ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋

晴雨堂ミカエルの飄々とした晴耕雨読な映画処方箋。 体調に見合った薬膳料理があるように、 料理に合う葡萄酒があるように、日常の節目に合った映画があります。映画の話題をきっかけに多彩な生活になれば幸いです。詳しいレビューは「続きを読む」をクリックしてください。

衰えない二眼レフ写真機と銀塩フィルム 近頃の現象[一二六九] 

根強い人気の二眼レフ 
インスタのような雰囲気


 写真はすっかりデジタルカメラやスマートフォンで撮影するのが一般的になったが、フィルムを使って撮る銀塩写真も愛好家を中心に人気があり、中でも二つのレンズを持つ二眼レフカメラは今も評価されている。そのほとんどはレンズ交換ができず、不便さから時代から消えたはずの二眼レフの根強い人気の背景を探った。(毎日新聞)


【雑感】写真を撮られる時、被写体経験のある方の多くは私も含め若干の圧迫感を抱く。具体的に言えば銃でロックオンされているような感覚に近く、撮られるのが嫌な人にとってはかなり不快なストレスだ。
 同じように撮る側にとっても、一眼レフを被写体に向けてファインダーを覗く動作と銃を構え銃身の背中にある凹型の照門を睨む動作は殆ど同じだ。

 カメラを向けられると一種の興奮や快感を感じて演技をするようなタイプの被写体ならまだしも、普通の人はどちらかといえば不快な要素を多少は含むストレスを感じるものだ。
 それを低減させる効果があるのがこの二眼レフである。

ローライレックス。
Wikipediaから参照。
中古市場で最も手に入りやすい型の二眼レフ


 実は私自身も二眼レフを使った事は殆ど無いし保有した経験もない。大昔、先輩から一度だけ手に持たせてもらって解説を聞いただけなので、操作方法はうろ覚えだ。
 一眼レフは文字通りレンズは一つしか使わない。ファインダーから見える画像はレンズを通してフィルムにあてる光をミラーとプリズムで誘導したものだ。シャッターを開けたままにするバルブ撮影にするとファインダーに光を送る役目をするミラーの角度が変わるのでファインダーは暗転して画像が見えなくなる。
 ところが二眼レフは撮影用のレンズとファインダー用のレンズが別になっている。上記参考写真の場合、たぶん上側に付いているレンズがファインダー用だろう。

 二眼レフの場合、ファインダーは上部にある。上記写真はファインダーを開けた状態で、箱を開けて上から覗き込むような姿勢で被写体を見る。

 これはポートレート写真を撮るに有利な道具ではないかと思っている。前述したように一眼レフで写真を撮る動作は銃を構えて射撃する動作と同じだ。一眼レフを向けられた被写体も何か狙われているような圧迫感を抱く事が多い。
 ところが二眼レフだとカメラの上から覗き込むようにしながら撮影するので射られるような視線の圧迫は感じない。
 それから二眼レフに使うフィルムは通常120判とよばれるフィルムを使用、これは世間で普及しているフィルム(ライカ判もしくは35ミリ判と呼ばれる)より大きく解像度が高い。

 ただ、今のカメラに比べたら欠点もある。二眼レフゆえに一眼レフのような多彩なレンズに交換はできない、構造は一眼レフに比べて単純で故障が少ない半面、上記写真のように大きな箱のような形状なので持ち運びにはストレスを感じる。
 フィルムも通常は12枚撮りが主流なので、35ミリ判の36枚より少ない。デジカメに至っては解像度を変えれば1万枚撮る事も可能であることを考えれば不便だ。

 しかしカメラが開発された19世紀に絵画の役割が無くなるなんて極論もあったようだが、後のピカソやダリをみれば解るように絵画の表現は写実に留まらない。結局、絵画と写真の役割の棲み分けが成り立った。
 今回も、実用のデジタルカメラと藝術の銀塩・アナログとの棲み分けが成り立っていくのではないかと思う。そういう意味で、かつて一眼レフより不便で旧式の二眼レフが再び脚光を浴びるのは不思議ではない。どうせアナログ写真を楽しむなら、手ごろな二眼レフから19世紀前半のダゲレオに挑戦する方が面白いと思う者がいても当然だろう。


 
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[ 2017/02/27 11:35 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(0)

