等な駆け引きができるクヒオに友情のようなものを抱いたかもしれない。
 もちろん、弁当屋の弟と同じくクヒオを使って銭儲けの算段をしていたのは間違いなさそうだが、刑事が職質に来店した時にクヒオが慌てて逃げていく姿を哀しそうに見送る顔は切ない。もし刑事がこなかったら、たぶん自分の手は汚さず、峰不二子的にクヒオの陰で暗躍したかもしれない、そんな空想をすると楽しくなる。

(余談1)彼女は実際に東京外大のイタリア語学科を出ているので、英語と伊語が話せる。作中でもその特技を披露してほしかった。彼女が別の客と流暢に英語で会話しているのを自称アメリカ人のクヒオが冷や汗流しながら聞いている様を期待していたのだが、ちと残念。


 
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女優評 松雪泰子 「クヒオ大佐」 (2009)

クヒオ大佐」 
薄幸女性役の名手


 彼女の役柄で印象に残っているのは、高飛車なお嬢様、姐御肌のオバサン、キャリアのあるダンスの先生などなど。(余談1)近年、巧いなと感じるようになったのは不幸を背負った女性役だ。「容疑者Xの献身」や本作「クヒオ大佐」だ。
 
 見るからに不幸のオーラを出しているキャラを好演した。本作で一番気に入っている場面は、従業員の給料資金をクヒオ大佐のために使い込んでしまって従業員から吊るし上げにあうところだ。
 メイクの力もあるのだろうが、大佐との逢瀬で見せた白く輝く笑顔、艶々した表情。経営する弁当屋での肌ツヤのない表情。
 クヒオ大佐と恋愛に疲れを感じる物憂げな表情、そして従業員の吊るし上げで、若干肌が荒れて赤っぽくむくんだような表情。クヒオと寝所をともにする時の張りのある表情とは対照的で説得力がある。
 
 従業員の抗議描写も巧い。よくステレオタイプに従業員が怒鳴り罵る場面を撮りたがるのだが、ここでは静かな険悪が広がる。数名の女性従業員が社長松雪泰子氏を事務所の壁際で取り囲み、古株が代表して静かに落ち着いた語調で社長を糾弾する。
 クヒオ大佐との交際で社長としての業務も疎かになりがち、従業員の間で静かに不信感が進行している様が節目節目にさりげなく描写されている。肝心な時に社長が不在で、代わりに従業員が作業を止めて応対するのはかなり迷惑な話だ。社長の弟に愚痴とまではいかないまでも近頃の社長の言動に対する不安は口にする。そしてついにとどめの賃金支払いの遅れだ。月々かつかつで生活している者にとっては、電気・ガス・水道・電話・学費・家賃・ローンなどの支払いが狂って難儀する。
 その光景を偶然見てしまったチョイ悪弟新井浩文氏の息を呑んでしまう表情もリアルだ。
 
 堺雅人氏はコメディを意識しているのかクヒオを少しオーバーアクションで演じ気味だが、クヒオを取り巻く人物、取り分け女性たちの演技はそれに悲劇的な現実味を与えている。
 
(余談1)私が最初に松雪泰子氏を認識したのは高嶋政伸氏が政治家ジュニアの役をやった「ジュニア」で大物政治家の娘役を演じた時からだ。その時は美人女優が演じる定番の清楚で知的なキャラなのだが、その後はぶっ飛んだ役柄をよくこなす。


 
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女優評 オードリー・ヘプバーン 「ロビンとマリアン」 (1976)

ロビンとマリアン
育児休暇から復帰第1作。


 オードリー・ヘプバーン氏の代表作といえば「ローマの休日」や「マイ・フェア・レディ」「ティファニーで朝食を」思い浮かべる人が多いだろう。この頃のオードリーは天真爛漫の少女といったおもむきだ。(余談1)

 しかし、この「ロビンとマリアン」でのマリアン役のオードリーはもはや少女ではない。50歳を目前にした女優で少女的な面影もない。役柄であるマリアンももはや「姫」ではなく、壮年の修道院長だ。ただ、代官の手の者から守るため修道院からマリアンを連れ出そうとするロビンに文句を言うあたりは、若い頃のマリアンとオードリーがダブって見える演出は、さすがレスター監督だ。