「ワールド・ウォーZ」 ストレス解消活劇〔90〕 

ワールド・ウォーZ」 
ブラピが放つ贅沢なゾンビ映画。




【英題】World War Z 
【公開年】2013年  【制作国】亜米利加 英吉利  【時間】116分  
【監督】マーク・フォースター
【制作】ブラッド・ピット デデ・ガードナー ジェレミー・クライナー イアン・ブライス
【原作】マックス・ブルックス
【音楽】マルコ・ベルトラミ
【脚本】マシュー・マイケル・カーナハン ドリュー・ゴダード デイモン・リンデロフ   
【言語】イングランド語 一部ヘブライ語?
【出演】ブラッド・ピット(ジェリー・レイン)  ミレイユ・イーノス(カリン・レイン)  ダニエラ・ケルテス(セガン)  ジェームズ・バッジ・デール(スピーク)  ルディ・ボーケン(ユルゲン・ヴァルムブルン)  ファナ・モコエナ(ティエリー)    

【成分】悲しい 切ない 知的 絶望的 パニック ゾンビ

【特徴】ブラット・ピットが放つ潤沢予算で創られたゾンビ映画。

 殆どのゾンビ映画は低予算で制作されているが、本作の場合はかなり贅沢、そのおかげで映像面でのスケールは壮大でDVDによる家庭鑑賞よりは映画館で観る事を勧める。

 物語後半でイスラエルの女優がブラピを護衛する女兵士役で登場、彼女は晴雨堂のイチオシ。続編でも彼女は引き続き同じ役で出演するらしい。

 本作劇場公開時、ブラピはインタビューで「子供たちがゾンビ映画が好きなんだ」と語っていた。当時のブラピはアンジェリーナ・ジョリーと事実婚関係で子供たちに囲まれていた。このインタビューでの発言は円満な家庭が滲み出たものだが、後のアンジーとの破局を思うと切ない。

【効能】壮大なスケールに感動。坊主頭の美女兵士に萌え。

【副作用】捻りも新機軸もない展開とオチにガッカリ。

下の【続きを読む】をクリックするとネタバレありの詳しいレビューが現れます。記事に直接アクセスした場合は、この行より下がネタばれになりますので注意してください。

「話の通じない人たち、SNSを利用して思う、議論に向かないメディアだ」〔1〕  晴雨堂の晴耕雨読な日常[二五九] 

SNSは、やはり議論に向かない。

2017.02.09Twitter画面
2017.02.09Twitter画面。
ユーザーの名前はイングリッシュ系、欧米のアニメファンによる作画か?
 
【雑感】こんな事をいうと、古くからの友人たちから「いやいや、ミカエルの方からあちこち喧嘩うってるんちゃうんか」と突っ込まれるが、そうだとしてもその「喧嘩」すら成り立たない奇妙な世界がネット社会の特徴かもしれない。

 まず、ネット上の議論は相手の顔が見えていないので、表情の無い活字による文面のみでやり取りする。直接相対しての議論なら、真面目に真剣に論を展開しているのか、怒っているのか、あるいは相手を小馬鹿にして戯言を並べているのかが相手の表情や語調などから読み取れる情報で推察できるのだが、活字は単なる記号でしかない。
 この表情の無い記号の並びが曲者である。

 よく軽んじられるのが言論界のルールである。これを知ってて無視しているのか、知らないで無視しているのか、よく判らないがあまりにも多い。
 例えば、私は相手の言に対して反論するとき、相手の言を抜粋する事も多々あるのだが、その場合はカギカッコ括りにして相手の発言を一字一句違わずに抜粋する。あるいはネット社会の場合は引用符「<」を抜粋文各行に冠する事もある。これは「自分ルール」ではなく言論界のルールである。
 それは相手の発言に対する反論を述べている事を正確に表す意図がある。相手に「お前の発言はこうだが俺はこう考える」を明確にするためで、口頭の議論と違い相手の発言が記録に残る利点を活かし念のためさらに強調する意味合いがあるのだが、それでも相手から「前後の文脈を考えろ」との批難を受ける事が多々ある。

 ところがネットではそんなルール無視なのである。
 相手が的外れの反論をされるので、「どういうつもりや」と問いただしたら相手は「貴方は○○と言った」というのだが、もはや私の元の発言とは似ても似つかない文面なのである。無茶苦茶だ。
 同じ日本語でも、住んでる地域や生まれた世代によって意味が微妙に異なる。だから通常の会話でも自分の発言が意図しない方向へ解釈されたり誤解されてしまう事が多々ある。しかし文章による議論は発言が「文」という記録に残るから、誤解を防げる利点があるのだ。
 しかし残念な事に多くの方々は口頭の世間話と全く同じ感覚で、他人の発言を自分勝手な解釈で捉えて反論する。下手をすれば、私が言ってもいない架空の発言に対して反論を試みるので、私にしてはもはや話にならないのだ。
 その上ネットでは相手が私への反感と悪意で作り上げた架空の発言が晴雨堂ミカエルの発言として拡散するので非常に迷惑千万である。下手をすれば名誉棄損の疑いすらある。

 ネットの無い時代であれば、市井の口頭の議論はある意味適当いい加減で、突っ込まれても「俺はそんな事いってない」「忘れた」でしらをきれた。
 雑誌や新聞紙上の議論では文章という記録に残る。議会や裁判では書記が発言を速記にて正確に記録するし、録音でも記録にとる。なので発言者は慎重に発言する。最悪、名誉棄損に抵触して紛争になる場合もあるからだ。
 ネット社会に於ける議論とは、市井の居酒屋の議論と違い、新聞や雑誌上の議論と同様の重さがある。場合によってはそれ以上だ。下手をすれば世界70億の人間へと拡散される可能性もゼロではない。
 なのに、SNSはコミュニケーションの道具以上の存在でもある事を意識しない人たちが殆どだ。市井の居酒屋での世間話と同じ調子でやりおる。

 もちろん、居酒屋での世間話と同じ調子で全く面識のないアカの他人と意見交換できるのがネットの良さであることを認めているし、私自身もかたぐるしい挨拶抜きで話しかけたりもする。(余談1)
 気をつけなければならないのは、自分の発言はネット上に残るという事である。居酒屋での無礼講と同じように会話ができるが、酒の上での行き違いでは済まない怖さがある事を私自身も含めて肝に銘じようではないか。

(余談1)その点をこないだTwitter上で「はるかぜちゃん」つながりで某氏から「注意」された。一言「横コメ失礼」とことわったうえで割り込んだので現代の感覚では無礼に当たらないと思う。一言無しでズカズカ割り込む人が圧倒的だからだ。
 ところが私の言動が遠慮のない無礼に見えたようである。それ自体は反論も否定もしない。相手も穏便に注意したつもりだと思うし、私も穏便に返答したつもりだが、相手はそうはとらなかったようだ。次第に喧嘩腰のやり取りになり某氏はブロックした模様。

 私は「博愛精神」なので基本ブロックしない。別段、多様性社会や世界平和云々を声高に主張している訳ではなく、趣味の延長でTwitterやっているだけなのでブロック機能を乱用する権利はあるし相手も正当な処置をしたと思っている。しかし私はブロックはしない。
 逆に多様性社会や世界平和を主張する左派系市民運動家関係の御仁にブロック機能を使う権利は無いと思う。多様性社会と世界平和を主張した時点でその権利は放棄したものと心得るべきだ。


 
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「MISHIMA ――11月25日・快晴」 不安と恐怖を楽しむ時に〔26〕 

MISHIMA ――11月25日・快晴」 
ハリウッドが描く三島由紀夫




【原題】Mishima: A Life In Four Chapters 
【公開年】1985年  【制作国】亜米利加 日本国  【時間】120分  
【監督】ポール・シュレイダー
【制作総指揮】フランシス・フォード・コッポラ ジョージ・ルーカス
【原作】三島由紀夫
【音楽】フィリップ・グラス
【脚本】ポール・シュレイダー レナード・シュレイダー チエコ・シュレイダー   
【言語】日本語 一部イングランド語
【出演】緒形拳(三島由紀夫)  塩野谷正幸(森田必勝 楯の会学生長)  立原繁人(古賀浩靖 楯の会隊員)  三上博史(小賀正義 同左)  Junya Fukuda(小川正洋 同左)  大谷直子(倭文重 三島の母)  加藤治子(なつ 三島の祖母)  織本順吉(自衛隊益田総監)    

【成分】悲しい 切ない 知的 絶望的

【特徴】ハリウッド映画人が描く三島由紀夫伝記映画。ハリウッド制作の日本語映画としては先駆けといえる作品である。

 若松孝二監督作「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」は現代日本が抱える社会問題をも意識しながら三島の割腹事件を考察しているのに対し、本作の場合は三島由紀夫個人の内面から事件を掘り下げている。
 劇作家でもあった三島を意識しているのか、原題にある「Four Chapters」が示すように四幕で構成されている。冒頭は事件当日の朝、三島がいつもと変わらず起床し身支度を始めるところを淡々と描写、幼年時代からの回想を交えながら三島の代表作である「金閣寺」「鏡子の家」「奔馬」の実写化を舞台劇風に魅せていく。