 ロビン・フッドの物語は世界中に知られている。欧米なら日本の桃太郎と同じくらいポピュラーだ。だからこの作品でロビンやマリアンの若い頃の解説をする必要もない。そして、ショーン=コネリー氏もこのロビンではドン臭い役だが「007」のナイスガイであることは多くの観客が知っている。オードリーも、輝くような笑顔をした活動的な女の子キャラだった事も知っている。たぶん、監督はこのオーバーラップ効果を狙ったのではないかと思う。

 そしてもう一つ、オードリーは子育てを理由に映画出演のオファーを60年代後半から断り続けてきた。(余談2)いわば「ロビンとマリアン」は10年のブランクを経ての出演である。ローマのオテンバ王女だったオードリーも、二度の離婚と育児に追われ、すっかり壮年の女性になった。彼女にとってもマリアン役はタイムリーだと自覚していたのではないだろうか。

(余談1)アメリカでは金髪でグラマーな女優がメジャーだ。オードリーと同時代に活躍した女優で最も脚光を浴びたのはマリリン・モンロー氏だ。金髪でグラマーでセクシー。もっとも、彼女が映画デビューする前のモデル時代の写真を見た事があるが、髪は栗毛色で健康的に日焼けした女の子だった。商売とはいえ、髪の色を抜き身体を白くするとは、辛いものがある。本当は向学心旺盛で演技派女優を目指していたのに馬鹿な振りをしなければならないのも切ない。
 そういう意味では、まだオードリーは我を張れた方かもしれない。周囲の映画人の理解も比較的あったようだ。

 さて、アメリカ人にウケるために自分を作りかえたモンローだが、日本での人気はイマイチだ。アメリカの象徴としてモンローは称揚されたが、親しみではオードリーが断然上だ。ほぼ黒に近い髪に童顔、華奢な身体つきに親近感を抱かせた。オードリーのスタイルは当時の日本の女優にも強い影響を与えたのではないか。

(余談2)子育てだけが理由ではない、と勘ぐるファンや映画関係者も少なくない。
 

 
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女優評 林志玲(リン・チーリン) レッドクリフ Part II ―未来への最終決戦― (2009)

林志玲リン・チーリン) 不思議な艶っぽさ。
 
林志玲
中国版ポスターから

 「レッドクリフ」2部作、台湾のトップモデル林志玲氏(リン・チーリン)初の長編映画デビュー作という事になるのだろうか。(余談1)
 
 モデルだけあって足が長く背が高い。映画のプレゼンで来日した光景をTVで観たことがあるが、私と同じくらいの背丈と思う。(私は173センチ)映画では周囲の俳優が大柄なので中肉中背のようなイメージをもってしまうが、スタジオでは大柄なのにビックリする。年齢は30代半ば、5歳以上は若く見える。

 不思議な魅力だ。良妻賢母型の美女として出演しているのだが、大人の魅力を振りまくというよりは少女のようにキュートでもある。しかしギャルではなく成熟した女性の魅力も湛えている。知的で清楚なイメージなのだが、同時に発情期の魅力もたっぷりだ。
 周瑜が屋敷で剣舞をやっている時に、文机の前で林志玲氏は日本でも馴染みがある孫子の「風林火山」を唱える場面は美しい。

 三国志は男の物語だとよく言われている。女性についての記述があまりにも少ないからだ。もともと中国は日本以上に男尊女卑の激しい国で、歴史の表舞台に登場するのは則天武后や西太后といった激しい男社会の権力闘争に打ち勝ち悪女として生き残った者ばかりだ。だからそんな男社会の三国志をそのまま映画化しても、世界の鑑賞者は納得してくれない。
 少ない記述から話を膨らまし、お飾りのヒロインではなく、物語の重要な局面に関わる強いヒロインとして活躍させねば、現代人は納得しない。そういう意味で、三国志演義では男勝りで有名な孫権の妹尚香は必ず出さなくてはならない女性キャラであり、小喬の脚色も必要だろう。(余談2)
 
 キャスティングは当たりである。女優たちのキャラに合致している。少年的な魅力でお騒がせ女優でもある趙薇氏(ヴィッキー・チャオ)はやはり尚香だし、林志玲氏は尚香でも悪くはないがモデルや司会者で著名、秘書にしておきたいような雰囲気となれば小喬を演じるのが妥当だ。