【効能】右翼思想に目覚める。三島由紀夫の内面を覗いたような感覚になる。

【副作用】右翼思想に目覚める。アメリカ的藝術描写に違和感。

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「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」 社会問題を考えたい時に〔28〕 

11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」 
若松監督昭和三部作




【英題】11:25 The Day He Chose His Own Fate 
【公開年】2011年  【制作国】日本国  【時間】79分  
【監督】若松孝二
【制作】若松孝二
【原作】
【音楽】板橋文夫
【脚本】若松孝二 掛川正幸   
【言語】日本語
【出演】井浦新(三島由紀夫)  満島真之介(森田必勝 楯の会2代目学生長)  渋川清彦(持丸博 楯の会初代学生長)  岩間天嗣(古賀浩靖 楯の会隊員)  永岡佑(小賀正義 同左)  鈴之助(小川正洋 同左)  タモト清嵐(山口二矢 日本社会党委員長浅沼稲次郎を刺殺した少年)  寺島しのぶ(平岡瑤子 三島の妻)  大西信満(倉持清 楯の会隊員)  中泉英雄(田中健一 同左)  平野勇樹(鶴岡友昭 同左)  笠松伴助(中辻和彦 同左)  鈴木信二(関河真克 同左 龍笛奏者)  橋本一郎(斎藤英俊 日本学生同盟会員)  落合モトキ(遠藤秀明 同左 森田と一緒に貝殻島上陸をはかる)  粕谷佳五(楯の会A)  礒部泰宏(楯の会B)  小橋和之(楯の会C)  小林優斗(上田茂 森田の幼なじみ)  韓英恵(上田牧子 同左 茂の姉)  篠原勝之(碇井陸将 陸上自衛隊富士学校校長)  地曵豪(福岡喬 富士学校教官)  辻本一樹(富士学校教官A)  山岡一(富士学校教官B)  安藤岳史(自衛官M)  小橋和之(楯の会C)  小林優斗(上田茂)  韓英恵(上田牧子)  篠原勝之(碇井陸将)  地曵豪(福岡喬)  辻本一樹(富士学校教官A)  山岡一(富士学校教官B)  水上竜士(山本舜勝一佐 陸上自衛隊調査学校情報教育課長)  吉澤健(益田兼利陸将 陸上自衛隊東部方面総監部総監)  増田俊樹(幕僚A)  よこやまよしひろ(幕僚B)  中沢青六(幕僚C)  岡部尚(全共闘学生A)  森岡龍(全共闘学生B)  寺井文孝(全共闘学生C)  安田暁(全共闘学生D)  藤井由紀(全共闘学生E)  安部智凛(全共闘学生F)  小林三四郎(舩坂弘 元軍人 三島に日本刀・“関孫六”を譲渡した人物)  小倉一郎(田中必勝の父)  長谷川公彦(徳岡孝夫記者)  

【成分】悲しい 切ない 知的 絶望的

【特徴】若松孝二監督昭和三部作最終章。

 日本を代表する小説家三島由紀夫が憂国の情に突き動かされて民兵組織「楯の会」結成し市ヶ谷駐屯地で占拠事件を起こした末に割腹自殺を遂げるまでを描く。
 決して駄作ではないが、前作の連合赤軍に焦点を置いた「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」や反戦をテーマにした「キャタピラ」ほどに思い入れを感じない。
 思うに、監督自身は左翼ではないと公言しているもののやはり左にシンパシーを感じていたのではないか、そして左系内容の映画制作が続いたのでバランスをとるために右側の三島由紀夫を撮ったのではないかと私は勘繰っている。

 とはいえ、俳優たちの熱演は素晴らしい。

【効能】右翼思想に目覚める。反日勢力の間接侵略に危惧を抱く。

【副作用】右翼思想に目覚める。反日勢力の間接侵略に危惧を抱く。

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晴雨堂の2016年公開映画 残念ながら晴雨堂が劇場で観たのは「キネマ純情」と「帰ってきたヒトラー」の2作のみ。  

残念ながら 
昨年は映画館で観た作品は僅か二作。


 さて、今回も昨年1年間の公開映画を振り返る行事がやってきた。
 「日本で2016年に劇場初公開された新作」という条件に絞って晴雨堂が独断と偏見で優秀作品を1作ぐらいは選ぼうと考えた。
 具体的な評価基準は、劇場で1800円支払って鑑賞してなおかつDVDが発売されたら購入して本棚のコレクションに加えたい映画である。