 これからどんな役をこなしていくのか楽しみである。

(余談1)林志玲を拼音で表記すれば「Lín Zhìlíng」となる。カタカナで表記するのはちと難しい。強いて言えば、「リン・ズィリン」が一番近いのだろうか? 少なくとも「リン・チーリン」では通じない。下手をすれば、日本語で「リン・シレイ」と言ったほうがまだ良いかもしれない。
 いつも思うのだが、中国人の名前は漢字で表記するべきだ。韓国朝鮮人の場合は、漢字表記を廃止もしくは廃止に近い状況であり、原音に近い呼称を求めるのでやむを得ないが、中国人の場合は地方によっては独語と英語くらいの隔たりがあるから気にしない。日本人の名前を中国人も中国語音で呼ぶからお互い様なのだ。

 漢字で表記すると、凛として玉のように美しい女性の名前である事が解る。まさに名は体を現す典型だ。玉のように美しい女性であるとの評判、またカナダの大学へ留学して経済と美術の学位を取るなどの才女ぶり、「志玲」はピッタリだ。
 だからカタカナで表記されると感覚がわからなくなるのだ。漢字文化をもっと大切にするべきだ。

(余談2)孫権の妹尚香を演じた趙薇氏も林志玲氏とほぼ同世代。
 作中で曹操軍に潜入中の尚香が「デブ助」と渾名される場面がある。孫権の陣に戻って肌襦袢姿になる場面でスレンダーなプロポーションを披露しているが、過去にストレスからなのか激太り事件を起こしている。趙薇氏は中華芸能界ではお騒がせ女優として有名だ。「デブ助」は事情通には大笑いだろう。
 

 
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女優評 深田恭子 「ヤッターマン」(2008)

深田恭子 「ヤッターマン
想定外のハマリ役。


 深田恭子氏が実写版「ヤッターマン」でドロンジョ様に扮すると聞いたとき、「顔が丸顔で幼すぎる」と快くは思わなかった。

 「ヤッターマン」実写化の噂を聞いたとき、私の中でイメージしていたのは杉本彩氏だ。ドロンジョと同じく顎がこころもち尖った顔付きと妖艶なナイスボディ、姉御肌的キャラゆえ煙管をもつ姿も様になる。特撮作品出演経験(余談1)も豊富。うってつけだと思った。
 たしかアニメの設定ではドロンジョの年齢は20歳代半ばくらい、杉本彩氏では歳をとり過ぎている。しかしそこは女優、演技力と身体のケアと丁寧なメイクとカメラワークとライティングでどうにでもなる。ドロンジョの衣装を着ければ年齢不詳の謎の美女、キメ台詞「やっておしまい」が似合うはず。

 深田恭子氏がドロンジョ様を担当すると聞いて、正直ガッカリした。深田恭子氏はドロンジョの設定年齢に近い歳頃だが、実年齢よりも幼く見えるイメージであり、煙管をもつ姿は様にならないのではないかと思った。また生身の人間がアニメと全く同じ体型になるのは無理があるだろうから、実写では妖艶さを強調する体型で勝負するだろう。深田恭子氏のスタイルは良いのだが艶っぽさとなると果たしてどうだろうか?懐疑的だった。
 また、声の質はドロンジョの声を担当した声優の小原乃梨子氏に似てなくもないが、貫禄ある「やっておしまい」が言えるだろうか?

 映画を観て、やはり深田恭子氏の「やっておしまい」は不満である。演技力は小原乃梨子氏のほうが数段上だ。それは当然だろう。ただ、声優は声の演技だが、女優は身体すべてで表現する。総合的には深田氏のドロンジョ様は素晴らしい。危惧したのは杞憂だった。
 男性目線になってしまうが、深田恭子氏がこれほど豊満で均整のとれたプロポーションだとは思わなかった。ガリガリと思っていた二の腕も適度に肉が付いているし、たぶん万歳したポーズを背後から見たら逆三角形ではないか、ダテにバタフライ(余談2)をやっていない。こういう逞しい体型はドロンジョ装束がよく似合う。

 また、アニメ版ではヤッターマン1号は13歳、2号は12歳、中学一年生くらいの少年少女で、ドロンジョ様は一回りほど歳上だ。映画ではさすがにヤッターマンの年齢設定を高校生くらいにあげているだろう。今作品ではドロンジョ様が1号に恋をしてしまう。 もし杉本ドロンジョ様が中学生の1号に恋をしたら、いくら若作りしても完璧にショタコン(余談3)で、残念ながら世間的には禁断のエロさが「ヤッターマン」に充満してしまう。童顔の深田ドロンジョが櫻井1号に恋をし、小娘である福田2号(福田沙紀氏は撮影時高校生)に嫉妬の炎を燃やすのなら、釣り合いが取れる。この程度のエロさなら少年少女の観客からも安心?して興行収入を得る事ができる。

 総合的に見ると深田ドロンジョ様で正解だったし、深田氏本人も女優としてエポックメーキング的役柄であり興行的にも成功した(公開日時点では判らないが、たぶん)手応えある仕事だったろう。
 男性目線になってしまうが、距離を置いて観た深田ドロンジョ様の全身像は白く輝く大人の魅力たっぷりだ。こんなに似合うとは思わなかった。是非、続編が制作されるなら引き続き深田恭子氏にドロンジョをやってほしい。

(余談1)特撮ファンの間では、今でも杉本彩氏はキサラギ・ルイ博士だ。

(余談2)深田氏は缶酎ハイのCMでバタフライを披露。因みに私は高校水泳部でバタフライをやっていた。小学5年生から高校3年生まで一応は水泳選手の端くれだったので、泳法には詳しい。

(余談3)知っての通り、大人の男性が少女に恋をするのをロリータ・コンプレックス(ロリコン)という。ウラジーミル=ナボコフの小説「ロリータ」が由来。中年の大学教授が12歳の少女に一目惚れする話だ。何度か映画化されている。キューブリック監督も手掛けている。
 逆に大人の女性が少年に恋をするのを正太郎コンプレックス(ショタコン)という。ロリコンと違って言葉の意味や定義が激変しつつあるが、少年愛というのは変わらない。「鉄人28号」の主人公正太郎少年が由来というのが一般的だ。大正時代に流行った「正チャンの冒険」の正チャン由来という説も聞いたことがある。頭頂部にボンボンがついた毛糸の帽子が当時流行った。


 
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女優評 原節子 「わが青春に悔なし (1946)」

原節子 「わが青春に悔なし
化け方に注目。


 原節子氏というと小津監督の「東京物語」があまりにも有名だが、黒澤映画にも出演している。「わが青春に悔なし」は敗戦直後の1946年に公開されたいわゆる反戦映画だ。

 作品レビューにも書いた通り、前半は戦前の京都大学を舞台に、原節子氏は教授のお嬢さんとして登場する。学生たちのアイドル的存在で白いブラウスが似合う清楚な女性だ。
 中盤、教授の愛弟子で正義感の強い情熱的な男性に恋して事実婚をする。ここでの原節子氏は和服が良く似合う知的で上品な若奥さんだ。特高警察に逮捕され厳しい取調べに髪や着衣が乱れ、まるで廃人のようになる。
 後半部分は「売国奴」のレッテルを貼られた夫の実家で泥だらけになりながら田植えに精を出す姿となる。(余談1)
 そしてラストの戦後では、質素なレディースのリクルートスーツ姿に化粧気の無い素朴で知的な笑顔で、「もうピアノが似合わない指になった」という趣旨の台詞を語る。
 2時間弱の作品の中で、原節子氏は節目節目でスタイルを違和感無く変えているのが素晴らしい。

 ただ、彼女の化け方にはもう一つ意味がある。実は原節子氏は戦前にデビューした女優で、実力よりも人気が先行したアイドルだった。当然、戦前戦中の映画は国策映画であり戦意高揚の内容ばかりだ。そんな映画にヒロインとして出演していた。有名なのは日独合作の「新しき土」だろう。このときのドイツはヒトラー政権である。
 そんな彼女が「わが青春に悔なし」では一転して反戦思想であったために獄死した夫の遺志を継ぎ、上流階級の令嬢から水田で泥まみれになりながら、農村の指導者となっていくのである。この演技は当時高く評価されたのではないかと思う。今観ても、とても演技の基礎が未熟な「アイドル」には思えない。

 言うまでもなく、「わが青春・・」が公開された当時はアメリカ軍を中心とした連合軍に占領されている状態である。戦前・戦中に弾圧されてきた人々にとっては自由な風が吹き込んできた時代であったが、保守右翼にとっては逆にマッカーサー元帥をトップとしたGHQの監視下に置かれていた。だから「わが青春・・」は占領軍が歓迎する内容であり、戦争映画やチャンバラは軍国主義を想起させるとかで禁止された。(余談2)保守右翼にとってこの時代は、アメリカの弾圧を受けた時代であり、「わが青春・・」は占領下の「国策映画」と見なしたであろう。