 で、昨年に引き続き映画館へ行く機会がめっきり減った上に心に残る映画も思い浮かばない。リメイクやらシリーズものやら、たしかにそれなりに面白いかもしれないが、思い出に残る事はたぶん無い。季節が過ぎれば、数多くある映画の一つとして記憶の沼の底へ沈むことになる。
 かつては毎週末に映画館へ行ったものだ。なにしろ近所には歩いて10分以内の所に映画館があるのだ。映画好きにとって誠に素晴らしい居住環境、しかも私が観る映画の多くはメジャーではないため観客は下手をすれば私一人のときもあり貸切状態、まさにマイシアター状態なのだ。
 しかし子供が幼いとき、例えごくたまにとはいえ映画館へ行こうものなら、親戚縁者から吊るし上げにあう。ただでさえ仕事の関係で育児は連れ合いに任せっきりの状態ゆえたまの休みは子供の相手をするのは責務、映画館へ行くなど言語道断。

 それでも身内の批難を覚悟の上で観に行った映画があった。昨年5月に大阪第七藝術劇場で上映された「キネマ純情」と6月に日本初公開された「Er ist wieder da(帰ってきたヒトラー)」である。
 残念ながら劇場で観た映画は以上の2作のみである。




 
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チバレイ、左翼になったと思ったら一気に右翼へリバウンドか。 近頃の現象[一二六八] 

千葉麗子さんの「くたばれパヨク」サイン会 
抗議電話で「開催せず」 
有田芳生参院議員「常識的な判断」 
千葉さん「言論弾圧だ」

 元女優で実業家の千葉麗子さん(42)が今月12日に行われる予定だったサイン会が抗議の電話やFAXがあったとして、中止されたことが分かった。千葉さんは今月5日、自身のツイッターに「サイン会ですが東京堂書店さんに『わかってやっているのか?』と店員さんに恐怖心を与えるような電話が相次いでかかってきたため、書店側が万が一を考慮して中止になりました。楽しみにしていた皆様にお詫び申し上げると共に、このような言論弾圧には憤りを感じます」と投稿。この後、9日までに、賛成、反対の立場から著名人がツイッターに投稿した。(産経新聞)

【雑感】「恐竜戦隊ジュウレンジャー」を観ていた時、実業家になるまでは予想していたけど、まさか左翼とつるんで反原発運動するとは思わなかったし、それから程なくリバウンドで旭日旗を振り回すとは思わなかった。

 気持ちは解るような気はする。

 あくまでも私の体験で私の周囲に限った現象であると断ったうえで言えば、右も左もどちらかに偏る人たちの多くは内面に問題を抱えている人が多い。天下国家云々よりも世界平和云々よりも、まずは自分自身の性根をどうにかした方がいいのではないかと思ったこと多々ある。
 多々あったから幻滅した。この人たちは本音では国に尽くす事なんか全く考えていない、人民に奉仕する気なんか全く無いのではないか、そういう疑惑を抱いた。
 本音では自分の身を国民より数段上に、人民より数段上に置きたがっている、国民や人民を見下ろす位置に自分を置く事が目的ではないのか、と。


 小林よしのり氏が左に幻滅して、そのリバウンドのように右にすり寄って、結局は既成の保守や右翼とも距離を置くようになったのは、ある意味正常である。
 千葉麗子氏に少しでも冷静な部分があれば、遠からず右にも幻滅を感じてくるだろう。

 ただ、主体性を維持するのは至難の業である。人間関係の険悪化は避けられないからである。正気でいようとすればするほど、特にカルト的な純化した集団内では衝突は避けられない。人間関係を悪化させたくないから、内心では「違う」と思っていても面従腹背で通す。
 面従腹背で居続けるのが苦しくなれば、居場所を手放したくないがゆえに主体性を抑え込んで潰し、自らを「洗脳」して楽になる。多くの政治団体・思想団体はそんな人たちで構成されているのではないかと私は疑っている。

 千葉麗子氏が立ち位置を保守中道に微調整するのか、それともこのまま極右へと走るのか興味がある。内面に問題を抱え、孤独感に悩まされている状況であれば、微調整はしないかもしれない。 


 
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[ 2017/01/10 15:15 ] 日誌・・近頃の現象 | TB(0) | CM(3)
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