 原節子氏は軍国主義のアイドルとしてデビューし、戦後は清純派の質素な伝説の女優へと転身する。これは「わが青春・・」の中で良家の令嬢から特高警察の取調べを受け、農村で汗と泥にまみれ、戦争が終わって晴れて清々しい知的な農村指導者となるのに、ダブって見えるのである。

(余談1)リアルなのは、最初はブラウスを着たまま田を耕すのだが、背中が汗で濡れてびっしょりと貼り付いているのだ。日常では当たり前のようだが、映画やドラマではあまり無い演出なのである。だから他の監督のドラマや映画でときおり生活臭の無い「晴着」に見えるのはこのためだ。
 同じ意味で、特高刑事役の志村喬氏の衣装もリアルだ。袖口がダブルカウスになっているワイシャツを着ているのだが、糊がすっかり抜けてシワシワのヨレヨレだ。どういう訳か「スパイ・ゾルゲ」でもいえるが、大抵の映画では糊ばっちりのパリッとした背広姿になる。そんな事はありえない。今なら素材や洗剤が進歩して、いくら洗ってもシワにならないが、当時はメリヤスのシャツが主流でしかも頻繁に糊付けなどできなかったろう。特に刑事などはお洒落に気を配る暇はあまり無かったはずだ。

(余談2)忠義などをテーマにしたサムライ時代劇は禁止された。ただ、岡引の「銭型平次」は許された。


 
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女優評 上原美佐 「隠し砦の三悪人 (1958)」

上原美佐 「隠し砦の三悪人
伝説の美女


 黒澤明監督作「隠し砦の三悪人」(1958年)で当時短大生だった上原美佐氏はヒロイン雪姫役で鮮烈デビューし、現代の私たちから見ても端正で凛々しい顔立ちと抜群のプロポーションでスターになるが、わずか2年程度で芸能界から足を洗った。本人いわく「才能が無いから」。

 確かに演技力には疑問符がつく。台詞回しがぎこちなく素人ぽさが目立っていたように感じた。それに雪姫は作中通じてツンとした無表情であることが多く、あとは怒るか泣くか笑うか、微妙な感情表現は皆無だ。
 たぶん、黒澤監督は演技力を評価してのヒロイン抜擢ではなく、雪姫というキャラクターと上原美佐氏の容姿がマッチングしたから採用したのだろう。

 山野に切り開かれた採掘現場のような砂山の頂上に雪姫は姿を現す。まるで童か雲助人足が着るような袖無しの丈の短い着物にショートパンツのような袴をはいて仁王立ち。長い髪は後ろで括り、ミスタースポックみたいにつり上がった眉に大きな瞳で主人公の太平と又七を睨みつけるように見下ろす。人足のような粗末な衣装から伸びる美脚と端正な顔立ちは、ボロをまとっても姫であることは隠せない演出。(余談1)

 そこに居るだけで圧倒的な存在感はなかなかのモノ、三船敏郎氏ら共演者の足を引っぱっていない。もし彼女が30年遅く生まれてCMモデルとしてデビューしていたら、きっと2年で芸能界から身を引くことはせず、そこそこの女優として定着したかもしれない。(余談2)
 


(余談1)言うまでも無いかもしれないが、この雪姫は後にアメリカSF版リメイクともいえる「スターウォーズ」のヒロイン・レーア姫の原型となる。
 ルーカス監督は日本語版作成の際に、姫様らしからぬ男っぽく強い語調にこだわったそうだ。なるほど雪姫が元キャラならそうなるだろう。
 「スターウォーズ」がTV放映されたとき、レーア姫を大場久美子氏が担当し台詞は上品なお姫様調になっていたが、レーア姫に似合わない弱々しさを感じた。ついでに言うと、ダースベイダーが単なるゴロツキ親分にされていた。「スターウォーズ」の性格やルーカス監督の趣旨を理解せずTV局の解釈で吹き返られた結果だ。

(余談2)同姓同名の83年生まれの女優がいるが、間違えないように。

 2008年公開のリメイクでは長澤まさみ氏が雪姫に扮する。当然、今の長澤氏は当時の上原氏よりもキャリアを積んだ女優で一定の評価も得ている。どんな雪姫を演じるのか、それだけが楽しみで樋口監督作「隠し砦の三悪人」を観た。
 予想通り、女優としてのキャリアは歴然としている。上原美佐氏はアイメイクに頼っていたが、長澤まさみ氏ならナチュラルメイクでも十分雪姫だった。ノーメイクでも十分演じられる。
 

 
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